。ヒンからキリまで 中学時代、ハンサムのポーイフレンドが、スケート靴を履いて通路でひっくり返ったとい うので娘の熱は冷めてしまった つらつら思うに、これは彼がハンサムであったのがいけなかったのだ。ナミの男なら人前 で不様にひっくり返ったとしても、そう目立たない。ナミ以下ならば、むしろ、不様にひっ あいきよう くり返るのが似合って、それが愛嬌になって却って人気が出たりする。 やっかい ( ンサムが厄介なのは、いつもスッキリ、カッコよくいなければならないことである。例 えばハイヒールの美人がバナナの皮にすべってひっくり返ったら、そばで見ていた人は見て はならぬものを見たような無残な気持になって、目を逸らしたくなるだろう。しかし両手に で ま 荷物を提げたおばあさんが、息せき切ってやって来て、バナナの皮にすべって転んだとして らも誰も見てはならないものを見たような気がしたりはしない。安心して、笑って見ている。 / ンサムというものは、、 ノンサムに甘えず、ハンサムを乗り越える努力をしなければなら ン ないものなのである。顔や姿をハナにかけて気どってると、カッコ悪さが似合わない。大事 うらや をいかなる場合も自然に見えることなのだ。人は ( ンサムや美女を羨むけれど、本当 なことよ ぶざま ムザン
傷心の癒しかた 八頭身のエンドーくんが学校に姿を見せなくなったので、私はおかげで、 「ああ、エンドーくん : : : エンドーくん : : ・・好きだア : という娘の喚き声を聞かなくてもすむようになった。恋する乙女というものは、もっとロ マンチックに、他人に悟られぬように、羞らいをもって初々しく、 「ああ、エンドーくん ! スキ ! 」 つぶや ひとりきりの窓辺でこっそり呟いているものではないのか。それをウチの娘は、 「ああ、好きだア、エンドーくーん ! 」 オウムのように叫ぶのだ。こういうあらくれでは、よしんばエンドーくんと親しくなる機 会があったとしても、エンドーくんは逃げて行ってしまうのではないだろうか。 私はひそかにそう思い エンドーくんが行方もわからず、夢だけ残して消えてしまったこ とを、娘のために喜ばずにいられなかったのである。これそ親心というものである。 その後、娘はディスコで知り合ったとかいう大学生に一目レをして友達になった。娘は ( ンサムだハンサムたといってまた、毎日騒いでいるが、こやつが怪しからんやつなのであ わめ
ただ、あなたがうるさいからいわないだけじゃない 「そんなことないわよ、いるわよー 少しは反省せえ、といわんばかりにあざわらう。 そうかなあ ? と考えているうちに思い出した。それは娘が中学生の頃だ。ある日、炬燵 ゃぶ に当っていて藪から棒に、 「困ったなア、ああ、わたし、 x x クン、イヤになっちゃったア」 といった。 「 xx クン」は ( 今はその名前を忘れたので、頭文字を書くことが出来ない。娘に訊くと、 『ナ = 書くのよオ、あんまりいい加減なこと書かないでエ』、と怒り出すと困るので ) 柔道部 のキャプテンで、「すてきなハンサムーなのだと、かねてから娘は騒いでいたのた。その ( ンサムキャプテンと、娘はスケートへ行ったらしい しかし娘はすべれない。すべれなくても、とにかくやっていればそのうちにすべれるよう になるのだが、恥かしがりやのカッコつけ、 ( ンサムの前でみつともないところを見られる のがいやさに ( と私は推測する ) すべらないで見ていることにしたらしいのだ。そこでハン サムくんがひとりですべることになった。娘日く、 「それでさ、 xx くんたら、スケート靴履いて、ひっくり返るんだもん : : : 」 「スケート場でひっくり返るのは当り前しゃないか。あっちでもこっちでもステンステンや ってるでしょ こたっ
そうなる気配は残念ながらない。私は勤めから帰って来た娘に、子さんの話をした。 「 : : : それで子さんがいうにはね、あんたに倖せな結婚をさせたいのなら、キャリアウー マンにはならせないようにつて」 「ふーん」 この気の抜けた返事を聞いただけでキャリアのキャの字も縁がないことがわかる。 「しかしねえ」 と娘はいった。 「キャリアウーマンだから、旦那さんに目を向けないで、夫をへトへトにさせるとは限らな いんじゃないかなあ。何のキャリアもなく三食昼寝つきで、あんまり倖せだもんだから、夫 から目が逸れてる人もいるしねえ : : : 。逸れた目が仕事に向かないで、よその ( ンサムに向 いたりして : いや、ハンサムじゃなくてただのおっさん、よくもまあ、あんなオヤジのど こがよくて、と思えるようなのに、ランランと目が向いてるのもいるしねえ : キャリアは何もないくせに、こういうことだけは一人前以上にいえるというのも困ったも 矗のだ。 の娘は何を思ったか、手近にあった『現代用語の基礎知識』という本をめくっている。 焼「ママ、私はキャリアガールなんたよ ! 」 「キャリアガール ? なんであんたがキャリアガールなんだよ ! 」 「だって、ここに書いてあるもの。キャリアガールーー自分のサラリーで服装を整えたり、
「それが、リンクの上じゃないのよウ」 娘はいった。 「スケート靴履いて、リンクへ出て行く通路で、ステン ! と仰向けにひっくり返ったのよ : ステン、よ ! 仰向けよ、そして足。ハタ。ハタさせてるの」 娘はいった。 「それ見たら、もうイヤになっちゃったんたア : 「困るねえ、そんなことぐらいでイヤになられては 私はハンサムくんに同情した。世の中にはアベック強盗に襲われて、恋人をほうって逃げ たイクジナシもいるのだ。それでもそのイクジナシ男をイヤにならず、「あの人はヘタに騒 察ぐと却って危険だと考えてくれたのよーと善意に解釈して、仲よくやってる女性もいるのだ。 の「そんなこといったって、通路なのよ、通路 ! リンクじゃないのよ」 て ンサムくんとの仲はそれつきりになってしまった と娘は私のとりなしに耳を貸さない。ハ にのである。 このことを思い出すと、ひとごとながら私の胸は痛む。人はどう思っているか知らないが、 ン フ私は常に客観的であることを心がけている。いつもいつも男どもをポロクソにいっているの 一ではない。見るところは見、理解するべきところはしているのだ。 女の子というやつは何と気まぐれで残酷なんだろう。スケート靴を履いて通路を歩くのは それで むつかしい。誰だって転ぶだろう。気の毒にー なぜ駆け寄って起してあげないー ウ . かえ
らして、ハンサムもカボチャも同しように見てしまう。 「外見ばっかりよくたって、アタマの中、スカスカじゃしようがない」 「女がチャホャするもんだから、いい気になってスカスカのくせに威張ります」 「だいこいハンサムというものは、己れを磨こうという気がないんです。精神を磨かないも んだから四十五十になった時に、気ヌケのハンサム、 ハンサムのなれの果、という趣になっ てしまいます」 「そうそう、その点、ブ男は不思議とだんだんいい顔になっていくわね」 っちか 「顔の失点を取り戻そうとて、実力を培うでしよ。えらいもんで、実力をつけると顔まで立 派になっていきます」 「そういうことが若いうちはわかりません。なんでも美男子がいいという。それが間違いの もと。困ったものです : : : 」 せりふ 時代は変ってもハンサムについての老人の台詞は変らない。私も友人仲間集めては、娘に 聞えよがしにそんな会話を交す年になった。何を隠そう、この私も四十数年前は、母親や近 所のおしゃべりばあさんなどから、同じようなことをいわれたものである。 上原謙に似た大学生と佐野周二に似てる人とどっちがエ工と思うか。そうやねえ。どっち がエ工かしらん。上原謙の上品さ、佐野周二の快活さ。どっちを取るかといわれるとほとほ と困り果て、一晩じっくり考えた末、 「悪いけど私、やつばり上原サンにさせてもらうわ」
81 傷心の癒しかた 「おや、お久しぶりですね」 「ええ、天気がいいのでネ。おいくらワこ と鼻を睨んで帰って来るーーという騒ぎ。 ヒマだねえ、というなかれ。こういう無駄をして騒いでいるうちに傷心は癒えて、娘のフ ン詰りは直って行くのである。 「綜合的に描くとたいした顔じゃないじゃないか。小心者でさんまロのクルマダマナコにマ ルマッパナ : : : これをハンサムというかどうか、わがはいは答に苦しむね」 「そういわれればそうだねェ」 と娘の傷心は癒えたのであった。
男の理想 ところで響子さんはどんな男性が理想なんですか ? とよく訊かれる。 さあ ? どんな男性が理想なのか。そう聞かれてみて、今までそのようなことについて真 面目に話し合ったことがないのに気がついた。 私が知っていることは、彼女は「メンクイ」であるということぐらいなもので、そういう ーの最たるものなのである。 意味ではミ とい、つと娘は、 「そんなことないよウ」 侮辱を受けたようにふくれてみせるが、時々、メンのいい男に迷って、 「カレとならたとえ極悪人でもついて行く ! 」 などとロ走る。しかし、「メンがいい」といっても、それは彼女の主観であって、客観的 には、 「へえ、あれがハンサム ? 」 という場合がしばしばだ。だから、
244 オモシロイ人 「あーあ、どうしてこう、オモシロイ男っていないんだろう。ハンサムでなくてもいい。 モロイ人ならいっぺんに結婚するんだけどなア : 天気のいい日曜日。ガラス越しの日射しの中に寝そべって、娘がつくづくいっている。 「あーあ、つまんないなア : : : 勤めに出てるとっくづく笑いに渇えるわー よせ 「あんたね、勤めは仕事ですよ。寄席じゃないんだからね」 「それにしたってつまらなさ過ぎる。ぜんぜん笑えないジョークに無理に笑い声を立てる辛 さってママ、知らないでしよ」 「おかしくなければ笑わなければいいのよ」 「だからママは話にならないんだ。おかしくなくても笑わなければいけないものなんだよ、 人とのつきあいってやつは : : : 」 「そう思うのなら笑えばいいじゃないか」 「だから、それが辛いといってるのよウ ! 」 と娘は寝そべっている脚を。ハタバタさせた。 オ
ニセモノ考・ 195 「それより、ニセモノさんを見たいですわア」 とさんがいった。 いっか川上宗薫さんのニセモノが出たが、そのニセモノは川上さんよりずっと ( ンサムだ ったと聞いた。 たしたいいつもニセモノの方がホンモノよりいいんですってね。作家の場合は」 とさんはいし 「それにしても、愛子さんのニセモノが出ないで、キヨーコさんのニセモノが出るというの もおもしろいですわねえ」 自慢しゃないが、私の = セモノは一朝一タのことでは務まらないのだ。ジロリと人を見る 眼光の鋭さ。ムッと結んだへの字口に大音声。こういう顔や声を作るには、少くとも四十年 の激闘の日々がなくてはならないのである。そんじよそこいらのおばはんに佐藤愛子のニセ モノが出来るか。カンタンに = セモノが現れるほど、わがはいはお粗末な顔をしておらぬの だ、と説教ーー・というより自慢話が始ったのであった。