気分 - みる会図書館


検索対象: 娘と私のただ今のご意見
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1. 娘と私のただ今のご意見

206 「そうじゃないの、東京に支店が出来たのよ。あなたの召し上った鴨は当店はじまって以来 の、何番目の鴨です、って番号を打った札をくれるの」 「それがどうした。何のイミがある」 「ステキじゃない。いい。い 思出になるでしよ」 「ヘン、鴨食った思い出 ? そのための番号札 ? 何をやっとるんだ、バカバカしい。そん なもん、 いい加減に番号書き込んで、お客が帰る時、ホイホイ渡してるたけかもしれない。 それを有難がって、カネモチになった気分でその番号札を大事にして、時々とり出しては 、思い出よね工 : : 』うっとりするというのか ! 向うじやきっと蔭で笑ってるよ」 「ママじゃないからそんなことしないでしよ」 まったく、我が娘がここまで 、三文ムスメだったとは知らなかった。何のために 苦労して二十ウン年育てて来たのか ! その母親の心も知らず、 「とにかく、金色のカード持ってるなんて、気分がゴージャスになるでしよ。金色ですよ、 キンよ。気分いいじゃない」 「不肖、佐藤愛子、常に実力で勝負する主義だ。金が何だ ! 何がゴージャスだ ! わがは いは精神貴族として生きるのだ ! 議論、怒号のうちにおからは出来上り、私は、 「さあ ! ゴージャスな気分でおからを食べようー 精神貴族とはそのようなものである。

2. 娘と私のただ今のご意見

178 贅沢したいにも贅沢のしようがないじゃないかー とひそかに私はその標語に向って文句を いっていたのであったが : 。それにつけても神戸は懐かしい街なのである。 さて、我々は昼すぎ、ポートビアホテルに部屋を取った。部屋の窓は海に向っている。懐 かしい神戸港の海の色だ。穏やかに青く広がって、お日さまにチカチカ光っている。書かね ばならぬ原稿もなし、電話もなし、おかずの心配もなし、いうとこなしの気分だ。ルームサ ービスでアイスティを頼んでくつろぐ。 ささやかな倖せ。 いつもなら今頃はシャカリキになって原稿用紙に向っているところだ。 せいひっ 「額に汗して働いた後の、このひと時の静謐こそ、人生の波間に拾う珠玉の幸福である ! 」 私は叫び、ひとりで悦に入っている。しかし人生の荒波など自力でくぐったことのない娘 は、母親の感慨などわかるわけがなく、 「ねえ、ショッ。ヒングしようよ。ねえ : : : 」 とせかす。 「もう出かけるの ? 元町へ行くのは明日でいいじゃないの」 「ホテルの中に高級品の店が出てるのよ。見るだけでいいから : : : ねえ : という。今回神戸へ来たのはいつも叱ってばかりいる娘へのサービスも半分ある。では、 と部屋を出た。 エレベーターで二階へ降りた。忽ち華やかな色彩に包まれる。華やかということは高価そ しあわ たちま たか

3. 娘と私のただ今のご意見

138 片眉下ゲ「トイキが せつない ささやきだからア やめろ ! 助けてくれエー 私は恥かしくて泣きたくなった。 ほうほうてい 這々の態でスナックを出る。 「ああ、たまらん、とても見ちゃおれんツ」 「どうしてさ ? 「なにも片ッポの眉毛上げて、片ッポ下げることないしゃないか。背中″くの字〃にして 「そんなこといったって、気分出すと、ああいう顔になるんじゃないの」 「片眉下げて似合う顔とそうでないのとがあるのよ。あの男が片眉下げると、出来そこない の案山子みたいになってしまう。そこのところの自己認識、それが足りないで、ひとりで気 分出してるのが困るんだ」 「でも出したっていいじゃない ? シアワセならば」 ・艮よ、つこ。 「じゃあ、どんなふうに歌えばママの気に入るのよ ? 「だからね、男は男らしく、素人は素人らしく、上手に見せようとしないで、へんに気分を さ かかし

4. 娘と私のただ今のご意見

どこまでも減らず口を叩く。しかしこれは母親たる私に影響された結果、と反省して敢て とが 咎めす、 「さあ、あそぼうよ」 「だから何してあそぶのよ」 「そうだね工、セッセッセでもするか」 セッセッセーのヨイヨイヨイ、と始めた。べッドの上に向き合って、 「オチャラカオチャラカオチャラカホイオチャラカ負けたよオチャラカホイ」 なに ? いい年してなにやってんだ、信じられんって ? 信じないのは自由だが、ともかく我々はしばしオチャラカホイに熱中したのである。ひと 仕事終った後の開放感はいかなるものであるかがお解りいただけるであろう。 やがてオチャラカホイにも飽きて、私はべッドに寝転がり、 こうよう そ と命令を下す。こういうふうに気分の昂揚している時は、ビリー・ジョエルが好ましい。 あ ン、それに娘をアゴで使うというのは最高の気分だ。昔 ( 娘が学校へ行っている頃 ) は、用事を チしいつけるとすぐ、 「今、勉強しているところじゃないの」とか、 「宿題があるのよ」 などッペコペいったものだ。だが今はそうはいわせない。何しろ今は、私は娘の保護者で あえ

5. 娘と私のただ今のご意見

136 ダンスを踊って何が恥かしいといわれるだろうが、骨董屋の中年はなんと、踊りつつ、音 楽に合せて歌うのだ。中年男を演じるロッサノ・ブラツツイは元来、歌がうまい俳優だそう で、だから悪声であるとか音痴であるとかいうわけではない。 むしろ私には彼が「いい 声」なのが恥かしい。 なにも恋が芽生えて来ているからって踊りながら歌わんかてエ h ゃないですか ! 工 工声で ! 気分出して ! といいたくなるのだ。 「こういう男はママはごめんだ ! 」 と叫ぶのも、何を隠そう恥かしさをごま化すためなのである。 例えば夜道のそそろ歩きで男が、 「いい月だねェ」 といって肩に手を廻して来たりする。そんな時も私は恥かしくて逃げ出したくなる。その 男が嫌いなのではなく、彼が「気分出してる」ことが恥かしくていたたまれないのだ。恥か しさのあまり、 「やめてッ ! 」 その手をふりほどき、勢余ってビシャン ! ホッペタを殴ったりしてしまうのが私の不器 用なところで、男は嫌われたと思ってもう寄りつかない。

6. 娘と私のただ今のご意見

なければ出来ませんよ ! 」 「ほんとにねえ。そういわれればその通りよねえ。キヨーコちゃん、そこまで考えて下さる お母さんに感謝しなくちゃねえ : ・ 娘は苦笑している。 そういう次第で娘は五万円の月給で私を雇主と仰ぐ身となったのである。雇主であるから には、容赦はしない。なによ、その電話のかけ方は。なによ、この葉書の書き方は。なによ、 このお釜の洗い方は。朝から晩まで文句のいい通しだ。 昨日もトンカツをするとて、娘は卵をといていた。二人暮しゆえ豚肉は二枚。だからとき 卵は半個分で十分だ。あとの半分は別皿にとっておけば何かに使える。なのに娘は一個分の とき卵の中にべタリ、豚肉を入れかけるではないか。 「あっ、なによ。な。せ半分だけに : : : 」 しいかけると娘、 「ケチィー : というんじゃなくて、これが生活の心がけなんだよね」 せりふ いつの間にかすっかり心得て、説教の台詞を先ドリする。仕方なく、 「そういうこと」 といいながら気がぬける。落度があると腹が立つが、なければないで面白くないというの も、我ながら難儀な性分です。

7. 娘と私のただ今のご意見

216 とだけいって、あとは余計なことは何もいってはいけない。妊娠したんじゃないのとか、 いったいどうするつもりなのよ、などとは絶対にいわないようにと、くれぐれも注意したと いうことだ。それでお母さんはいわれた通りに、 「母親だからねー といったら、娘さんは、 「ごめんね」 素直にいって、行く支度をしたという。 「どう ? ママ」 話し終ると娘は改めて私の顔を見た。 「こういうお母さんもいるのよ : : : 」 「ふーん」 つい私は気のない返事になる。 「反省する ? ママ」 と娘。 「なんでワシが反省せんならん ? 」 ′」うよう 気分が昂揚している時は、私は自分のことを「わがはい」といい、業腹な時は「ワシ」と いう。「ワシ」ということによって、娘の質問に対して業腹であることを表明しているつも ′」うはら

8. 娘と私のただ今のご意見

「何だか脇のあたりが寒いよう。スウスウ風が入って。どうしてだろう」 「八ッ口が開いてるからよ」 「なんでそんなもの開けるのさ。ああさむう : : : 」 「開けないと腕が上らないじゃないかー そのうち娘はだんだん無口になる。気分が悪くなって来たのた。 「あ、吐きそう」 「チェッ ! しようがないねえ。じゃあ、早く帰ろう」 家へ帰るなり娘は帯を解いて、「ふー 「ああ生き返った ! 」 しみじみ私は後悔する。 すべての罪はこの母にある。 ああ、一九八六年。当年とって二十ウン歳の我が娘、いったいどうなることやら : ・ ら 中 さ で め

9. 娘と私のただ今のご意見

152 ウインドウショッ。ヒングーー窓から覗いて買物をしたような気分になる : 面白い という気持だ。 買うか。 買わぬか。 白か、黒か。 何でもハッキリしたことが私は好きである。 買う気もないのに店から店へただウロウロと歩き廻って、買うのかと思えば買わす、買わ ぬのかと思えば買うような熱心な顔をして : : : そしてやつばり買わない。 むだ 時間の無駄もいいところだ。そんなことをして何が楽しいのだ。 すると娘はいう。 「ママね、一生に一度くらいはウインドウショッ。ヒングしてごらんよ。楽しいんだから。明 日、一緒に行こ」 「そんなものしたくないよ。ショウウインドウの中をジロジロ見て、高いの安いのといった ってしようがない」 だいたいがああいう高級店では値段札なんか見えないようにわざと伏せてあったりするも のだから、あれは気に入ったけど、つこ、、 しオししくらだろう、伏せてあるところを見ると定めし のぞ 。それが何が

10. 娘と私のただ今のご意見

198 「おはようございまアーす : 明るく弾んだ声で挨拶されると、チ = ーリップの花が。ほっかり開いたようないい気分にな って、一日の仕事のはじまりに光がさし込むだろう。ところがうちの娘はどうか。 「おはよース」 と寝不足の太い声。守衛のじいさんが現れたのかと思ったら、サトウじゃないか。あれに は驚いたよ、オレはまた誰かがアクビしたのかと思ったよ、などと失望の溜息が聞えて来る 」「わ、つ .0 「サトウくん、お茶いれてくれない ? 」 お茶 ? なぜ女がお茶をいれなくてはならないんですか。女がお茶をいれて男は飲む だけ ! なぜそうなんですか。男女サべッじゃないですかー などと文句いうほどのアタマも力もないから、 と素直に返事はするが、返事しただけであとは忘れてる。 「サトウくん、お茶どうした ? 」 「あ、ごめん。忘れてた : : : 」 「頼むよ、待ってるんだからー といって湯わかしをかけてまた忘れてる。