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検索対象: 娘と私のただ今のご意見
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1. 娘と私のただ今のご意見

いない時はレコードを聞く。いる時は二階から大声で呼ぶ。 「キヨーコ、あそぼ ! 」 彼女は今年二十四歳、いまだ嫁にも行かず私の秘書 ( というほど上等のものではないが ) をしている娘は、彼女の仕事場としているダイニングから、 「なにイ ? 」 のっそり二階へ上ってくる。 「あそぼうよ ! 」と私。 「何してあそぶのさ」と娘。 半分面倒くさそうで、半分、面白そうたなという顔になっている。これが十年前なら、喜 「あそ・ほ、あそぼ」 と転がって来ているところである。だが今は生意気にも、 「原稿、上ったの ? 」 モサッというだけだ。 「上りましたよ ! 傑作が ! 」 「ほんまかいな。自分でそう思ってるだけじゃないの : : : 」 「夜の目も寝ずに打ち込んだ小説ですよ。これが傑作でなくてどうする ! 」 「寝ずに書いたからいいってもんじゃないでしよ」

2. 娘と私のただ今のご意見

なるほど、そういわれればその推察は多分当っていよう。 「この節は非常ベルなんてつけても無駄だってこと、よくよくわかりました。非常ベルが鳴 ると、すわこそ、と助けに来るんじゃなくて、さあ逃けろ、ということになるんですから。 鍵をかたくかけて、奥へ逃げ込んで出て来ない・ たた 「なるほどねえ。おびき出すには、金切声で火事だアと叫んでヤカンでも叩くしかないんだ ねえ」 「その通りですー するとそれまで黙って聞いていた娘がいった。 「とにかくね、あっち見てもこっち見ても意気地なしの男ばっかりよ。人が困ってるのを見 て手を貸そうという男は、まず百人のうち二人か三人じゃない ? この前、。フラットホーム で酔っ払いにからまれたダンサーが酔っ払いを押しのけたら、線路へ落ちて死んじゃったと いうので有罪になったでしよ。あの時だってほかに男が何人かいたのよ。その中の一人でも 酔っ払いをたしなめる人がいたら、こういう事件は起きなかったのよ。それを誰もが見て見 ぬふりしてた。今の男はみなそうよ。だから女は自分で自分を守らなければならなくなる。 ず するというんだ、女は女らしくあってほしい、って。女らしくあるにはよ、男が男らしくあ ムってくれなくちゃ、なりたくてもなれないじゃないか。電車の中で暴漢が暴れるとか、いざ という時になると、男は居眠りのふりをしてるんだから : : : 」 「まったくそうですよ。この間も信用組合で四人組の一億円強奪事件があったでしよ。あの

3. 娘と私のただ今のご意見

212 「どんなふうに ? 」 「佐藤さんはよく怒る人だったけれど、佐藤さんの怒りについてのエビソードはとか、どん な時にどんなふうに怒る母親でしたか、とか : : : 」 「テレビでいわされるの ? 私が : : : 」 「多分ね」 「なんて答えよう ? そのときは : : : 」 「そんなこと、自分で考えなさいよ」 「困ったなあ : : : どうしよう ? 」 娘は本気で困っている。暫く黙って何か考えていた娘は。ほっんといった。 「ああ、わたし、ママより先に死にたいわア : 「そうよ 。いかないだろ。年からいっても 「そうかア : 本気で心配しているので、 「もう間もなくママもオチ目になるだろうから、そうなればマスコミは見向きもしないから 大丈夫」 と励ますと、 「オチ目になるまで、がんばって元気でいてね、ママ」 と愚かな娘はいったのであった。

4. 娘と私のただ今のご意見

うぼうの庭を歩いて来て、 「恐れ入ります、こちら佐藤愛子センセイのご別荘でございましようか ? 」 「ご別荘」などと「ご」をつけていわれるような立派なものではないが、とりあえず、 と返事をすれば、 「あの、愛子センセイいらっしゃいましようか ? こ 「ハイ、私ですー とたん 途端に相手はえツ、ウッソオという顔になって、まじまじと私を見つめる。多分彼女の描 いていた「愛子センセイ」のイメージと、この「漁師のおっさん」とではあまりに落差があ あっけ りすぎたためなのである。後からつづいて降りて来た二人の美女も呆気にとられたようにポ カーンと私を眺めている。仕方なく、 「佐藤愛子は私ですが」 ち っ 「エ ( ( ( 」と笑った。なんで笑ったのか自分でもよくわからないのだが、多分、 相手の驚きをとりなそうという気持が働いたのたろう。 私 の「でも、 しいところですわねえ : ン「まあ、なんてすてきな海の色でしよう ! 」 しいながら、カメラを構える。 彼女たちはおっさん顔の私から目を逸すと口々にそう、 「こういうところにいらしたら、さそかしお作品のいい構想が浮かびますでしようねえ」

5. 娘と私のただ今のご意見

226 自由について考えこむ 六十二回の誕生日を迎えてしみじみ思うことは、私の人生に波瀾が多かったのは、ただた だ自由気ままに生きたいという、並外れて強い欲望のためだということである。 誰に遠慮気がねなく、妥協もせすに生きて行こうとすると、人の何倍かの苦労を背負いこ まなければならないことは当然である。世間では苦労を背負いこむことを「不幸」だと思い 不幸は「悪徳」であるとさえ思っている人が多い。だから不幸のもとになる波瀾を起さない ように、何ごとにも己れを抑えて妥協する。 ししたいことを抑え、したいことを我慢し、こ となかれ主義をうちたてて平穏を守るのである。それが賢い、品位ある生き方なのだ。 それが賢い生き方であることを、私は十分知っている。知っているが、しかし、それが出 来ない。 「なぜ出来ないのよ ? こ と友達はふしぎがる。 「何でもないことじゃないの。ちょっと自分の感情を抑制すればいいのよ。要するにあんた は盟なんだ : : : 」 はらん

6. 娘と私のただ今のご意見

といったことがある。 、といった程度の女の 本当をいうと、我が娘は美人ではないが、それほどのブスではない 子なのたが、書く時は、「男にもてたことのないブス」、と書いた方が面白いのである。だ からそう書く。だいたいが、世間の母親や女房の中には、自分の娘や夫をトビキリ上等の娘 冫いいたがるのがいるが、そんな手合の話を聞かされるほど面白くないものは ( 夫 ) のようこ ないのである。 それが事実とかけ離れていればいるでシャクにさわるし、事実の通りに上等であれば、そ れはそれなりに面白くない ? もの書きの娘は、だから普通のお嬢さんよりも大分、ワリをくっているといえる。それに 対して文句をいうと、 「何をいうか ! 誰のおかげで。ハリへ行けた ! 腹いつばいトウールダルジャンの鴨が食べ られた ! などといわれるから、沈黙して耐えている。世間の人の目など、いちいち気にしているよ 悟うでは生きて行けないのである。 あつば れこの戯文もこれで最後だ。終りに当って、娘の覚悟の決め方、天晴れであった、と褒めて 生おく。 娘の声あり。「よくいうよ ! 」 日本音楽著作権協会 ( 出 ) 許諾番号第 8951805 ー 901 号

7. 娘と私のただ今のご意見

うなず とあっさり肯いた。 ところがこの話を人にすると、聞いた人はみんな、 「えつ、五万円 ! まあ ! 」 と驚く。安い。安すぎるというのだ。 「よく、キヨーコちゃん、文句いわないわねえ : : : 」 「そんなもの、いわせませんよ。だって考えてもごらん。部屋代、食費、ガス電気代タダ。 コーヒー、紅茶、飲み放題。お菓子、果物、食べ放題。 ( もっともこれは到来ものばかりで、 到来ものを食べ終らない限り、買うことは許さない ) クリー = ング代、冷煖房費、風呂代 : 一人で部屋を借りて生活している人と較べてごらんよ : : : 」 相手の人は仕方なさそうに、 「わかった、安くないです」 娘独白「だからはじめから安いなんていわなければいいのに。ムダなこというものだから、 長々と聞かされなきゃなんないのよ : : : 」 もら 私「これもあれも有難い親心です。十分な小遣いを貰って贅沢三昧していると、自分のカ 給 で生活しなければならなくなったときに、弱音をはくことになる。常に質実な暮しをしてい のれば、働きのない夫を持つようになっても平然としていられるのです。すべては娘の将来を 娘思ってのこと。そりゃあね。一〇万だって二〇万だって、やろうと思えばやれないことはな いのよ。 ( 娘の唇、『ウソつけ』と動く ) それをしいて渡さず、五万で止めておくのは親で ぜいたくざんまい

8. 娘と私のただ今のご意見

日曜日の過し方 長雨が漸く上った日曜日、雨疲れという気分で・ほんやり庭を見ている。 ひどい庭だ。樹は茂るに委せ、雑草は生えるに委せ、三匹の犬が穴を掘るに委せている。 ところどころ、犬のウンコが転がっている。三 その穴に長雨の雨水が溜ってまだ乾かない。 匹もいればウンコの数も多い。犬がウンコをすればすぐに片づければいいのだが、雨のせい にして片づけないので、長雨に解けかかったヤツ、九割がた解けたヤツ、あと一雨で解けま すというャツ、それからまだ健全なャッ : : : さまざまだ。 し / し このありさまを娘は何と思っているのだろう ? 汚い、醜い、とは感しないのだろうか ? し だいたいこの頃の若い女ども、自分の顔ばっかりおしろい塗って、毎日洋服を着替えたり しているけれど、窓ガラスの汚れ、溜ったホコリ、伸びた雑草などについて一向に何も感じ 曜ないのが不思議である。つまり自分がキレイに見えればいいのであって、自分をとり囲む生 活をキレイにしたいとは思わないのであろうか。 何たる鈍感さー ようや まか

9. 娘と私のただ今のご意見

218 「十五歳の女の子が妊娠したので母親が中絶させたの。ところがまた妊娠しちゃったの。そ れでまた中絶したの。その後も、ずっと男性との関係がつづいてるのね。親がいくら怒って も「うん、わかった、もうしない』というだけ。それで仕方なく、お母さんはお医者さんと 相談して避妊リングを入れてもらったんだって」 、十五歳の女の子にイ ? 」 「でも本人にはそのことは知らせてなかったのよ。そしてそのお母さんは、十五の娘に避妊 リングを入れるようなことになったのは、自分が母親でいながら性についてあまりにも無知 だったからだと反省したの。そして娘に申しわけないからといって、自分も避妊リングを入 れたんだって」 何だか妙な話だ。十五の女の子にリングを入れて妊娠を防ぐよりも、結婚もしてないうち から、やたらに妊娠をしたりしないように教育することの方が大事なんじゃないのか ? しかし娘は私の言葉に耳も傾けず、 「やがてその子が成人式を迎えるまでになって、精神的にも成長したからというので、避妊 リングのことをはじめて話したの。そしてお母さんも入れていたという話をすると、その子 は、びつくりして『母親ってたいへんね』といって感動したというのよ」 お前も寝すに勉強しているのか、そんなら母親の私も寝ずに内職にがんばる、という のならわかる。大切な人の病気快癒を願って、茶ダチ、塩ダチする、というのもわかる。我 が子のインランを戒めるために、自分も禁欲するというのなら納得出来るけど :

10. 娘と私のただ今のご意見

172 とニガニガしく思いつつ、何もせずに荒れた庭を眺めている。つまり、ここがむつかしい ところで、そんなにひとのことをポロクソにいうなら、自分がすればいいじゃん、という声 が私の耳にも聞えているのであるが、それが出来ないのだ。 な。せ出来ないのか ? 娘がしないからである。 娘が何もせすにノラクラしているのに、母親の私がなんで犬のクソの始末をするのだー そういう思いが胸にトグロを巻いている。 聞くところによると世間のお母さんたちは、娘にそんなことをさせないのが普通であると 「そんなん、するわけないわ」 と私の友達はいった。 「しなさいよ、いっするのよっ、ていうてるくらいなら、自分でした方が早いわ」 母親というものは働くもの、娘は働かないものと決めているのだという。 「そんなことないでしよう。私たちの娘の頃、よう働かされたやないの、掃除、洗濯、飯炊 き、配給物の行列から風呂焚き、私は薪割りまでしたわよ。おふくろは何もせんと長火鉢の 前に坐ってタ。ハコばっかりふかして、あれせえ、これせえって用事いいつけるばっかり。や ふきん れ、布巾は使ったあと、必ず洗っとくもんやとか、雑巾を見たら、その家がだらしないか、 そうでないかすぐわかる、とか」 まき ぞうきん