ハッチ - みる会図書館


検索対象: 娘と私の時間
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1. 娘と私の時間

「何やってるの」 娘はカッコつけたまま答えた。 「わかんないかね ? オレだよ、ハッチだよ」 「何じゃいな、そのハチてのは 「ハチじゃないよ 、ハッチだよ」 テレビ映画に「刑事スタスキイ・アンド・ ハッチ」というのがあって、このところ、娘はその ハッチに熱を上げているらしい。 ついこの間までは、・ハレーポールの嶋岡さん、嶋岡さんとさわいでいたのだが、あっという間 にハッチになっている 。ハッチに憧れるあまり、彼女自身、ハッチにヘンシンして、束の間の夢 を満しているのだ。 「いったい、誰と電話してたのよ 「スタさんとよ」 「誰がスタさんなのよ ? 」 「ミカよ」 ミカは娘の親友である。三年になってから、気の合う友達が出来たといって喜んでいたが、こ れはなるほど、びったり合っている。 。ハッチはひたすらキョ 「ハッチにはキヨーコって恋人がいるの、スタさんの恋人はミカなのよ

2. 娘と私の時間

テーマ音楽がはじまった。私は昆布を切りつつ、その一片を食べる。と、娘、 「静かに ! モノを食べないで ! 」 去年、北海道で買って来た昆布、大事にしまってあったのでよく乾いてはいるけれど、そう・ るさい立日がするというものではない。 モゴモゴ、クチャ、という程度だ。なのに娘はキッとふり返り、 「食べないでよ、モノを」 血相が変っている。今夜がハッチ、デビッド・ソウルとの別れかと思うと、おのずから気が ~ つのであろう。いつもならば、 「なにを ! 」 と喧嘩するところだが、今日はまあ、許してやることにする。というのも、どうもドラマの 行具合が面白からざる ( 娘にとって ) 様相を呈しはじめたからだ。 ハッチがポーリング場へ女を連れて来ていて、その女とやたらにいちゃっいている。目下、 ツアツのまっ最中という感じだ。 と、娘は突如、わめいた。 娘「チクショウ ! カンジ悪いぞ ! 」 私、ニータリ、ニタリ、クチャ、クチャ。 テレビのハッチは女を抱えて、

3. 娘と私の時間

222 娘が高校一一年の時から大学一年まで、娘をダシに、枚数にして約五百枚よくぞ書 きつづけて来たものである。 娘は迷惑だったの何のと、ゴタゴタいっているようだが、書く方の私だって、私な りにタイへンだったのだ。 「ねえ、あのこと、書いていい ? 」 「あのことって何よ ? 」 娘は威張っていう。普段は小さくなっているくせに、この時だけは大きな顔をす るのがイマイマしいが、これも仕事と思ってじっとガマンの子である。 「あのことよ、ほら、『スタスキイ・アンド・ 「ああ、あれか : : : そうだねえ : : : 」 人が下手に出ればいい気になって、ますますもったいぶる。 「いいでしよ、書いても ? 」 「ミカも出てくる ? 」 ハッチ」のスタスキイ役 ミカは娘の親友で、テレビ映画「スタスキイ・アンド・ の俳優にネッを上げ、娘はハッチ役のデビッド・ソウルにメロメロである。 「ミカに相談しなくちゃ何ともいえないよ」 そこで仕方なく妥協案。 ハッチ』のこと」

4. 娘と私の時間

このところ、私はテレビ映画「スタスキイ・アンド・ ハッチ」のハッチ役をしているデビッ ド・ソウルにケチをつけることを日々の楽しみにして来た。 「ネ、ハッチの目、ステキでしよ」 「これは女たらしの目ですな」 「やわらかそうな金髪 ! 」 「ふわーっと浮かせてあるけれど、真中へんに若ハゲの気配がある様子ーー」 「キャーツ、カッコいい、あの歩きかた ! 」 「カッコのつけすぎ ! 」 という調子である。 そのデビッド・ソウルの「スタスキイ・アンド・ ハッチーが、六月六日で放送を終る。そのこ とを娘が知ったのはひと月ほど前だったろうか。その時から六月六日は娘にとって魔の日ともい うべき日になったのだ。 はさみ さて、魔の日は来た。私はテレビの前のテープルに向って、塩昆布を煮ようと鋏で昆布を切り はじめた。昆布を切りながら、テレビの前に喰いっかんばかりに頑張っている娘をときどき眺め、 心中、ニータリニタリ。 こういう切実な一場面もまた、何年か後には懐かしい青春の思い出のひと齣になるのだよ、と つぶや ひそかに呟いては、。ハチン、。ハチンと昆布を切る。

5. 娘と私の時間

自己紹介をする。どの人も爽やかでテキ。ハキしている。うまいものだ。最後に娘が出て来た。 「佐藤響子、十八歳の大学生です。ニックネームはハッチ。ハッチというのは、えーと、デビッ ド・ソウルのことで、えーと、テレビ映画の『スタスキイ・アンド・ ハッチ』というのに出てい まして、えーと、えーと : : : 」 いやはや、何をどういっているのやらさつばりわからない。 ( 本人もわからないといっている のだから、これは確か ) あがって、あせってることがよくわかる。それにしても誰かに似た声を 出す。そうだ、昔、亭主に逃げられて、いつも機嫌の悪い、ぶつきらぼうな声を出すヤキ芋屋の おばさんがいた。あの声に似てる、と私は遙か昔を思い出す。あのおばさんはケチだった。十銭 がとこ買う子には機嫌よく、五銭の子には不愛想だった : 思い出に耽っていると、湯川れい子さんの声が聞えて来た。 「ハスキーな声の佐藤響子さんでした」 なーるほど。ハスキーな声ねえ。湯川さんはうまいねえ。やはりこの世界で偉くなる人はちが う。私も今後湯川さんを見習おう。 娘はおっかなびつくりという恰好で顔を出した。 「どうだった ? 」 「あがってたネ」 「やつばり、わかった ? 」 ふけ さわ

6. 娘と私の時間

「オレの夢は・ハラ色だぜ」 なんていっているのだ。 女「ほんと ! ステキ」 二人、キス。何度もする。 娘「うるせえ ! 甘えるんじゃねえ ! 」 私「そうだ ! その通り ! 」ニータリ、ニタリ、クチャ、クチャ。 ハッチと女、しきりにイチャつく。 娘「やめろったらやめろ ! 」 私「大事の時だぞ ! 女といちゃっいてる場合じゃないッ ! 」。ハチン ( 昆布を切る ) ドビー主任、よくいってくれた ! 」 娘「そうだー 私「女といちゃっく奴はクビだ ! 」 これも浮世のつきあいだ。。ハチン ! クチャ、クチャ。 そのうち、女が高級売春婦であることがわかった。 娘、沈黙。 売春婦であるが、「生れてはじめての愛」をハッチに捧げていることがわかる。 私「ホントか ! 欺されんぞ ! 」 しかし娘は沈黙。

7. 娘と私の時間

そう聞くと、 「しや、ハッチ行ってこいよ ! ガン・ハってな ! 」 すぐ調子にのるのがこの母の困ったくせ。 「へただねえ、なってない」 娘はハッチふうに肩をすくめて、卒業式へと出かけていったのであった。 ◇親のたのしみ 高校を卒業した娘は、仲よしグループと卒業記念旅行をするという。 卒業記念旅行ねえ、ふーん。 何のかのと名目つけて、この頃の若い連中はよく遊ぶねえ。 高校卒業記念に各家庭を廻って庭掃除をするとか、母親の肩モミ大会を開くとか、そういう記 念行事を考え出さないのは、実に不届きである。すると娘はいった。 「じゃあ、手料理大会というのをやって母親を招待しよう」 いや、それはこっちで願い下げにする。五年前、私は娘の作った「すまし汁」なるもののその 不気味、奇怪な味をいまだに忘れることができないのだ。そのすまし汁にはほうれん草と。ハン粉

8. 娘と私の時間

ハ、イ、わかる ? やってごらん」 「ヘイじゃないの、ハですよ、 「そう、ロを大きく開けて元気よく : : : 佐藤響子 ! 」 工じゃないのツ、イです、どうしてハイといえないの、情けない子だねえ。イ、イ、 私は躍起になる。やっとハイがどうにかいえるようになって、今度は新しい靴で歩く練習だ。 「ゴトン、ゴトン 音を立てて階段を上ったり下りたり。 漸く一夜が明けて、卒業式の日が来た。 ハ、イ、ですよ。ハエじゃないよ」 「気をつけてね、落ちついて歩くのよ、 ああ、十八にもなった娘に、こんなことまでいわねばならぬとはー 娘は新しい服を着、新しい靴を履いて、突然ハッチの調子でいった。 「じゃ、クマさん、行ってくるぜ」 「クマさんって何よ」 クマさんとは、ハッチとスタスキイの上にいるドビー主任というおっさんのことだという。 「ドビー主任を誰にするか、いろいろと検討してたところだったんだけど、ママがピッタシ」 ようや

9. 娘と私の時間

やがて女はワルに殺される すが ッチ、女の屍体にとり縋って泣く 私「女々しいッ ! 泣くな ! 」 娘、沈黙 、。ハッチ、泣きつづける。 私「やめろ ! それでもオトコか ! 娘、沈黙。こうシュンと黙っていられると困るんだなあ。せつかく、娘を励まそうとして、 めいているのに。 ドラマは終った。 娘、沈黙。私は何といおうか考えている。と、その時、娘が叫んだ。 「いいよウ、伊沢先生とウワキするからいいよ ! 」 伊沢先生 , ここで突如、登場したその人は、『おお / ひばり』というテレビドラマに出て来る、高校のル 生で、俳優、古谷一行が扮している。 の娘はそういい捨てて二階へ行ってしまった。私はひとりで。ハチン。ハチン、昆布を切り、キレ とを口にほうり込んで、クチャ、クチャ、クチャ。そして呟く。 こつけい 「若いということは、自分の滑稽さに気がっかないことであるーー」 。ハッチは何も知らない。女の部屋に来て女の屍体を見つける。

10. 娘と私の時間

ーコだけを愛していて、宇宙の無限大の、無限乗、愛してるんだ」 「ふうん : : : 」 この間から、夜になると電話を二階に切り換えて、長話をしていると思っていたが、そんなこ とをしていたのか ! 「電話料が勿体ないから、今度から学校でやりなさい」 「学校でもやってる」 娘はいった。 「たとえば、朝、ミカと会うでしよ。そしたら、こういうの、『どうしたの、シケたツラして。 ミカにふられちゃったの ? 』そしたらミカが答えるのよ。『あ、ま、そんなところだな』 : : : そ れから教室へ人る時なんか、二人で、壁に身体をくつつけて、目くばせしていうのよ。『気をつ けろ、スタさん』『おう、ヤクのバイニンもいるぞ』それから、さっと人って行くのよ。みんな は何も知らないで、ガャガャしてる。そしたら、ミカが人さし指をこう動かして、『ギャンプル はダメョ、わかるでショ』・ : このわかるでショのショのところがむつかしいんだ」 つまり、ハッチとスタスキイは、トバク場へふみこんだという想定なのだ。ト・ハク場の客にさ れたク一フスメートこそいい迷惑というものである。 私もまあ、学生時代はいろんなことをして来た人間だが、いやはや、こういうことまでは思い つかなかった。