三千円 - みる会図書館


検索対象: 娘と私の時間
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1. 娘と私の時間

234 「人りません」 ぶつきら棒に答えて歩き出した。ところが青年たちはついて来る。二人が急ぎ足になると相手 も急ぎ足 ! 逃げる、追って来る ! そして「事務所はすぐそこなんだよ。見るだけでもいいか ら寄ってみろよ」としつこい。 とうとう根負けして、仕方なくその事務所に人った響子さんたちは、兄貴分らしい男に契約書 を差し出された。 「三万円なんてー・ー持ってません」 「内金でいいよ。残金は一二日以内に納めりやね」 結局二人は三千円ずっ払って外へ出た。 「三千円が惜しいのではありません。その場でなぜキチンと最後まで断らなかったのか、なぜそ んな男のあとについて行ったのか ! いいかげんな話に惑わされるなんて ! 」 と佐藤さんは怒るのである。 「響子ちゃん、契約書にサインしたの ? 」 私は聞いた。 「え、しました」 「一刻も早く、その男たちから解放されたい気持ちでサインしたのね。外へ出てお友だちと『怖 かったわね』といい合ったんでしよう」

2. 娘と私の時間

「あーあ、三千円 ! 」 私のそばへ来て溜息をつく。 もったい 「三千円、フィにするのか ! 勿体ないなア」 私はしらん顔。 「熱は下ったみたいだけど : : : 」 「あーあ、今頃、サシは支度をしてるだろうなあ」 「三千円 ! みすみす捨てるのか ! 三千円」 娘は私がケチの勿体ながり屋であることを知っているので、しきりに三千円、三千円といら 「あーあ、今頃、スティープン・タイラーは : : : 」 私はしらん顔。 「あーあ、三千円 ! 」 うるさいな、しつこい。そこで私はいった。 「あんた、下痢はどうなの ? 」 娘、答えず、ふいを突かれて困った顔。

3. 娘と私の時間

223 娘と私の時間 「ネタ代として三千円あげるよ、二人で半分コすればいいじゃないの」 「うーん、三千円ねえ、そうだねえ : : : 」 「じゃ五千円 ! フン。ハッする」 「とにかく相談してみるよ、ミカと」 すぐにのって来ないところがニクいのである。翌日、 「何ていった ? ミカは 「いいってさ。五千円、ホントにくれるんだろうね」 仕方なく五千円渡す。 「サンキュー 。また何かあったら教えますよ」 こうして、五千円取られしこと、幾たびか。 それに対して取材費出してくれるほど、当編集部は気前はよくないのである。 ミカと二人でその五千円、何に使ったのか。 「映画を見て、マクドナルドのハン・ハーガー食べて、コーラ飲んで、ケーキを食べ て、コーヒーを飲んだのよ」 と娘はいう。 「二度目の五千円は ? 」 「二度目 ? そんなに貰わないよう」

4. 娘と私の時間

時がくるのだ。ママはうるさいことばかりいってるようだけど、色んなことひとつひとつみな、 ママのいう通りになって行くじゃないか , 帰って来たらそういってプチカマしてやろうと思えば、いささか楽しみになって来た。 「はい、もしもし」 「ママ、どっかない ? 」 「じゃ、都ホテル聞いたげる」 「都ホテルだったら一応、とったのよ」 「とった ? ならなぜそれを、早くいわない」 「でも二万四千円の部屋しかないのよ」 「じゃそこへ四人人れてもらったら六千円ずつですむでしよ」 「でもそれじや予算が超過してどうにもならないのよ。三千円くらいのところじゃないと」 「そんな安いところは、ママは知らないわよ」 「じゃ、いい、何とかする」 電話は切れた。何とかする、といわれると、少し可哀想になるが、ま、これも経験だ。スイス イと旅行するより、こんなギクシャクがあった方が思い出になっていい。予想通りに行く旅は、 予想通りの人生と同じで面白くないものだ。電話でそういってやればよかったと思う。 私は上機嫌で娘の帰りを待った。

5. 娘と私の時間

か」 私は俄然、攻勢に出る。 「その代り、演奏がはじまって、場内興奮のルッポ、ジャカジャカジャンジャン ( とこれはロッ クギターのつもり ) キャーツ、キャーツ ( ファンの悲鳴 ) ジャカジャカジャカジャカ、キーツ、 キャーツ : : : その中をかいくぐってあなたはトイレヘ走ったり、もどったり、ジャンジャカジャ カジャカ、キャーツキーツ、ピチピチピチピチ、シャーシャーツ、ジャカジャカ、キーツ・ チピチシャーツ : 「わかったよオ、やめて ! 」 娘は絶叫した。 「行かないよオ ! 」 そうして我が娘はやっと静かになったのである。 諦めてべッドに人った娘を見ると、さすがにあわれを覚える。 「仕方ない。その三千円はママがあげます」 「ホントー 「あげるわよ。可哀想だから」 「ほんとにいい母親だねえ。花も実もあるというのはこういう人のことをいうのではないだろう と自分で感心する。

6. 娘と私の時間

はたまた借金、受験のなやみ すーらりすらりとときほぐす その値はたったの三千円 ああ新宿のおかあさん ああ新宿のおかあさん : : : 」 娘「これが作家かねえ。とても作家の作ったものとは思えないよ」 私「さあ、今度は曲をつけるから、ママが歌う通りについて歌うのよ」 私は歌った。 「あーア、新宿のオまアちイかどにイイ 今日もたたずウむ、そオのオひイとオはアハ ましろきマフラーサングラスウ やアさしイきイえみイをばア たアたえっウっウ・ 時 の レンアイ、ケッコン、浮気の相談、 私 - とはたまた借金、受験のなやみ : このレンアイ、ケッコンのところは歯ギレよく歌うのよ、そうして、すーウらりすらリイとオ と、モデ一フートで人る。つまり、なだらかに、優しく、ほっとした気持 : : : いいね」

7. 娘と私の時間

娘は千円札一二枚握ってニッタリ。 「明日、学校、どうするの ? 」 「まだ下痢がひどいのよ」 「じゃ、もう一日休むか」 「あン と娘は喜々と肯いたのであった。 ◇芸者志望 今日は娘の終業式。娘は留年にもならず、どうにか高一二に進級出来たようである。 「はい、成績表。よくないんだアーといいつつ渡す。 「どれどれ」 と老眼鏡をかけて眺めると、何とー 5 が一つある。娘が生れて十八年、学校生活十一年の ~ に、私は 5 という点数にはじめてお目にかかった。 「これはこれは、はじめまして」と挨拶する。 更に眺めると 1 がひとつ。これははじめてではないから挨拶はしない。 2 がひとつ。昔馴染「

8. 娘と私の時間

ちゃって、もう、もう、ああ、どうしよう ! キャアーツ ! 」 私ニャニヤ。 「ま、世の中にはいろんなことがありますョ」 「ひとごとだと思って簡単にいわないでヨ ! 」 「世の中に出て生きるということはね、恥をかくことです。ママだって、山のように恥をかいて 来た」 「キャアーツ、もうこのことについて、何もいわないで ! 」 という騒ぎ。だから、私ははじめからよした方がいいといってたんだ。 放送日が来た。放送は夜の十時からである。私はそんなもの、聞きたくない。聞かなくたって、 どれほど酷いか想像はついている。なのに娘は、 「さあ、はじまるよ、ママ聞かないの ? 」 と催促をする。こういうところがこの娘のヘンなところだ。私なら失敗した放送なんぞ、人一 倍うるさい母親に聞かせたくない。 いよいよ始まった。 「では今回、二千人の応募者の中から選ばれました六人の方を : : : 」 と聞えて来るやいなや、娘は一目散にどこかへ逃げて行ってしまった。六人の若い人が順々に

9. 娘と私の時間

そういってるところへチリンチリン。 「あ、ママ ? それでね、どうしよう ? 」 「どうしようって、ホテル側が悪いんだから、責任とってもらいなさい」 「だけど、ダメなのよ、いつばいで部屋がないの。ねえ、ほかにどっか知らない ? 」 「どっか知らない、じゃなくて自分たちで探しなさいよ」 「探したのよ、だけどどこもいつばいなの」 それみろ、だからいわないこっちゃない。常々、念には念を人れろといっていた筈だ。その都 度、わかったわかったといって、ちっともわかっちゃいなかったんじゃないか , と説教するチャンスだが、電話代が勿体ない。そうこうしているうちに、電話はまたしてもプ 切れてしまった。 だから、はじめに十円玉を沢山用意しておかないでかけるものだからこういうことになる。京 都から東京へかけるとなれば、 ( しかもこのようにこみ人った事情となれば ) 十円玉をいつばい 用意してからかけるべきだ。 のアタマ、アタマ、常時アタマを使っていないものだから、こういうへマをやる ! とチリン、チリン、 今は親がい またかかって来た。その都度かけ直すと、料金がうんと損なんだぞ、・ハカモンー るからいいが、嫁に行ったらどうせ貧乏世帯、電話料ひとつにもアタマを使わなければならない

10. 娘と私の時間

「そうか : : : 」 娘はまた簡単に諦める。 「いっそ、地道に商売でもするか」 「おつり、間違えずに渡せるかね、お客が来て一万円を出しても」 娘は終りまでいわせず、 「仕方ない、 0 ・になろう」 「雇った方が迷惑する。『これを佐藤にやらせてくれ』『課長、急ぎの仕事はあの子にさせたらい つになるかわかりませんよ、ボクがします』『じゃあこれを佐藤にさせてくれ』『いや、これはあ の子にはムリです。いろいろ教えてるとかえって厄介だから、ボクがします』ミスがあると係長 の責任になるものだから、係長はあれも引き受け、これも引き受け、過労で倒れる」 「そうか。なる、ほど、それはいえる」 娘は感心している。感心すべからざるところで感心するのが、この娘の困ったところで、こう いう時は、 「まっ、シッレイねツ」 と憤慨してこそ、人は進歩するのである。 「なら、いっそホステスになろうか」