ている子供たちのゴムを持ってやったり、さも面白そうにお腹をたたいて笑ったり、よその子の ハンツを上げてやったりしている。幼稚園〈来ると、リョウやはわたしのことなんか、すっかり 忘れてしまう。それでもときどき思い出したように、面倒くさそうに着物の八つ口に両手をつつ こんだまま、わたしの前へやってくる。 「さ、あっちへ行きまひょ。なんでこんな所にばっかしいますのや。こんな臭いとこ ! 」 わたしはわたしの鼻先につき出されたリョウやの手を、おずおずと見る。真赤にふくらんだ霜 やけの手はあちこちヒビ割れて、血が滲んでいたり、腐ったリンゴみたいな色になって、プョブ ョしている。それはねえちゃんが、リョウやと手をつなぐと、霜やけの毒がうつるといった手だ。 いつもタ飯のたびに、わたしはその手を眺めていうのだ。 「その手、どうしたん ? 汚い手」 リョウやはお給仕盆の下にその手を隠そうとしながら、無理に笑って答える。 「霜やけですねん」 リョウやは前掛けの端で、傷口から滲み出る汁のようなものをそっと拭く。リョウやが茶椀に ご飯をよそうとき、茶椀の縁に指がかかりはしないかと、わ一しはじろじろ眺めていうのだ。 「リョウやの指、さわった ! ご飯、食べへん ! 」 けれども、わたしはその手を取る。最初はおずおずと、それからしつかりと、その手を握 りしめる。
ところで、リョウやは地響を立てて転がった。リョウやの顔いつばいに、玉のような汗が噴き山 て、後から後から流れる。わたしはいった。 「もっとコロコと転がってみい。もっと、もっというたら : : : 」 それでもリョウやは、上目づかいにわたしを見て笑っている。苦しそうに真赤になって、咽 の奥で笑いながらいう。 「お嬢ちゃん、リョウやかて、いっぺんぐらい、金太郎にならしてちょうだい」 わたしは転がったリョウやの上に飛び乗って、カまかせにお尻を叩いて歌う。 「あしがら山の金太郎は くまにまたがりおうまのけいこ ハイシドウドウハイドウドウ」 けれども玉井先生は、わたしを何も出来ない恥かしがり屋だと思っているのだ。誰かが病気一 休んだり、台詞を覚えなかったりする時、わたしは代りを探そうとして、みんなを見廻してい , 玉井先生の視線を一生懸命に見つめる。だが玉井先生の目は、いつもわたしの上をす通りして、 わたしはオルガンの後で歌を歌う一団の中にとり残されるのだった。 だがある日、袴をはいて太いステッキをついたお父さんが、からたちの垣根の外に現れてい
「ビッビッビッ」 みんな輪になって、元気よく両手を振って歩いた。それから立ち止ると、いっせいに歌いなが ら遊戯をはじめた。 「象のおはなはぶーらぶら おあしはふとくてによっきによきーー」 わたしはどうしていいのかわからない。みんなが脚をふみしめると、急いでそうしたが間に合 わない。慌てて両手を上げた時は、みんなはもう下ろしている。いつの間にか、輪がグルグル動 いて縮まって、わたしは輪の外にとり残された。玉井先生はわたしを指さし、おどけた顔をした。 「オヤオヤオヤ」 みんなは笑った。五、六人の男の子が真似をした。 「オヤオヤオヤ」 水色ペンキのはめ板が、一段くぼんでいる手洗場のかげ。傷だらけのポプラが一本立ってい て、誰かが便所へ行くと、チロチロとおしつこの音が聞えてくる。誰も、わたしがそこにいるの 子 に気がっかない。わたしの目は、ポプラの陰からリョウやの姿ばかり追っている。毎朝出かける 愛とき、ばあやは何度も、リョウやに念を押していうのだ。 「リョウちゃん、あんじよう面倒みるのやで。間違いのないようにしつかりとやで」 それなのにリョウやは、風船みたいに真赤な、はち切れそうな頬つ。へたをして、ゴム飛びをし
「めそめそする子、大嫌い ! 」 リョウやはいう。リョウやはまるで、別人のようになっていきいきしている。ご飯の時のよう に、ニャニヤと無理笑いをするのでなくて、丁度、わたしがお父さんの前で笑ってみせる時のよ うに、大きな口を開けて、空を向いて「ヤハハハ」と笑っている。 わたしは涙に曇った目で、遊び場を見る。遊び場の真中で、大川正平さんが歌を歌っている。 「あしがら山の金太郎は くまとおすもうとりました くまはころりとまけました」 大川正平さんは歌が上手だ。折紙も、絵も、遊戯も上手だ。劇の時も、いつも主役になる。そ してわたしはいつも玉井先生のオルガンを囲んで、みんなと一緒に歌を歌う役だった。 わたしは劇に出たいと思った。誰も、わたしがどんなに上手にやれるか知らないのだ。お家で リョウやを相手にやる時、わたしはいっぺんも台詞を間違えたことはない。わたしはお座敷の真 中に足をふんばり、大川正平さんのように身体を振りながら、咽喉をまるめて歌うのだ。 子 「あしがら山の金太郎は 愛くまとおすもうとりました くまはころりとまけました」 リョウやは熊の役だった。猿の役もやったし、兎も鹿もやった。熊はころりとまけました、の
「大に当って、これがほんとの、ワンストライク」 わたしは、はじめて算術の試験に八十八点をとってしまったときのことを思う。答案用紙に赤 インキで、八十八という字が書いてあるのを見たとき、わたしはびつくりして、お弁当も咽喉に 通らなか 0 たのだ。けれどもわたしはこんな風に思い直した。八十五点以上ならいいと。お父さ んは子供の頃は、八十点ばかりだったといっていたから。だがそのうち、わたしの算術の点は八 十五点より下にな 0 た。八十点 : : : 七十五点、 : : : 七十点 : : : そのたびに、わたしは思った。八 ・ : 七十五点以上なら : ・・ : 七十点以上なら : : : と。 十点以上ならいい : ・ わたしは前を行く大宮さんの、赤い太い脚をぼんやりと見た。 「リョウョウジョウトウ 夜は更けて : : : 」 大宮さんの歌う声を、わたしは聞いた。もし大宮さんが六十点をとったとしても、誰も何とも 思わないだろう。大宮さんも何とも思わないだろう。 「リョウョウジョウトウ 子 夜は更けて : : : 」 愛大宮さんは、同じところばかり繰り返して歌っていた。 「リョウョウジョウトウ 夜は更けて : : : 」
子 小学校の校庭は、幼稚園よりもも 0 と大きか 0 た。わたしたちはその校庭に立「ていた。校庭 愛には強い風が吹き、空の高いところを雲が走るたびに明るくな「たり陰「たりした。 「アイちゃんやて」 「自分のことアイちゃんやいうてる」 「うちのアイちゃんは何の役ですかね、先生」 玉井先生は、オルガンを途中でやめて走 0 て行 0 た。先生は何べんもお辞儀をしては、手を口 にあてて笑った。 お父さんが帰ると、先生はわたしに樽の役をつけた。四人の女の子と手をつないで輪にな 0 て、 ゴロゴロゴロといいながら出て行 0 て、白兎の ( ル子さんを輪の中に入れて、またゴロゴロゴロ といいながら引っ込む。 「樽の役」 お母さんやねえちゃんは、そうい 0 ては笑「た。けれどもわたしは嬉しか 0 た。わたしは、 「ゴロゴロゴロ」 といいながら、思わす = コニコ笑 0 た。見物の人もみんな笑「た。リョウやが「ヤ ( ハー」と 笑う声が聞えた。その中で、ばあやがひとりだけ、拍手をした。