四人の兄はその二、三年前から、殆どわたしたちの家 ( 帰 0 て来ることはなくなっていた。一 番上の兄は、東京で詩や小説を書いて生活していたが、あとの三人の兄は、どこでどんな生活を しているのか、わたしは全く知らずに過していた。父や母は、わたしたちの前では、殆ど兄たち のことを話さなくなっていた。わたしたちはわたしたちで、父母に向ってなぜか、兄のことを聞 こうとしなかった。 四番目の兄が死んだとき、兄がいくつになっていたのか、ーーわたしは知らなかった。後になっ て知ったのだが、兄は何度目かの勘当を父から受けて、兄の生みの母が死んだ東北のその町〈、 何の目的もなく放浪して行ったのだ「た。兄はそこで小さな新聞社の、見習い記者となった。そ のとき兄は十九歳で、兄と恋愛をした煙草屋の娘は二十五歳だった。兄は悪性の性病に悩み、そ の女の淫蕩な性質に苦しんだ。母は兄に、月々の生活費を送「ていたが、それは間に入って、と りなし役をしていた筈の二番目の兄に、半分以上も着服されていたのだ。そして兄は心中した。 兄は三人の兄にも、父にも母にも、何ひとついい残さずに死んでしまったのだ。 「ああ今日も生きている」 子 そんな毎日がつづいて行く 愛、ほくはペソをかきながら 「マリヤさま」 十字を切っている
圭太は毎日、寝ていた。 畳の上にじかに、大きな裸の背中をこちらに向けて、河岸に上げられた鮪みたいだった。肩や 背中はいつもこってりと汗に光っていた。蠅がその上を歩き廻っていた。窓の向うに地平線まで 何ひとっ遮るもののない、平らな畠が続いていた。それはぎらぎらと照りつける八月の太陽の下 子 で、緑ひと色に光っていた。 愛わたしは圭太のそばに坐り、団扇で蠅を追いながら、いつ見ても同じ窓の外のその景色を見て 9 いた。私は毎日、雨が降るのを待っていた。窓の下のかぼちゃの葉が、少しでも風で動くかと、 じっと重なり合った重たげな葉を見つめていた。それからまた、わたしは圭太を見た。軍隊時代 わたしは、しかしそれらの愛情から何と遠く隔っていることだろう。いま、わたしはひとりぼっ ちだ。わたしは毎日、勤めの帰りに、橋の袂のマーケットで肉や野菜を買って帰り、何でもかで もフライバンでジュウジュウいためて、壁の方を向いてひとりでタ食をとる。ひとりの〈小母さ ん〉が、ひとりの〈小母さん〉が・ それは一体、母親と赤ン坊を繋いでいるあの密着した安心と、どういう関係があるのだろう か ? 壁の方を向いて、ひとりでタ食を食べているわたしと、ばあやのしなびたおつばいを握っ て眠ったわたしとの間には
小使いの小母さんが弾いているオルガンの音が、毎日のように「吉野をいでてうち向う、飯盛 山の松風に」と奏でていた。教室は寒かった。窓かけの隅には、いつも灰色の空がこびりついて いた。わたしたちは、ひそひそといい合った。 「あの人は内緒で家庭教師についてはるのよ」 「あの人は、寄附をするらしいんよ」 「あの人は、校長先生につてがあるんよ」 わたしたちは毎日、同じことを話し合った。わたしと同じ学校を受験する人は、西さんを入れ て五人いた。わたしは西さんが病気になることを祈り、そんな事を祈った罰を恐れて神さまに詫 びたりした。わたしたちはいいあった。 「あんたは大丈夫やわ、入れるわ」 「わたしはあかん、あんたこそ入れるわ」 「あんたこそ」 子 「あんたこそ」 愛先生はわたしたちの母を呼んで、一人一人に同じことをいった。 「あの学校はうちからは毎年、一人ぐらいしかとりません。お宅のお嬢さんは三番目くらいの 出来ですから、もう一息、勉強してもらわないと、危いです」
「どの時計もびったりね」 「毎日正午に合せてまわるんだもの : : : 暇やからな」 母は笑った。 。ーーあの親爺が出世して縫紋の羽織を着て、抹茶をた 「覚えてるか ? うどん屋の〃やっこ ててるいうからね」 思い出したように母はいっこ。 「あの界隈もすっかり変ってしもうたってねえ」 わたしは母の手が、殆ど毎日、それをやっている手馴れた素早さで、内職仕事のように、トラ ンプをくり出して行くのを見ていた。 「ーーーそう変った ? 」わたしは、いっこ。 それは圭太がまだ生きている頃のことだった。 わたしは圭太との離婚問題のために、故郷にいる仲人を訪ねて行った。わたしが泊った山川よ し子の家では、庭の焼け跡に植えた桃の木が、五尺ばかりの背丈のまま、貧弱な桃の花をつけて いた。わたしは山川よし子の部屋であるバラック建ての中二階の、低い天井の下に腹這いになっ て、そこの小窓から朝を迎えたばかりのその桃の木を見下ろしていた。山川よし子はわたしと並 んで、焼けた庭石の転がっているだだっ広い敷地を見下ろしながら、戦争が終ったら彼女と結婚
。ヘンやポンポン入れの可愛らしさに対して、かなしくなるのだ。わたしのこの優しい心、もし誰 かがわたしを好きだといえば、その何倍もの愛情をかたむけるこの心、毎日毎日一生懸命に待っ ているこの心、それが、誰にも解らないのだろうか。わたしは大場幹江より素晴しい手紙を書く ことが出来る。素敵な贈り物もするし、その人一人を、永久に守ることだってする , ーーわたしは その人の為に、結婚さえも拒む。わたしの許に群がる求婚者たち、みんなが息を呑むような美し い青年や、みんなが羨ましがるような金持ちゃ、有名な映画俳優や、貴族や : : : けれどもわたし 彼女はわたしの為に幸福になり、ま は一切を拒む。わたしはただ一人のひとに操を捧げるのだ。 / た不幸にもなる。彼女は病気なのだ。肺病で、弱っている。わたしを見るときだけ、弱々しく微 ・ : わたしが死んだら、あなたは結婚するでしよう : : : わたしは怒ってみせる。結婚なん 笑む。 て、そんないやらしいこと : : : 嘘よ、そんなこといって、あなたはわたしのことなんか、すぐに 忘れてしまうんだわ : : : そして彼女の頬を一筋の涙が伝って行く : : : わたしは涙ぐむ。顔をまっ すぐにして、いっか見た映画の中で女優がしていたように、じっと目をみはり、またたきもせず に。すると忽ち目の中に涙が膨れ上る。涙は膨れて弾けて流れ、静かにわたしは暖り泣く : そうして涙にかすんだ目でわたしは見る。机の上の電気スタンドや、青銅の文鎮や、小猫の時 ーパーナイフや、 計や、ポンポン入れを。そこに飾られたまま、まだ一度も使ったことのない、ペ 鵝鳥のペンを : ・
四愛子 てわたしは立っていた。涙に曇った目で、新しい靴で、新しい洋服で。 お父さんは何も知らない。お母さんも何も知らない。ばあやもねえちゃんも、何も知らない お父さんは毎日のように、同じことを訊く。 「アイちゃんや、一年生の中で一番可愛らしい子は誰だい ? 」 わたしは答える。 「からさわるり子さん」 「ではアイちゃんは ? 」 「アイちゃんは二番目」 「じゃあ、一番勉強のよく出来る子は誰だい ? 」 「大川正平さん」 「ではアイちゃんは ? 」 「アイちゃんは二番目」 そしてお父さんは笑う。天井を向いて、お腹をゆすって笑ういつもの笑い方で・ 「学校には悪い子はいよい、、 わたしは答える。 「いない」
31 愛子 「誰ですか、とても変な声を出す人がありますね」 けれども大宮さんは平気だ。歌うのをやめないで、何べんでも大声で歌う・ もしもこの世に学校がなかったら 毎日のように、わたしはそう思った。だけど、ばあやはいっていた。 「学校へはどうしても行かんならんのでっせ。こればっかしは、なんぼお嬢ちゃんやかて、い ややいわれしまへんのやで」 ばあやはいった。 「いけずする子がいたら、ばあやにいいなはれや」 だけどわたしは何もいわない。。 はあやは恥かしいことを平気でするからだ。お菓子の紙包を持 って道端に待っていて、学校から帰ってくる男の子たちに渡しながらいうのだ。 「うちの嬢ちゃんにいけずしたら、怒りまっせ。ええか、わたいは怒ったら怖いのやで」・ 右手のときは左足、左手のときは右足 : ・ 学校から帰るとわたしは、誰もいない部屋で、ひとりでそっと行進の練習をした・ 「オイッチニイ オイッチニイ」 胸のなかでいいながら、わたしは歩いた。右足を出した時は、右手を出してはいけない。右足
を押えた。 毎日のように、無尽会社から金の取り立てが来ていた。彼は製油会社をはじめるといって拵え た二百万ほどの金を、麻薬に消費したのだった。取り立ての老人が頑張って坐りこんでいる前を、 わたしはそしらぬ顔で箒ではいた。わたしは老人を、空気みたいにあしらった。老人は対抗して、 家が抵当に入っているのだ、と何度も独り言をいった。老人は喘息持ちの上、痔が悪かった。老 人が長々と便所でしやがんでいるとき、わたしは忘れたふりをして、ふいに戸を開けたりした。 「やめたって、同じこと。信じないだけなんですから : : : 」 わたしはいった。わざと微笑んでいった。 「どうそ、わたしを憎みなさい。わたしは冷酷で、エゴイストで、犬猫にも劣る女なんですか ら。日本全国にそのことを吹聴して結構よ。そのくらいの代価で、この家を出られるのなら 「俺が悪いんだもの : : : 」 彼はいった。 「腹を立てるわけがないじゃないか。お前にはなにひとつ、悪いところなんか : : : 」 「わたしのこと、お前って呼ばないで」 静かにわたしはいっこ。 「もう他人になるんですから : : : 」
姉はいった。 「入学試験なんて、ヘナチョコや」 入学試験を受けて帰って来たとき、姉は得意げにいった。 「全部出来た ! 」 母は早速、新しい洋服を拵えた。だが発表日になってみると、姉の名前はなかった。姉は何度 も試験を受けに行った。 「学校なんか、どんな学校でもいい」 わたしは、父がそういうのを聞いた。 四月になって、友達はそれぞれ新しい学校がきまっても、姉の行く学校はまだきまらなかっ た。姉は毎日、風呂敷包みを持った母と、どこかへ出かけて行った。 わたしは父と一緒に、朝早く姉のために村の八幡神社〈お詣りに行った。 「どうか、ねえちゃんが入学出来ますように わたしは手を合せて、長い間拝んだ。 「みんなが、お父さんに、心配をかけへんようになりますように 後で父が、わたしを見ていた。四月だというのに父は毛の頭巾をかぶり、重そうな黒いマント を着ていた。わたしは父の先に立って、こんなによく走るところを見せようとして、松並木の間 の長い石畳を、風を切って走った。
米櫃の蓋を開いてよろこんでみる 「五合弱」 「ああ明日も生きられる」 そんな毎日がつづいていく ぼくはおなかを減らしてはならないと 少しも便所へ行かなかった 兄が残して行った粗末なノートには、最初の頁に、そんな詩のようなものが書いてあるだけだ った。わたしはそれを後になって、父の手文庫の中から発見した。そのときはじめて、わたしは 四番目の兄の、まるで小学生のような稚拙な、蚤のような字を見たのだ。それはわたしより下手 な字だった。ノートの端に小さく、十九歳、四郎、とあった。 父は、一見何ごともなかったように、平静だった。一言も兄のことを口にしなかった。人がく ればいつもと同じように、陽気な大声で応答していた。朝早く、わたしが学校へ行くために廊下 を通るとき、父の部屋には、前の晩からの疲れた電燈の光のまわりに、煙草の煙が朦々とたちこ めていて、その中にペンを握ったままぼんやりと空を見つめている父の姿が見えた。 そんなある日、わたしは父が便所の中で独り言をいっているのに気がついた。