今 - みる会図書館


検索対象: 憤怒のぬかるみ : さんざんな男たち女たち
160件見つかりました。

1. 憤怒のぬかるみ : さんざんな男たち女たち

理想の鳩ポッポ 今から三年ばかり前、私は『ひとりばっちの鳩ポッポ』という小説をある婦人誌に連載 『ひとりばっちの鳩ポッポ』とは四十六歳の歌代という主人公のことで、夫は都市銀行の 支店長。大学生の娘と高校生の息子に姑を加えた五人家族の生活を一身に引き受けて、結 婚以来、何の楽しいこともなくひたすら家事に挺身してきた中流の主婦である。 生真面目な性格の上に家にばかりいるものだから世間知らず、日本の敗戦時代に育った 彼女は、子供の頃の貧しい食卓を思い出しては今の中流の、さして不自由のない暮しを幸 福だと思って今日まで家族に尽してきた。 ところが四十六歳の今になって、そんな平和が彼女にはもの足りなくなってきたのであ 何だったのか、と思いはじめる。そして娘の高校時代の教師 る。自分の人生はいっこい、 寂しい片想いに終り、夫にも娘にも急子にもわか に仄かな恋心を抱くようになるのだが、

2. 憤怒のぬかるみ : さんざんな男たち女たち

161 夢追いの名人 き憤慨してくれると思いきや、人みな無感動に、けど、それ、今は当り前よ、という。え げつない世の中になったものだ。利用出来ないところに値段をつけるなんて、と怒っても、 「しかたないのよ、今はそうなのよ」 「怪しからん ! 」 「怒ったってそうなんだからしようがないよ」 その時娘がいった。 「でもこれで一億円の返済と利息に苦しまなくてもよくなったから、よかったんじゃな その時はじめて私は、一億の金には返済と利息がつくことに気がついたのであった。

3. 憤怒のぬかるみ : さんざんな男たち女たち

99 それでもパンダになりたいか いたわり、ねぎらい、老人が若者から受けるものはそういうものでなくてはならぬ。それ をムフは「好意」だという。 「おばあちゃん、百 x 歳おめでとう」 「おめでたくなんかないよ ! 」 百 x 歳の老婆がそうはっきりいえたのは、百まで生きたキャリアのカであろうか、それ とも彼女のキャラクターか。それともポケたおかげか ? いずれにしても今はまだ百歳が珍らしいから人は騒ぐ。今以上に長寿者が増えれば、百 歳などハナもひっかけられなくなるだろう。パ ンダが増えれば、ヾ ノンダの見物人も減るの である。

4. 憤怒のぬかるみ : さんざんな男たち女たち

134 子さんと枝さんの場合ばかりではない。 O 子さんは会社の男性同僚とタクシーに乗ると、 いつも先方が先に降りてタダ乗り、タクシー代は O 子さんモチになる、といっていた。 「どうなっちゃってるの、今の男は」 と女たちは騒いでいるが、そんなことは少しも不思議じゃない、男女平等が徹底しただ けのことだよ、と男はうそぶいている。それはあんたたち女が望んだことじゃないのかい、 と。ワリカンこそは、女が望んだ男女平等のあかしなのである、と。 そう考えれば女は満足するべきなのだろう。しかし女は文句をいう。それは女の勝手と いうものじゃないか、という声もある。もっと穿っていうなら、 「つまりワリカンにすることによって、『ばくは君にこの程度の関心しか持っていないん だよ』といってるつもりなのかもしれないわね」 そういうと、子さんは顔面を紅潮させていった。 「ちがいますッ , ワリカンで食事しといて、ラプホテルへ誘うんですッ ! 」 元来、男は弱いものであって、それを辛うじて見栄、やせ我慢で補ってきた。見栄を張 るのは男が一人前になった証拠のようなものであった。女をデイトに誘ったからには、借 金してでも費用をもつのがかっては男というものだった。外国の男は今でも皆そうしてい る。今の日本の男も少しは見栄というものを持ってほしいといっていると、

5. 憤怒のぬかるみ : さんざんな男たち女たち

「給食係の人たちだってどんなに苦労しているか。少い予算で、少しでも分量の多いも の、栄養価のあるものをと考えて作っている。その苦労を思いなさい」 と説教し、そのことを雑文に書いたところ、どこかの給食センターの人から、あの文章 を読んで、「私たちの苦労をよくそわかって下さった」と思わず泣きました、という手紙 が来た。 先生は心に泣き、子供は辛さに泣き、給食センターの人も泣く。実に涙、涙の給食時代 を経て、今は給食も「グルメ時代」 しい時代になりましたねえ。今の子供は幸せねェ」 「これで日本の食文化は進歩します」 と喜ぶ人がいるが、子供のグルメのどこがめでたい、 と私はいいたくなる。なぜめでた 好くないのか、と追及されると答に窮するのだが、とにかく面白くないものは面白くないの である。 ん ど 167

6. 憤怒のぬかるみ : さんざんな男たち女たち

円玉一個と百円玉三個と十円を四個置いた。つまり彼は総勘定のキッチリ半分を出したの である。 「どう思います ? 佐藤さん ! これは見合なのよ ! 見合 ! 大学の友達同士ってわけ じゃないのよ ! それがワリカン ! 」 私にその話をした人は興奮していった。 どうしたの ? その縁談は ? 」 「そんなもの ! 当然彼女は断りましたよ ! 」 二千八百四十円。いったい何を食べたのかなア。 ( この話は、彼が何を食べたかによって興趣の盛り上りかたが違ってくる ) ますビール一本は飲んだだろう。すると、ビールは今、一本いくらしてるの ? さあ ? 外で飲んだらいくらくらいかしらねえ : : : 店構えによっても違うだろうし、五百円くらい 人じゃないのかしら。じゃあ二千八百四十円からビール代五百円を引くと、二千三百四十円 : そうそう税金とサービス代をます引かなくちゃならないわよ。それを引いて、何を食 の ベたかを考えなくては : 今 と二人で考える。 「和風レストランていうから、うな重あたりかしら」

7. 憤怒のぬかるみ : さんざんな男たち女たち

215 ああ不自由な時代 そのうれしさのために私は吐気、頭痛、ヒステリイを我慢しなければならないというの この分でいけば今に、海へいけば溺れるかもしれないから、老若男女、すべて浮袋に入 って泳がなければいけないということになるかも。

8. 憤怒のぬかるみ : さんざんな男たち女たち

など使わないということだった。サイレント映画の時代であるから、涙を流すシーンにな ると、悲しいバイオリンの曲を背後で奏でさせる。それを聞いているうちに、メアリー ビックフォードの気持は次第に悲しみに沈んでいき、やがて待望のひと雫がハラリと頬に 落ちる、というのだ。それは私の母の話だが、真偽のはどはさだかでない。 目薬がこばれないように支えるのもたいへんだが、バイオリンを聞いて気分を高めてい ふうふげんか くのもたいへんであろう。朝から夫婦喧嘩をして皿を投げ合ってきた時にはどんな名手の かたず 演奏も胸に染みこんでこないだろう。私なんかだと、監督や助手やカメラマン一同が固唾 を呑んで、今か今かと流れ出る涙を待っているーーーそれを思っただけで、いきなり笑い出 したくなってしまう。 悲劇は泣けない方よりも、悲しく奏でなければならない人の方にあるかもしれない。 「あのバイオリンじゃ泣けないわ ! 」 る大女優などといわれている人には、そういってバイオリンのせいにする人が間々いるも 語 のだ。 水 しかし、この頃テレビ映画を見ているうちに、俳優というものは実に簡単に本泣きする ナ やっかい ものであることがわかってきた。目薬のお世話にもバイオリンの厄介にもならないで、本 当に泣いている。場面が変ったら泣いているというのではなく、大きく見開いた目の中に、

9. 憤怒のぬかるみ : さんざんな男たち女たち

性がなぜ、この自然現象にこだわるのだろうか。夫立ちあいで出産する、あるいは見物人 ( 立会人 ? ) を集めて出産する女優さんまで出てきている時代に。私が不思議がっている と、一人の若い女性がこういった。 「だって、あの音が聞えてくると、「あ、今、出してるんだな』って思われる。恥かしい じゃないの」 「出すために入ってるんだから、そう思われるのは当然でしよ。音が聞こえないと、中で 何してるんだ ? なんて却ってヘンに思うわよ」 「でもさ、音が聞えると、ナマナマしいじゃない」 実にふしぎな考え方だ。 排泄音を消すために水を流せば、当然水の音が聞える。水の音は排泄音を消すためだと いうことは皆にわかっているのだから、「あ、今、出してるんだな」と思うことに変りは 方よ、じゃよ、ゝ。 子 / . し・カ っ 渋谷の繁華街の裏通り、ラプホテルが軒を連らねているところを歩いていると向うから の 若い男と女が腕を組んでやってきた。女は男の肩に頭をもたせかけ、男はそれをしつかり 支えて : : : という具合こよ、ゝ し。し力ないものだから、 ( 何しろ身丈の寸法が同じくらい ) 歩き つつ、次第に押されて左へ左へと寄っていきながら、しかし平然と二人は「ご休憩千五百 かえ

10. 憤怒のぬかるみ : さんざんな男たち女たち

もう 査、薬薬で儲けることばっかり。金を儲けて、税金逃れを考える。使いもせぬマンション だいたいね、今はお医者さんだけじゃない。 を二つも三つも買って、それが何がエライー・ 皆、考えることはカネを儲けることばっかりです。ソンかトクか。それが価値観の第一を 占めている。驚いたことには作家の中でも月産千枚とか千五百枚とか書いて、得意がって いるのがいるんです。そんなことは作家として恥と思わなくちゃいけないんだ。なのに量 産してるってことは、それだけ収入が多いということになるでしょ ? だから自慢に田 5 っ ている。世間の人も何かというと『月に何枚くらい書いてますか』なんて訊いて、『えー たいしたものですなア : 、千枚 ! : 』感服のキワミといった面持ちになったりしてね。 まったく情けない世の中ですよ。今は作家もバン屋も同じです。 ・ : 量産すれば質が落ち るんだ。もっとも私みたいに量産しないけど、年とってアタマ悪くなって質が落ちるとい 策うのもいるけれど : ・・ : 」 税 としゃべりまくれば相手は「はあ : ・・ : はあ : ・・ : なるはど : ・・ : そういうもんですかね : 節 ハハハ」とうつろな笑い声を上げるばかりである。私はだんだん興奮して来て、車の中で え 言大演説になった。 人途中、道路が渋滞し、車は遅々として進まない。ついにセールス君はいった。 「どうも進まないようですね工 : : : 先生、少しお眠りになって下さい。どうそ、ご遠慮な