8 ある時、私は友達三人と一緒にその行列に並んだ。入場券売出し時間の三時間前である。ふと 見るとその行列の後ろの方に、カーキ色の z 中学の制服が見える。よく見ると、いつも通学の電 あだな 車の中で会うオニガワラ ( と私たちは渾名をつけていた ) である。 「オニガワラが来てる」 ささや と私たちは囁き合った。オニガワラは身の丈、六尺近く、眉太くつり上がり、限は三角、顔の 色は酒を飲んだようにいつも真赤でいかつい。そのオニガワラが宝塚少女歌劇を見ようとして二 時間前から行列に入っているのを見て、私たちは笑うより呆れたのである。 やがて行列は動き出した。ます切行を買って宝塚遊園地の入口を入り、それから遊園地内を走 って大劇場まで行く。そこでもう一度劇場の切符を買わなければ大劇場には入れないのだ。従っ て遊園地の入口を入ってから大劇場の入口まで必死で走らなければ、後ろの人に追い抜かれてし まう。それではせつかく早く来て行列に並んだ甲斐がない。 私たちは必死で走った。と、後ろの方からドスンドスンという地響きが聞えて来る。何ごとそ、 と思う間もなく、走っている我らの傍をオニガワテが追い抜いて行くではないか。 あっという間にオニガワラは地響きを残してかき消えてしまった。少なくとも私たちよりは三 十人は後ろにいたオニガワラが。 私たちは漸く大劇場に入った。あんなに早く来たにもかかわらず、私たちの席は後ろの方であ る。見るとオニガワラは我々よりは遙か前にケロリと坐っているではないか。
「まっ、オニガワラはっ ! と我々は賁った。 「男のクセに、宝塚なんかへ来てつ ! 」 「地ヒビキ立てて走るコトないわよっ ! 」 「オニガワラのくせに、生意気よっ ! 」 ゅう・せん せっしやくわん オニガワラは我らの切歯扼腕も知らず、ナンキン豆の袋に手をつつこんでは、悠然と食べてい たのである。 その後、私たちはときどきこのことを話題にしてはさんざん笑った。 「走って来たときのオニガワラの顔、見た ? 」 「見たとも。オニが火を吹いて走ってるという感じゃったわ」 「まだ二、三人で走ってるというのならいいけど、ひとりで地ヒビキ立てて走ってるところが、 オニガワラのおかしさやね」 ま で しかし、オニガワラのおかしさもさることながら、今になって思うと、我ら女の方もおかしい 女走ったオニガワラもおかしいが、必死で走り、走りつつふり返り、オニガワラ見て憤り、憤りつ 朝っ走り、かっオ = ガワラに負け、後々まで怒って悪口いう。ムキになって憤慨するから滑稽にな ってしまうのだ。 「オニガワラ、真赤になって走ってたネ、アハハ」
ですませれば、滑稽なのはオニガワラだけですんでしまうのに。 女はムキになるので滑稽になる。では男はムキにならないから滑稽にならないか ? キにはならないが、ムキにならぬだけに何となく男は間が抜ける。その間が抜けたところに男の ューモアが存在する。 大阪駅の階段をコロコロと転げ落ちて来たオッサンがいる。転げて来るオッサンを、驚いて立 ち止って見ている別のオッサンがいた 「大丈夫でつか ? 」 転がりゃんだオッサンに見ていたオッサンが声をかけた。転げて来たオッサンはムクムクと立 ち上がり、 「大丈夫」 ムクれて一一 = ロ。むっとしたままさっさと立ち去る。見ていたオッサン、その後ろ姿を眺め、 「べつに怒らんかてええがな」 つぶや そう呟いてトコトコと立ち去る。それだけである。そこに何ともいえぬおかしみがある。 こつけい