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検索対象: 死ぬための生き方
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1. 死ぬための生き方

やっ 「ほんまにあの二人は悪い奴やわ ! あんな奴がこれ以上のさばるのは許せへんよ ! 」 と。ハン屋のおばさんは本気で怒っていた。その頃の大衆は心から正義を愛していたのだ。 悪は滅び、善が栄えなければ許せなかった。必ずしも現実の社会はそうではない。そうで かっさい はないからこそ、芝居や小説で悪がやつつけられるのに喝采したのだ。 今はどうも、善玉悪玉の別がはっきりしなくなった。人やものごとを表だけでなく裏か らも横からもよく見て議論をもちかけるようになった。 「 xx くんは確かに悪いことをした。人のものを盗んだり、弱い者を殴りつけたりするの は悪いことだよ。だけど、 xx くんにも優しいところがあります。この前、雨が降ってき た時、ぼくが傘がなくて困っていたら、 xx くんは自分の傘を貸してくれたもの」 たちま とホームル 1 ムで小学生が意見を述べる。昔の小学生なら忽ち、 「 x x はドロポーだ。不良だ、弱い者イジメだ」 と悪玉の印を押すところだ。 悪玉にも善の要素がある。 玉 善善玉でも悪の要素を持っている。 人間というものは悪玉と善玉の両方を合わせ持っているものだということが、今は子供

2. 死ぬための生き方

151 教養とは ? るのである。 それは記憶するばかりで「考えない」というアホである。知識は頭に詰め込めばいい、 そしやく というものではない。身につけた知識をもって、深く考える。知識を咀嚼し、血とし肉と してこそはじめて「アタマがいい」ということになるのだ。 私の知り合いに記憶力抜群のおばさんがいて、特に日本歴史が得意だった。人はみな彼 女のことを「アタマのいい人」と感心している。 うじようそううんあしかが おだわら そのおばさんとある時、一緒に新幹線に乗った。小田原を過ぎると、北条早雲が足利氏 せきはら ひでよし から城を奪った話になり、やがて北条氏は秀吉の軍門に降るという説明になる。関が原を けいちょう 通れば「関が原の戦いはあれは慶長五年九月に起っています。秀吉が死んだのは慶長三年 の八月ですから、丁度二年目です」と始まる。それがどうした、と私はいいたい。観光・ハ かとうきょまさ スに乗ってるんじゃないから静かにしてほしい。しかしおばさんはつづける。「加藤清正、 くろだながまさそかわただおきわきさかやすはるふくしままさのりあさのよしながかとうよしあき 黒田長政、細川忠興、脇坂安治、福島正則、浅野幸長、加藤嘉明 : : : これで七人ですわね。 そろ いしだみつなり この七将が揃って石田三成を襲ったんです」 ひれき つまるところおばさんは己の記憶力を披瀝しようとしているのであって、そういう歴史 的事実の持つ意味、それについての彼女の考え方を披露しようとしているのではないのだ。

3. 死ぬための生き方

216 もう、全く同感 ! 〈可哀そうなのは幼時に理不尽に耐え、闘い、乗り越え、耐える力を育てられなかった ことではないのだろうか ? 〉 ( 可哀そう ? なにが ? ) いいなあ、いいことを言う。今まで漠然と腹を立てていた私の胸中は、これでスッキリ りゅういん 整理してもらい溜飲が下がる。 そうなんです。世の中へ出てごらんなさい。会社にお勤めしてごらんなさい。差別、い じめ、裏切りの渦巻くまっただ中に放り出されるに等しい。その中でいかに正義を守り、 勇気をもってそれらと闘うかが人生である。学校のイジメなんかまだ序のロなのだ。 私はかねてから佐藤愛子さんをかなりの美人だと思っているのだが、佐藤さんの作品に はそれにまつわる話があまり出てこない。 ( 私がまだ読み足りないのかもしれないが ) 本 人は気がついていないのだろうか。何しろ女学校の頃、つけ文されると「この非国民 ! 」 と投げかえした方である。 あれだけの顔を持っていながら美人意識がないというのは、意外に佐藤さんの持つ重大 要素のひとつではないかと思う。 亡き井伏鱒一一先生は「美人には税金をかけるべきだ」と名一一口を吐かれたが、たしかに一

4. 死ぬための生き方

は家に帰っても上司がいるような家庭に耐えてまで結婚したいとは思わないであろう。 あこが それは、若い日本の女性が自由を憧れ、家庭の拘束から逃れようとしてキャリアウーマ ンを目ざし、結婚を回避しようとした心理と同じではないか。 「人間にとって大事な事は時代が違っていても自分の考え、いき方を持っことなのではな いだろうか。彼女たちの時代はあまりにも居心地が良すぎて、つい考えることを忘れてし まったのかもしれない」 松原惇子さんはそう書いている。全くその通りだ。私もそう思う。そしてついでにこう つけ加えさせていただく。 「思う通りに運ばれる人生なんて、退屈以外の何ものでもない」と。

5. 死ぬための生き方

スッキリ症候群 結婚というものは必ずしもしなければならないというものではない。しかし、どちらか というと、しないよりはした方がいい、失敗するとしても一度はした方がいい。私はそう 考えている。 結婚しなくても、愛人関係を持てばそれでいいという人がいる。愛情を分かち合う相手 がいれば仕事の励みにもなるし、適度の性関係が心身に潤いを与えてくれる。日常の家事 負担も軽減されるし、生活設計や家計についての意見の相違で争うこともなく、めいめい 自分で自分の暮しだけ責任を持ってすればいいという点が、仕事を持っている女には理想 的であると。 打ち込みたい仕事を持っている女には、何といってもきれいさつばりの独身が一番だ、 という人もいる。愛人なんかを持っと、それだけ生活が煩わされ、妥協や譲歩をしなけれ

6. 死ぬための生き方

このスカスカを埋めようとして彼女たちが考えることは「結婚」である。やつばり女は ぶぜん そこに帰着するのか、と私は憮然とする。いや、それがいけないというのではない。多分、 それが人間というものの自然な流れなのであろうと思い、そのことに感慨を抱かずにはい られないのだ。 今、三十代の男性の中で三人に一人が独身だそうである。だとすると結婚相手は皆無と いうわけではない。相手は十分いる。しかし「いい男」となると品ウス。「話はつまらな い、夢はない、おまけにマザコン」と痛烈なことをキャリアウーマンはいっている。 だが、このいい分はいささか短絡してやしないだろうか ? 「いい男」は「エライ女」 を敬遠したいのではないか ? エ一フィのは「自分一人で沢山だ」と思っているのじゃなか ろうか ? 妻は自分の夢、仕事を助ける陰の力になってくれるような女がいいと考えてい るのではないか ? それをけしからん、といって怒ったってしようがない。ひと頃、仕事を男ナミにこなし ている女性はよくこんなことをいった。 「夫はいらないけれど、奥さんがほしい」と。 「奥さん」とは夫を助け家事をとりしきる存在だという認識を、当の女性でさえも持って

7. 死ぬための生き方

私は思わず隣の—さんを突っき、 「気がついてた ? あの二人」 「はあ、新婚旅行ですね」 「ヨメさん、ムクレて口利かないのよね、それでムコさん、ポカリスエット飲んでる 「はあ : : : 」 —さんはいった。 うなじ 「ポカリスエットねえーー気がっきませんでした。ぼくは項がきれいだなあと思って見て たんです。顔はどんなかわからないけれど」 男の目は「項」を、女の目はポカリスエットを見る。 かるいざわ かばん 軽井沢で二人は降りて行った。男は旅行鞄やら何やら、一人で五つも提げ、女はハンド ・ハッグを持っただけで、二人は無言のまま降りて行った。二人の「初夜」はどういうこと 工 ス になるのか、と私は更に好奇心を燃やしたが、あれほど無遠慮に彼女がムクレたというこ カ ボとは、どうやら二人の「初夜」はもうとっくの昔にすんでいるということなのであろう。 それをポカリスエットが語っていた。

8. 死ぬための生き方

172 をどう理解すればいいのか、その答が見つからなかったからだ。今のような心霊プームが くる前から、私は死後の世界について、霊の存在について、私なりに考えを深めてきたっ もりである。 今はかっての私のように、死ねば無になると考えている人たちが圧倒的多数を占めてい る。そして、そうした風土の中で当今の心霊プームが起っているのである。かって見世物 小屋のお化け屋敷を見に行った子供のように、怖がりたい気持と好奇心が混り合っている。 心霊に関心を持つ人に若い女性が多いのは、あり余る物と享楽と自由に飽満し、未知の刺 激を求めているにすぎないように私には思えるのである。 ひょうい ねた 「この霊は x 子さんの幸せを嫉むあまり x 子さんに憑依して、脚を萎えさせたのだった などとテレビのナレーションがいうと、 「怖いわねえ : : : 」 「そんなことってあるのかしらねえ」 といい合って、それで終ってしまう。この時、もしかしたら自分も死んだら成仏出来な くてさまようのではないだろうか、とは決して考えない。すべてが他人ごとだ。 ひと じようぶつ

9. 死ぬための生き方

離婚の美学 過日、「結婚の功罪」というテーマのシンポジウムに出ることになった。結婚生活の何 ざい が功で何が罪か。人によっては功になることが別の人には罪になり、罪が功になるという ことがある。だから功罪など一概にいえるものではないし、そんなこと、語ったところで しようがないのだが、と思いながら出て行った。 ごく大ざっぱに、結婚の罪の方をいうなら、まず自由がないことだろう。独身者はすべ ての時間を自分のものとして使うことが出来る。だがその自由の代りに、孤独がある。孤 みつ 独の中には自由という蜜があるが、同時に緊張を ( 意識するしないにかかわらず ) 伴って いる。 ひとい 学独り居はうつかり病気にもなれないのである。大地震、大火、さまざまな災厄。とっさ のの判断を一人でし、ひとりで我が身を処さなければならない。いざという時、一人よりも 離二人で「禍を支える方が楽ある。だがそ 0 代り、連れ添う者が足手まと」、と」う場合 もあるメリットとデメリットは表裏一体をなしているのだ。

10. 死ぬための生き方

はダメだというのだ、などと思う。 ようや そのうち、新郎は漸く気をとり直したとみえて、新婦に向って言葉をかけた。何か飲む 物を買って来ようかと訊いたらしい。私の席からは頭だけしか見えないが、彼女が答えた 様子はない。 おおまた すっくと新郎は立ち上った。ついに新郎もアタマにきたか、と私は緊張する。彼は大股 に客車を出て行った。女は待っていたように身じろぎして、身体の向きを変えた。戻って 来なければ面白いのに。食堂車へ行ってゆっくり酒でも飲めばいいのに。ここまでムクレ るというのはどんな事情があるためか、私は知りたい。きっと男の方に非があるのだろう が、それにしても女もしつこい。しかし私はそれが面白い。 自動ドアーが開いて新郎が戻ってきた。見ると手にポカリスエットを一つ持っている。 ポカリスエットー それを買いに行ったのか ! こういう際になんてカナしいものを飲んでくれるのだ ! ぶぜん しり 席に着いた新郎は、憮然としてポカリスエットを飲んでいる。新婦は今は新郎に尻を向 けてガラスに額を預けている。ポカリスエットを飲み終った新郎はメリメリと缶を握りつ ぶした。