鼻はんはそういって眼に涙を溜めた。 「お嬢ちゃんがいはらんと、おばちゃんかて、ほんまに淋しい気がしてましたんやで」 鼻はんの鼻の穴は以前と少しも変らす黒々と大きく私の方を向いていた。 「そんで、お姉ちゃんは元気かいな ? 」 「ええ、元気です」 私は東京弁で答えた。 「もう、妊娠しちゃったらしいんです」 「へえ : : えらい江戸っ子ナト使わはって : : : 」 鼻はんは感心していった。 「シャキシャキしてはるなあ。えらいもんやなあ : : : 」 それで私は調子に乗って、鼻はんの家を出るとき、 「ごめんあそばせ」 といって玄関の戸を閉めたのであった。 それから数日後に私は突然、発熱した。夏風邪だと思っていたのが肋膜炎だといわれた。東京 で私は何もしなかったのに過労になっていたのだ。 夏の間、私はずっと床に就いていた。女学校時代の友達が見舞いに来てくれたが誰とも会う気 がしなかった。 秋になって漸く病気が癒えたとき、私は久しぶりでマンダに会った。マンダはバーマネントを
ある日、私が学校から帰って来ると家の中は何となしに騒然としていた。滅多に来たことのな 、お嫁に行ったみよやが来ていて、それから私よりずっと年上のイトコやその夫も来ていた。 井上の鼻はんは勿論いて、その鼻の孔は常の三倍はあるかと思えるほどに膨らんでいる。 「お嬢ちゃんの大事な勉強の時やのんに、こんなことになってからに : とみよやがいう声を私は聞いた。 「勉強にサワリがないかと、それが心配ですねん」 やがて私はみやよの口から、四番目のヒサシ兄ちゃんが仙台で死んだということを聞いたのだ った。一瞬、私は、 「ウソとちゃ , つか ? 」 と思った。しかし、この話は本当だった。 兄は三つ年上の女にそそのかされて ( とみよやはいった ) 心中したのだ。兄は十九歳だった。 歌 みよやは立、こ。 「なんば不良ゃいうたかて : : : 死んでしもたらもうホトケさんや」 教みよやはいった。 母「兄ちゃんを恨まんと、一生懸命、勉強して女学校へ入らなあきまへんで。勉強にさわらんかと、 みよやはそのことばっかり心配してますねん」 四私には兄が死んだという実感はまだなかった。私は死んだとか、怪我をしたとか、怪我をさせ
忘れるに限るのだ。それで私は「つき合せ」の件については忘れることにした。二度目にそのこ とについてマンダと話し合うようになったのは二年後のことである。 その時、 ( 私たちは三年生になっていた ) 私とマンダは下校の電車の中にいた。マンダがふと っこ。 「ハマちゃんが今日、あれしてる写真を持って来てみんなに見せたんやて」 二年の歳月が経過していたが、私にはそれが「つき合せ」の写真であることがすぐピンと来た。 「ナガポンやらネコやら、みな、見せてもろたらしいのんや」 「あんた、見やヘんだの ? 」 「見やヘんかった ! 」 とマンダは無念そうにいった。私もマンダもハマちゃんとは親しくない。私たちはハマちゃん をバカにしており、 ( ハマちゃんがおかめに似ているというだけで ) 殆ど口を利いたこともない のだ。私たちは沈黙した。その沈黙にはハマちゃんと親しくしておかなかった後悔がこもってい 「見たいねェ」 教私がいった 母「うーん、見たい」 とマンダ。 幻「ハマちゃん、見せてくれへんかしらん」
なにしろ、私は株で失敗し、かなりの金を彼女から借りたことがある。そして、五百万円を借 り、五十万円を利子として返すと約束した。ところが、株が上ると妄想してそんな約束をしてし まったら、株はズンズン下り、私は破産してしまった。けれども、五十万円はやらなかったもの の、ちゃんと定期予金の二、三倍もの利子をつけて返している。 それなのに愛ちゃんは、約束不履行だ、その金を当てにして四国の高いホテルに娘と一緒に行 き、大御馳走を食べようとしたら、北杜夫が半分しか利子をつけなかったので、高い食事をする 気になれす、ホテルから出て安いウドンを食べようとしたところ、雨が降ってきて濡れネズミに なってしまった、北杜夫は何たる悪者だ、などと遠藤さんと私と一緒に出たテレビで、さんざん に私をこきおろしたのである。 おまけに、私は香港からかなり上等のハンドバックを彼女に買ってきてやったのだが、そのあ と安い ーで飲んでいると、正義の味方で熱血女史である愛ちゃんがはいってきて、 「北さんがくれたハンドバックはもう持っところが取れてしまった、ひどい安物ですよ」 と、またさんざんに私をこきおろしたもので、私は大ウッ病になってしまった。 このように佐藤愛子さんはこわい女ではあるが、私はやはり彼女が好きである。私の数少ない 説友人の一人で、彼女の友人であることを私は誇りにしている。 愛子さんの小説は、文体もよい。また軽いエッセイにしろ、たくまぬューモアに溢れている。 解 これは彼女自身のおおらかな内面から、おのずから流れでてくるものであろう。 本書は、なかんすくその生い立ちを語っているので、読者は思わず笑ったり微笑したりしなが
ても、誰も私がしたとは思わないのであった。 「俺の靴、知らないかア」 と兄が騒いでいる。女中たちが右往左往して探し廻っている。 「おかしいな。ここへ脱いどいたんだよ」 「けど泥棒やったら坊っちゃんの靴だけ持って行くことはないやろし : 私はそ知らぬ顔をして、その様子を見ていた。 「アイチャン、知らないか ? 兄ちゃんの靴 : : : 」 「知ってるーーー」 私は平然といって、隠し場所から持って来る。それでも誰も犯人が私であるとは思わないのだ った。疑われるのは姉や、姉の友達の宗岡のチイちゃんや悦ちゃんなのであった。 いまら 小学校は私にとって幼稚園にもまさる茨の園だった。 二重頭、すぐにゲンコをふりまわすやっ、 同級生の男の子、ドングリ眼玉、ハナタレ、出ツバ、 何もしていないのに通りすがりに蹴って行くやつ。校長先生はヒゲの剃りあとが青いのがへんに *- しいつも仏頂面をしている小使いの意地悪じいさん、ひとりばっちの教室、いつどこからポ ールが飛んで来るかわからない校庭、暗い汚い便所。自分の靴も他人の靴もわからなくなってし まうゴチャゴチャの下駄箱 : : : どこもかしこも強い鋭いトゲが生えていて、一歩門をくぐるや、
だ。相変らす来るのは井上の鼻はんだけだった。鼻はんは空襲に脅え、 「わてはもう、アメリカへ行きとうおます ! 」 「空襲がないとこはどこやろと考えたら、アメリカしかおませんわ」 母は慌てて、 と鼻はんの高い声を制し、 「そんなこと太閤はんに聞こえたらえらいことですがな」 と声をひそめた。 鼻はんは私の縁談を持って来た。しかし鼻はんの持って来る縁談にはロクなのがないのだった。 「お姉ちゃんのときと違って、今度はむつかしうおます」 と声をひそめた。鼻はんはいった。 「お姉ちゃんは何でも出来はったし、いつもニコニコして誰とでも話を合せられるホンにおとな しいお嬢ちゃんやったけど : 私は我儘で何も出来ないくせに愛想の悪い娘だから難しいというのである。 「第一、お姑はんのいてはるところはあきませんやろ、お金のない人はあかんし、お金はあって もしまつな家はあかんし、一人息子は向うも気儘やからあかんし : つまり私は嫁の貰い手のない娘なのだ。鼻はんはそう いいたいのである。そして母はそのひと きまま
152 いとは思わないのだった。親と一緒に旅行をするくらいなら、家でゴロゴロしていた方がまだま しだという気分である。 とにかく私は毎日友達に会いたいのだ。だが友達はそれぞれの夏休みを楽しんでいる。誰に電 = 日をかけても留守である。マンダは避暑にも旅にも出ないが、マンダの家には電話がない。それ に私は朝から晩までノラクラしているが、マンダは家の手伝いなどをよくさせられているらし 所在ないままに私はモンちゃんと野球を見に行った。モンちゃんの家にはモトジという小さな 弟がいる。モンちゃんはその子を遊ばせてやらねばならぬのだ。それで私たちはモトジを連れて 野球場へ行った。甲子園の全国中等野球大会はまだ始まっていない。今は兵庫県代表を決める予 選中である。予選試合なので観客は少ない。ガラガラのネット裏に私たちは坐った。 実をいうと私は野球のルールをよく知らない。更に正直にいうと真中に立ってポールを投げて いる人間はピッチャーということぐらいは知っているが、その投げた球を受け取る男と、その後 ろに立っている黒服の男と 、バットをかついでいる男との関係がよくわからぬのである。どれと どれが味方同士で、どれとどれが敵同士なのかわからない 。しかし今更、野球のルールを知らぬ とは私にはいえないのである。友達は私のことを何でも知っている人間だと思い込んでいるのだ。 ピッチャーがポールを投げるたびに、私のまわりでは歓声が上る。 「ストライク ! 」とか、
ところが、千円を払える者は半数しかいなかった。愛ちゃんは会計係で、その金を立て替えたり していた。昔から気つぶがよく、ポスの風格を有する女性であった。 その前に、私は愛ちゃんから、前に結婚したことがあり、その夫が麻薬中毒者となって苦労し、 ついに離婚したという話を聞いていた。このような美しい女性も人生苦を味わったのだな、と思 ったものだ。このことは本書にくわしい。愛子さんは夫運がわるい。田畑君と結婚したものの、 のちに彼は破産をした。このときも愛ちゃんは死物狂いで働らき、その尻ぬぐいをしたはずであ る。 初めのうち、愛ちゃんが一体誰と結婚するだろうと、同人仲間で噂の種となっていた。それほ : ヾッと花開くような雰囲気をかもしだしていたからである。田辺茂一氏が本気 ど彼女の存在がノ で、愛子さんに保高先生を通じて、結婚したいと申しこんだことすらあった。もちろん愛子さん は断わった。たまたま同人会で飲んでいて、私が愛ちゃんと一緒に先に帰ってしまったことがあ った。すると茂一氏は、 「青年が愛子を連れ去った」 と、憤慨したという。 同人誌仲間では、田畑君と私のどちらかが、われらの愛子と結婚すると考えていた連中が多い 万一、私が愛ちゃんと結婚しておれば、私は左団扇で何にもせすに暮せる身分であろうが、その 、とはい , ん、 いくら」刄つぶがいし 代り、完全に彼女の尻に敷かれてしまっているだろう。それに、 こんなオッカない女性と一つの屋根の下に暮すのは、私はイヤである。
「刀 ! 」 と私は叫んだ。私はりようちゃんを相手に「チャララチャンチャカチャン」をやるとき の刀が欲しかったのだ。 でたらめ しかし兄の話はみな出鱈目だった。それがわかったのはずっと後になってからである。兄は前 後、何度も仙台へ行ったが、何も持って来てくれなかった。兄はそんな出鱈目話をしたことさえ 忘れていて私を失望させたのである。 久兄 ( 四番目の兄 ) の梁の脇には腫物が直った跡の丸い穴があいていた。 ささや 「濡れた瞳と囁きに ついだまされた恋心 きれいなバラにはトゲがある きれいな男にやワナがあるウ」 兄はこの歌が好きだった。私は兄と声を揃えてよくその歌を歌った。そうして兄は私に、 歌「きれいな男にやワナがある」 ーし のところを、 え「きれいな男にやアナがある」 の と歌うように命令したのである。 父 兄は不良で父を怒らせてばかりいたが、私はどの兄も好きだった。殊に四番目の久兄ちゃんは 大好きだった。 ひ寺一し
ハリ手をくらわせたのだ。 ら歩いて来て、丁度うちの表に立っていたばあやに突然、 私は女中のみよやとりようちゃんがその話をしているのを、朝鮮栗を食べながら聞いた。生安 のおばはんは小柄だが、喧嘩に強そうな眼尻の吊り上った中年女である。そのおばはんには生安 のおっさんも年中、殴られているのだ。 「なんせ女癖が悪いさかいなあ」 とみよやがいったので私は聞いた。 「おんなぐせてなに , みよやは慌てて、 「なんや、聞いてはったんかいな。えらいこと聞かれてしもたな」 笑ってごま化した。 ばあやはなぜ生安のおばはんに殴られたのやろう ? 本当は私はそれをみよやに聞きたかったのだ。しかし、何だかしらないが、私にはそれが聞け な、かつわ」。 「生安、お末の二人づれ工 : と兄が歌ったとき、ばあやが笑い崩れて、 「何をいうてはりますねン、坊ちゃん」 といったときに感じた、あの得体のしれぬいやらしい感じ、触れてはならぬ感じ、許し難い感 じが私の中にひろがって行った。その感じが、