半生 - みる会図書館


検索対象: 自分らしく生きて、死ぬ知恵
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1. 自分らしく生きて、死ぬ知恵

やによって育てられた。自宅は大病院の中にあり遊び相手は大勢の入院 患者さんだったというから、幼少時代の環境そのものが「モタ先生」の 源であったと言ってよい。 父は本書で長寿時代となった今日、人生の後半生を余生として生きる のではなく、「もうひとつの人生ーとして生き生きと楽しむことが大切 と説いているが、還暦過ぎの私も父の言葉「一怒一老ー「一笑一若」や「足 るを知るーをモット 1 にして後半生に臨みたいと思う。 平成十八年十一一月三日、東京・青山葬儀所で父の告別式を執り行った が、その折親族代表として私が述べた挨拶を紹介させていただく。少々 長いが、多少なりとも晩年の父の様子を感じ取っていただければ幸甚で ある。 本日はお寒い中ご会葬を賜り誠に有難うございます。 252

2. 自分らしく生きて、死ぬ知恵

本書は、私がこれまで多くの自著の中で語ってきた「死と生ーについ ての考えを、集大成としてまとめたものである。個々のエピソードの中 には、以前、自著で書いたものを本書の執筆に当たって再び登場させた ものもある。 死についての考え方や、それを前提とした生き方について、自分の感 想も踏まえながら、読む人のヒントとなるようできるだけ具体的に述べ たつもりである。 田 5 い悩む人に手にとっていただけたなら もし、今後の人生に戸惑い、 ば、著者としてこれほどの幸せはない。 こんな長寿時代だからこそ、人生の後半生を余生として生きるのでは なく、仕事や子育てではない、 「もうひとつの人生ーをいきいきと過ご すことができるはずである。 私は九〇歳になった。みなさんよりもちょっとだけ早く生まれたもの

3. 自分らしく生きて、死ぬ知恵

人生の後半生に

4. 自分らしく生きて、死ぬ知恵

心の養生をしよう 体に栄養が与えられないと栄養失調になってしまうのと同じように、 心にも栄養が行き届かないと生きていることがだんだんつらくなってく る。それがストレスにさいなまれた状態だ 最近では、体にたまった毒素を体外に排出するエクササイズや食べ物 が盛んに売り出されているが、心もたまったものを吐き出す掃除の機会 が必要だ。 私は人生の前半生と後半生は、はっきりと生き方を変えるべきだと思 しし , も っている。前半生はとにかく背伸びをして、 いいところに住み、 のを食べ、 しい車に乗ろうとしてがんばってきたはずだ。だが、「そろ そろもういいかな」と漠然とでも思ったなら、背伸びをするのをやめて、 かかとを地面につけて歩いてもいいのではないか。 もちろん、上昇志向がまだあるうちは自分の気持ちにプレ 1 キをかけ る必要はない。若いうちはヘんにるより、突っ走ったほうが充実感を 得ることも多いからだ。しかし、人生も折り返しを過ぎたら、一辺倒だ 121

5. 自分らしく生きて、死ぬ知恵

人間とは しかし、現代は人生八〇年である。もしかしたら、医学の進歩で平均 寿命もあと五年ぐらいは延ばせるかもしれない。考えてもみてほしい。 昔は五五歳が定年だったのに、やがて六〇歳定年が定着し、いまは六五 歳になりつつある。そうなれば、六〇歳などまだ人生の中ほどという考 え方もできるよ、つになるかもしれない。 座して死を待つのではなく、積極的に自分の人生をつくり上げていく ぐらいの時間があるということなのだ。自分でも思っていた以上のこと ができる時間が残されているのだ。そんな後半生の命を全うしないのは、 いかにももったいないではないか。

6. 自分らしく生きて、死ぬ知恵

若いころは借金もするし、ものも借りる。そればかりではなく、助言 をもらうなど受け取るもののほうが多いのが当たり前だが、後半生では 与える側になってみてはどうだろうか。人々の恩恵に浴しながら生活を 充実させてきたのだから、人生の後半生ぐらいは借りたものを返すぐら いの気持ちの余裕がほしいものだ。 温かなアドバイスをもらった人に恩返しをできればそれがいちばんい いか、そうでなくても若い人に自分がしてもらったことをやってみるこ とだ。今度は自分が若い人の役に立っ側に回るのである。 ある日突然、人に与える人生に転換するのはむすかしい相談だが、そ んな人生にゆるやかに移行していくのも、後半生の生き方として気持ち のいいものである。

7. 自分らしく生きて、死ぬ知恵

自分らしく死ぬーー「おわりに」にかえて とも悪いことも、全部ひっくるめて受容する。そうすることで、いまと いう時間が本当に自分のものであると感じられる。生きる力が湧いてく るのだ。 大切なのは過去をどう生きたかではなく、いまをどう生きるかである。 後半生はこれまでの人生を振り返り、前半生をそのまま受け入れ、大 切ないまという時間を輝かせることにほかならないのである。 247

8. 自分らしく生きて、死ぬ知恵

ている。 私もそれを信じている。死ぬときにハイになって死ねるのだったら、 死ぬのも悪くないとさえ思う。死ぬのがそれほど苦しくないのだとした ら、あとはどう生きるかを考えることに集中できるような気がする 何度もい、つようだが、 持っていけるものは思い出だけと割り切って、 いまある生をできるだけ楽しむことである。 前半生を全力疾走で突き抜けてきた人たちには、「もうがんばらない でいいのだ」と いいたい。だからといって、しよせん人生はこんなもの だと変にったりしなくてもいい。 ただ、時間の流れに身を任せていれば、自然にわきあがってくる生の 充実があるということをいいたいのだ。自然に振る舞い、生きているこ とに一生懸命になりさえすればいい。 持ち時間が二〇年でも半年でも、淡々と生きる。人はそれぞれ自分の 身の丈でしか人生は悟れないし、ケジメもその人なりのものだ。だから 240

9. 自分らしく生きて、死ぬ知恵

楽しいことは何でもやってみる 視点を外に向ける 私のうつ脱出法 周囲の死を受け入れるⅢ 人生の半生に 自分の性格をよく知っておくということⅧ 夢こそが人をいきいきとさせる 無理は禁物剏 衰えはさっさと受け入れてしまう 「歳のせいで」は禁句 生きる目的を特っ 肩のカの抜けた生きがいを持っ 158 134

10. 自分らしく生きて、死ぬ知恵

ていないつもりではいる。 愚痴もどこかに吐き出すことなく、自分の内側にいつまでもためてい るのは精神衛生上よくない。誰かが不快になることがないなら、人目の つかないところにそっと思いの丈をぶちまけてみることもときには必要 であろう。 人生の後半生はとかく問題が多様になるものだ。こまめに茶室の片隅 まで掃き清めて、清々しい日々を送ること。そして、いらないものを整 理したら、心にも栄養を与えることである。本を読んだり、演劇を見た り、歌を歌ったりすることが心に栄養を与えることになる。 健康な心を持っ 126