リーニング屋さんですが、今のところ後継者はありません。高橋千歳さんは、横浜の " 高 橋クリーニング ~ の奥さんで家族全員とわすかな従業員でお店を経営しています。私の弟 子の高森恵さんが、掃除や洗濯でものを書くなら、その道のプロ、せめてセミプロになり たいと、クリ 1 ニング師の資格を取りました。高橋さんは、その弟子の〃クリ 1 ニングの お師匠さん〃にあたる人です。この二人の協力がなくては、私はやっていけなかったでし よう。二人ともたいへん研究熱心な方たちで、もちろん理学博士でも工学博士でもありま せん。ですが、肌が知っている、豊かな経験と博識の持ち主です。化学薬品を駆使し、あ あでもないこうでもないと試してシミ抜きをしたり、薄い染料や顔料をかけて復元する、 そんなことが、もう楽しくて仕方ないという人たちです。 つい最近、十何年も吊るしていた綿レースのカ 1 テンを外して洗うことにしました。国 道から近い仕事場にかけていたもので、まっ黒に汚れていました。ます、ぬるま湯に炭酸 ソーダを五パーセントに溶かし、この中で下洗い。もちろん、まっ黒な液が出ました。ざ 、、、冂 , 冂 , ッ , 「ルの山口で っとすすいで、住まいの洗剤マイベットを六十度の湯一リットルに一 溶かし、その溶液にしばらく浸けておきました。またもや、まっ黒な液が出ました。次は、 洗濯洗剤に過炭酸ソーダを加え、沸騰させ二十分煮洗い後、お湯ですすいでもまだ黒すん
家でクリーニング : 洗濯の文化 家で洗濯をすればすぐきれいになるもの、多少のお金はかかってもクリーニング店に出 せばきれいになるものは問題ありません。クリーニング店に出すほどではないけれど、家 で洗ってもきれいにならす、はてはクリーニング店で断られるもの、これらをなんとかき れいにするには、酸にアルカリ、漂白剤に研磨剤などをあれこれ使って、危険すれすれで なんとかしなくてはなりません。プロは、危険をおかしてまで手間と暇をかけることはし ません。そこに、主婦が腕を振るう余地があります。ことに、近ごろはこのような衣類が 多く、先々は、、 しよいよ増えそうな傾向にありますからオモシロイというわけです。 一方では、簡単にきれいにならないなら捨ててしまう、という気風も増えています。西 欧の主婦が、プロとかわらぬほどにきれいに洗濯をするのを見ると、文化の差を思わない
私は現金を払って、受領書をもらって帰ってきました。 人生経験延々四か月、揚句の千七百円、うん、高くない、おもしろかった。若い男の人 柄の悪さ、おそろしいばかりのウソ八百、これが今の世相だと思いました。そういえば以 前この店こ、 。いりもしない洗剤の小さなチュ 1 プを五百円で買わされましたつけ。 もう行かないー : 私のクリーニング屋さん 日本の洗濯技術は、白洋舎のような本格的なクリーニング会社、それに花王、ライオン といった石けん洗剤メーカーの手で育ってきました。そして、一九五五 ( 昭和三十 ) 年こ ろに入って電気洗濯機と合成洗剤の普及で大きく変化しました。私の娘時代は、まだまだ しんし 洗い張りが盛んな時代でした。伸子張り、板張り、そして染め物も自宅でしました。私の クリーニング修業は、見よう見まねとニューヨークでのクリーニング学校通い。そして、 なんといってもわが家のクリーニング屋さんに教えてもらいました。 うちに来る " 都クリ 1 ニング ~ のダンナ磯貝四郎さんは、親の代からの根っからのク
人生の三分の一は ふとんの中 はじめに 家でクリーニング純洗濯の文化 スエードを洗う レースの洗濯 衿の汚れ テー " フルクロスのシミ 四漂白遊びーーー・してはいけないこと クリーニングトラブル 四私のクリーニング屋さん 不用衣類の整理 古着屋さん 細野さんとお洋服 ふとん干し ふとんの丸洗い 私の洋服 47 42
今も高橋さんのところには、変色したスイスのレースの上着が色揚げにいっています。 それから、グレイの草木染のシルクの上衣が染色のため、高橋さんの手から、染め物屋さ んに渡りました。優秀なクリーニング屋さんには、腕のいい関連した職人さんが集まりま す。今は、こういう職人さんは少ないのですが、皆さん化学変化の楽しさを知る人ばかり。 難物ほどおもしろいといっています。もちろん、白洋舎をはじめ大手の工場にも欲得抜き の仕事をする人はたくさんいます。 高橋クリーニング、都クリーニングはもちろん、洗濯科学協会の皆さま、白洋舎の研究 所の方々など、私は頼りになるシンクタンクに囲まれています。もう何十年も、手に負え ない、どうしようもないときには、皆さまのお世話になっています。
さて、今回経験した事故は「紛失 , でした。結局足かけ四か月、八十四日目に見つかり ましたが、 その間にクリーニング店に通ったのは何十回かわかりません。うちの近くのか なり大きなクリーニング店で、経営者は二代目ですが、新興の発展途上という景気のよさ で周囲の古くからのクリ 1 ニング店にとって脅威の店です。何しろ、出来上りが早いのが 取り柄で、預けつばなしにしておくと預かり料を取るという店なので、三日にあけず通い ました。うちには、たいそう技術のよい、出入りのクリーニング店 ( 私のお師匠さんでも あるのですが ) があるのですが、時間がかかるので、急ぎのテープルクロスは新興のお店 へ頼んでいました。いつもは、翌日か、三日目には出来ます。ところが、二枚のテープル クロスと浴衣がなかなか出来上がらないのです。浴衣は一か月ほどで出来ましたが、テー プルクロスのほうは、「まだです」というばかり、「もう汚れたままでいいから返して」と いっても、「機械に入っています」「今、仕上げ中ー「今、洗い上がったばかり、これから 仕上げ」とウソばかり。二か月間これを繰り返えし、これは紛失したな、と思いました。 私は機械に何分入り、仕上げにどれぐらいかかるかくらいは知っています。 店員の態度は最低、一度も「すみません」と、 しいませんでした。私は、、。 しさとなったら クリ 1 ニング業界のエライサンにいいつければいいし、クリーニング店の紛失事故の対応
・ : クリーニングトラブル かってニューヨークのドライクリーニングスクールに入学したとき、第一日目の授業で、 「事故さえ起こさなければ、クリーニングほど儲かる仕事はない」と聞かされました。そ して「誰しも事故を起こさないようにと心掛けていても交通事故が絶えないように、事故 は避けることはできない。となると、その対応がたいせつで、応対ひとつでお客を逃がし てしまう。ことに、紛失は注意をしなくてはいけない。紛失で一人の客をなくすと、ロコ ミで十人の客が逃げると心得なさい」といわれました。そして、保険会社とのやりとり、 衣類をいためてしまった場合、その責任は販売店、アパレルメ 1 カー、生地屋へと転嫁し てゆく方法などを習いました。また、クリーニングは、機械と道具さえそろえれば、あと はシミ抜きに多少の技術が必要なだけ、すべて簡単ということでした。洗う技術より、お 客を確保して儲けを多くする方法のほうが、重要なことであると教えられました。 だと思います。また、酸素系を使う前に茶しぶなどは酢で処理をしておくと一層きれいに なります。
* 注① 今、日本にもベルシャのじゅうたんを扱う商社はほかにもありますが、私は光和という 虎ノ門のお店にもう一一十何年もお世話になっています。ここの社長の佐々木聖氏は、「ペ ルシャ絨毯文様事典』 ( 柏書房 ) の著者でもあり、手広くじゅうたんの輸入販売もされる 方です。この文様事典は朝から晩まで毎日眺めても尽きることのない美しさです。今まで 欧米でもこの種の本は買いましたがこれがもっとも完成されたものではないかと思いま す。 もう十数年前になりますが光和のお店が赤坂の l—cnco の近くにあったとき、ベルシャか ら本職の人がくるというので洗うのを手伝わせて頂きました。 光和は現在、赤坂から虎ノ門に引っ越し、クリーニングは千葉に専用の工場、大ブール を作り いつもイランからの職人が常住してクリーニングにあたっています。 光和〒 10 7 東京都港区虎ノ門ニノ八ノ一 ( 三五八こ〇四ニ一 クリーニング料金 シルクじゅうたん一平方メートルニ万円 ゥールじゅうたん一平方メートル 一万円 【 0
家事をめぐるこの体験談は、『洗濯の科学』に一九八六 ( 昭和 , ハ十一 ) 年から十余年間 連載したものに加筆しました。『洗濯の科学』は、高校の家庭科や大学の家政学部などの 学校関係をはじめ、クリーニング関係、洗剤、洗濯機のメーカー、繊維関係、消費生活セ ンター、百貨店、量産店、それから通産省などのお役所で読まれています。 内容は洗濯、掃除、繊維などに関する科学的な解説、生活情報、などです。創刊は一九 五六 ( 昭和三十一 ) 年で、 << 判で年四回刊行のささやかな雑誌です。執筆者は、メー カーや大学の研究室、クリーニング会社の研究課のメンバーなどです。 この一冊を読んでいれば、繊維と洗濯をめぐる業界の出来事がすべてわかります。 私の連載の「経験コーナー」は、身の回りのものをきれいにする方法、紙オムツの意外 な使い方、切り花の水揚げなど、世の中には、やってみなければわからないことがいつば いあり、それをいろいろと実験したレポートです。 『洗濯の科学』はプロ向けの刊行物ですから、思いきった実験の体験談を載せましたが、 はじめに
法を見たいこともあり、テキのいいなりに少しも逆わす、暑い中をせっせと三日に一度は 通いつめました。 二か月余りたって奥から女の人が出てきて、「紛失しましたからそのように処理しますー といいました。私は、もっと徹底的に捜して欲しいと頼み、一枚は五千円ほどのもの、も う一枚はフローラル中西製で一万二千円のものということを告げました。三日ほどして、 五千円のほうは、洗いもせずそのまま戻りました。さらに十日ほどして、いよいよ賠償の 話を工場長とする段になって、きれいに洗い上がった、夢にまで見た二枚のテープルクロ スが見つかりました。気に入ったテープルクロスに再会できた喜びでいつばいでした。 そこで、クリーニング代を払いたいといったら、女の人は「ご迷惑をかけたから結構」 といいました。私は、「全ク連のクリ 1 ニング券でお払いするから、どうぞ浴衣とテープ ルクロス一枚分のお代を」とさらにいうと、終始応対していた男の人は、「二千七百円い ただきますー「浴衣とテ 1 プルクロス一枚でそんなに ? 」と抗議すると、洗わなかったテ 1 プルクロス一枚分は差し引いて「千七百円」といいました。私は、以前この店で何回も 使用したクリーニング券を差し出すと、「お金持ってないんですか、この券は通用しませ ん」