( ) 内は解説者 俵万智 何かが芽生え、何かが変る。卒業は出会いのためのさよなら。 りんごの涙 『サラダ記念日』で歌壇に新風を巻き起した著者の少女時代から 歌人となり教壇を去るまでを語る自伝ェッセイ集。 ( 田辺聖子 ) 俵万智 二十七歳のターニングボイント、言葉が大好き、都市の表情、 かすみ草のおねえさんにっぽんの色、愛を語ろう、短歌の部屋など、人生論から文学、 美術、演劇、短歌にいたる著者の幅広く深いエッセイを収録。た 高島俊男 支那という国名表記にメスを人れ、返す刀で李白と杜甫、狩野 談本が好き、悪口言うのはもっと好き ~ ロや江馬修を論じ、湖辺の侘ひ住いから鋭い書評を放つ。第 Ⅱ回講談社ェッセイ賞を受賞した傑作痛快評論集。 ( 坂梨隆三 ) た 【イ 高島俊男 ちょっと変だなあ、この言い方は : 。日頃なにげなく使って 文 いる言葉を中国文学のウンチクを背にときにチクリ、はたまた ~ お言葉ですが・ ・ハッサリ。「週刊文春」融の痛快コラム集第一弾。 ( 目黒考一 l) た 高島俊男 世の中には「週刊文春」をシューカンプンシューと読む人が少 お言葉ですが・② なからずいるらしい。これは一体どういうことか ? 謎が謎を囲 「週刊文春」の怪 呼ぶ表題作の他、日本語をめぐる面白ェッセイ集。 ( 坪内祐三 ) た 高島俊男 講義で専門の経済学の授業をまったくしなかった帝大教授の話 お言葉ですが・ 3 をはじめ、人や言葉にまつわる愉快なエピソードが満載。日本 明治タレント教授 語と日本人について、考えるヒントをお授けします。 ( 呉智英 ) た
国しようね。さすがですわ」 といって帰って行った。 それから三日ばかりして、 T) 子さんから電話がかかってきた。 「あれから現代性風俗の研究をしてましたらね、なんと、『ナンバ代行』というのがあ るんですよ ! 」 「何ですか、ナンパ代行って」 「代行者に頼んで女の子をナンバしてもらうんです」 子さんは私の反応を待つようにそこで言葉を切り、 「その代行代いくらだと思います ? 」 「なんばです ? 」 「六千円ですよッ ! 」 「えーっ、六千円 ! 」 「そう、六千円ですッ ! 」 私の怒りを予想してか、声がはり切っている。 「ふーん」
0 かくて、六、七、八の三か月、私はどん底にいた。「かくて」というのは白内障の手 術をした二日後から、調子に乗って読んだり書いたりテレビを見たりしまくって、目が コ シジミ目になってしまったことである。 の 3 「お前はたかを括る癖があるからよく気をつけなさいよ」 シと少女の頃より何度、母からいわれたことか。その時はほんとにそうだ、と思ってう ゲ んと頷く。頷くがすぐ忘れる。「たかを括る」のを「勇気」と思い違いをするのだ。猪 突猛進というのは私のために作られた一言葉のような気がするほどである。 ハゲ丸シジミ目のミコト 0
そしたら : ・ : ・」 「そしたら ? 」 「何かの手違いだったんでしようって」 「手違い ! 」 私は絶句した。 「それからね。講演料は月末に支払うキマリなんだけど、それでは二、三日うちに振り 込みますって」 「ウヌツ・ もはや一一 = ロ葉がなかった。問題はそんなことじゃないのだ。講演料を早くよこせなんて いってるんじゃない。私は仲介業者としての常識を知れといっているんだ。 ああもうイヤだ。ごめんだ。若い連中だけがもの識らずなんじゃない。「上司」とい う奴がそもそもマトモじゃないんだ。物ごとの道理について、礼節について考えること を捨てている。相手の言葉さえ適正に聞けない手合とのつき合いはもうごめんだ。もう 二度と講演はしないそ。 そうはいっても既に約束したものだけは履行しなければならない。悪しき予感のモャ
打てば響くように言葉が返ってくる友が。だがタスキがけでお茶を出すことがどんな におかしいことかがわかる友達は今や絶滅しつつあるのだ。娘を相手に話すとなると、 まず「タスキがけ」について説明し、礼儀作法、常識というものを呑み込ませるという 手順を踏まなければならない。やっと呑み込ませ、 「それが『元禄繚乱』ではねえ : : : 」 と勢いこんでいっても、我が娘はどうせ、 「ふーん」 と気の抜けた返事をするだけだろうことはわかっている。 「つまり、時代考証がなってないということなのね ? 」 とピントがずれる。時代考証なんてそんな高級な話ではないのだ。これは日本の常識 なんだ、と力を籠めれば籠めるはど、 「ふーん」 という声は面倒くさそうに力が消えていき、私は、 「あんた、ちゃんと聞いてるのツ ! 」
116 長屋もなく井戸もなくなり、生活が豊かになってからは、「お茶の時間」とやらが井 戸端会議にとって代ったが、今は無聊を紛らすものがテレビのワイドショウになった。 しかも ( これを「めでたい」といってよいのか、清けないというべきか ) 男がそれに参 加している。かっては井戸端会議を嘲笑していた男どもが、である。 ハスを待っていると後ろから男の声が聞えてきた。 「とにかく、あれだけペラベラと、 ししたいことをいえるとい , つのは、オレはえらいと思 , つよ」 「そういえばそうだよな。自信のカタマリなんだよな。やつばし、監督夫人というので まわりがペコペコするんでああなったのかな」 「とにかく、えらいよ。尊敬するよ」 「オレってさ、何か訊かれてさ、答えようとするだろ。そしたら言葉が歯の間に挟まっ て出て来ねえの」 「とにかくエライよ。尊敬する、オレは」 「そんなことあんましいうなよ。片岡さんが聞いたら怒りまくるぞ」 「わかってる。いわないよ : : いわないけど :
そういえば「ハナタレ小僧」という題で書いた覚えがある。だがそのハナタレ小僧も 今は一人前になって結婚したと聞いている。私にとってすべては遠い混沌の中に溶けて しまっているのだ。 「それはともかくとして、あなたのお話を聞こうじゃありませんか」 すると彼女はびつくりするような大声でいった。 「一口にいうと夫の浮気です ! 」 「浮気 ? 」 そういって、私は考えた。 「もしかしたらあなたのその話を聞くと私は書きたくなるかもしれません。これは私の ごう 業ですからきっと書くでしよう。だからそれはイヤだと思ったら話さない方が : : : 」 しいんです ! 書いて下さい ! 」 彼女は私の言葉を奪うようにいっこ。 「書いてもらえればきっとスーツとします。佐藤さんならきっと私のキモチわかって、 一緒に怒って下さると思って、それで来たんですから」 スーツとするかしないか、それはわかりませんよ、というのも耳に入れず、彼女は話
「なるほどねえ。そういうことだったの。それにしてもバカを見たわねえ、愛子さん」 という。こういう対等の、互いにわかり合った会話というものが私の理想だが、「手 形」はわかっても、そういう機微は孫にはわからないだろうから、とことんいえないの がつまらない。すると孫はいった。 「じゃあ、おばあちゃんはアイしてる ? おじいちゃんを」 アイしてるだと ! あの乃木将軍のヒモノをかいな。 アイもコイもあるかいな、と、 ししたい気持だ。あえて気持をいうならば、「あんたも ようやらはったねえ、わたしもようやったけど」としみじみとねぎらう気持だ。お互い 好敵手でしたなあ。互角のカで闘いましたな。あんたの方は策謀廻らせ、私はカ一筋。 「昨日の敵は今日の友 語る言葉もうちとけて 将 る我はたたえっ彼の防備 彼はたたえっ我が武勇」 と歌えば孫は忽ち好奇心を燃やして、 「それ何の歌 ? 」と訊く。 105
102 だが子供の頃、私はこの答が気に入らなかった。いい といいたかった。しつこく食い下っては、 「そんなこと、子供が訊くもんじゃない」 いんび と叱られるに到っては何やら秘密の淫靡な気配が漂う感じで、ますます訊きたくなっ た。子供にも訊く権利はある、と今の子供ならいうかもしれないが、当時の我々はなに しろ鈍であるから、ふくれてるのがオチだった。 永福町のおじいちゃんの所ではちゃんとおじいちゃん、おばあちゃんが揃っている。 こっちのおじいちゃんは死んでないのに、なぜこの家にいないのか ? その孫の不審はもっともである。もっともではあるが、彼女にわかり易く説明するに は何といえばいいのか、それが難かしい。私はものごとすべて明快が好きである。それ を主義として生きて来た。相手が七歳の孫であろうと、 しい加減なごま化しはしたくな 「おじいちゃんとおばあちゃんはずっと以前は一緒のお家にいたんだけどね。そのうち 別々に暮さなければならなくなったのよ」 そこで言葉を切って次を考える。すると孫めはいともあっさりと、 どん 加減なごま化しはやめてんか、
猫が魚を食べないー そんなことがあっていいのかー 「猫にカップシ」という諺をどうしてくれる , 生意気にもルドはキャツッフードしか食べなくなっているのである。ルドの好きなも のはドライフードなら焼のり味よ、と娘はいった。それからチャオのホワイテイミート それにチャオシリ ーズの鮭の中骨も好き。トリささ身 にこしひかりのライス入り : チーズも好きだけど、デビフのささ身、かにかま、しらす入りというのがこの頃は気に 入ってるみたい : 私、言葉なし。これが漫画なら、ばあさんが目をシロクロさせていて、吹き出しに、 「ム、ム、ム : と出ているところだ。 おおぐら 猫今更のように死んだタローとチビが懐かしい。二匹とも大喰いの犬だった。我々の食 スペ残しはすべて余さず、しかも喜んで食べた。彼らがいた時は私は食べたくないものを 第心おきなく残すことが出来たのである。二匹が死んでしまってからは、食事のたびに私 は食べ残さぬよう苦闘しなければならない。