「ササってのは、ササってのは : : : ササはササよ」 「ササはササってなに ? 」 「ササはサササの : ・ : ・エイ、もう、うるさいなあ ! 早く寝なさいツー ぎんき と怒った。あれを思い出すと私は慙愧の念に駆られる。哀れ、四歳の娘は四六時中、 殺気立っている母親が撃ちまくる鉄砲の流れ弾にしよっちゅう当っていたのだ。 その点私の母は鉄砲を撃ちまくることもなかった代り、子守歌を歌って寝かせつけて くれたこともなかった。子供 ( つまり姉と私 ) が生れても ( 母乳が出なかったこともあ るが ) すべて乳母まかせだった。乳母はこんな子守歌を歌ってくれた。 「ねんねんようおころりよ 坊やはよい子だねんねしな 小さいとーきに母さんがア お耳をくわえて引っぱったア それでお耳がなーがいの : : : 」 お母さんはなんでお耳を引っぱったん ? と私は何回も乳母に訊いた。その度に乳母 はと、も、なげ . に、
ると心が洗われる思いがします : : : 」 二、三日前ホテルのティールームで人と待ち合せていたら、近くのテープルでそんな 声が聞えてきた。 「そういう時こそおじいちゃま、おばあちゃまの出番です。にしいお母さんやお父さん に代って、じっくりと子供さんの疑問に答えてあげていただきたいの。そうすればおじ いちゃま、おばあちゃまの方もリフレッシュされて、一挙両得です : : : 」 どうやら幼児教育のセンセイのインタビューらしかった。私はそれを思い出し、孫の こんばい 質問にリフレッシュなんかされるものか、疲労困憊するばっかりだ、と思う。 ところで我が孫はこの頃、「ぶよぶよ」というテレビゲームに熱中している。だが私 にはこのテレビゲームというものがさつばり理解出来ない。五歳やそこいらでこんなも のをスラスラやるなんて、それでも人間の子か ! と怒りたいのである。 ア 私が五歳の頃は四つ上の姉の後ろからついてまわり、椿の花を拾って糸でつないで、 首にかけて喜んでいるような無邪気で愛らしい子供だった。石ケリ、縄トビ、毬つき、 何をやってもうまく出来ない。姉は運動神経抜群の子供で、近所の子供の大将格だった 川から、私は心から姉を尊敬していたのである。姉は私を連れて歩くと足手マトイなので、
「親は子を守るばかりが能ではないのだ。不潔や危険を経験させ、かっ鍛えるのが親の 務めだ」 そういい捨てて私は ( 用件があったのも忘れて ) 階段を降りたのであった。 そこへ起きたのが神一尸の少年殺害事件である。いかにして幼い者を守ればいいのか、 娘は苦慮している。いくら私でも「危険を経験させて鍛えよう」とはいえない。 考えてみれば私の幼年期、どこのおとなたちもいい合せたようにひとっことをいって 「知らん人が来て、ええもんあげるとかお母ちゃんが向うで待ってるとかいうても、 いなりになったらいかんよ」 中それは「子トリ」やさかい、とおとなは説明した。今は誘拐魔とむつかしくいうが、 泄昔は「子トリ」だった。子トリは子供をかどわかしてサーカスに売る。サーカスで子供 力は酢を飲まされる。なぜかというと色々な曲芸をするには骨をやわらかくしなければな むらない。酢は骨をやわらかくするということだった。 その頃は子供をかどわかして身代金を要求するにも、そんな金をすぐに払えるような
220 のを滅してくれていたのだ。 ( と『アレルギーに勝つ人負ける人』という本に書いてあ る ) だから回虫がいた頃はアトピー性皮膚炎なんて病気はなかったのだ。 今の子供の腸内には回虫もサナダ虫もいない。彼らがいればアトピー性皮膚炎など起 きないというので、嘘かまことか、この頃は回虫を養殖している人がいて、望めば回虫 の卵を分けてもらえるのだそうだ。回虫のタマゴ一個ナンボで買うのか、それともグラ ムで買うのか知らないが、しかし今の子供の清潔な腸の中で果して回虫のタマゴが育っ かどうか、それが問題なのだという。 「この話は現代人および現代文明に重大な示唆を与えている ! 」 私は声をはげました。 「たまり水で泳いだからといって大騒ぎする母親が子供を虚弱にするのだ。ゴキプリだ ってあんたは目の仇にしてるけれど、あれだってどこかで我々の役に立っているのかも しれない。何年か後し。 こよ『知られざるゴキプリの手柄』なんてことが発見され、ゴキプ リを懐かしむようになるかもしれないのだ : なかば口から出まかせの演説だから、娘はまた始まった、といわんばかりに横を向い ている。
222 金持ちは日本には数えるほどしかいなかったから、子トリは手つとり早く子供を売った のだ。 それから三十年余り経って日本は経済発展をし、みんなカネモチになってそのあたり から身代金目当の誘拐魔がはやり出した。娘が幼稚園へ行くようになった頃、私の母は 始終娘にいいきかせていた。 まっすぐ 「道歩く時は両方の手を大きゅう振って、真直前見て、ターツ、タッタッタッと歩くん やで。誘拐魔はそれ見て『ああ、この子はしつかりした子供らしいな、これはあかん』 と考えて誘拐するのをやめる」 そして母は ( 一日中炬燵に入ったまま動かないという不精者だったが ) 炬燵から出て、 「ターツ、タッタッ」の歩き方をしてみせたのだった。 だが今、我々は五歳の孫に何を教えればいいのか困っている。金目当ではなく、子供 殺しを趣味とする殺人鬼が出て来たのだ。いくら知らない人について行くんじゃないよ、 と教えていても、ターツタッタッと大きく手をふって歩いていても、いきなり車が横に 止って犬コロでもっかまえるように取り押えられ、車に押し込まれてはどうすることも 出来ない。
「泣かないのよ。平気で面倒くさそうに『ゴメン ! 』っていってるの。多分、馴れてる んだわ」 ますます気に入った。シンちゃんのお母さんも気に入った。母親たるもの、子たるも の、こうでなければいけよ、。 こうして幼時より鍛えに鍛えられてこそものに動じぬ強 い人間が出来るのだ。それを何だ、今の母親はーーと始めると、娘は、 「何かというと子供の気持をわかってやらなければということばかり考えて、ヤワな人 間を作っている : : : んでしよ」 と私のいいたいことを先取りする。それだけわかっているのなら、明日のモモ子の弁 当のデザートは何にしよう、などと思案するのはやめろと、 「デザートだと ? フン ! 」とししオし なにがデザートだ。わたしの子供の頃の弁当なんていうものは、 「ネコメシ、ノリのダンダン、それだけ。それに日の丸べんとう : : : おかずなしの梅干 ひとつだけ : : だったんでしよ」 とまたしても娘は先取りする。 「それでもこうして元気ィッパイ、七十四歳を迎えようとしてるんでしよ」
「はハワイの監獄に入ってるんだって」 「そうか、それなら出てきた時に金は返るよ」 「ま、気長に待つわ、 と上機嫌だったのだ。 三日ほどしてふと、私はある疑惑に捉えられ、「子さん」という人に電話をかけて みる気になった。は治療に来る時、細君や子供や親類やら、いろんな人を連れてくる 癖があったが、「子さん」もその一人で、よく一緒に来ては治療の間、応接間でテレ ビなど見て待っていて、終るとの車で帰って行った娘さんである。の細君や子供ら と一緒に来たこともある。 私は子さんの電話番号を調べて電話をかけた。 「突然ですけど、さんの消、知っていらっしやる ? 」 すると子さんはさらりと答えた。 「さんとはおとつい会いましたけど」 : どこで ? 」 「会った !
田坏 = はこ , つい , つ。 カーに法えた妻が警察を呼ばうというと、このエリート = 一 オクさえあんなアヤマチをしなければこんなことにはならなかっ 「悪いのはボクだ。 : 戦後のやさしさ だから警察は呼ばないというのだ。反省してる場合か、と、 教育、仲よしごっこがかかるフヌケを作った。愛する家族、弱い幼な子を守る力がない のなら警察に頼るしかない。だが、彼はそれすらもしない。自分で自分を論評して、な すすべなくやられてる。 そのうちどこからどう外に出たのか、「やめて」の美人妻と二人の子供は草原を必死 で走っている。今に誰かが転ぶそ、と思って見ていると、案の定、子供が転ぶ。 ( 「バタ ーン、バターン」と私は叫ぶ ) それに追い迫る庖丁女。 「亭主はどうしたんだ ! フヌケ亭主は ! 」 コ と私は叫ぶ。折しもどこをやられたのか、足を引きすり引きずり、漸く夫が現れる。 ム 孫 と、その時、泣き声が聞えた。テレビの中からではない。モモ子が泣いているのだ。 の 「こわいよウ ! やめてエ」 と泣いている。
娘は吐き出すようにいう。 「 O ー 157 はなかったけれど、コレラやチフスはあったわ。今から思うと鼠取りにか かった鼠を捨てたり、通りがかりのおっさんがおしつこなんかもしてただろうねえ」 「そんなこと自慢したってしようがない」 「自慢するわけじゃないけど、普段から鍛えておけばちょっとやそっとじゃ負けないっ てことをいってるのよ。何かというとすぐ汚い汚いって、大名のお姫さまじゃあるまい し、蒸溜水で育てるようなことしてるから O ー 157 なんかにやられるんだ : 我々が子供の頃はハラに回虫がいるのが普通だった。化学肥料というものがなかった しもごえ から、野菜は下肥をかけて育てていた。そのため糞尿の中に混っている回虫の卵が野菜 と共にロに入り、腸内で成虫になり、だんだん増えて子供は食べても食べても痩せる。 中回虫が栄養を食ってしまうからだというので、国中が躍起になって回虫退治の薬を小学 泄生に飲ませたものだった。それを飲むと回虫が腸から出てくる。汲みとり式の便所だっ たから、白い回虫が紐のように ( 時には玉になって ) 糞尿の中に落ちていたもんだわ。 む娘は鼻を縮め口を歪め、「やめて ! 」と叫ぶ。 ところがこの回虫、憎まれものながら実は抗体というアレルギーのモトになるも
去年の春、幼稚園の運動会を見に行ったら、男の子はどの子も短い半ズボンをキリッ と穿いている中に、一人だけダブダブで、膝の下まで下っていて、しかもなぜか右左の 長さが違うという男の子が目についた。その上ハイソックスがグズグズで片方が上って いて片方は下っている。シャツはズボンの上にダラーンと垂れていて、運動靴の後ろを ペチャンコに踏んづけている。 ひと目で私はその子が気に入った。運動会の間じゅう、孫の方は見ないで微笑ましく その子ばかり見ていた。遊戯の時も歩く時も何だか投げやりで、一所懸命にやっていな それがシンちゃんである。 シンちゃんは私の理想の男の子なのである。昔懐かしい子供だ。コドモコドモしたマ コトの子供だ。私は娘にそういった。娘はなるほどね、ママの気に入りそうな子だわ、 といって、以来シンちゃんの動静を報告してくれる。 コ た叩かれてたわ。何をしたんだ 「シンちゃんは今朝、幼稚園の入口でお母さんにほっぺ ム のか知らないけど、いきなりバンバンって音がしたから見たら、シンちゃんがビンタくら 墸ってたのよ」 川「シンちゃんはどうした ? 」