娘 - みる会図書館


検索対象: へそものがたり
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1. へそものがたり

145 綱引き だろう。 それから二十年、とせさんとの手紙のお付き合いがつづいてきた。七十一二歳になったと せさんは、二羽の雛が飛び立った後の古巣の中で、独り、暮らしている。長男の重雄さん は二児の父親になり長女久子さんも一児の母となった。 月に二度、孫の真実の顔を見せに娘がやってまいります。私の手作りの人形を抱き しめて帰ります。帰りぎわには、いつも・ハアチャン、チュッ、私の顔を両手で挟んで もったい 頬にキスするんです。長男一家も時折顔を見せてくれます。私の老後の人生は勿体な いぐらい幸せです。これで主人が生きていてくれたらと、ふと思うこともありますが、 これ以上を望んでは・ハチが当たるというものです。 和子さんにお便りするようになって何年になるでしよう。年をとると物忘れもひど くなり、勘定するのも面倒になりますが、そこはありがたいことに、娘の成人式の年 でしたから簡単にわかります。その娘も三十九歳、孫の真実も十一歳、長男の子供た ちももう中学生です。昨年、娘一家が隣の駅に越してきました。これで、息子、娘と も同じ沿線に住まいすることになり、孫たちもまた昔のように足繁く押しかけてくる ことでしよう。しずかな暮らしともおさらばになりそうです。

2. へそものがたり

勅使河原平八 「母の言いぶん」を読んだ時、ああ、この母にしてこの子あり、と思わず会心の膝を打っ こ 0 テレビドラマ化に際しては、お母さん役は当然、高森和子さん自身が演ずることになる と、周囲はもちろん、ご本人も決めていたのだろう。予想通りのキャスティングで、テレ ビドラマ「母の言いぶん」は、八八年の秋、銀河テレビ小説で三週間にわたって放 送された。 ュニークなお母さんを実に生き生きと描いた娘が、今度は俳優として、その母の役を演 ずるーー。娘にとっては自分の中の母と、おのれ自身との、差異と同一化のアンビ・ハレン トなドラマとなった。母を再現し、演ずることが自分史としてのドキュメントの一頁とも なる稀有な体験だった。 「師匠」 解説 老いと人間をみつめる″現在〃の文学

3. へそものがたり

216 うひと言につきますよねえ、いや全く。 わたしなんか遅い結婚やったもんで、四十を過ぎてから、・ハタ・ハタッと二年連続で二人 もできてしもうて、それも女ばっかり。いやになっちゃいますよ、全く」 さんの親友 < さんが、私の隣で盛んに全くを繰り返す。生っ粋の江戸っ子のくせに、 大阪弁の大ファンで、時折変なアクセントの大阪弁を話す。聞いていると可笑しいが、本 人は自信をもって正式の大阪弁を話しているつもりなのである。大阪弁まる出しのさん の影響かもしれない。さんは、東京暮らしが長いにもかかわらず、日本を代表する言葉 は大阪弁以外にはないと、固く信じている。 < さんとさんとは同期で、さんの半年後に定年を迎えたさんは、ひきつづき関連 会社へ勤めておられる。最近、とみに娘二人と意見が合わず、その上味方であった女房ま で娘についてしまった。女三人にはじき出された自分は、餌を運ぶだけの蝙蝠ですと、背 を丸めホロホロと涙を流す。 動と静、なんとも対照的なコンビである。 私がお二人と付き合うようになって六年になる。 あるテレビ局の近くで食事をしていたとき、サインを求められたのが最初である。お二 人ともご家族同伴であった。その後、お手紙をいただくようになり、何度か、皆さんでス タジオ見学にもこられた。親しくなるにつれ、一年に一度、七夕会と称した三人だけの集 こら・もり・

4. へそものがたり

列目 115 それが終わるとまた大部屋に戻り、モクモクと歩く毎日がつづいた。 大部屋の先輩は、私にとって恐く厳しく、だが素朴で温かい人たちばかり。映画が好き でたまらない人間の群れであった。そして、当時の先輩たちには、自分たちつまりその他 大勢がいなければ映画はできないんだという、自負と誇りがあった。しかし、一旦大部屋 という箱の中に納まると、チャンスの女神に出会えることは皆無に等しい。 ロケーションに行くと大勢の野次馬に囲まれた中で、 「そこの町娘の通行人、右へ歩いて ! 」 「もういっぺん元へ戻れ ! 」 「早すぎる ! もっとゆっくり歩け」 「よーし、通行人は役の人のセリフが始まったら歩け」 私の名は、通行人であった。 四、五年前、あるテレビドラマで死刑囚の妻の役で出演したときのこと。

5. へそものがたり

31 共犯 「ーーー ? ほな : : : ちくわ ! ちくわ下さい」 「へい、ちくわを一本ね」 「二本、いえ三本、五本ほど」 そっと後ろを見る。ない 「それでいいです。お幾ら ? 」 「へいおおきに、ちょっと待っとくれやっしや」 おじさんが奥へ人るのを見届け、表にとび出した。道の真ん中を必死に蒲焼きが走って いる。頑張って、早く、早く早く 「お待っとうさん、毎度おおきに」 「ああ、すみません、もうちょっともらうわ」 「へいへい」 奇妙な顔で、おじさんは私を見る。 「父ちゃあーん、電話 ! 」 奥から、娘さんらしい声が聞こえた。 「もういいです、これでいいんです。どうもすみませんでした」 お金を払った私は、大とは反対のわが家の方向へ小走りに歩き出した。振り返ると、 大の姿はすでになく、角を曲る蒲焼きの姿がみるみる短くなっていく。もう少し、もうち

6. へそものがたり

ったときだった。五千四百円の研修生のときと違って、の正社員として本採用にな ったからには、ドーンと給料もあがるだろう。給料日が待ち遠しい。母も姉も初めての給 料は、全部自分の欲しい物に使っていい、と言ってくれた。よーし。やっと夢が実現でき る 「お母ちゃん、何が欲しい ? 」 「へえ ? 」 「へえやない、今一番欲しい物は何 ? 」 「別に、おませんなあ」 「よう考えてごらん、何かあるでしよ」 「おません」 「もうツ、愛想もへったくれもあれへん。遠慮せんと言うてごらん」 「わが娘に遠慮したかてしようおません」 る げ 「ほな、言うたらええやないの」 買「言え、言えて、あんた何をいでますのや」 で「あと十日したら給料日やねん。劇団員になって初めての給料日やし、お母ちゃんの欲し な いもん買うたげる。今までとは、月とすつぼんや」 「何がだす」

7. へそものがたり

「お帰りやす」 出てきた母は見るなり口を尖らせた。 「まあ、これがおなごのすることだすかいな」 「ほんに、お恥ずかしいとこをお目にかけました」 靴を下に置くのももどかしく母の手を引っぱり廊下を駆ける。 「これツ、何をしますねん。滑りますがな、これ、これツ、アーツ」 ステンと尻もちをついた母は両手で私の手を掴み、目を剥いている。何はともあれ台所 へとび込んだ私は先ずは駆けつけ一杯、ゴクンゴクン、水がこんなに旨いとは初めて知っ た。茶の間に座った母は、肩を波打たせ、お尻をさすりながらギロリと私を睨む。 「いやはや母上、只今戻りました」 正座をした私は、深々とお辞儀をした。 「あほかいな」 「こ、これはなんとも愛想のないお言葉、母上、先ずはそなたの娘御、和の宮の話をトク とお聞きくだされ」 おんな 「りう殿、あ、いやこれは失礼千万、母上さまの御名を間違えるとは、平にご容赦のほど ゃなぎ を。えー、柳殿」 ひら

8. へそものがたり

まちご 「暴風雨の日に、デ。ハート へ来るのが間違うてるツ、言うてるの ! 」 「ようそんなこと言いますな。今日はあんた、嵐は大阪へ立ち寄らんことになってました んやで。わてに怒るのんはお門違いだす。天気予報のお方に言いなはれ ! 」 「もうツ、うるさい ! 」 「へえ ? なんだす ! 」 風と雨に消された声は怒鳴り合っても聞き取りにくい。商店のシャッターは閉ざされ、 近くには喫茶店もなく地下街の人口もこのあたりにはない。 「どこへ行きまんねん ? 」 突然、横に止まったタクシーの窓から、顔を出した運転手さんが言う。 「とにかく乗んなはれ ! 」 転がり込んだ私たちに、 「台風、大阪に上陸しよりまっせ。もう近くまで来てるそうでっせ。お宅どこだんね ん ? 」 「針中野ですけど」 「そらあかん。こんな梅田あたりから到底行けまへんで」 「 : : : えらいことになってしもうた。娘に引っぱり出されて、このざまだす。どこぞ一時 しの 凌ぎできるとこ、あんさんご存知おませんか」

9. へそものがたり

147 綱引き た。歌でも歌いたい気持ちです。 この手紙の後、とせさんからの便りが頻繁に届くようになった。 今日は大晦日、昨日一カ月ぶりに娘がきました。お正月は家族でハワイで過ごすと か。息子の家族は蔵王へスキーに出かけるそうです。若さというものは誠にすばらし いものです。存分に楽しんでくるようにと言いました。孫たちへのお年玉をことづけ、 今年も暮れました。 せんそうじ 目は古びましたが、耳はまだ新品同様です。間もなく、浅草寺の除夜の鐘が聞こえ る時間です。ではまた、来年もお便りさせていただきます。お返事は無用です。 このあたりから、字並びが右に傾き白内障の進行が目立ってきた。靄のかかった目を擦 りながら一字一字書く姿が見えるようだった。 一月八日、五通のハガキが一度にくる。日付を見ると、元旦から毎日一通ずつ書いたも とうかん ので、一度に投函したようだ。 元日早々、敷居につまずき見事にスッテンコロリン、額に大きなこぶができました。 おおみそか もや こす

10. へそものがたり

一方的に喋って切ってしまった。なんだろう。時計を見ると七時半。私には深夜の時間 である。うんざりしながらも、やはり気になる。一時間もした頃、息を切らした直子さん が駆け込んできた。 「うち結婚することにしましてん」 「今度は酒屋の大将です。奥さんを亡くして、ずっと独身やった人ですねん。高校生の男 の子が一人いてます。年は五十歳、顔はトドに似てます」 直立不動のまま一気に喋り終えた彼女は、ヤレャレとばかり椅子に腰を下ろした。 「うち、箱人り娘やったんです」 「長いこと、食べていくことだけにアップアップして働いてきましたやろ。夫婦というの は両親しか知らんし、男の人は皆養父と同じゃと思うてましてん。けど、何事も場数を踏 まんとあきません。二回離婚したおかげで、やっとこさわかってきましてん。 そやから、今度はその中間でいこうと思うてます。三度目の正直て言いますやろ ? 今 度こそ、きっとうまいこといきます。それでもあかんかったら、そのときはそのときです。 もういっぺんやってみます ! 」 結んだ口元が金太郎さんのようにたくましかった。