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検索対象: へそものがたり
162件見つかりました。

1. へそものがたり

「恐ろしゃの、うつかり聞くこともでけへん」 今日は、一日のんべんだらりと寝転がっていようと思ってる私に、ひっこく同じことを こっとう 聞く母の魂胆はわかっている。梅田の阪急デ。ハートで、骨董の展示会があるのを新聞の広 ははじゃ 告で読んでいるのだ。休みならば連れていけという催促なのだ。 " どうか、母者をお連れ ください〃とでも言えばいいものを。なんともかわい気のない母である。 「わては別に行きともないけど、一日あんたの顔見ててもしようおまへんさかい、ちょっ と出かけてきます」 「面倒くさいけど阪急デ。ハートまで、暇つぶしに骨董でも見にいってきまっさかいに留守 番よろしゅう頼んます」 「もう ! 一人ではよう行かんくせに」 「行けますがな」 「また反対の電車に乗ったらどうするのん、しようがないねえ、ほな、行くから」 「ほー、さよか。行きたかったら連れていってあげます。早よ着替えなはれ」 こういうことになる 今日は初期伊万里の白磁の壺を、思う存分よばれましたと、満足気な母を急きたて、外

2. へそものがたり

「初めまして。このたび二〇四号に越して参りました高森和子と申します。よろしくお願 いいたします。昨日は警報機を鳴らし申し訳ありませんでした。これ、ほんのおしるし 「あのー、昨日いただきました。ありがとう存じました 「和ちゃん、かんにん。お隣やったわ」 トン、トン、 「初めまして、わたくし高森」 「あ、昨日はご丁寧に、ありがとうございました : : : 」 全く、何てことか。わが姉ながらホトホト情けない。結局、昨日終わっている六軒のう ちの四軒に、又もや行ってしまった。間違いなく " 初めまして〃と言えたのは僅か二軒の み。疲労困憊、しこたま姉をやつつけ私は、二日目を早々に切り上げた。翌朝、今日こそ はと意気込む姉に、 「ついてきたらあかん。姉ちゃんにまかしといたら恥かくばっかりや。始めから私が一人 で回ってたら、キチンと自分の頭でチェックしながらできたんや。姉ちゃんを信用したば つかりにえらい目に遭うてしもた」 「かんにん、かんにん。けど今日は間違えへん」

3. へそものがたり

「さいだすな、なんせこの雨風では、一寸先も見えまへんでな。困ったなあ、もうちょっ と行くとええホテルがおますねんけど、そこやったら、おさまるまでロビーにでもいては ったら安全でつけど : : : 」 「頼んます、そこまで行っとくなはれ」 「行ってくれと言われても、こんな按配では : : : 」 話している間にも、風に煽られた車が浮き上がりそうになる。 「そや、こうなったらしゃあない。お客さん、このちょっと先の辻曲ったとこにも、ええ ホテルがおまっさかい、そこへ行きまひょ。わしの顔馴染みのとこでっさかいに」 「ほー、さよか。それはそれはご親切に、おおきに」 運転手さんの言ったとおり、そのホテルは四、五分のところにあった。 「ちょっと待ってとくなはれ。交渉してきまっさかい」 もう外は全く見えない。窓にぶち当たる水のかたまりが砕け、今にもガラスが割れそう 国「今どき、あんな親切な運転手さんいてはれしまへんで。日ごろのわての心掛けがええさ かい、こんなお方と出会えますのや」 お 「お待っとうさん。休憩さしてくれるそうだす」 あお いっすん

4. へそものがたり

外と友達もすぐにでき、いい先生にも恵まれた。朝、目が覚めると枕一兀のランドセルを背 負ってから、歯をみがき朝食を食べていた。一刻も早く学校へ行きたかったのだ。 子供の足で、学校まで二十分くらいの距離だったが、人学当時、時折道を間違え、学校 からドンドン離れていったことがある。それからというもの、姉は私に見つからないよう、 いつも百メートルばかり後ろからついてくるようになった。これは私にとって我慢のなら ない屈辱であった。 「お母ちゃん、姉ちゃんが学校までついてくる。姉ちゃんを叱って」 「お父ちゃん、姉ちゃんが今日もついてきた。今度ついてきたら、もう学校へ行けへ さんざん駄々をこねた。 「君子や、止めとけ。和はチャンと一人で行ける」 姉はしぶしぶ尾行を中止した。が、どうしても信用できない私は、曲り角へきたとき、 そっと後ろを見る。案の定慌てて電柱に隠れる姉を見つけた。なんのことはない、中止し たのは一日だけであった。 , 後ろ姿を見ていると、ランドセルが歩いているようで頼りなげ で放っておけない、というのが姉の弁明である。 ある日のこと、お昼のお弁当もそこそこに縄跳びに熱中していた私は、授業のベルで教 室へ人った。

5. へそものがたり

おとこもん 「なんせ、男物の端切ればっかりで地味な色合いになってしまいまして : : : 」 「なんのなんの、なかなか粋なおじゃみだす」 あつら 「ほんま。お誂えのおじゃみやわ」 「いやあ、よかった」 真底ホッとしたように、はな恵さんは一息ついた。 「奥さん、長いことお世話になりましたが、実は六月頃に引っ越すことになりまして」 「へえー、どちらへ ? 」 うりみせ 「心斎橋の近くに。と言いましてもずっと裏の通りですけど、売店がおましてな、うちの 人がどうしてもそこへ移るて言いますねん。心斎橋には一流のお店がたんとおますし : それに、賑やかな場所へ行くのは : : : 」 「けどま、一つずつ夢を叶えていきたいのんが男はんですやろ。徳さんの思うようにさし たげなはれ」 その年、徳さん夫婦は予定どおり引っ越していった。 三年後、一段と色艶のよくなった顔をほころばせて徳さんがやってきた。 「一体どないなってまんねやろ、そらもう、こわいようだす。なんせ次から次とお客さん が増えましてな、もう毎日テンテコマイしとります。えらいこってすわへへへ : 「そら、よろしおましたなあ。けど徳さん、てんてこまいも結構だすけど、たまには奥さ

6. へそものがたり

共犯 大阪の南、天王寺から近鉄線に乗り針中野駅で下りた私は、いつものように駅前の商店 街をぶらっきながら家に帰る。 ここは、下町の気さくなところで、野菜、魚、肉など、食料品はなんでも新鮮で品数も 豊富である。刺身の好きな私は、よく母にくつついて顔馴染みの魚屋さんに買いに行った ものだ。 「よう、いらっしゃい。今日は別嬪さんのとろが人ってまっせえ。新鮮なとろとろ、さあ、 連れて帰っとくれやっしや」 まないた まぐろ ポテンと鮪のかたまりを俎の上に置くと同時に早くも切り出した。 なにわ 「さあさあ、鮨食いねえ、お嬢ちゃん浪花っ子だってねえ。針中野だってねえ、嬉しいね え」 共 このおっちゃん、いつも虎造の浪花節の調子で唸りながら、見事な包丁さばきで切って いく。これを見るのが好きで、休みの日には刺身ばかり食べていたことがある。 べっぴん

7. へそものがたり

「なんだす、その音は」 おかしい、どうしたんだろ。いくらやってもつるりとすべり玉が当たるだけ。肉は一セ ンチもつまめない。 「どないなってますねん、肉なんかちょっとも挟んでえしまへんで。また騙されたんだす。 ほんまに出て行ったら最後ロクなもん買うてけえへんのやさかいに」 文句を言いながらも、気になるのかそばを離れない。こんなはずではなかった。頭の中 ・あーツ、ひょっ には、こんもり盛り上がった肉が焼きついている。カチッ、カチッ、 だんす とすると : : : 、洋服簟笥を開けた私は、一番分厚い肩。ハッドの人ったプ一フウスを着て、も う一度キュッ。 「ホオーツ、つまんだ ! あんた、肉ばなれしたんと違いますか」 肩を見ると、交差した棒の間からパッドの肉がこんもり盛り上がっている。 「ヒエーツ、こら見事なもんだすなあ、もいっぺん、やってみなはれ、 しまった、又騙された。が、母の手前止めるわけにはいかない。 「大したもんだっせ、この器械は。あんたええもん買うてきなはった。ちょっと、わてに もさしとくなはれ」 「 : : : もうちょっと練習して、出来るようになってから : : : 」 「もう出来すぎてますがな。早よ貸しとくなはれ、早よう ! 」

8. へそものがたり

洗濯ばさみの先にあいてる穴に糸を通し、輪にしてこれはちょっと長いめにおいときます。 この洗濯ばさみで通帳を挟んで、糸の先を持ってそーっと隙間へ下ろしていきます。真ん 中あたりまで下りたときに、左手に持ったさしで、上から両端のテープを壁に貼りつけま す。よう押さえつけといて、最後に糸を切って終わりと、ま、ざっとこういう按配だす」 さんの仕種を目の当たりに見るように息を詰めて聞いていた私は、ホッとひと息つい 「あとはでんな、水槽の蓋を壁のほうへちょっとずらしとく。これなら絶対ばれることお まへん。完璧だす」 「よかったですね」 「それが、ええことおまへんのや。半年近うは何事ものうて無事だしたんやが、わたしの 留守中に便所の管が詰まってしもうて、業者に来てもろうたらしいんだす。 そのときに業者がへそくりを見つけて家内に渡した、ちゅうことだす。百万の通帳は 取られてしまうわ、株してたことはばれるわ、どだいワャだす。大騒ぎになってしもうて 、この先まだ株をつづけるんなら離縁すると言いますねん」 「離縁するちゅうてもあんた、家内は七十一二で、わたし七十。一文なしのスッテンテンで 放り出されても、わたし行くとこおまへん」 ふた

9. へそものがたり

: 。消えたあ ! 蒲焼きの姿は完全にな よっと、しつぼの先が震えるようについていく : くなった よかったあ、助かった。生きられる。どうか、お腹が。ハンクしませんように 汗ばんだ体に、日暮れの風が吹き抜けてゆく。 不屈の闘志で勝ちとった彼の目を思い浮べながら、あの小犬の共犯者になれたことが無 性に嬉しかった。さて、このかまぼことちくわ、母になんと説明しよう :

10. へそものがたり

、見渡したところ喫茶店らしきものはない。 「姉ちゃん、トイレに行きたい」 「えーツ ! なんで借りなかったん ? 」 「姉ちゃんが急かすからやないの、姉ちゃんの責任よ、どないしてくれる」 「こんな子オ知らんわ。早よ、どっかの店へ人らんと : : : 」 「店なんかあれへん」 「困ったねえ、どないしよう。駅まで十分ぐらいやから辛抱しなさい」 「あかん」 「いやあー、どないしよう。じっとしてんと早よ捜しなさい ! 」 ウロウロ、オロオロ姉と私は手分けして捜し始めた。 「あったツ、和ちゃん、おうどん屋さん」 はるか前方に、 " うどん〃と書かれた看板が見える。よかった。走り出した姉がみるみ る小さくなってうどん屋の戸を開けているようだ。が、振り向いた姉は、左右に大きく手 を振った。満員なんだ 。もうダメだ。こんなことなら最初から駅へ行くんだった。 「和ちゃん、駅へいこう。ぐずぐずせんとサッサと走んなさい」 姉は私をおいて駆けだした。 「何してんの ! 早よ走んなさい」