風林 - みる会図書館


検索対象: みちのく子供風土記
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1. みちのく子供風土記

ちゃん騒ぎをしたそうだ。禰宜さんも長い頤ヒゲをしごきしごき、折角貰ったお神酒 を全部要め側へ渡したそうだ。なんとも愉快な話さ、と八郎は翌日吹聴し、ぶんどり 品のお煎餅や、松葉町から出た祝いまんじゅうと蜜柑を得意そうに配って廻った。 そこひ ばあ 八郎は自分の分け前はみんな盲目のお祖母にやったらしい。お祖母は老衰で、おま けに風邪を引いたので、もう長いことはないらしく、枕許へ綱引きの御褒美を並べて やると、 「ハチよ、お前も食ったか」 と訊き、 「済まね工なア 見えない眼からお祖母は。ほろっと涙をこ・ほした。 お祖母はなア、眼が見えなくとも、なんでも見えるんだ。と八郎は声をつまらせ ガラッ八でも、もしかしたら八郎は、要めの原つばの子供の中で、いちばん親孝行 で、いちばん美しい心を持っているのかもしれない。 234

2. みちのく子供風土記

ちょろげ野郎がぶりぶり怒って行ってしまうし、妓達は豊かな胸を波打たせ、懸命 に笑いをこらえるが、裾からこ・ほれる紅い長じゅばんがなまめいて、もう力は尽きた ようだ。粉雪が松の梢から白い梅の花びらのように、正月の髪や衣装にはらはらと散 孫市爺の奇襲はみごと功を奏したといえよう。 とぼけ爺はまだそれでも、両手で扇ぐように、それ頑張れ、頑張れと奇妙な腰付き で踊り廻っていた。 そんなことなど少しも知らない要め組は、無我夢中、わっしよい わっしよ、 へ の字に結んだ口からあぶくを出して、八郎は頑張りつづける。とにかく負けては大変 - 」 0 畠作りの兄弟も歯をくいしばって腕の抜けるほど頑張った。 タネ子も花子も、私も頑張った。タカもばあやも頑張った。 衆をたのんだ松葉町組はとうとう、つン前倒って膝を突き、要めはどしんと尻餅。 勢いあまってひっくり返ったが、息をはアはア弾ませながら見上げる空のまあ、なん 232

3. みちのく子供風土記

綱引ぎ 裾の割れるのを気にしいしい綱を引いていた妓コはこらえかねて笑い出した。 「なんだ、なんだ、笑っては駄目し、真面目に、真面目にやれ。さあ頑張れ。それ頑 張れ。禰宜さんがカモ抱いて待っているどオ。それ、それ」 妓達は孫市の踊るような手振りに、またどっと笑う。 たまりかねてか、とうとう染八が孫市爺を突き飛ばした。 「やいやい、何をするんだ。このちょろげ野郎のこちょこちょ奴、年寄りを粗末にす るとどういうことになるか知っているのか、罰当たり奴がー 孫市はロ汚くわめく。 「クソ爺イ邪魔すンな」 染八も負けていない。 「邪魔なんかするもンか、半可臭い。応援しているなだよ。なア松子妓さん」 と・ほけた爺イだ。 松子はとうとう雪の上に坐って笑い出した。 「だめ、だめ、お前が笑うとみんなも力が抜ける。立った、立った」 はんか 231

4. みちのく子供風土記

「こら孫市、一体お前はどっちさ応援しているなだ」 「それアきまってますべ工、俺ア要めだ。要めが負ければ煎餅二罐、損することにな りやすー 「お前にしてはいい度胸だ」 孫市爺さんは、にやっと笑った。 「そういうことだし。したら、禰宜さんも御隠居さんも、約束は破らねえよに願えま 「要めは負けるそ。そら、そら引っ張られた。爺コ、覚悟せい」 目印に置いた境目の提燈から要めがずるずる引っ張り込まれ、青竹が見えなくなっ しも た。禰宜と御隠居は気持ちよさそうに、あっははと笑い、孫市は慌てふためいて下へ 飛んで行った。 要め組の綱尻がまだ大分残っている。これでは話にならない。そこで爺さんは大悪 たれに悪たれた。 「おうい、みんな頑張れよ。負けんな、このクソガキ共奴」 228

5. みちのく子供風土記

綱引き 「もしも負けたら煎餅ガンガンで一罐、御隠居さんあなだ買うのだし」 「ああ、お前の煎餅か、よしよし、勝ったらお前の贅りだ」 「よがすとも。さてっと、次は禰宜さんだ 「賭けか。賭けならお神酒一升が精いつばいってとこだなア 「いやいや、禰宜さん。松葉町が勝てば五升、負けても御祝儀だ。しきたりは三升が 固いとこだしべ。どうだすか、三升とゆきゃんすか 「それがとらぬ狸の皮算段というものだ」 「いやいや、禰宜さんなら松葉町でも大もてだ。悪霊退散を祈願させて、三升も出せ ないようなら、松葉町の名折れであんすべ。俺が交渉してもとってみせる。三升だな ンす。三升、えがすか。さすがは禰宜さんだ。話のわかるお人だー 「こら、三升ふんだくる魂胆で軽薄 ( おべつか ) こくな」 しかしここで気が変わられては困るのだ。孫市爺さんはしきりに禰宜さんをおだて 上げる。 「したらお二人さん。約束したし、しつかと固いお約束だし。ええなんす」 おご 227

6. みちのく子供風土記

力を合わせ、田畑の害虫や、疫病や災難をふせぐのだから、禰宜さんは先ずその悪霊 を追払って下さるのだと教えてくれた。 それなら子供もうんと力を出して要めの方の悪霊を退散させなければならない。 犬の皮を着た政勝親父は刺子を着た消防団の人達と一緒になって走り廻っていた が、染八が真新しい印絆纏に向こう鉢巻で松葉館の芸妓連を率いて現われるや、要め の子供達がたむろしている方へ飛んで来て、 「ええか、お前達頑張れよ。松葉町になんそ負けてはなんね工そ」 と激励した。 「親分、まかせとけ工、オレがいる」 八郎が外套を脱ぎ捨ててぼんと胸を叩いたので、 「ハチ、ええそオ と誰かが弥次り、みんながどっと笑った。 禰宜さんの祝詞が済むと、政勝親父と染八が高張提燈を振り合って位置につけの合 つか 図をした。宝来亭、花月、梅香、松鶴と身づくろいをした妓コ達が一勢に綱を掴ん 224

7. みちのく子供風土記

綱引き 「尾胝骨割りをやるからだョ 「バカ、尾胝骨割りなど関係ねえ。要めは人数が少ないんだー 八郎はかっかとの・ほせ上がる。 「そんなら負けたっていいじゃないかー 「美絵子ちゃん、お前はすぐにそういうことを言う。負ければ要めは来年まで・ハ力に されるんだそ。オレ家さ行ってあんちゃんも、お父ウも叩き起こして来る。みんなガ ンバレよ」 八郎は大人の外套借りて来たのだろうか、だぶだぶの腰の辺りへ荒繩を締めて大変 な勢いで飛んで行った。 綱を引く人達はだんだん数を増し、石油の空罐で燃やすかがり火もあちこちで。ハチ パチはねながら勢いづいた。 学校の連動会で使う綱の三倍もありそうな太い新しい綱が持ち出され、鷹ノ巣神社 の禰宜さんが馬にのって現われたのにはみんなたまげてしまった。 綱引きに禰宜さんの現われるのはおかしいと言ったらばあやは、綱引きはみんなで 223

8. みちのく子供風土記

綱引き 着床寝はいけないと母によく注意されるが、本当だ。夢まで気持ちが悪い。 かめ 水屋へ行って甕の水をコップ一杯のむと、冷たくて一ペんに眼がさめた。 蓑吉はストーブの側でもう餅をたべている。 ロの端を豆の粉だらけにして、 「姉ちゃんの寝坊、餅焼けて固くなったそー とひどくはしゃいでいる。 腹ごしらえの餅をたべ終わると、ばあやはストーブの上でドプロクを沸し、大きな しば 湯呑みにハチミツをたっぷり入れていつもの倍も飲ませてくれた。今夜は凍れている からとても甘酒くらいでは間に合わないそうだ。タカも酔っぱらったのか赤い顔をし てげらげら笑いが止まらない。 、くらでも飲める。ド・フロクなんそ ハチミッ入りのドプロクは甘くて香りがよく、し 飲んで綱引きしていたら、税務署に引っ張られるそと、母も起きて来た。 まず脚絆をはいてフゴミモンべをはく。タカは大人だから出立ちモンペだ。毛糸で 編んだ襟巻を首にまきつけ、ドンブク ( 綿入れ絆纏 ) を着て、袖ポッチをかぶる。大 きどこね きやはん はんてん 219

9. みちのく子供風土記

綱引き かすふしだらなおなごだ。罰が当たるのがあたりまえし 源は馬小屋の二階へ上がって三日も出て来なかった。 ばあやはちっとも機嫌をとらない。 「源が泣いてるよ」 「・ハ力、子供は大人の話に口を入れるものではない」 母は私をきびしく叱った。 間もなく源もいなくなった。源は鉱山へ働きに行ったそうだ。 おまさは狐憑きでなく、もしかしたら雪女郎になったのかもしれないと私は思っ 小正月の宿下りに紫のお高祖頭巾をかぶって、ちらちら降る雪の中へ消えて行った ; 、振り返って私達姉弟を見たあの白い顔はたしかにのつべら・ほうで、眼も鼻も口も なくなっていた。それにおまさはちっとも笑わない。 風邪引くんて、早ぐ家さ戻ったんせ。早ぐ、早ぐ、早ぐ早ぐウ 吹雪がごおーっと私の首を締める。 こ。 217

10. みちのく子供風土記

綱引き つりをするようになった。そのお祖父さんが死んでからは誰もおまつりする人がなく 放って置いたからまたそろ悪さをするようになり、今度は母が家の中でおまつりする ようになったという いわくつきのお稲荷さんだ。 困ったお稲荷さんだと母は苦笑いしながら、何かあったかもしれないと、ばあやに 神棚をあらためさせた。 神棚にはカビのはえた御飯が十幾つも上がっていた。 御飯は毎朝炊きたて、お櫃に移すと真っ先に神棚へ上げなければならない。御飯炊 きのおまさはそれを怠ったばかりか、お稲荷さんに御飯を上げる器をこわして知らん 振りをしていた。 たかっき 高坏の代わりに普段使いの茶のみ茶碗に御飯を山盛りにして上げ、それを下げよう ともせず、また別の茶碗に盛り上げ、時には一度にごっそり洗ったのかもしれない。 神棚の隅の方にあった十幾つかは埃りとカビでかちかちになっていた。 お稲荷さんは五穀豊穣を祈願する田の神様だから御飯を粗末にしたらお怒りにな る。 ひっ 215