きのこは した。あそこは秋には茸が生えるし、小鳥がいつばい巣をつくっていて、眺めもい 今年も、もうムナグロがやって来ているだろう。ムナグロは渡り鳥の中でも旅鳥 といって春と秋しか姿を見せない鳥だ。名のとおり、顔から胸、腹が真黒で背中が黄 色のまだらだ。でも秋に再びやって来るときは、黒チョッキをぬいで地味な黄褐色に なっている。旅に出たことのない私達は、いつだってこのムナグロがうらやましいの たんば 小鳥の来る天保川は、米代川の支流で、田圃の用水に使われているだけの小さな川 だが、あちこちに丸木橋がかかっていて川幅の割に底が深い。魚がたくさんとれるの で、子供達はオレ達の川と呼び、夏の間は一日中もぐって遊ぶ。 かす 川の向こうは見渡すかぎりの田圃で、そのまた向こうに、桜の霞んで見えるのが摩 当という村だ。 右手に連なる山々は、奥羽山脈というのだろうか。雪が消えると山はたちまちうす 紫に変わり、山ひだの濃さは匂うようだ。 天気のいい日は、町の誰かがたいていここで遊山を楽しんでいる。川が流れて眺め と、フ ヾ - 」 0 よねしろ
れそういうだらしのない家だ、おなごはそんな話をするものではありませんよと叱ら れた。 妙子ちゃんのお母さんは、七三に分けた髪を耳隠しに結っておかしいほど化粧して やって来た。 ばあやはロほどのこともなく、何度も何度も頭を下げて、よろしく私のことを頼ん でくれた。汽車が出る頃になったらタカも心配して見送りに駆けつけたが、 「心配しなくてもよござんすよ。うちの妙子も一緒なんですから」 と、妙子ちゃんのお母さんは、華やいだ声でおほほと笑い 「ではみなさん行ってまいりますー と、ホームへ汽車が入ると真先に乗り込み、車内の温気ですっかりくもった窓のガラ スをハンカチでこすりながらばあやとタカに手を振った。 雪汽車がガタンと動くと、 丹「ね = 、二人ともこれから女学生になると、英語を習うんでしよう。あんたたち親が 牡 知らないと思って、英語で文書いたりしてはいけませんよ」 ふみ 239
力が互角になると、風林堂さんも禰宜さんもじっとしていられなくなり、立ち上が って声援をはじめる。 政勝と染八が綱の中央で精根かぎりカを出し合っている。 孫市が歯のない口をあふあふさせて、綱の中央へまたやって来た。 「おお、政勝どうした。この腰抜け奴が ! それ、頑張れ ! 松葉町のちょろげ ( お わっしよい」 飾り ) 野郎になんそ負けるな、男の面汚しだそ。ソレ、わっしよい。 ちょろげ野郎がかんかんになって怒り、綱から手を放した。 「なんたと、このクソ爺イ奴 ! 」 孫市爺さんは年の功で、そんなことくらいでは一向動じるふうもなく、 「おや、妓さんたちお晩だなンす。あんまり顔をしかめてカむもンでね工し。それ、 そっちの別嬪。まなこ吊り上げて、歯くいしばってハンニヤみたいだョ。まずまず、 泡ふいてお前てんかんでも起こしているのでね工か。おや、この人モンべはかない で、アンビン風邪引くよ」 べっぴん 230
やけのやん。ハチというのはお前のことだとタネ子がからかったら、ううっと唸っ やっこだこ て、糸の切れた奴凧のようにひとりですっとんで行ってしまった。 「サヨナラ三角、また来て四角」 これが要めの原の別れの挨拶だ。私達は今夜の楽しみを眼顔で合図しながら、それ ぞれの家の前でひとりずつ、また来て四角と別れてゆく。 空が少し怪しくなって来た。 スゴロクもカルタも止めにし 小正月だというのに、要めの原には凧も上がらない。 て、御馳走をたべると、さっさと寝てしまった。十一時になったら起こして貰うこと になっている。 本当は真夜中まで私は起きていたかったが、風邪をひくとばあやに叱られた。その こたっきどこね いという。ごろねは始めてだ。 代わり、帯を解かずに炬で着床寝をしてもい 六時頃ちょっと吹雪がやって来た。 どこもかしこもみんな閉めてあるのに、どこからともなく冷たい風がすっと入って 来る。冷たい風にこまかい粉雪がまじってすっと落ちたと思うと死人のように冷たい たこ 210
なかったのかもしれません。卑怯者と誹られた悲しみは、生涯私の胸から消えないで しよう。どんなに忘れようとしても、年に一度、七夕さんは必ずやって来ますもの ね。牽牛さまと織女さんのことで八郎さんと喧嘩したけど、 八郎さんはあんまり織女 さんがきれいだきれいだとほめそやすので、先生は嫉きもちをやいたんですよ。堪忍 して下さいね。自分がみじめで、私はその人が羨ましかったんですー 八郎に謝まっているのか、お墓に話しかけているのか、竹子先生は独り言でもする ように、語りつづけた。 「愛すれば愛するほど、傷つくような恋をしてはいけないのです。でも傷つくからと いって逃げるのはやつばり卑怯なのですよ。私はやっと気が付いたけれど、でももう 遅いわ。何もかも終わってしまいました」 掌を合わせた竹子先生は、むせび泣きをしていたが、やがて立ち上がって着物の裾 の土をはらうと、どうしていいのかわからない八郎の両肩に手を掛け、お世話になり ました、皆さんによろしくねと言ったという。 「つまり竹子先生も細川さんにホレていたんだなア」 そし うらや 156
ていた。 つなおれんこう 花子もタネ子も綱男も蓮公もやって来たが、八郎がまだ現れない。 かじゃ 八郎は鍛冶屋の息子で、要めの原つばのガキ大将だ。めつ。ほう喧嘩っ早い。喧嘩を しに生れて来たような子だ。 ちんぜい 十一人きようだいの八番目に生れたので八郎の名がついたのだが、オレは鎮西八郎 為朝の生れ変わりだと威張っている。 原つばで相撲を取るときは、自分から横綱八郎為朝嶽と名のりあげ、仲間はトッテ ンカンのハチと呼んだ。 ひょうきん 剽軽なのは性格だけでなく、蟹のような顔をして、泡をふくような喋り方をする。 体つきも四角ですんぐりだ。 大きな声でやたらに唄う。、に ノ良の声は塩辛声だが、音感がいいのだろう。ふざけて 引っ張り廻しても、調子をはずすようなことはないし、ナニワ節でも民謡でもすぐに ( 1 ) 源為朝 ( 一一三九—七〇 ) のこと。平安末期の武将で、九州に勢力を張り、鎮西八郎と称 した。 かに
紅茸と間違えるから気を付けなくてはいけない。私はタネ子にも花子にもみせて確か めた。 飛行機は仲々やって来ないので、そろそろ山にあきてみんなはしきりに不平を並べ 「大変だ。大変だアー」 陣場岱の方まで降りていた八郎が息せき切って駆け登って来た。 おはこ 大変だ、大変だアは八郎の十八番だから、私達はちっとも驚かない。大きな蛇がい たとか、松キノコの二十枚も見付かったということだろうと、ちょっと振り向いただ けで知らん振りをしていると、八郎は眼を三角に吊り上げ、 「お前達、オレの言うことも信用してけれ。竹子先生が今、崖から落ちて怪我したん だそ。血がいつばい出たから死ぬかも知れないど 、っそかた 「嘘語り」 かた 「嘘語るもんか、オレの言っていることは本当なんたそ。オレ政勝親父を探しに行っ てたんだ。そしたらョ、崖の下へ水飲みに行っていた奴等が上がれなくなって、竹子 140
お前咲く花、わしゃ飛ぶ木の葉 何処へ落ちるも風次第 町内の人達ばかりか、あちこちの人達がその陽気な唄声につられてそろそろ集ま り、要めの原つばの人垣がいっそう大きく広がると、、に ノ良もいい調子になる。山車の 上で唄うのだが、。 とのように交渉したものか、畠作りの兄弟と、白っ児の健ちゃんが 笛を吹き、松葉町一の美人と言われる松葉館の松子がやって来た。 山車の上で、松子が八郎と並んで唄い出したのにはみんなたまげてしまった。 もっとも松葉館の、 ハコヤの染八が来て太妓を叩いているのだから、松子は染八が たのんでくれたのかもしれない。 松子は顔ばかりか、姿もいいし、声も美しい 八破れ障子に鶯とまり、 はるか、はるかと待っている : 八郎も負けてなるものかとばかり、調子よく声を張り上げた。 八娘可愛いや白歯で身重 106
山 遊 「子供が酒飲んだら巡査に引っ張られるんだそ、。ハ力」 花子が八郎を小突いた。 遊山の相談はそれできまった。 子供遊山は大人の真似ごとだが、雪が消えて春風が穏やかになり、そろそろ若草が そろ 生え揃うと気もそそろだ。 大人達の仲間入りをして野山へ連れて行って貰うより、子供は子供同士で気兼ねな くやりたいのだ。 酒がなくとも、焼鍋を仕立てれば、子供は長者の気分で浮かれることが出来る。 野火を怖れる大人達は、火の跡始末こそくどく注意するが、子供の野遊びはたいがい は大目に認めた。 雪に半年閉じ込められる大地に春はのろのろやって来て、五月の開花期ともなれば ばたん 梅桃桜と藤も牡丹もごっちゃに咲き出すので、大人も子供も家になそ籠っている気に なれないのだ。戸締りもろくにしないで野山をほっつき歩いている。 てんば 去年も要めの原つばの子供達は、天保川の辺りへ陣取ってワラビやゼンマイ取りを こも
ネフ・タ と、ばあやは行かせてくれない。 「八郎、お前も止めれ。子供の知ったことではね工 ばあやはあくまでも反対であった。しかし八郎は、あやかれるものならあやかりて 工よ、オレと一緒に死んでくれる女なんかいるかョ、とすっ飛んで行ってしまった。 だま 町中どこへ行っても心中の話で持ちきりである。女を騙したのたという人もあれ ば、男が騙されたのだ、気が弱すぎたのだという人もあった。 それから一週間経ってお盆がやって来た。 くさば、つき 子供達は草帚をかついで、みんなでお盆のお墓掃除に出掛ける。草をとって墓のま ききよ、つ わりをきれいに掃いて、繩でたわしをつくって石塔を磨き、それが済んだら山へ桔梗 おみなえし や女郎花をとりにゆく。 お座敷の仏壇に、紅いハマナスの実やお盆菓子を飾り、鐘や燭台を磨き、お盆提燈 を吊す。みんなでやるからお仏壇は見違えるほどきれいになるのだ。そうしなければ 先祖さまは帰って来ない。 ナスやキュウリに割り箸の二つ折りを突き刺して脚をこしらえ、牛と馬をこしらえ 119