昔 学はいけないというのではないが、居残り勉強までして女学校へ行くのが気にくわな し」い一つ。 学校が終わったらさっさと帰ってタ方は家の手伝いをするものだというの 花子やタネ子はどうするのたろう。要めの原つばには貧乏人ばかり住んでいる。義 務教育が終わったら、親達はみんな子供を働かせるつもりでいるかもしれない。花子 とタネ子は高等科へ行きたいと言っていたが、畠作りの綱男は高等科は止めにして家 の手伝いをするそうだ。百姓には学問は要らないと、畠作りのお父が言ったそうた。 八郎はどうするのだろう。オレはまだ思案中だ、どっちにしても、学校はお仕舞し よそ 冫。尸、しオしが、家の手伝いをするか、他所へ働きに行くか、その にして働くことこよ司違、よ、 どっちかになるのだという。 睦ちゃんはお医者さまになるのだからもちろん中学校へ行くだろう。中学校へ行く 子はほかにもいた。しかしそれはみんな要めの原つばの子供達ではないのだ。 仕方がないので私は居残り組へ入らずにいたら、お昼休みにちょっと教員室へ来る ようにと先生に呼ばれ、女学校へは行かないのかと訊かれた。 193
百姓をしている親達は農繁期にかかると運動会どころのぎではなくなり、夜の白 むころから、日暮れて地べたの見えなくなるまで、働いても働いても、まだ猫の手で も借りたいとぼやくからだ。 小学校へ上がる年齢の子供等は当然のことのように学校を休ませ、無理にも背中へ ばんげ 赤子を括りつけてしまう。そして、中休みの茶の仕度、晩餉の飯炊きの手伝いと、学 ぶ暇も、遊ぶ暇もないくらいこき使われるのだ。子供達もあきらめて、そうするもン だと思っている。 百姓をしない家の子でも、親類縁者に田植えがあれば、その騒ぎに巻き込まれて、 苗投げの手伝いくらいには出掛ける。そのために学校は時々ガラガラになった。 しいから、学校だけは休まないよう 空席が多くなると、小さい子供を連れて来ても、 たくじしょ にと先生が声を大きく注意する。すると翌日は教室の中がまるで託児所のような状態 になって、うるさくて勉強も何も出来たものではない。 結局、農繁期の田植え休みはあった方がいいということになったのだが、おかしな ことに、そうなると、なったで、田を持たぬ家の子まで全員、田のある家へ手伝いに
「吹雪が止んで夜中にヨ、満月を浴びながら綱引きするのはいい気持ちなもンだそ」 「寒かべなア」 タネ子は首をすくめた。 「寒いことがあるもンか、汗が出るまで力を出すンだもの。風邪引きだって治ってし まうそ。それにオレはもうこれで当分綱引きも、引き納めた。みんなも出て引っ張れ よ。今年は要めと松葉町とで引っ張りつこをやれって、政勝親父が言っていだど。松 葉町組になんそ負けていられるか」 あね 「したら妓コ達も出るってがア」 花子が眼を丸くした。 「ああ出るとも、敵の大将は染八で、要めの御大将に政勝親父ウを頼んで来たら面白 ひと えなア。要めは人数が少ないので、いつも他人の町の手伝いばかりで面白くねえや。 オレ今度はムツの子にもたのんで、手伝いさせるよ。あれはカ無しで女子よりたより ないカ、いないよりましだもんなア、みんなも出れよ」 が 「睦ちゃんが綱引きに出たら、お母さんに叱られるべしや」 200
ら鉄を焼いたり、曲げたり、フイゴを押したり、いろいろ親の手伝いをさせられるの で、器用なのだ。でも八郎にこんな立派な金具づくりが出来るとは案外だった。 「ハチ、有難う」 私達はめいめい貰った金具を抱いて八郎に礼を言った。畠作りの兄弟も礼を言っ 「これはムツの子にやるんだ。今日でもうお別れだからなア 一足分残ったゼンマイ型を八郎は紙につつみなおした。 246
郎から回すことにしこ。 七月二日 ( 日曜日 ) 晴れたり、曇ったり 風林堂へ最後の仕上げに行く。 つまり仕事というのは寝棺磨きだ。 おれははじめて死んだ人の入る棺をつくる手伝いをしたから面白くてしようがな とくさ ( 1 ) トノ粉を塗って、木賊だかなんたかで一生懸命こするのがおれの役目だ。 政勝親父のつくった寝棺は立派なものだ。杉の柾目のぶんぶんいい匂いのする寝棺 だが、ヒノキならもっといいそうだ。 支那のお金持ちはクスノキでつくるそうだ。なんでも、支那ではお金持ちほど立派 なお棺を、生きている中にこしらえるそうた。風林堂の御隠居は支那のお金持ちの真 似をしているのかもしれない。 ( 1 ) とくさ科の多年生常緑しだ類。茎はかわかして物をみがくのに用いる。
らず、悪たれながらみんな弁当箱に詰めて来たにちがいない。 「螺のつくだ煮とは、乙なものをこしらえたもんだ 政勝にほめられると、八郎は。ほんとはじくように胸の辺りを叩き、 さかな 「酒の肴にちょっと乙でげしよう へつへへと笑い 「俺はいまにこういうものをうんとっくって金儲けをするどオ、松葉館へ売りに行っ たら妓コ共は買ってくれるか、螺は冷え性の薬だ」 と、大真面目で染八に伺いを立てる。 いまに豚の丸焼きでも売りに行くつもりかもしれない。アンビンをひとりで十五も たべてその上に貝焼きも突っいているのに驚いた染八は、一体お前の胃袋はどうなっ ているのだとあきれ、うつかり田螺を買ってやろうと約束をしてしまった。 アンビン腹で御機嫌になり、金儲けだ、金儲けだと、しきりに田螺とりをみんなに 奨める八郎は、遊び仲間にも手伝いをさせるつもりなのだろうかと、私は大いにむく あね
孫市せんべい ゆく風習が出来てしまった。 要めの原つばの、子供達の仲間には田を持った親は一人もいなかったが、それでも みなあちこちへ手伝いに散らばってしまう。 きなこ 。ハにくるんだおにぎりを、田の畔 苗投げをして中休みに、黄粉をまぶして朴の葉っ で御馳走になるのが楽しみだからである。 しかしなんといっても労働は子供に楽しさよりも苦しみを余計に押しつけた。同じ こんかぎ ように根限り動き廻るにしても運動会と田植えは比べものにはならない。 運動会は子供達のものた。 気温が奇妙に生暖く、生唾をのみ込むように気持ちが悪かった。雨が沢山降るせい だろう。けだるいが、連動会の準備だけは怠らずみんな一生けんめいだ。 楽隊は去年よりみな巧くなったし、白っ児の健ちゃんの笛の音色は一段とよくなっ た。駆けっこをする私達も去年よりすっと早くなったと先生がほめて下さった。 ゆかい 竹子先生のオルガンに合せて、「来たれや友よ打ち連れて、今日は愉快に散歩せん 」と唄いながら踊る遊戯も手足がよく揃うようになった。 ほお あぜ
どうやら八郎はこの二人を自分達、要めの原つばの子供遊山の仲間に入れたいよう な口振りだった。 世間では、政勝も染八もならず者などと呼んでいるが、子供の世界では、まとも も、ならず者も、彼等が子供好きであるかぎりたいした問題ではない。 「政勝親父ウよ、こっちさ来い。貝焼きはじめるどオ」 そうごう 染八は子供達に冷淡だが、政勝は声をかけられると相好を崩してしまう。 懐中から太い紐のついたガマグチを引っ張り出し、天保の茶店でアンビン ( 餡入り 餅 ) を買って来いと 、八郎に五十銭銀貨を一つ渡した。 ばば 茶店の婆の売るアンビンは一つ一銭だから五十銭のギザギザ玉があれば五十個も買 える。 ほほ一つ」 、八郎は踊り上がって喜び、野菜を入れた手籠を乱暴にひっくり返して、 はだし それを車輪のように振り廻しながら裸足で素っ飛んで行った。 政勝は子供達の手伝いをして火をおこしてくれたが、染八はにやにや笑って見てい ただけだ。
綱引き 要めが負けるとお神酒も煎餅もふっ飛んでしまう。大損害だ。 「勝てば褒美が出るんだそオ 次におだて声で怒鳴る。 「爺コ、手伝うか」 電柱へよじ登って高見の見物をしていたのがするすると降りて来た。 「おお、よし手伝え。要めに縁のある奴はみんな出ろ。工場の奴等は何しているん だ。こういうときに役に立てなかったら飼い損だ。この恩知らず共奴が ! 要めが勝 てば俺が酒と煎餅を腹いつばい食わしてやるそー 「本当かョ爺イ 「バカヤロ、禰宜と賭けしたんだ。頑張れー 孫市爺は、声を涸らして怒鳴り廻り、松葉町組にずるずる引きずられた子供達が、 助けてくれ = 、助けてくれ = 、とやたらに悲鳴をあげたので、見物人はびつくりして わっしよい手伝いはじめた。 綱尻にぶら下がり、わっしよ、 、わっしよい勢いを盛り返し 妓達も負けてはいられない。衆にたのんでわっしよい 229
ブンマワシで円をつくり、一生懸命日の丸をつくるのだが、色がにじみ出てそれを なおそうとすると、楕円形や三角に近い拡がり方をしてしまう。さらにそれをまた、 丸くしようと努力している中に、日の丸がやたらに大きくなって、半紙いつばいに拡 がってしまうのだ。 こんなはすではなかったと、私もタネ子も花子も大汗をかき、嘆息をもらす始末 「あっ政勝親父ウが来た」 出窓から身をのり出し、通りすぎようとする政勝を呼び戻して、三人はとうとう親 父ウに手伝って貰うことにした。 「親父ウ、助けてたもれよ 「なんだョこれア、 小っちゃいあねっちゃんよウ 「日の丸だ」 「おうサササア、この日の丸は ヾ - 」 0 ( 1 ) コンパスのこと。