政勝 - みる会図書館


検索対象: みちのく子供風土記
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1. みちのく子供風土記

坪二十銭足らずの勘定になろう。二百六十四円あれば千三百二十坪ほども手に入る。 政勝は名人と言われた父親のつくった二間幅、高さ五尺の赤うるしを塗った大戸棚 を材木屋の台所へ運び込んだ。助けて貰ったお礼なのだ。 その大戸棚を貰ったばかりに、お上さんは度々政勝にもっきり酒をせびられる始末 となった。 「ええ戸棚だなア 飯茶碗になみなみと注いでもらったもっきり酒を呑み終えると、政勝はそれを合図 のように自分の持ち込んだ戸棚をほめる。 「親父ウ、ええ戸棚見に来たのだべ 酒をねだる前に、子供の私にからかわれると、政勝は照れてけつけっと笑い出す。 家業を捨てた政勝は本格的な興業師となり、町のやくざとしてますます烟ったがら ばくち れた。博奕に喧嘩はっきものらしい 賞 等博奕打ちというものは、それをやりながら博奕打ちと言われるのを嫌う。そのため に年に一度の夏祭りに派手な喧嘩をおっ始め、駆けつけた若い巡査を二人も投げ飛ば かみ けむ

2. みちのく子供風土記

焼き工合という意味は酒が切れたとの催促で、あの男の悪い癖だ。きまりは一本な のに、また飲みすぎて政勝と喧嘩にならなけれま、 をしい力と、母は一一 = ロ一つ。 「あの隠亡は、染八でしよう 花街が閉鎖され、染八の行き場がなくなったのだと母は言ったが、私にはそうは思 われない。政勝とちがって染八は、途中で投げ出したにしろ大学にも学んでいる。 めきき 俳句をよくし、書にふかく、鑑定家よりも確かだ。染八ほどの字を書きながらと言 われている男だ。何を好んでハコヤになり、隠亡になり下がるのだろう。 ばくち 昭和二十三年に、博奕で検挙され政勝は留置場で死んだ。その葬いは盛大で関八丿 の親分衆が花輪を持って乗り込んで来たというから博徒らしいはなばなしい最後とも 言えるだろう。 焼き場に運ばれた政勝の骨を丹念にひろってやったのは染八た。政勝は女より酒を 愛し、女房子も忘れて、生涯酒瓶に添寝をしたが、染八は酒瓶と添寝しながらも、若 い頃に心中を仕損ねて死なせた相手の記憶から、生涯逃れることの出来なかった不幸 266

3. みちのく子供風土記

こんろ 泥ンコ綱引きを最後に、連動会はお昼で終わり、子供達は体を拭いて焜炉まで持ち 込んだ各自の教室で御馳走にありついたが、私達の折角つくった日の丸の小旗はつい に役立たずであった。 ドプロクで酔っぱらう大人もいたし、まったく奇妙な運動会であった。奇妙と一一 = ロえ ば、もっと奇妙なことには、この雨降り運動会以来、八郎が政勝にえらく惚れ込んで しまったことだ。 「オレな、今度の日曜日に政勝親父ウと一緒に、風林堂へ仕事に行くんだそ と小躍りしている。 政勝はもともと指物師なのだから、戸障子でもっくりに行くのかと思ったら、そう ではなく、風林堂の御隠居の寝棺をつくりに行くのだそうた。 死後の用意にこしらえるのたというが、御隠居はビンビンしている。どうもおかし なことになってしまった。町の風習に従えば、死んでからでもお棺は充分間に合うは ずである。 政勝につくらせるとはどうした訳なのだろうと私の母は、風林堂さんから杉の柾目 まさめ

4. みちのく子供風土記

どうやら八郎はこの二人を自分達、要めの原つばの子供遊山の仲間に入れたいよう な口振りだった。 世間では、政勝も染八もならず者などと呼んでいるが、子供の世界では、まとも も、ならず者も、彼等が子供好きであるかぎりたいした問題ではない。 「政勝親父ウよ、こっちさ来い。貝焼きはじめるどオ」 そうごう 染八は子供達に冷淡だが、政勝は声をかけられると相好を崩してしまう。 懐中から太い紐のついたガマグチを引っ張り出し、天保の茶店でアンビン ( 餡入り 餅 ) を買って来いと 、八郎に五十銭銀貨を一つ渡した。 ばば 茶店の婆の売るアンビンは一つ一銭だから五十銭のギザギザ玉があれば五十個も買 える。 ほほ一つ」 、八郎は踊り上がって喜び、野菜を入れた手籠を乱暴にひっくり返して、 はだし それを車輪のように振り廻しながら裸足で素っ飛んで行った。 政勝は子供達の手伝いをして火をおこしてくれたが、染八はにやにや笑って見てい ただけだ。

5. みちのく子供風土記

「なに、料理とは関係ない。校長のくせしてわからないお人だなア、ガギ共は料理を たべるのを楽しみに一生懸命走るのだべ工。校長先生、お前もガギの時分に走ったお ・ほえがあるしべ、一生懸命走っているのに見物客は来ない、弁当は普段とまるきり同 じの、にぎりめしで何が楽しかろう。それではあんまり可哀相というもンた。そんた らごとお前さん。お前さんのように思い遣りのない校長でどうするんた。校長も人の 子の親なら少しは親身になって考えてみて下んせ。何もこしらえた料理を家で喰うく らいなら、なけなしの金をはたいて親は料理つくるってがよ」 政勝はまるで父兄の代表のように名文句を並べ、腕をまくって凄んでいたという。 「政勝親父は、たいしたもんだ。校長だっておたおただ」 感心しているのは、校長室のドアの前で盗み聴きしていた八郎だけで、校長はあき れ、先生達はもてあまし、とうとう政勝の提案どおり、校庭で雨降り連動会が行われ べることになった。 ん せ あきれた空と政勝だなアと、それでも父兄は折角作った重箱料理を提げてぞろそろ 市 と学校へ集まって来た。 すご

6. みちのく子供風土記

鉢巻山に飛行機が飛んで来ず、竹子先生が大怪我したとばあやに話している最中 に、政勝がひどく酔っぱらって台所から入って来た。 「なも、飛行機は飛んで来たど。馬鹿臭え話だ。難儀して山まで登って、なアも見ね でしまったヨ。自動車より早く飛んで来てすぐに豆粒みたえに見えなくなったどオ。 まったくもって学校の先生というものは馬鹿なもンだ」 「おどウ、竹子先生はどうなった ? 」 「馬鹿ばかり揃っているよ、学校の先生は べろべろに酔っぱらっているので、政勝は同じことばかり繰り返す。 生 豫ばあやは栗を茹でるので火を焚いていたが、政勝がさいげんなくべろべろ巻舌で同 竹 じことを繰り返すと、 けが 147

7. みちのく子供風土記

を放った。油をそそいだ薪はすさまじい勢いで燃え上がり、火を見守る隠亡の横顔を 赫く染めた。白髪のその横顔は彫がふかく、凄いほど美しい顔だった。 あっ、染八ーーー・私はロまで出かかった声をのみ込んで、カマに火の入ったことを認 めると政勝のあとに続いて焼き場を出た。日暮れた畔道は暗く、誰も口を利かなかっ 足許ばかり見て歩いた。すべるからだ。 染八はなぜ隠亡になったのだろう。でも私はそれを政勝に訊く気にはなれないの その夜、更けてから、焼き工合を見てもらいたいと、火葬場から使いの者が来た。 野辺送りの行列から残して来た、夜とぎの若者達が使いに来たのだ。 焼き工合って何と私が訊くと、あんちくしよう奴と、政勝はぶつぶつ言い、母は苦 し笑いしながら、今夜の仏様はよく飲む仏様だからと酒の肴を重箱に詰めさせ、酒瓶を 尊 二本渡した。 仰 蓑吉も政勝に一升持たせ、それでは行ってみるかと二人は出掛けて行った。 あか 265

8. みちのく子供風土記

「竹子先生はバカでない」 と政勝に突っかかった 「ああ、馬鹿でね工、馬鹿は男先生どもだア、なんだア、どれもこれもいい年をし て、こういう時は、前から抱いてもいいもンたべがとぬかしやがった。前から抱いて も、後から抱いても怪我人だ。早く医者に診せないことには死んでしまうではね工 が、と俺が怒鳴ったらョ、おや、気味悪いね工と来た。人間一人、生き死に関わる境 だっていうのにヨ、てめえのカカア以外の女は抱いたことがねえような紳士面しやが あお ったって、はじまるかよ。邪魔だ。そこ退けって突き飛ばしてやったら、蒼くなっ て、おい乱暴するのは止せだと。俺ア学校の先生てのは大嫌えだ。もっともガキの時 分から学校は好きでなかったから仕様がね工よなアー」 どうやら政勝は竹子先生が岩清水の下へ墜落した時のことを怒っているらしい。あ の時、政勝と染八が陣場岱にいなかったら竹子先生は本当に死んでしまったかもしれ 生 先よ、。 風林堂さんを呼びに走らせたり、怪我人をのせる戸板を借りて来たりしたの 子オし 竹 も、みんな政勝と染八なのだ。竹子先生は運がよかった。 149

9. みちのく子供風土記

ら身を乗り出してなおもよくその男の方を眺めた。 男は一つ一つ窓を叩いて、入れてくれと喚きながら戻って来る。そうだ。確かに政 勝だ。 「親父ウ、佐々のおどう 男は私の声が耳に入ったらしく、びつくりしたようにこっちを見ていたが、 「うおっ : ・ : 」と唸るような声をあげ、 「なんと、なんと小っちゃいあねっちゃん。いやあねさんでね工しか。今戻らっしゃ るところしか」と駆け寄って来た。 ひどく年をとったものだ。欠けた前歯から声があふあふと洩れる。 「混んでいるから、乗られないでしよ。こっちへ来たら 政勝は泣きそうな顔で赤切符をかざして見せた。 「いいからお乗りよ。早くしないと汽車が出ちまう 政勝は慌てて飛び乗った。発車のベルが鳴り終わり、汽車がガタンと動いて、バナ ナ籠を私の足許へおろした政勝は、挨拶もなく、 わめ 260

10. みちのく子供風土記

あやの涙ぐむのを見ていると、何かふかい訳がありそうな気もする。 政勝だって、染八の悪口を言うが、内心では染八をかばっていないわけではない。 染八に太鼓を叩かせれば日本一たといつでも折り紙をつける。 お祭りの山車にのるときの染八はほんとに素敵だ。 山車が出るとき、それを引っ張る子供連が一斉に、 「染八叩けやよー いよいとオ」 と、チョチョレコ節を唄う前にはやしたてるが、それはどうやら政勝が教えたものら てこまいあね 手古舞の妓コ達を先導に、染八は首抜きの別染絞りのユカタをもろ肌ぬいで、ねじ り鉢巻きをしめなおすと息もっかずに太妓を打ち鳴らす。 町中の人がその撥さばきを見たがるし、その時だけは政勝も染八に一目置いて付き 添っている。 「それがほんとうの友情というものだしべ」 ばあやも認めているようだ。 ばち