昔 学はいけないというのではないが、居残り勉強までして女学校へ行くのが気にくわな し」い一つ。 学校が終わったらさっさと帰ってタ方は家の手伝いをするものだというの 花子やタネ子はどうするのたろう。要めの原つばには貧乏人ばかり住んでいる。義 務教育が終わったら、親達はみんな子供を働かせるつもりでいるかもしれない。花子 とタネ子は高等科へ行きたいと言っていたが、畠作りの綱男は高等科は止めにして家 の手伝いをするそうだ。百姓には学問は要らないと、畠作りのお父が言ったそうた。 八郎はどうするのだろう。オレはまだ思案中だ、どっちにしても、学校はお仕舞し よそ 冫。尸、しオしが、家の手伝いをするか、他所へ働きに行くか、その にして働くことこよ司違、よ、 どっちかになるのだという。 睦ちゃんはお医者さまになるのだからもちろん中学校へ行くだろう。中学校へ行く 子はほかにもいた。しかしそれはみんな要めの原つばの子供達ではないのだ。 仕方がないので私は居残り組へ入らずにいたら、お昼休みにちょっと教員室へ来る ようにと先生に呼ばれ、女学校へは行かないのかと訊かれた。 193
ろう。 今年のイモの出来はあまりよくないとお母が言った。花の頃に雨が降りすぎたの だ。うす紫の花のいつばい咲いた馬鈴薯畑の雨降りは、畠の土が黒くなって、とても きれいだが、イモの出来が悪くてはさつばり面白くない、畠作りというものはお天気 に左右されるものだとお父が言った。 ( ォワリ ) ここで日記帳は私に廻って来た。 日記というのはこういうふうに書くものだろうか。竹子先生はその日、その日の出 来ごとをその日の中に正直に、ありのまま書くのが日記だとおっしやった。 その日、その日の出来ごとの中には書きたくないことも、書いていけないこともあ ると思う。そういうときに圭日かなかったらどういうことになるのだろう。 書きたくないということは、人に見せたくないことになるので 書いてはいけない、 記 衵はなかろうか 私にはそこのところがよく判らない。鉛筆を舐めなめ考えたが、よく判らない。
りながら、それからは一度も振り返らなかった。 台所では源がみんなに冷やかされて赤い顔をしていたが、おまさはもう見えなくな ったと蓑吉が言うと、こそこそと消えてしまった。 私も蓑吉もおまさを見たのはそれが最後だ。宿下りしたおまさは雪女郎に攫われた のではなく、狐に憑かれたそうだ。 鱈を引きずりながら酒に酔った人のように大声で唄を唄い、日暮れに自分の家へ戻 るとひとあばれした。それからは訳のわからぬことばかり口走って騒ぐかと思うと黙 りこくって、さめざめと泣く。おまさの家の者達は驚いて巫女を呼ぶと、巫女は、こ れは狐の仕業だといい 、その狐は主人の家のお稲荷さんが使っている狐だと言ったそ うだ。源がおまさの家へ行かぬ中に、おまさの家から、どうかお稲荷さんを浄めてた もれと、人が来た。 母は驚いて神棚を見上げた。うちの神棚にはお稲荷さんがまつってある。このお稲 荷さんは、もとは野原にまつられてあったのだが、よく通りかかる人達に仇をすると いう評判が立ってみんなが気味悪がり、うちのお祖父さんが引きとって屋敷内でおま さら 214
「かまうことね = や、ムツの子だってもう十四でね工か、中学校へ行くようになれば ないしょ 汽車賃だって大人を買うんだそ。本当はな、内緒だけど出ることにきまっているん だ。それにツュだってョ、学校を出れば美絵子ちゃんちへ奉公に来るんだもの、あれ も要め組だア」 八郎の手廻しのよいのに私達はあきれた。そしてなんでも内緒た、内緒たと言って は喋ってしまうのだから、何が内緒だかさつばりわからない。 綱引きは町の四辻で行うのが正しいそうだ。しかし要めの方には四辻はないし、松 葉町にだってあるわけがない。そこで駅前の広場を少し行って孫市せんべい屋の前、 路から松葉町へ入る曲り角の辺りを中心に停車場通りがいいだろうということになっ くるわ いっそのこと廓のど真ン中でやっ たという。だがそんな淋しいところでやるよりも、 たら明るくて賑やかでいいではないかと染八はゆずらず、あんな色街へ子供達を連れ て行けるかと、政勝は怒っているという。 私は八郎の話をきいておかしかった。色街へ子供達が行って悪いものなら、どうし て色街の妓コ達と綱引きなんかさせるのだろう。政勝の言うことはいつもこういうふ 201
ネフ・タ とばあやは言い 「なして細川さんは妻子があるのに、チョウセンと死んだのしか」 とねえやが言った。 だが検死も済み夕刻になっても細川さんの家では死体を受けとりに来なかった。家 族はみんな、外聞が悪いと言って、戸締りをして親戚へ泊りに行ってしまったそう 「亭主が死んだというのに、外聞もへちまもあるか、あきれたおなごだー 死体の番をした政勝はぶりぶり怒っていた。 「おどうよ、若いおなごと心中する方がもっと罪が深いそよ。しかも七夕さんの晩に , なア 「死んでゆくものに、盆も正月もあるものか。誰も世話してやる身内がね工とは、薄 情でねがア」 「細川さんには親がないど、粉糠三合持ったら聟に行くなって言うが、奥さんは偉く 威張った人であったしものなアー」 ヾ - 」 0 こぬか むこ 117
てとうとう先生に言わないと指切りをさせられた。 ねじ だが睦ちゃんは直ぐに市の病院へ運び込まれ、その夜の中に手術をして腸の捻れを なおして貰ったそうだ。 そんな騒ぎで私の麦粒腫はとうとう切って貰えなかった。でも睦ちゃんの腹痛の方 は命に関わることだし、私の麦粒腫は眼がつぶれるわけではない。 でも、どうして睦ちゃんは木から落ちたと両親に言うのが厭なのか私にはわからな 。しいだろうし、弱虫だって、別にどうということもない 。叱られたって死ぬよりよ、 と思うのに、弱虫と言われて木に登ったということが、死ぬより厭なのだ。おかしな しよっぱね 睦ちゃんだと思うが、男は弱虫でも性骨があるからだと加乃ちゃんは言う。 私にはどうしてもわからない。 ジョッパリとは、つまりは性根のことだろうか。 女にだってずいぶんジョッ。、リはいる。でもジョッパリで女は死ねない。そこが女 と男のちがいなのかもしれない。私はそれについて誰かと話してみたいような気がし ものもらい しようね
我慢してみせるよー 「あんさまが木から落ちたってーーー」 加乃ちゃんは飛び上がらんばかりに驚いた。 「それでどういうふうに痛むのしか ? 」 はらじゅう 「どうって、腹中どこもかしこも痛いだけだ。お父さんに言ったら駄目だよ」 「睦ちゃん、なして言えば駄目なの、みんなが心配して大騒ぎしているのに 「だってオレ、強いんだ」 「ハ力なあんさまだ。死んでしまうよ」 「睦ちゃん、死ねば大変だよ。本当のこと言ってお父さんに早く治してお貰いよ」 「厭んだ。オレ降参しないよ。オレ、強いんだ」 「ンヨッ。、リ ! 。「ああ、ジョッ。ハリ ( 強情 ) だとも。男だもの」 「木から落ちたくらいで死んで男が立つのしか」 じよっぱり うな 泥 加乃ちゃんも一生懸命だし、私はうんうん唸ってる睦ちゃんの強情に呆れた。そし
蓑吉は昔コの途中でばあやに訊いた。 「雪の神様しか。それア神様だから天上にいるべなし 「ウン」 蓑吉は大きくうなずいて、 「それから」 とさいそくした。これが蓑吉の癖なのだ。ばあやはまた続ける。 雪の神様、なんとかあの哀れな弟を助けてやって下さい。足跡の消えるまで、どう か雪をどんどん降らせて、あわれな十二人の子供を護ってやって下さいと御大師さま が一生懸命お頼みしたので、雪の神様は風の神様と力を併せてどんどん雪を降らせ、 下界は猛吹雪になってしまったどし。 むがしコむがしコどっと払い ( おしまい ) 。 どっと払いを言ったのは蓑吉だ。 さっきからそれを言いたくて蓑吉はむずむずしていたのだが、ばあやは、 「まだまだあるしーと笑った。 190
修学旅行 ごっそり持ち逃けしたそうだ。 とうちゃんが変な人を泊めるからだと、かあちゃんが怒り、あんまりガミガミ怒る ので日頃おとなしいとうちゃんも腹立ちまぎれに、お前は巫女のくせに、どうしてそ の悪い奴と、善い奴の見分けがっかなかったのだ。あれは悪人だからとうちゃん泊め ては駄目だョとお前が当てれば俺は泊めなかったんだそと怒鳴った。すると、ひとの 商売にけちをつけるのか、この能無し奴 ! と巫女のかあちゃんは鉄瓶を投げつけ、 その声があまり大きかったので隣り近所で駆けつけるやら、大騒ぎをして夫婦喧嘩は おさまったそうだ。 「泥坊はみんな他国者だよ。土地の者なら義理が悪くて盗みなんて出来るかョ、おら ン家の父ちゃんがそう言っていたもの そんなら八郎の貯金箱を狙ったのは一体誰なのだろう やつばり他国者だろうか。どうも私達にはわからないことが多すぎるようだ。 長い時間汽車に揺られた。汽車は勢いよく走っているが仙台は仲々遠かった。 お昼べんとうをたべてからそろそろ気持ちの悪くなる子も出て、校医の風林堂先生 173
さまはどんなにうるさかろうと私が言うと、花子はそれよりも雲はどうやって出来る のだろうと言い出した。 「雲は煙りだョ」 タネ子は大変自信あり気に、地球で火を焚くと煙りがみんな空へ登って雲になるの だと力説する。そう言われればそんな気もしてくるのだが、本当だろうか。今日の空 は雲一つなく真青に晴れ渡っているが、時々やさしい真綿雲がふわっと出てくる。そ の雲を眺めてるうちに、タネ子のいうのが真実かもしれないと私は思った。でも花子 は嘘だアといし 、竹子先生に訊いてみようと、三人で竹子先生を探した。あっちに一 塊りこっちに一塊りと散らばって、みんなで好き勝手なことをしているので竹子先生 は仲々見つからない。 「竹子先生はあっちで花コ摘んでいたヨ」 私達とは別組の、男の先生が教えて下さった。大きな声で先生の名を呼びながら、 三人は指差された方へ駆けてゆくと、竹子先生はひとりでりんどうの花を掘ってい た。根をつけて持って帰り、お庭へ植えるつもりかもしれない。 134