某月某日 師匠の山本夏彦は、日本のプロ野球を「二流の楽しみ」だと笑う。 日本人はオーケストラでも美術でも、趣味のものは、すべて超一流のプランド物でな ければ納得しないのに、なぜかプロ野球に限って、二流で満足しているのがおかしいと いうのだ。 アメリカの二流選手ふたりが活躍するかどうかで、チームの浮沈が決るのだから、こ かなり れはたしかに可成程度の低いものに違いない。 師匠には、これは恋と同じだとうそぶいて、俺は野球に没入している。 ばくち 師匠もチンコロ姐さんも、つい先日までは任侠道と博奕で、今は文章とプロ野球だと、 呆れていると思うのだが、 ' 当の俺はいっこうに構わない。 日本シリーズに異議あり
任侠道は昭和二十六年からで、石田えりさんは昭和六十年からだが、プロ野球は昭和 二十二年からずっと夢中なのだ。 今年のプロ野球は、とくにパシフィック・リ ーグがとても面白かったから、俺はとて も機嫌がいし 自分でも他人でも、機嫌が悪いよりし 、いほうがすっと素敵だと俺は思っている。 元横綱の北の湖やハリウッド・スターだったエドワード・・ロビンスンでも、機嫌 よくさえしていれば赤ん坊が見ても泣きださない。 だから皆が機嫌よくしていれば、世の中は過しよくなるのだと、こんなことは学問の ない俺でも、簡単にわかることだ。 俺は、自分自身とせいぜいチンコロ姐さんと伜ぐらいにしか機嫌よく出来ないが、プ ロ野球選手や芸人は、大勢の人を機嫌よく出来るのだから、これは偉い。 ・・と ミュージシャンもそうだけど、俺ははたして読者を機嫌よくしているだろうか : 考えると、心配になってつい冷蔵庫を開けてしまう。 下の大きなドアを開ければ缶ビールで、上の冷凍庫を開けると、ここには大好物のウ オッカがチンチンに冷えている。 俺はロシア人が嫌いだ。 だからウイスキーばかり呑んで、ずっとウォッカは呑まなかったのだが、今住んでい る川崎のチベットにあるキャラメル・ハウスに引っ越してからは、よくウォッカやズプ
「フライデー」と「フォーカス」に、お中元をあげたかしらと、い配になる。 「元極道の妻、歳下のマネジャーと : とか 「チンコロ姐さん、新婚の編集者と」 なんて見出しが、俺の頭の中でフラッシュして仕方がないので、冷凍庫に入れてあっ たズ。フロッカを二杯呑む。 しかし、ゴルフってそんなに面白いものなのだろうか。 そういえば俺の親分だった安藤昇も、一年のうち半分はゴルフをしている。 某月某日 地面に置いてあって、カーヴやシュートどころか動きもしない小さな球を、正確にセ ンター・フライするだけの遊びだから、ゴルフなんて金でも賭けなければ、面白いわけ 真田重蔵の投げるドロップ、金田正一の速球、若林忠志のチェンジ・アップを打つか ら、野球は面白いのだ。 止っているポールを打つなんて、子供を泣かすようなもので、大人のやることではな いと、俺は丑日から思っている。 それにテレビで見るプロ・ゴルファーが、男も女も皆あまり好きではない。
放棄してアメリカに帰るなど、相手チームの近鉄にも失礼だし、ファンも納得なんかす るものか。 こんな馬鹿なチームになんのペナルティーも科さないリ ーグの会長や、コミッショナ ーでは仕方がない。 ハッキリいわしてもらうが、こういう男を月給泥棒というのだ。 あ 村田兆治の登録を抹消したロッテは、二軍から昇げた投手を先発させてふたっ負けた けど、最後に園川で勝ったからまだ勘弁出来る。 しかし中内というダイエーの社長は、立志伝中の人物だと思っていたのに、プロ野球 部門の番頭には人を得ていないようだ。 手を拡げると、意外なところで人間を見られてしまう。俺もいい加減にしないといけ 某月某日 三連勝してシリ ーズの勝利をポケットに入れかけた近鉄が、あろうことか巨人に四連 敗したのには呆れた。 四試合目は、カスリが欲しいプロ野球連盟の要請で、ひとつわざと負けると俺は睨ん でいたからよかったのだが、 足を洗わずに博奕打ちをしていたら大変だったと思う。 今頃は貯金も家屋敷も皆取られて、途方に暮れていたに違いない。
そういえば気に入っていた胸にふたっポケットのついたタンク・トップは、去年も見 なかったけどどうしたのだろう。 チンコロ姐さんに訊いてみると、 「あーた、何年前の話してんのよ。あのアリゲーターの付いたタンク・トップは、運転 してて煙草の灰を落したのが、普通の人なら下まで落ちるのに、おなかで止っちゃった ふん から、焦げて鰐が糞をしたみたいになったじゃないの」 だから何年か前に捨ててしまったという。 なんてことだろう。減量はやめた。 某月某日 プロ野球のユニフォームは、昔にくらべて大分いいデザインになったというのに、高 校野球のはどうして、どの学校も同じようなのを着ているのだろう。 皆醜い坊主刈の頭で、同じようなユニフォームを着てやっていれば、個陸なんて育ま れるわけもない。 どの選手も同じフォームで投げ打ち走り、場面毎に判で押したようなプレーを繰り返 すのだから、見るほうもウンザリするし、やっている選手だって面白くはないだろう。 俺のチームのユニフォームは、金太郎の腹掛けにして、後ろから見たら紐だけというの
アベ・ナオ財布番付は、俺の博奕のカモが賑々しく並んでいて、ほとんどがプロとセ ミ・プロだが、副総理級の大物とヘッド・コーチ級の野球人、それに現役当時大関まで っとめた力士も、ひとりすっ入っているのがおかしい。 某月某日 驚いた、嬉しい、困った。 俺は落着かなくなって立ちあがると、仕事部屋のべランダに出て、遠くの竹ゃぶを睨 んで、煙草に火を点けて二、三度吸って消してみたり、そして次の瞬間、ニコッとする と柄にもなく難しい顔になったりする。 つまり覗いている人がいたら、恥ずかしくて堪らない状態になっていて、十代の頃美 しい人妻と密会する約束が出来たような、そんな気持だった。 俺がそうなったのは、マネジメントを頼んでいる赤尾健一から、電話があったからだ。 出版社の編集者の中には、作家にマネージャーなんて聴いたことがない、と顔をしか めて見せた者もいた。 他の方はどうでも、俺はマネジメントが : : この赤尾健一がいてくれなければ、仕事 がスムースには行きかねる。 聴いたことがないと顔をしかめていれば、まだアメリカは発見されていないし、飛行 機も飛んではいないだろう。
ロッカを呑むようになった。 マッチ箱より小さければ、麻雀のパイかキャラメルだろうと、キャラメル・ハウスと 呼ぶようになった建売りだ。 その二階の寝室を仕事部屋にしてから、ロシアの焼酎を呑むようになった。 他の水気の多い酒だと、しよっちゅう階下に降りて行かなければならなくて、これが 俺には面倒で堪らない。 二階にはトイレがついていない極小建売り住宅なのだ。 ある日二階の窓からやつつけたら、隣の若奥さんに、縮んではいたけど自慢の大業物 を見られてしまって、それ以来、町内の平和を願って濃い酒に換えた。 某月某日 師匠のプロ野球観で想い出したが、一カ月前に、ホークスの先発メンバーを見て、俺 あは血圧が極限まで昇った。 異 このまま脳の血管が母の玉枝のように破れたら、俺はダイエーに化けて出てやろうと 一思った。 シフィック・リ ーグの会長と、それに無能極まるコミッショナーのところにも、目 本 日一杯の怖い亡者になって化けて出てやらなければおさまらない。 なんでバナザードとアップショーを出さないのだ。シーズン中なのに、さっさと職場 わぎもの
五試合目で近鉄に三百万円賭けたら、六試合目では一千万円、最終戦では少なくとも 三千万円は張りつけて、そっくり取られていたと思う。危ない、本当に危ない。 マスコミは目と耳がご不自由なので、いっこうに話題にもならないが、野球賭博は花 盛りなのだ。 誰でもその気になれば、一億でも三億でも好きなだけ張れる。 某月某日 「アサヒ芸能」の対談で仰木監督にお目にかかる。 最近、勝負人でふたり、俺が女だったらメロメロになってしまうと思う男に会った。 将棋の米長九段と、近鉄の仰木監督だ。 俺がそういったら、チンコロ姐さんは喉チンコを見せて笑うなり、 「あーたがメロメロになっても、米長さんも仰木さんも顔をしかめて、一所懸命で駆け 出して逃げるわよ」 なんて悪たれをつく。 一誰か百四十七センチで四十四キロの一九五七年式の女を、下取りに取ってくれないも ンのか。 それにしても駒田の > には呆れかえったと俺がいったら、仰木監督はなにもいわ ずに水割りを美味そうに呑んでいた。
ひゅうが 日向のスプリング・キャンプに、近鉄の仰木監督を訪ねたのだが、その前に飛行機の 着いた宮崎の田中書店で、サイン会をした。 それで本屋さんと読者が喜んでくださるのなら、最優先にやりたいと思っている。そ れにしても俺の字は、哀しくなるほど下手だ。 近鉄の仰木監督は、地味でそれまで余り知られていなかった。けど、昨シーズン大差 で首位を独走していた西武を、諦めずにジリジリと追い詰めると、勝負を最終戦に持込 んで、野球ファンを楽しませ興奮させて、一気に脚光を浴びた。 引き分けで優勝を逸するという、日本以外では考えられない不運な場面で、この地味 な野球人は、見事な振舞いと、これが日本の男だという面構えを見せて、俺たちを痺れ させ、涙させたのだ。 憧れの中西太コーチに初めて会った俺は、中学生の頃、嵐寛寿郎に口を利いてもらっ たときと同じで、ヘドモドするばかりだったのは、われながらおかしい。 うち 家の老いばれた牡猫ジミーが、たまに子猫にもどるのと似ているように思う。 め俺の前世は猫かと思うと、いちいち思い当る。 突然助平になり、いつでもなにかを口に入れていて、手前勝手で予測のつかない気分 署屋。しかも時々無断で家を空け、チャホャされるのが大好きなのだ。 顔をしていた。 警仰木監督は野球界には珍しく、稀に見る魅力に溢れた男だった。いい , しび
外野手もショート・バウンドを掬いあげると、ダイレクトだとグラブを高くあげて見 せる。 それは相手に使うフェイントやトリック・プレーとはまったく異質のもので、審判を 欺そうとしているのだ : : : と俺はいった。 他に審判を欺しにかかるスポーツなんてないのだから、とても面白いけど野球は大人 の遊びで、子供に見せるようなものではない。 大人が原つばで野球をやっているのを、子供が見に来たら、 「子供はあっちに行ってなさい。坊や、大人になったら出来るからね : ・ : ・」 と、追っ払うべきだと俺がいったら、スタジオにいたスタッフの顔が固くなった。 テレビではどこの局でも、常識ではない主張は喜ばない。 からす 日本人の大多数が、烏は白いと思っていたら、「いや、あれは黒いんだ。黒い鳥なん だぜ、よく見てご覧 : : : 」という男は、テレビ局では出演させたがらないのだ。 失敗った、 Z はもう招んでくれない : : と、俺は観念したのだが、 敬馬いたことに すく