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検索対象: グラフィック版 今昔物語 宇治拾遺物語
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1. グラフィック版 今昔物語 宇治拾遺物語

はちす っと血が出尽くしたところで、蓮の葉を煮て、その汁で 傷を洗うと、唇はひどく腫れ上がった。その後、傷は化 のう 膿して、男はしばらく床に就いたのであった。 これを見聞した人は、主人をはしめみな、気の毒だと ちさフしさフ は言わすに、愚かな男よと嘲笑したのである。もともと じようだん 薄馬鹿の男が、つまらぬ嘘冗談を好めば、かかる愚行を わずら 演じることになり、そのあげく、病み患い、人に嘲笑さ れるのがおち。男はその後、そうした冗談を言わなくな 仲間の者たちは、そうなればそうなったで、ま た笑った。 亀の首は、四、五寸も伸びるものである。それに口を 近づけて接吻しようとすれば、食いっかれない方が不思 議なくらいである。こういう愚か者もいたのである。世 の人々は、度の過ぎたつまらぬ悪ふざけは慎まなければ ( 巻二十八・第三十三 ) いけないと評したそうな。 せつぶん つつし 谷に落ちた守の殿が茸を取 0 て上が 0 た舌 かみふじわらののぶただ しなの 任地へ下 むかし、信濃の守藤原陳忠という人がいた。 じようらく って国を治めていたが、やがて任期を終えて上洛の途に みさかとうげ いた。御坂峠・にさー ) かかる 荷を負った馬、人を乗せた馬の数知れす続いた道中で かみ しなの あった。ところで人もあろうに、信濃の守の乗っていた かみ あとあし かけはし 馬が、懸橋の端の木を後肢で踏み折り、守は馬もろとも に谷底に転落したのであった。 底知れぬ深さだから、とても生きていようとは思えな ひろ : 谷底には二十尋もあろうという檜や杉の大木が生え はる ているが、その頂上の梢すら、遙かの底に見おろせると いうのだから、谷の深さの想像もっこうというものであ ついらく る。その谷底に墜落したのだから、無事なはすはないの かけはし ろうどう である。大ぜいの郎等どもが、みな下馬して懸橋の端に 並んで谷をのぞいたが、さりとて手の施しようがない こう 「降りることのできる所があれば、降りて行って守の殿 のご様子を確かめるのだが、これではどうしようもない まわ もう一日歩いて、谷の浅い方から廻り道して尋ねてみよ とうしたもの う。ここからでは、降りる手だてはない。、、 でござろ、フ」 などと、ロぐちに言い騒いでいると、遙か谷底から、 かすかに叫び声が聞こえてきた。 こう との 「守の殿が生きておられるぞ」 しなの かみ 上からも呼びかけると、信濃の守が何か叫んでいる声 が、遙か遠くから聞こえるのである。 こずえ ひのき との

2. グラフィック版 今昔物語 宇治拾遺物語

0 野外で仕事に精出す男女貧しさのあまり 別れ別れになった夫婦女はやがて国守の妻 となり夫の任国へ向う途中野遊びの最中 に今は葦刈り人夫となった先夫のおちぶれた たいままんだら 姿を見つけて胸をつかれる当麻曼荼羅絵巻 折烏帽子の男 しゆくえん ぜんせ 「私は、そうは思いません。これは前世から宿縁でござい ましよう。私は、お互いに飢えて死ぬまで夫婦でいたい と思っていました。でも、そ、つおっしやるなら、このよ うなみしめな暮らしが続くのが、本当に、二人が一緒に いるせいかどうか、別れて、ためしてみてもよろしうご ざいます」 と、妻は答えた。 二人は、そういうわけで、再会を約して、泣く泣く れてしまったのである。 若くて美しい妻は、夫と別れると、ある人のもとに奉 こう 公したが、 心の優しい女だから、主人に可愛がられる。 そのうちに主人は、妻に死なれる。女は親しく、やもめ そ の主人の世話を焼く。やがて、添い寝などするようにも なって、憎からす思われるようになる。そんなふうにし ているうちに、妻として扱われ、家政一切を任せられる ことになった。 せつつ かみ そのうちに主人は、摂津の守に任しられた。女は、ま すます仕合せに日々を過ごすことになった。 一方、別れた夫は、妻と別れて運をためすつもりが、 れいらく ついには、京にも住めな 結局、零落の一途をたどった。 せつつ くなって、摂津の国のあたりまで流れて、農夫となって はたけ げせん 人に使われた。田作り、畠作り、木椎りなど、下賤の者 のする荒仕事である。そういう荒仕事は、経験のないこ なにわ とで、男にはこなせないのであった。そこで男は、難波 あしかり の浦に葦刈に行かせられる。 せつつ かみ 摂津の守は、妻を伴って任国に下る途中、難波あたり に車を停めて、野遊びをした。大ぜいの郎等どもと、物 ろうどう ほう を食べたり、酒を飲んだりしてにぎにぎしく遊ぶ。摂津 の守の奥方は、車で女房などとともに、難波の浦の珍し い景色などを見物して楽しんだ。 あしかり げせん 見ればこの浦では、あまた下賤の者どもが葦刈をして その中に、一人、姿は俎末だが、どこか品よく由緒あ りげに見える男がいる。奥方はその男に眼をとめて、よ く見ると、なにか前の夫に似ているように思われるので あった。見間違いかも知れないと思って、なおよくよく 見直して見ると、確かに、前の夫に違いない。落ちぶれ あし きった姿で葦を刈っている。どういう前世からの因果で、 こ、つい、つことをしているのであろ、つと田 5 、つにつけても、 情けなく、涙がこばれて来るのであった。 奥方は、さりげない様子で人を呼び、あの葦を刈る下 ろう 郎たちの中にいる、しかしかの男を連れて来てほしいの だかと言い寸ナこ。 か 使いの者が駆けだして行って、 め みくるま 「その男御召しだ、御車の前に参れ」 と一言う。男は思いがけぬことであったから、あっけに とられて立っている。 「すぐに参れ」 たけだか と、使いの者は、一段と声を張り上げて、威丈高に一一一口う。 かま 男は、葦を刈るのをやめて、鎌を腰にさして、車の前 に来て、かしこまる。 奥方が、近くでつくつく見ると、まさしく、前の夫で たけひざもと ある。土に汚れて、黒くなった、袖もない、丈が膝元ま でしかない麻布の帷を着ている。よれよれに形が崩れた かたびら そで いんが ゆいしょ

3. グラフィック版 今昔物語 宇治拾遺物語

やま . ; : し 「山伏舟を祈り返す事」船頭に小馬鹿にさ もど れて舟に乗れなかった山伏が「その舟戻し ぎようそう たまえ」と形相すさまじく祈りたてるとみ るまに不思議や沖の舟は逆戻りしはじめる 舟の乗客たちは魂を宙に飛ばしておおさわぎ 山伏舟を祈り半 こうらき わたリ これも今はもう昔の話、越前の国、甲楽城の渡という 所で、海を渡ろうと、人々集っていたところ、その中に やまぶし くまの 一人、山伏かいた。名を、けいとう坊という僧で、熊野、 みたけ しらやまほうき いずも わにぶち 御嶽はいうに及ばす、白山、伯耆の大山、出雲では鰐淵、 修行し残した所ますなかった。 こうらき この甲楽城の渡に行き、海を渡ろうとすると、そこに うんか は、そんな人達雲霞のように集っていたのだが、この渡、 皆から各々渡し賃とっていた。けいとう坊「渡しに乗せ てくれ」とたのんだところ、渡し守、耳を貸そうともせ やまぶし だいせん す、舟漕ぎ出してしまった。その時この山伏「何でそん ひど な非道いことするのだ」叫んではみたが、全く聞き入れ られす、漕ぎ出て行 け・いと、フ坊、亠困り、りと暗 2 ら あほくさ し、数珠をカの限り揉み始める。渡し守、何を阿呆臭い 事をと、三四町ほど漕ぎ進み、けいとう坊、それ見届け たところで、砂に脛の半分埋まるほど足踏み入れ、目血 走らせにらみつけ、数珠砕けてしまえとばかりになお強 く揉み、「戻したまえ、戻したまえ」と叫ぶ。それでも まだ、舟遠去かって行き、けいとう坊、今度は、袈裟と数 みぎわ ′」まうどうじ 珠とり合せ、汀近くへ歩み寄り、「護決童子よ、あの舟 を戻したまえ、戻すことかなわぬなら、私はもう仏法を 捨ててしまうのだ」絶叫し、袈裟を海へ投げ込もうとす る。この有様見て、その場にいた者達、顔色を失くし、 ただ突っ立っているばかりだった。 そうこうしているうち、風も吹かないのに、囀ぎ出て 行っているはすの舟、なんと、こちらへ逆戻りして来る、 それを見て、けいとう坊「そらそら、戻り始めたぞ、戻 り始めたぞ。護法童子よ、早く連れ戻したまえ、早く連 れ戻したまえ」、身振りも大仰に手招きすると、見てい た連中、驚きのあまり顔色が変ってしまった。そのうち、 舟はもう、一町たらすの所まで戻されて来ている。と、 次の瞬間、けいとう坊「さあて今度は、ひっくり返した まえ、ひっくり返したまえ」、と叫んだのだ。この時ば ひど かりは、見物の連中「それは、あまりに非道すぎるでは ありませんか。とんでもない罪にもなりましよう、どう かそのまま、そのまま」口々に言い、けいとう坊、少し 調子を変えると「さあ、ひっくり返したまえ」、叫んだ じゅず 108

4. グラフィック版 今昔物語 宇治拾遺物語

「何かおっしやっておられるぞ。静まれ、聞け、聞け」 と耳をそばだてると、 なわ 「旅籠に縄を長く付けておろせ」 と一一一一口っている。 してみると殿は、何か物につかまっておいでになるの ひきなわ だと郎等どもは、馬の曳縄を集めて結びつなぎ、それに 竹皮で編んだ旅行籠を付けて、するすると谷におろした。 、つばいに縄をおろすと、縄の動きが止まった。殿の もとに届いたらしい。そう思っていると、谷底の方から、 「ト小し、引医」上げよ」 という声が聞こえた。 「それ、引けと申されたぞ」 と言って、たぐり上げたが、いやに軽いのである。 はた ) 」 こう との 「なんと軽い旅籠ではないか。守の殿が乗っておられる なら、もっと重いはすだが」 ろうどう と、一人の郎等が言うと、別の郎等が、 「木の枝などに取りすがりながら上っておられるのであ ろう、それゆえ軽いのであろう」 そのようなことを言いながら、集まって縄をたぐって はたご かご いるうちに、籠が上ってきた。ところが引き上げた籠 ひらたけ いつばいに平茸が詰まっていただけであった。 ろうどう わけがわからない。郎等どもは、互いに顔を見合せて、 「これはいったいどうしたことだ」 と言っていると、また、下から声が聞こえて来た。 はた′」 「さ、また旅籠をおろせ」 それを聞いて、 「さ、またおろせ」 と、郎ザどもは、籠をくり下げる。 「さ、また引け」 という声に応じて、またたぐり上げたが、 今度は、、 やに重いのであった。大ぜいで取りすがり、力を合わせ しなの かみ て、たぐり上げると、旅籠に乗って信濃の守が上がって かみ 来た。見ると守は、片手で縄をつかみ、もう一方の手に ひらたけ は、平茸を三ふさばかり下げているのであった。 かけはし とにかく、守を引き上げたのである。懸橋の上に守を 坐らせて、郎等どもは喜び合った。 「そもそも、この平茸は、どういうわけのものなのでご ざい士 6 しよ、つか」 と訊くと、信濃の守は、 「谷に落ちたとき、馬は私よりさきに底に落ちた。私は、 遅れて墜落しているうちに、茂り重なった木の枝の上に、 イ、冫ちかかり、その木の枝をつかんで転落しているう ちに、下に大きな木の枝があってひっかかったので、そ また の枝を踏まえて、大きな木の股に取り付いて、抱き付い ひらたけ て、留まったのであるが、その木に平茸がたくさん生え ておったので見捨てがたく、ます手の届く限り取って、 かご かご はた′」

5. グラフィック版 今昔物語 宇治拾遺物語

0 旅の一団無法・無警察に等しいこの時代 には集団で旅する事が道中の危険をさける 方途であった妻とニ人で旅をしていた男が あくたがわりゆうの 盗賊に目の前で妻を犯される話は芥川龍之 介の「藪の中』の原話である一遍上人絵伝 のぞきこむ女 すけ なるはど、みごとな太刀である。妻を連れた男は、欲 しくてたまらなくなった。 太刀を抜いて見せた男は、その様子を見て、 しよもう 「この太刀を所望されるか、それなら、主の持っておら れる弓と取り替えて進ぜよう」 と一一一口、つ。 妻を連れた男は、自分の弓は、たいした品ではない、 いっぴん 太刀は逸品である、太刀が欲しくてならぬ。取り替えれ ば、大いに得をする。そう思って、異議なく交換した。 しばらく進むと、また男が言った。 「私が弓ばかり持って矢を持たないのは、人目におかし い。この山を越える間だけでも、その矢を二本ばかり貸 してほしい。 こうして供をして行くのだから、どちらが 矢を持とうと、同じことではないか」 なるほど、そう言われるともっともである。つまらぬ 弓を名刀に替えてもらったうれしさもあって、夫は男に え肇り 言われるまま、矢を二本、箙から抜いて渡した。 男は、弓と矢二本を手に持って、夫妻の後からついて えびら 行く。夫は箙だけを負い、太刀を差して歩いた。 やがて、昼食をしたためようと藪の中に入ったが、男 おうらい 「往来に近い所では見苦しい。もっと奧に行こう」 と言うので、さらに奧に入った。夫が妻を馬から抱き おろしたりしているうちに、男は弓に矢をつがえて、夫 に向けて引きしばり、 「動くな、動くと射殺すぞ」 ばうぜん 思いもよらぬことであった。呆然として立ちすくむば カ ゃぶ かりであった。 「もっと奥へ行け、山の奥に入れ」 と男は脅す。命惜しさに、妻と共に、七、八町ほど山 奧に入った。 たち しようとう・ 「太刀と小刀を捨てろ」 と男は命令して、夫が言われる通りに刀を手放して立 っていると、寄って来て組み伏せ、馬の曳縄で、ぎりぎ り立木に縛りつけてしまった。 そうしておいて、女に近づく。女は、年は二十余り 可愛らしい女であった。男は女を見ると欲情にとらわれ、 ひたすら女の着物を脱がせにかかる。女は掴みようもな いので、男に言われるままに着物を解いた。男も着物を 解き、肌を合わせた。女は、男の言うなりになるしかな かったのだが、木に縛り付けられていた夫は、どんな気 持で見ていたことであろう。 やがて男は起き上がり、もとどおりに着物を着て、竹 箙を負い、太刀を帯き、弓をかかえて、女が乗っていた 馬にまたがって、「気の毒だが、おれは行くぞ。そなた に免して夫の命は助けてやる。馬はもらうぞ」 と言い捨てて駆け去った。どこへ逃げ去ったものやら 知りようもない 女は縛られた夫に近づき縄を解いた。男は腑抜けのよ うな顔をしている。女は言った。 「あなたは、なんと頼りない人でしよう。これからもこ んなふうでは、心細くてなりませぬ」 夫は、その言葉に答えようがない、妻と連れ立ってふ たんば たたび丹波に向かったのであった。 えびら おどか か ひきなわ たか

6. グラフィック版 今昔物語 宇治拾遺物語

ぶ・しよう 無精ひげの男 盗賊が死人のふりをして人を殺した話 とうぞく むかし、袴垂という盗賊かいた 盗みが仕事のこの男は、捕えられて牢獄につながれて しやくはう・ いたが、大赦に浴して釈放されたのであった。だが、出 獄しても、身を寄せる所はない。仕事のあてがあるわけ でもない ろばう そこで袴垂は、関山へ行って、路傍に丸裸で横たわり、 死人を装った。 道行く人はそれを見て、 「これは、ど、フして死んだものだろ、フ、傷がないかど 、つい、つわけだろ、つ」 と、物見高くむらがって騒いだ。そこへ、京の方から、 ろうどう 立派な馬にまたがった武士が、弓矢を負い、一族郎等を 、つこ。多くの人々が、集まって何 あまた従えて通りかカオ か見物しているのを見るとその武士は、馬を停めて、家 来を呼んだ。 「あれは、何を見ているのか」 従者は、走って確かめに行って、 「傷なしの死人が倒れているのでございます」 武士はそれを聞くときっとして、弓を持ち直して、死 そそ まにも戦さを始めん 人に眼を注ぎながら馬を進めた。い かっこう ばかりの恰好である。それを見て人々は、手をたたいて 笑った。 「あれほど大せい一族郎等を引き連れた人が、死人に会 強、も って胆を冷やすとは、大した武士ではないな」 たいしゃ はかまだれ せきやま ろう′」く ちょうしよう 嘲笑されながら、武士は通り過ぎて行った。 やがて、見物人は散り、死人のまわりには人影がなく なった。そこへまた、武士が通りかかる。この武士は、 ろうどうけんぞく 供の郎等眷属はいない。ひとりだけで、弓矢を背負って いた。死人のそばに、つかっかと馬を寄せて、 「哀れなやつよ。どうして死んだのか、傷がないか」 と言い、弓の先で死人を突いてみた。すると、死人は、 その弓をつかんで起き上がり、武士を馬から引き落とし て、 「親の敵は、こうして討つのだ」 と、武士の帯びている太刀を引き抜いて、刺し殺した のであった。 は 盗賊は、武士の水干袴を剥いで身に着け、弓、胡鱇を 奪って背負い、奪った馬に這い上がり、飛ぶがごとくに 東国に向かって走った。 はかまだれ たいしゃ 袴垂は、自分と共に大赦で出獄した裸の仲間たちと落 はかまだれ ち合う約束をしていたのである。仲間と会うと袴垂は、 てした 連中を手下として引き連れて行った。道々、武士に出会 すいかんばかま うと片つばしから襲撃して、水干袴や馬などを奪い、弓 矢、武具なども巻き上げて、裸の連中を武装させて、馬に も乗せて、二、三十人を従えて歩いたのであった。こう してこの男は、天下に敵なき大盗になり、猛威をふるつ たのである。 このような男は、少しでも隙があれば、こんなことを しでかすのである。そうとも知らすに近づいて、手が届 く所にいたのでは、やられないのが不思議なぐらいであ る。 かたき すいかんばかま ゃなぐい

7. グラフィック版 今昔物語 宇治拾遺物語

弓を引く武士 とです」、またしばらく占い 「ここがそうです」指 示す所を掘ってみたのだが、 はたして、五尺も掘ると、 その物があるではないか。土器二つを合わせ、黄色い紙 こよりで十文字にからげてある、ほどいてみれば中には しんしゃ 何もない、ただ辰砂で一文字、土器の底に書きつけてあ るだけなのだ。「この占いは、晴明以外に知らないはす、 どうま しわざ ひょっとすると、道摩法師の仕業かも知れません、ひと いただしてみましよう」日日 青月、懐から紙とり出す じゅもん と鳥の形に結び、呪文となえて空へ投げ上げる、すると、 しらき、 「あの鳥 たちまち白鷺になり、南をさして飛んで行く の行く先を見届けて来い」、家来に命して後を追わせた までのこうじ ところ、六条坊門万里小里のあたり、古ばけた家の両開 きになった戸の中へ落ちたという。つまり、この家の主 が、かの老法師道摩、すぐさま捕え引っ立てられて来て、 のろ ほりかわのさだいじんあきみつ 呪いのわけ問われるままに、「堀河左大臣顕光公に頼ま るざい 「本来ならば流罪にして当 れてのことです」と答えた。 然なのだが、道摩に罪はない。 これから、こんなことを するのではないぞ」と、道摩は生国の播磨へ追放になっ あきみつ おんりよう みどうどのたた 顕光公、死後に怨霊となって、御堂殿へ祟りをもたら そうとしたわけで、悪霊左府と呼ばれるようになったと ′ん ちょうあい か。件の大、この事件のあと、ますます関白の寵愛を受 けたのだそうだ。 ( 巻十四・第十 ) かどべのふしよう 門部府生が海賊を射返 ふところ とねり かどべのふしよう これも今はもう昔の話、門部府生なる舎人、まだ若く貧 ままきや 乏ではあったけれど、とにかく真巻矢射るのが好きで、 小さな家の屋根板まではすし、火 夜も射るものだから、 をともしては射る始末。女房はふてくされるし、近所の あき あほう 者達も、「なんとまあ、阿呆なことを」、呆れ返ってし こわ まったのだが、 当の本人、「自分の家を自分で壊して射 たところで、他人にとやかく言われる筋などない」と、 なおも屋根板燃して射る毎日、その辺りでは、この話知 らぬ者なかった。 そうこうするうち、屋根板すべてなくなり、垂木や木 むなぎ 舞にまで手をつけ、さらには棟木、梁を燃し、桁、柱か じんじよう たた まわず叩き割っては使い、「これはもう尋常なことでは したげた いたじき まわ ないぞ」、回りの人々言い合す端から、板敷、下桁とす とうとう隣の家に寝泊 べて叩き割っては燃してしまい かどべのふしよう りするはめになった。その家の主人、門部府生の日頃み るにつけ、自分の家も壊されて燃されてしまわれそうな ただ 「只こうやっているだけのも ので、いやがったのだが、 そうろう のでもありません、しばらくお待ちを」と、居候続ける のりゆみ うち、弓の腕前の程伝わって召し出され、賭弓の行事に 奉仕すれば見事な成績上げる、天皇のおはめ受け、しま すもう いには相撲取り召集の使者に任ぜられて地方へ下る出世 ぶり。 すもう よい相撲取りを多勢召集し、手に入れた物も数知れす、 京へ上る途中のこと、かばね嶋なる、海賊の集まるという 土地へさしかかったところ、お供の者「あれをごらんな さい、あの舟どもは、海賊の舟に違いありません。どう 「皆の者、騒ぐでない。たとえ千 したものでしよう」 たるき 138

8. グラフィック版 今昔物語 宇治拾遺物語

O 受領の屋敷の賑い受領は一期っとめれば 生涯食うに困らぬほどだった谷に落ちても のぶただ ひらたけ 平茸をとって上って来た陳忠の「受領は倒る る所に土をつかめ」ということばは国守の苛 れんらゆうきゅう 斂誅求ぶりを象徴している春日権現霊験記 旅籠に入れて上げたのしゃ。まだ残っておる。おびただ ひらたけ しい平茸であったぞ。まったく大損じゃ。大損をしたよ うな気がするぞ」 「まことに、大損をなされましたなあ」 ろうどう 郎等どもはそ、つ言って、どっと笑った。 「たわけたことを申すでないぞ。よいか、者共。宝の山に ず・りよう 入って、手ぶらで帰って来た心地がするぞ。受領は倒れ ても土をつかんで起きろ、というではないか」 かしらかぶもく かみ しなの 信濃の守は大まじめで言った。それを聞いて頭株の目 代か、内心では贈々しく思いなから、 こうびん 「まことにさよ、つでござりますな。幸便に取れる物を取 : 誰とて取らすには らすに捨てておく法はありますまし みこころ まして、もともと御心賢くおわせられ いられますまい る方は、このような生死の境にあっても、心騒がす、万 事、常に変わらす取り行なわれますから、落ち着いて たけ 茸をばお取りになったのでございましよう。それでこそ、 国の政事も安泰、租税もよく納めさせられて、お望みの こう とのちちはは まま京にお上りになられる。国の民が守の殿を父母のよ うに敬慕いたし、別れを惜しみ奉るのも道理でございま す。行く末も、千年万年いやさかに栄えられますことで ございましよ、って」 などと言ったが、この目代も、仲間うちでは、こっそ り笑い合ったのである。 これほどのことに遭っても心動ぜす、ます平茸を取っ しゅうあく て上がったという心は、醜悪ではないか。任国にあって も、ついでに取れる物なら何でも取って私腹を肥やした ( 巻二十八・第三十八 ) であろうと思われるのである。 はた ) 」 まつり′」と もくだい たてまっ 59

9. グラフィック版 今昔物語 宇治拾遺物語

そうばう を助けてあげたい。私は、あなたがおいでになった僧房 くだ の主の長女です。ここから少し下ると、私の妹がおりま す。しかじかの所です。あなたをお助けできるのは、そ の妹だけです。ここで聞いたとおっしやって、そこへお いでなされませ。手紙を書いて差し上げましよう」 / 新トををを、雄 言 あるじ 、診を へんげ 女はそう言って、手紙をしたためてくれたのであった。 そして、 「二人の方は馬にして、あなたは、土に埋めて殺そうと したのです。田に水があるかどうか見させたのは、あな たを埋めるためだったのです」 修一丁僧は、ああ逃げてよかった、たといしばらくの間 でも命か助かったのは御仏の御加護であろう、と思って、 手紙を受け取ると、女に向かって手を合わせ、泣き泣き 拝み、再びその家を出ると、教えられた方角に走った。 二十町ほども来たかと思われるあたりの山中に、言わ れた家があった。ここだろうと思って、しかしかの手紙 めしつか を持って参りました、と召使いに言って案内を乞う。 召使いは、奧に入ると、別の女が出て来て、 「私も永い間、いやなことだと思っておりましたが、 うけたまわ からもこのように承ったことです、お助け申し上げまし よう。けれど、ここはとても恐ろしいことのある所です。 しばらく、この一豕に・身をお隠しください」 と一一一一口し 、、イ打旧を一室に招し入れると、さらに、 「ゆめゅめ物音を立てないように。ちょうどその時刻に なりました」 と言うのであった。 イ丁畄日は、ど、つい、つことになるのか、と恐ろしく、・身 動きもせすにしっとしていた。 おそ しばらくすると、なにか布ろしげな気配の者が来たよ なまぐさ うであった。生臭い匂いがする。この布ろしさをどう一言 えばいいのかわからない。何者が来たのだろうと思って いると、その人は、この家の主の女と話していたが、そ みはとけ しよう あるじ

10. グラフィック版 今昔物語 宇治拾遺物語

5 留 ヒ日 おんみようじ そこで、ある陰陽師の所へ行ってみた。事情を話し、難 をのがれる方法はないものだろうか、と訊いてみた。 「難をのがれるのは、むつかしい。だが、そう言われる からには、工夫してみましよう。ただ、難をのがれたい なら、非常に布い目にあわなくてはなりませんぞ。それ に耐えなければなりませんぞ」 たそいれどき と、陰陽師は言って、黄昏時女の死体のある家へ、こ の夫の男を同行した。 男は、話を聞いただけでも、髪の毛が太くなるのでは ないかと思われるほど、布くて震えあがっていたのに、 、に物 ふる まして、その家へ行くなどとは、生きた心地もしないの おんみようじ であったが、ただもう陰陽師に身をまかせて行ったので ある。見ると、本当だ、死人の髪は付いたまま、骨はっ ながったままで横たわっている。 陰陽師は、男を馬乗りに死体にまたがらせて、髪をし つかりとっかませて、 「ゆめゅめ、放してはいけませんぞ」 じゅもんとな と指示して、呪文を唱えて祈疇した。 「私がここへ戻って来るまで、そのままでいなされ。さ だめて布いことかあるだろうが、耐えなければならぬ」 そう言って、陰陽師は出て行った。 男は、ど、つしよ、つもなかった。生きた、い地もなく、死 体にまたがって、必死に髪を引っ張っていた。 そうしているうちに、夜になった。夜半になったと思 われる頃、死人が、 「ああ、重いなあ」 と言ったかと思うと、起き上がって、 「きやつめを捜して連れて来よう」 と言って走りだした。 どこをどう走ったのかわからない。随分遠くまで行っ たような気がした。男は、陰陽師の教えを護って、必死 に髪を引っ張っていたが、そのうちに死人はもとの場所 おそ に戻って来て、またもと通りに横たわった。男は、布ろ しいどころではなかった。あやうく失神しそ、つであった。 それでもこらえて、髪を握って放さす、死人の背にまた がっていたのである。 そのうちに鶏が鳴いた。すると死人は、声を出さなく にわとり さカ しっしん