さんゼん こくやしきようちょうせん さもじろうひきろく 山前の黒夜四凶挑戦す左母ニ郎は暮六に だまされたとわかると浜路をさらってさる ぐっわをはめ駕籠に乗せた肩本卯が火走に入 った円塚山までくると駕籠かきが左母ニ郎を むらさめ おそったが左母ニ良は村雨丸で切り殺した 絵番付より えばんづけ まるつカ・ きらめて、いっしょに 5 こ ) こ、つしゃないか・奥さまと 呼ばせて、たくさんの召使をつけてやろう。さあ負われ は・まじ るか、手を引いていこうか」と浜路の肩をなで、手をに ぎって慰めた。 「も、フこ、つなったら、仕方ありませぬ。これがわたしの 前世から定められた宿なのでしよう。今さら両親の家 にもどれず、信乃さまも迎え入れて下さらぬでしよう。 むらさめ ともかくその村雨を見せてくださいな」 「さあ見てごらん。抜けばたちまち水気がほとばしり出 るのを。ふしぎな刀よ」 さもじろう は - まじ と、左母二郎から渡された刀を右手に受取ると、浜路は 「夫の伽 ! 」と叫びながら、刀を突き出す。危くまぬがれ さもじろう た左母二郎は追ってくる切尖をかわしながら、小刀をぬ ひめい いて、浜路の乳の下をはたと切る。あっと悲鳴をあげた なふさ ところを、刃を叩きおとし、おどりかかって、〕をひっ ひざ つかみ、自分の膝に引きつけて、 「贈さも贈し、このあまめ。れた弱みで、親切にして ーうわん はものざんまい やれば、つけあがりやがって、執念深い刃物三昧。そん しの なに一三ロ乃が亡 5 れにくく ば、この世の暇をとらせてやるか ゅう ら、あの世で会え。おれのいうことをきかなんだら、遊 女に咄き売ってやるつもりだったが、売り物の玉に傷を つけてしまったからにや、仕方もねえ。あくまでおれに つらくあたった報いに、すぐには殺さす、なぶり殺しに してたのしも、つかししたいことかあったら、何でもい はいちょう え。月の出るまで、ゆっくり泣きごとを拝聴いたそう」 むらさめ と、浜路を引立て、向うへ突きころばしたうえ、村雨は 鞘に納めて腰にさし、抜身の小刀を地に突き立て、そば はまじ めしつかい きっさき の木の切り株に尻をかけ、懐中から毛抜きをさぐり出し、 ひげ 顎をなでながら、髭を抜いている。 ときどき強く燃えて明るくなる野火のゆれうごく光を よまじ ふかて 浴びて、急所の深手で息たえだえの沢路は、ようやく起 き直って、乱れ髪の顔にかかるのを振り払いながら、 さもじろう 「恨めしいぞえ左母二郎、わが夫を死地に陥た鴉智妍 ひとた・むく 悪、何とぞ一太刀報いようとしたが、望みはかなわなか った」と、長々と限みごとをつづけた。 さもじろう ひげ すると左母二郎は、あくびをして、毛抜についた髭を ほうび ぬぐって、「いや、長々とごくろうさん。褒美として一 お 9 もいに、 この世からおさらばさせてやろう」と、土に 突き立てた小刀を抜いたけれど、「待て待て。沢路の恋い いんどう こがれている村雨で引導を渡してくれよう。さぞうれし かろ、っせ」と よ - まド ) さもじろう むなもと 左母二郎が沢路を引きよせて、胸元を刺そうと村雨を かじようあな きらりと振りあげた。そのとたん、火定の坑のあたりか さもじろう しゆれんしゆりけん ら、だれとは知らす、手練の手裏剣、左母二郎の左の乳 の下から背中に抜けるまで打込んだ。左母二郎は、刀を 落してわっと叫ぶとともにのけぞった。 あな こっゼん このとき、坑から忽然と立ちあわれたものがいる。そ じゃくまくどうじんけんりやっ れは火定に入って死んだはずの寂莫道人肩柳そのひとで なんばんく各み・ ある。が、そのいでたちはさっきと一変して、南蛮鎖の からおワだん すきま 着込み腹巻を透間なく着込んだうえに、唐織の段だら筋 しゅざや すそみじか ひろそてひとえ の広袖の単衣を裾短に着て、腰には朱鞘の太刀を横たえ、 こむら 4 、まる・、、り あつやし 厚鞋をはき、濃紫の円括の帯を臀哥くたばねてある。年 くびるあか まゆひい はまだ二十ばかり、眉秀で、眼すすしく、色白で、唇朱 耳厚くて歯並こまやか、月額のあとに長く伸びた髪 むらさめ 0 さかやき さもじろう むらさめ ひと
はまじ そんばうちゅうイせっそう O 名刀美女の存亡忠義節操の環会浜路は信 むらさめまる かた 乃の仇を討とうと村雨丸で左母ニ郎に斬りつ けたが逆に刺されてしまったその時火坑 けんりゆう の中から肩柳が現われて左母ニ郎を斬り殺す 0 網乾左母ニ郎 ひげあお さ - もじ は黒くて髭は蒼い。 一くせも二くせもある面魂。左母二 郎が息を吹きかえして、刀を杖に身を起して、よろめき ながら斬りつけようとすれば、すこしも騒がす、あちら こちらと体をかわして、いきなり刀を奪いとったと見る さ・もじろ - フ さもじろ・フ や、さっと左母二郎を斬る。左母二郎がもんどりうって けん 0 やっ・ 倒れるのに目もくれす、肩柳は、しきりに水気の立昇る きっさき つばもと 刀を立てて、切尖から鍔下まで瞬きもせずきっと見て、 おと むらさめ 「なるほど音に聞く村雨の宝剣。抜けば玉散る、露か滴 か。今はからすもかかる名刀がわが手に入ったのは、仇 きっちょう 討の時の来た吉兆にちがいない」と。 しの ところが額蔵は、この朝信乃と別れて、帰りを急いだ せんじゅ けれど、千住川を渡るころ日は暮れはて、真夜中すぎた ころ、円応山にさしかか「た。今日、円塚山で火定があ ったときいていたが、 その残り火の明りの中に、血まみ れで倒れている男女があり、また、白を手にもった曲 者が立っているのを透かし見たので、松の木蔭にかくれ て様子を、つかか、つことにした。 けんりゆっ・ゃいばさや は - まじ さて肩柳は刃を鞘におさめると、倒れている浜路を引 きおこして、薬を口にふくませ、「しつかりしろ」と耳元 ままじ しさっき あや で叫ぶ。沢路は、正気をとりもどして、怪しい飛抱の手を けんりゅう ふり放そ、つともかいたか一眉柳はしつかりおさえたまま、 「、い配するな。田 5 いがけずめぐりあったおれは、そなた いぬやまみちまっただとも の腹違いの兄、大山道松忠与というものしゃ。わけあっ じゃくまくいんけんりっ て、去年の秋から姿を変え、名を改め、寂莫院肩柳と世 にせしゅげんじゃ に知られた偽修験者。ゆくさきざきで、火定を見せ、愚 あだむく 民の鉉を集めるのは、軍用費のためで、君と父の讐を報 わりまへいざえもんのじようますもりあ いるのが目的。そもそもわが主君練馬平左衛門尉倍盛朝 もの ろう つらだましい しずく
戦四 ! ~ 夜ヤ ありがたたみた 灰となって消えうせた。人々はこれを見て有難涙をとど ねんぶつ めあえす、一せいに念仏の合唱がおこった。が、入相の の音がひびけば、めいめい自分の家路を目ざして四方 はのお に分れ散って、あとにのこるのは穴の中で時々小さな燿 おきび をあげる燠火だけごっこ。 ちょうちん やがて夜中すぎた闇の中を月ではなくて小さな提燈を 脇窓に結わい下げた骼籠につきそう一団が円塚山の麓 は - まじ あ - ばしさ - もじろ - フ に急ぎ足であらわれた。浜路をさらった網乾左母二郎と 雇い籠だった。 駕籠かきたちはこのさびしい場所で駕籠をおろして、 「おい、両刀さした人さらい このきれいな姉ちゃんは ちょっだい ろよ - フ こちとらが頂戴してやるぜ。ついでに腰なる路用の金と さもじろ - フ 着ぐるみ脱いで消えうせろ」と、両方から左母二郎にお さもじろ - フ そいかかる。が左母二郎は名刀村雨を振ってたちまち二 ひきろく 人のごろ・つきを斬り殺した。ところへ、蟇六から出され おって た追手の一人に追いっかれた。今度は苦戦したが、やっ むらさめ と斬り倒した。村雨は血のりを拭わなくても、から噴 きだす水分によってきれいなものだった。左母二郎は今 きりあ の斬合いで負った腕の浅い傷をくくりとめると、まさに 消えようとした坑の火に、残っていた柴を投げ入れれば、 ちドや ッと燃え上り、風のまにまにあちこちの茅萱に飛 び移って、真昼のように明るくなった。 さ - もじろう は↓・ド ) 左母二郎は、駕籠の中から浜路を引き出して、紐を解 かにわがわひきろく 一一一一口乃 き放し、さめざめと泣き沈む娘に、神宮川で蟇六がイ てきし むらさめ を溺死させようとした一件、村雨をすりかえて自分のも むらさめむろまち けんじよう のにしたことを語り、「この村雨を室町将軍に献上すれ ば、立身出世はまちがいない。あんたも信乃のことをあ むらさめふる さもじろう ひも いりあ、
ひカ : みき 0 うろく きゅうろく 簸上宮六新陣代となった宮六は領内の巡視 ひきろく をすると蟇六の家に泊った宴会の席で一目 はまじ 見た浜路に宮六は惚れ込んでしまった縁談 ぬるてごばいじ のまとめ役をかってでた下役の軍木五倍ニは ひきてもの さっそく引手物を蟇六の家に持ち込んできた げんひんそうず ただ娘御の一曲だけは、妙中の妙。玄賓僧都もこれを聴 だらく いたら、堕落するぞ。ああすげえ音楽しゃ。ああ今の琴 はおもしろかった」 と、だみ声を合せて、唸りだす。 は - まじ 腹立たしく、ごたごたにまぎれて、 浜路は、恥かしく、 さもじろう そっと姿を消してしまった。後は左母二郎が、おべんち やらと軽薄を尽くして座をもたした。 さもじろう ひきろく 左母一一郎は、蟇六の家に出入りして浜路を一目見てか ら思いを焦がし、何かと声をかけても手答えがないので、 ままじ 恋文をつけたが、保路は手にもふれす、叱りつけて、そ さもじろう の後左母二郎がくるたびに、別の室に入って顔を見せな くなっこ。 かめざさ ところが母の亀篠は、左母二郎がなかなかの美男で、 鎌倉に仕えていたころは五百貫の禄をもらっていたの、 ほうば きんじつがしら め、傍輩た 近習頭で殿のお覚えがあまりめでたかったた さもじろ・フ は・まじ ざんげん ちに讒言されてお暇を賜ったが、もともと殿の本意では ないから、近々、召返すという御内意があったなどと自 さ一もじろ - フ 慢するのを半ば真にうけて、信乃を左母二郎に乗りかえ させた方がよいのではないかと、しきりに家に招いた。 かめざさ ひきらく 媚びへつらうことがうまいので、亀篠だけでなく、蟇六 にもこの上なく気に入られていた。 はまじ じんだいひがみきつろく ところで陣代簸上宮六は、浜路を見そめてから、恋の はのお 燿に身を焼かれ、寝ては夢、起きてはうつつ、呆けたよ ぬるてごばいじ うにすごしていた。 下役の軍木五倍二は、 よ - まじ ひきろく 「だいぶいかれましたなあ。お相手は蟇六の娘、沢路と やらでございましよ、つが」 ずばし 「図星じゃ カ相手は一人娘で、きまった婿があると かむすかしそ、つでなあ」 ひきろく 「それは遠慮のしすぎというもの。蟇六は輩下の村長。 、いな亠ー - け 任免はあなたの思うがまま。許婚があろうとも、あなた の話をもってゆけば、たちまち前の話を取消して、こち らのいうがままでさあ。拙者が縁談をまとめて見せまし よ、つ力」 きつろく そこで宮六は大いによろこんで「よろしくたのむぞ」 げなん と、次の日、たくさんの贈りものを七、八人の下男にか ぬるてごばいじ ひきろく つがせ、軍木五倍二をお仲人として、蟇六の屋敷につか わした。 ひきろく かめざさ 蟇六は五倍二の申込みをきくと、亀篠と相談して返事 をした。 は↓ - じ ひがみ 「簸上さまが浜路をめとりたいとの仰せ、親子にとって 身にあまる幸せでございますが、オオ こご一つ面倒なことか いぬづかしの ございまして : : : 妻の甥大塚信乃と申すものを、浜路の 0 ヾ、、 せっしゃ おお まね
0 順寂を示して寂寞火玩に自焼す人 い 4 りゆう ぎようじゃ 肩柳という行者が出現して豊島郡本郷のほ まるつカ・ とり円塚山の麓で火定に入るとふれまわった け ^ りゆう 肩柳は群集に向って銭を火に投げ込めば救い みす 0 ・ が得られると言うと自ら火の中に飛び込んだ 左母二郎は一人になると、むらむらと腹が立った。 かめざさ 「さては、亀篠のやっ、だましおったな。今夜婚礼の席 に躍りこんで、親子も婿も皆殺しにしてやろうか。いや、 これはますい、相手は多勢だ。そんな危いことをするよ は↓・じ ちくてん り浜路を掻っさらって逐電しよう。おれのいうことを聞 かなんだら、京でも倉でも、遊女に咄き売ればよい。 むらさめまる むろまち またおれには名刀村雨丸があるのだから、これを室町将 軍に進上したら、莫大な恩賞まちがいなしだわ」 そ、つ考えて夜を待っことにした。 さ - もじろう よいやみ あたりが宵闇に包まれたころ、左母二郎は村長屋敷の の 塚裏口から忍びこもうとおもった。表の方ではドンチャン 円 ちょうちん さわぎがはしまっているが、 ~ 袰ロも相死をさげた人々が 本 ひっきりなしに出入りしている。屋敷のまわりをさがす と、大の通路か、築地塀の崩れた一角が見つかった。左 もド ) ろ - フ つきやま 母二郎が暗い庭木のあいだを伝ってゆくと、築山の近く よ↓・じ で女のしのび泣く声がきこえた。すかして見ると、鴻路 ままじ うろく だった。沢路は、宮六との縁談を承諾したものの、座敷 のさわぎをよそに庭に忍び出て松の木に帯を投げかけ、 さ - もド ) ろ・フ 自殺しようとしていたのである。左母二郎は、天の助け は - まじ さる とばかり、浜路をひつつかまえ、手拭で猿ぐっわをして、 まっ ついじがき ト脇にかかえ、松の枝を伝わって築地垣を乗りこえて、 闇にまぎれていすこかへ消えうせた しよいん かめざさ 書院の方でも、婿のくる時刻が近づ いたので、亀篠が はなよめ、しさっ はまじ 花嫁衣裳に着換えさせようと、浜路の部屋へ入ってみる はまじ どぺい と、浜路の姿が見えない。あちこちさがすと、土塀を乗 どろ りこえた泥足の跡が処々についている。信乃には額蔵が はまじ つけてあるから途中から帰るはすがない さては浜路に としまごりは人こ・う ふもと は 4 ごうまるつか 、 ) わき さもじろ・フ ばくだい じゃくまくどうじんけんりやっ・ ところで、豊島郡に近ごろ寂寞道人肩柳という世にも ふしぎな行者があらわれた。どこの国の出か知らぬが、 しもうさ てわ し - もつけ 去年の夏から、陸奥、出羽で修業し、今年は下野と下総 むさし をまわったのち、ついに武蔵にあらわれて、愚民から尊 ー ) ゅは - フ 信されていた。その修法は、燃える火の中を歩いても手 きし、・フ きちきよう・ ? りな 足が焼けただれす、人の吉凶を占い、病気のご祈疇をす よしの れいげん ると、霊験あらたかだということだった。長年、吉野・ かつらぎ 、、りし↓・ みくまの はぐろさん 葛城・三熊野はもとより、富士・阿蘇・霧島・羽黒山の れいざん ような霊山にいくたびとなく登り神人仙人に会って不 ひげ 老の術を学んだという。しっさい長い髪に長いあご髭を 生やして、青年のように見えるけれど、百年前のことを そくざ たすねると、即座に見てきたように説明するので、だれ かんぶく も感服していた。 けんりゅう かたさき こぶ この肩柳の左の肩尖に、斜めの瘤があった。肩柳は ぶつばさっ 「わしのからだには常に仏菩薩が宿っておられる。左は じゅんろ あま 天へ行く順路、肩は体のもっとも高い所。だから東方天 やど P' らすおおみかみ しやかむに 照皇神、四方釈迦牟尼仏がここに宿っておいでになるの じゃ」というのが常だった。 まわ けん c ゅう ー、し・まごおり この夏、肩柳は、豊島郡を廻って、善男善女に向って、 よこれんば しわざ 横恋慕していた左母二郎の仕業に相違ない 左母二郎の ひきろく 家を見にやったら、はたしてもぬけの殻だった。蟇六夫 おって 婦はさっそく追手を出したものの、婿の入来の時刻はい よいよ切迫してきたので、途方にくれるばかりだった。 艸塚山の夜 つかやま し、し↓・ ~ り むつ さもじろ・フ よっ さもじろ - フ 0-
むらさめまる はかり : ・とひきろくカ・にわカ・わ 0 苦肉の計蟇六神宮河に没す村雨丸を手に ひきろく 入れたい蟇六は古河の成氏朝臣に献上する ことを信乃に勧める信乃を神宮可原でおほ、 れさせることには失敗したが蟇六は左母ニ 郎に村雨丸をすりかえるようにたのんでいた の 背介 ろと民っこ。 さ - もじろ - フ かめ・ささ 翌朝、亀篠はひそかに左母二郎の家を訪ねて、信乃さ くち っ は - まじ えなくば浜路の婿にして家を嗣がせたいとうちの人も口 ぐせ 癖のようにいっていたが、さいわいにもかくかくしたか ら、信乃は他国へ出てゆくだろう。が、そのまえに、村 長どのが秘蔵の名刀を、幼いときに婿の記念にくれてや ったのを取りかえしたいから、それを手伝ってほしいと さもじろう たのむと、左母二郎は二つ返事で承諾した。 かめざさ ひきろく そこで蟇六・亀篠は信乃を呼んで、 きよねん は↓・じ 「去年村のだれかれが、そなたと浜路とをめあわせよと、 し」し↓・ さいそく うるさく催促したけれど、豊島一族の滅亡のため、世の 中が落ちつかなかったから、心ならずも延期したが、今 なりうじあそん かんれい なワうじあそん 年は成氏朝臣と両管領家と和議がととのって、成氏朝臣 は千葉から古河に帰られた。大塚の家を興す絶好の時で おもむ はないかのう。古河に赴いて、先祖の忠死を訴えて、村 さめまる けんじよう 雨丸を献上したら、お召出しになることまちがいない じんだい 村長どころか陣代にしていただけるかもしれんぜ」 かめざさ といえば、亀 ( 條も側から、 「わたしたち夫婦には男の子はありません。力とたのむ はそなただけ。古河は遠いところではありません。善は いそげですよ」 とまことしやかにすすめた るてごいじ じつは信乃は、額蔵から軍木五二が簸上の贈り物を もってきて、伯母夫婦がその縁談申込みを承諾したこと をきいていたから、さては自分を出しておいて、留守の きゅうろく 間に浜路を宮六に嫁入りさせるつもりだと唐ったけれど、 につこりわらって、 おおっか ひがみ むら 「わたしのようなものをそんなに田 5 いやってくださると ひごう むらさめまる は、ありがとう存じます。村雨丸は非業の死をとげた両 きんだち かたみ 公達の形見ですから、その弟に当たる古河殿に献上する のは当然のこと。ご忠告かたしけなく存します。さっそ く明日に 9 も出癶兀しましよ、つ」 「それはうれしい。が明日では旅仕度もととのえにく、 あさって こよみ 暦をい裸って日がよかったら、明・後日にしてはど、つかい」 信乃は額蔵から伯母夫婦の腹の内をきいているけれど、 一人の女子にひかれてぐすぐすしている時ではない。 じ 路は信乃を旅立たせたくないから心が進まない。仕方な かさひも ひとえ 単衣ものや脚絆や笠の紐などを縫いながら、ときお ためいきを洩らす。 りやるせなく、 たきのがわ かめざさ 翌日信乃は、亀篠にすすめられるまま、滝野川の弁財 てんさんけ 天に参詣して、夕方になって帰ってくると、田んばの中 ひきろく あほしさもじろう で、思いがけず、向うから蟇六が、網乾左母二郎を連れ、 老僕背介に漁網をかつがせて、こちらへやってくるのに ひきろく 出くわす。蟇六は田の向うから、 、 - きのいわまい 「信乃よ、滝野川詣りに出かけたと聞いたか、よいとこ ろで出会ったな」 と - 呼びかける 信乃はいそいで笠をとって、「こんなタ方、漁ですか どちらへおいでです」と。 かどて ひきろく 「いやあ」と蟇六はわらって、「明日はおまえの門出。 さかな 別れの酒の肴をさがしたが手に入らんので、自分で網を あ 打って、明日の肴をとろうと家を出たおり、ちょうど網 乾氏が来られてな、おまえも一しょに、どうかな」 おもむ かにわかわら しの 信乃はことわりかねて、一しょに神宮河原に赴い 0 きやはん べんざい
0 信乃の部屋ですすり泣く浜路信乃が古河 はまじ に出発する前夜浜路は信乃の部屋の前まで 来てすすり泣いた今宵こそ夫婦の交りをね がってきたという信乃は出世の妨げになる と冷たく言うと額蔵が出立を知らせにきた はまじ .2 浜路 ひきろく うえ、蟇六を小わきに抱えこみ、首をあげて見わたした ひき ところ、舟ははるかにおし流されている。仕方なく、蟇 六を右手で抱きかかえながら、左手だけを動かして岸に 泳ぎつい さ・もじろ・フ そのあいだに 左母二郎は、舟の流されてゆくのをさい めくぎ わきざしひきろく わいとして、信乃の脇差と蟇六の脇差の目釘を抜きとっ て、入れかえようと、一つひとっ抜き放ったところ、信 乃の刀の中ごろから、水気がたちまち立ちのばって、夏 あわだ ひざ そてたもと なお寒く、袖も袂も、膝までひんやりとして肌も粟立っ はかり。左母二郎もおどろいて、「これこそ、亡き鎌倉 ひきろく かんれいあしか力もちうじあそん 。蟇六のやっ、 管領足利持氏朝臣の宝刀村雨にちがいない ・目分の牽刀を信乃に与 ) えたといったのはまっかな - 嘘。 乃の親番伊が、春・両達から預か「たもので、 けんじよう おうぎがやっ むらさめまる 。これを旧主扇谷殿へ献上 村雨 , 凡なることまちかいない ささん すれば、帰参をゆるされるだろうし、人に売ったら、千 ちょうだい 金にはなるだろう。こちとらが頂戴しておくべえ」と、 ひきろく さや 自分の刀を蟇六の鞘におさめ、信乃の刀を自分の鞘に、 ひきろく 蟇六の刃を信乃の脇差の鞘におさめたら、うまいぐあい に、どれも同じ長さで、びったりおさまった。ちょうど どたろう そのとき、土太郎がやってきて、舟に飛び乗った。 」 4 み・ - フ てきし ひきろく 信乃は、蟇六と土太郎とが自分を溺死させようとたく らんだ芝居であることは見抜いたけれど、舟の中にいた さもじろうむらさめまる 左母二郎が村雨丸をすりかえようとは思いがけなかった。 舟が岸に着くと、自分の両刀を取って腰にさしただけで、 夜のことだから、刀を抜いても見なかった。 ひきろく が′、 : フ その晩、蟇六は古河までの従者として額蔵をつかわす ことにきめたと、信乃と額蔵をも呼んで、一ばいやった さもじろう し や むらさめ かめざさ のち、二人が引下がると、亀篠に今日の舟の一件をこま ごまと語って、村雨丸のすり換えがうまうまと成功した わきざし ことを祝った。念のために、脇差を抜いてみたところ、 さや すいてき 鞘から畳の上に水滴がしたたったので、「やつばり村雨 だ」と夫婦でよろこびあった。左母二郎が鞘の中に川の 水をそそぎ入れておいたことに気がっかなかった。 カたゆ・、 ふしど 信乃は臥床に入ったものの、来し方行く末を思えば、 なかなか寝つかれぬ。とろとろと伐い眠りに入ったかと おもったとき、ひそかな足音が近づいて、枕もとでとま る。すわ、と刀を引きよせ、はね起きて、「だれだ」と あんどん よまじ いって、行燈の光を向けて、よくよく見れば、沢路が蚊 や 帳のうしろに、声を立てすにすすり泣いている。 「保路、この夜中に何しに来たんだね」 し」カ は - まじ と咎めると、浜路は限めしげに・、涙をぬぐって頭をあげ、 「何しに来たとは、つれなさすぎます。あたしたちは、 一旦親の口から、許された夫婦ではございませんか。ふ つうのときならともかく、今宵限りの別れと、あなたの 方からおっしやってもよいのに、お出かけまでに捨て一言 葉一つかけてくださらぬとは、あんまりではございませ んか」 は - まじ まド と怨みつらみをのべる。浜路は、今夜こそ夫婦の交りを とねがってきたのだ。しかし信乃は、 「そなたの気持はよくわかっている。わたしの胸の中も そなたはよく存じているはす。古河はわすか十六里、三、 四日すればもどれるのだから、それまで待っておくれ」 はまじ 兵路は目をぬぐって、かきくどく、 「そうおっしやるのはうそなのです。一度ここを立ち去 むらさめまる さもド ) ろ・フ すえ むらさめ
婿として、村長の職をゆする約束をいたしておりますも のですから。何とか信乃を遠ざけた、つえで : : : 」 かげん 五倍二はせせらわらって「 ) しい加減なことを申すな。 しさフだく ひがみうじ 本気で簸上氏との縁を結ぶつもりなら、ます承諾して、 そのあとで信乃とやらを追い出すがよい。陣代さまにそ んないい加減な返事をお伝えできるか。ぐすぐすしたら、 どういうことになるか、分っているだろう。今すぐ返事 をいたせ、さあさあ」 ひきろく 蟇六は青くなって歯の根もあわず震えながら、 「それがし、 いくらばかでも、こんな良縁をどうしてお ことわり申しましよ、つ。邪魔ものがいると申上げるだけ で、そやつを片づけるまで、この縁談のことを内しょに していただきたいと申すだけで : : : 」 「その点は了承したぞ。早速承諾してもらってありがた むこひきてもの それでは婿引手物を」 じんだい れるてごばいじ 軍木五倍ニ - わかし」 - フ か・ら霍一キ、 と空咳をすれば、表で待っていた若党たち、長持から贈 ゃなぎだる りものを取り出して、縁側にところ狭しと並べオ から昆布にするめ、節は縁談ととの「たしるし。それ ひきろく より蟇六夫婦をよろこばせたのは二十枚の白銀と上等の は↓・じ まきぎぬ オオ二人は信乃や浜路に気づかれぬよう、 巻衣五本ごっこ。 えり ひとえ あわてて土蔵にしまいこんだ。見ていたのは単衣の衿を げなんがくぞう のみ ひらいて蚤をつぶしていた下男の額蔵ひとりきり。 かや ひきろく その夜、蟇六夫婦は蚊帳の中に入ったが、今日の縁談 カたり 兵各よ とその対策でひそひそ語はいつまでも尽きない さ・もじろ - フ 色男の左母二郎にさえ目もくれず、ひたすら信乃を慕っ はまじ ているらしい 信乃をどうして浜路から引き放すことが できるか、二人は頭をひねったのである。ようやく短い ひきろく 夏の夜も白みかけたころ、蟇六は頭をおこして、にやり とわらった。 かんれいあしかがなりうじあそん かめざさ ) 手を見つけたぞ。前管領足利成氏朝臣は、 「亀篠、しし ばんさく 番作Ⅱ信乃の主すじに当たるが、先ごろ古河城を攻め落 かんれい されて千葉にかくまわれていたところ、さいきん両管領 と和睦が成立って、古河にもどられたよし。これを種に、 信乃をしかしかとだまして、神宮川へ誘いだそう。おま さもじろう えは、あす、そっと左母二郎の家にいって、かようかよ 、つに、つまノ話をつけると この計略が成功したら、 むらさめまる 村雨丸が手に入る。もし宝刀が手に入ったら、額蔵を使 ま・まじ って、途中で信乃を暗殺させよう。沢路を陣代へ嫁入ら さもじろ - フ すとき、左母二郎から異議が出たら、簸上殿に訴えて、 ただむすかしいのは信乃の 投獄するのは朝飯前の仕事。 ことだよ」 ようやく計画ができて、二人は欲につかれて、とろと ひがみ しろがね じんだい
主要人物事典 いれづかしのもりたか ・信乃大塚信乃戍孝。塚番作・ヤの信乃を残して死ぬ。享年四十三歳。 おおっかレやフさく あしか力もちうじ むさしの、 : と 束夫妻が北叩弁だに祈願して授「た ・大塚匠作足利持氏の臣、武蔵風豊 いなずけ むらさめまる しま ~ りおおっか ゅうきかっせんもちうじ 子。浜路の許嫁。父の没後、村雨丸を島郡大塚村を知行。結城合戦に持氏の なワうじ ーるんのうあ ^ のう 持って古河に赴き、成氏に疑われて号子春王・安王を守護して戦い、宝刀村 いかいげんばち ばんさく さめまる 流閣で大飼現八と闘う。八大士の一人。雨丸を一子番作に預け、捕えられた二 はまじ ひきろ ( むさしり、にねりま きんだち ・浜路蟇六の養女。実は武蔵国練馬公達の刑場金蓮寺に切り死にする。 やまどうさく どうせつ さとみよしざわゆうきうじとも ゅうき 家の臣大山道策の娘で、道節の腹違い ・里見義実結城氏朝と共に結城の城 さもじろう さとみすえもと の妹。信乃の許嫁。左母一一郎に誘拐さに立籠った里見季基の子。落城の後、 あんざいかげつら れて殺される。享年十六歳。後に魂が安房に亡命する。安西景連に卸の城 甲物猿行の村長四六城木工伊の養女鴻を攻められるも大の八房に救われ、 じぶのたゆう 路に宿り信乃に言い寄る。が鷲にさら房一国を統治して治部大輔に任ぜられ さとみよしなり ふせひめ われた里見義成の五の姫浜路姫であるる。室十子との間の子が伏姫。 あまざきてるふみ あわのくに かめざさおおっかしさっさく 【んさく ことが分り、蛋崎照文が安房国に送り ・亀篠大塚匠作の娘、作の腹違い いぬやまどうせっただ どうせつ・、くまくどうじけ 0 ゅう やややまひきろく ・道節 ( 寂寞道人肩柳 ) 大山道節忠 届ける。浜路姫は最後に信乃の妻となる。の姉。信乃の伯母。弥々山蟇六を入夫乃の村雨丸の献上先。 いわづかばんさく ・大塚番作信乃の父。大塚の子。し番作・信乃父子を迫害し、養女の鴻・鴎島郡大塚の百姓。番挙。全国を行脚して不思議な術を使う 、ぬやまさたとも あしか力もちうじ じ ねりまますもり にせしゅげんしゃ じだいひみ , ゅうろ ( 飼贋修験者。実は練馬倍盛の臣大山貞与 父と共に足利持氏に仕え、十六歳で結路を陣代簸上宮六に嫁がせるのに失敗作の裏の近くに住み、一人暮し。大 きかっせん はまじ げばち 城合戦に参加、敗走の時に父より潦氏して殺される。 現八の実父。病気の床で讎乃に一子女道策の子。浜路の腹違いの兄。左母二 むらさめまる 学つぎやっさだまさ むさし やややまひきろく かめざさ げんばち 郎から村雨丸を奪い、扇谷定正をねら の重宝村雨丸を渡され、父の故郷武蔵・弥々山暮六亀篠に入夫して、武蔵吉 ( 現八 ) を探すことを頼んで死ぬ。 り、におおっか かめざさ り、におおっか いれかわそうすけよしとう ・て・フすけ カ・、ぞ・つ う。八大士の一人。 国大塚に住むが、家を腹違いの姉亀篠国大塚の村長となり、村雨丸を番作か ・荘助 ( 額蔵 ) 大川荘助義任。伊豆 むらさめ かんれ、 挙っいやっさだまさ はまじ いかわえじのりとう 夫妻に奪われ、塚氏を名乗る。村雨ら奪おうとし、更に養女の浜路を陣代北条の荘官大川衛一一則任の子。父没後・扇谷定正管鑈。練馬・豊島氏らを , ゅうてき ひみ , ゅうろく るろうひきろく カ′、ぞ・つ 丸を信乃に託して自害する。四十五歳。簸上宮六にとりなそうとして失敗、亀母と流浪し蟇六の下男となり額蔵と呼亡ばし、八大士に仇敵とわらわれる。 どうせつ じ《だいひみ , ゅうろく ・手心塚番作の妻。信乃の母。結篠とともに殺される。 ばれた。信乃をかばい陣代簸上宮六を鈴が森の戦に敗れ、道節に追われて兜 いのたぞうなおひて あしか力なりうじ えいじゅまる 城方の井丹三直秀の娘。母の命に換え・足利成氏持氏の子、幼名永寿丸。切って捕えられるが、信乃ら三大士にを射落される。 さ - うえのかみし て信乃の息災を願掛け、病を得て九歳滸我御所と称せられる。左兵衛督。信刑場から救われる。八大士の一人。 げ人きちあしかがなりうじ きんじゅう 学「をいやっさだまさ あばしさもじろう の百姓糠助の子。幼名玄吉。足利成氏 ・網乾左母ニ郎元扇谷定正の近習。 ' べえ ひきろく おおっか 浪人して大塚に住む。蟇六の頼みで神の家来大飼見兵衛に養われる。初め見 ばち ほ . つりゆ、つか / 、 むらさめまる 八、後に現八。芳流閣上で信乃召取り 弋川荘義任宮河原で信乃の村雨丸をすりかえるが ・しゃ′、まく ゅ・つ力い 自分が奪い、更に沢路を誘拐し、寂寞の為闘って一緒に墜落する。八大士の はお どうじんけんのゆう いぬやまどうせつ 一人「右の頬先にあざがある。 道人肩柳 ( 大山道節 ) に殺される。 しもうさ、にかっしカ・ ~ ・うとく ・簸ど郁六塚の城主大行廰衛の翠・古那屋文吾兵衛下総国葛飾行徳の じんよみつひろ ひみじゃだゅうせいれはまじ 宿屋の主人。元は神余光弘の臣那古七 代。簸上蛇太夫の倅。浜路に恋慕した ろう さもじろう が、左母二郎に奪われ、額蔵 ( 大川荘郎の弟。小文吾・沼藺の父。流れ着い けばち た信乃と見八を救ってかくまう。 助 ) に主人の敵として討たれる。 こぶんごやりよりぶんごべえ はまじ ぬるてごばいじ ひがみきゅうろく ・小文吾大小文吾悌順。文吾兵衛 ・軍木五倍ニ簸上宮六の下役。浜路 こ・フしんづか , ゅうろく を宮六に取持つが、庚申塚で信乃・現の倅。見八と乳兄弟。身長五尺九寸、 ばち 腕力に秀れる。大猪を拳で倒し、越後 八に殺される。 1 第 ・ぬづかばんさく を一 きんれん ・物・つ・フド ) むらさめまる 第 ばんさく じんだい むさし むら むらさめまる いぬかわそう いぬ力い ろう むらさめまる いのしし わりま れづかしのもりごか 弋塚信乃戍挙 164
ざんげ ねカ・すけ きゅうする′工をさなこ つ糠助が懺悔物語窮客稚児を抱きて身を投 んとす糠助は信乃を呼ぶと遺言めいた話を したそれは以前糠助が川に身を投げようと した時呼びとめられた人にゆすった子のこ とであったその子の顔には痣があるという なげ いおはち 宮六と菴八 あざ たが、去年なくなった妻にも息子のことは申しませんで した。がいつもつつがなく育ってくれよと祈りつづけた ことに変わりはございません。きくところによると、策 かんれい 倉どのは、両管領と不和になり、鎌倉から古河に移らせ 給い、近ごろはさらに千葉の城におわすとか。それなら げんきち ばわが子玄吉も、養父も、古河か千葉におるかもしれま せぬ。信乃さま、もし古河殿のところへ参られる折があ げんきちしさっそく ったら、玄吉の消息をきいていただきとうございます。 もう十八年もたって、親子でも顔におばえないでしよう げんきち あざ が、玄吉は生れながら右の頬先に、牡の花の形の痣が ございます。またお七夜の祝いに、わしの釣った鰤に 丁を入れたところ、魚の腹に玉があって、それには『信』 ほぞ という文字がついていました。これを臍の緒と一しょに 守り袋に入れて、首に結わえておきました。きっと、ま だもっていることと存じます。役にもたたぬことを申上 げました。 信乃さまのお顔を見たら、気持もさつばりし ましたが、 これは死ぬときが近づいた印でしよう」 とひとしきり一候をこばした。 ゆいごん ぬかすけ その夜、額蔵にだけ糠助の遺言のことを打明けると、 げんきち 額蔵もびつくり、「その玄吉とやらも、わたしたちの仲 間にちがいない。すぐにも会いたいものですな」とささ やきあった。 ぬかすけ その夜明けに糠助は死んだ。 ぬかすけ かんれいおうぎがやっさだまさ さて、その糠助のなくなった空家を、管領扇谷定正に あーしさもじろう 仕えていたが、 失敗があって追出された網乾左母一一郎と びもく ろうにん いう若い浪人が買って入った。色白で眉目のひいでた色 男であるうえ、書道もたくみ、遊芸ときたら、小歌、 ほお じんだい ひがみじゃだゅう おおいしっえのじよう さてこのころ城主大石兵衛尉の陣代簸上蛇太夫という っ ひがみきつろく ものがなくなって、その長男簸上宮六がその跡を嗣いだ 、さかわいおまち るてごいじ から、下役軍木五二・卒川菴飛ら多数の家来を引連れ ひきろく て、領内を巡視したが、その夜は大塚村長蟇六の家に宿 , 旧した。 ひきろく ばんごん 蟇六は、前々から準備万端怠りなく、盛大な宴会をも かめざさ あばしさもじろう よおして歓迎すれば、亀篠も、網乾左母二郎を呼んで歌 よ↓・じ とはやしでもてなす。娘自慢はくせだから、浜路にはこ うすぎぬ とさら、はでやかな薄衣を着せて宴席にはべらせ、お酌 をさせたり、墟紫を弾かせたりした。 はまじ 浜路は、見もしらぬ人々になれなれしく言葉をかけら さもじろう れ、左母二郎のようないやな男と並んで、琴を弾いたら、 信乃さまは何と思われるだろうと、気が進まないけれど、 かな じんだいひ 親のいうままに、わすか一曲だけ奏でたところ、陣代簸 がみきフろく すいがん 上宮六は、とろけそうな酔眼を細くして、路を見つめ おうぎ て、扇を短くにぎって、拍子を合わせ、鼻の下を長くし よだれ て、涎の流れるのにも気がっかない 「酒もうまいし、料理もうまいか、まだ最高とはいえん。 、ぬづかばんさく づつみひとよぎり 鼓、一節切と何でもこなす。塚番作がなくなって、村 に手習いの師匠がいなかったから、子供を集めて手習い を教え、女の子には歌や踊りを教えた。あちこちの娘や うわさ かめざさ 後家と浮いた噂も少くなかった。亀篠にも巧みに取り入 っていた。 柱雨丸の行方 さめまる おおっか