大塚信と耒工作の娘浜路信乃は荒芽山から 四年後甲斐国に入り薺素四節に鉄砲で撃た とうり・う よろぎ れた縁で四六城木工作の家に逗留したある夜 まるつかやま 円塚山で死んだ浜路の霊がのり移った木工作の 娘の浜路は部屋にきて信乃をかきくどいた カ・いのくに いぬづかしのもりたカ 大塚信乃戍孝は、荒芽山の災難に他の四大士と別れて しなのじ から、信濃路から越後・陸奥・出羽までめぐり歩いたか 四年目の十一月の末、甲斐国に入った。甲麥の山中で武 あわゆきなしろう こまのこおりさるいし 田家の臣泡雪奈四郎を懲らしたのが縁で、巨摩郡猿石村 よろぎむ くさく とうりゅう の村長四六城木工作の家に逗留することになった。木工 なびき 作の後妻夏引もなかなかの美人だったが、十六になる一 人娘の浜路も初花のようにういういしく美しい少女らし さく はまじ 一一人目の浜路 ・えちご あらめ むってわ いしべきんきち かった。らしかったというのは、石部金吉の信乃は娘の 顔をあえて見なかったからである。ところが或夜『太平 ちゅうなごんふじふさ とんせ じゅすい 記』をひもといて、中納言藤房の遁世を悲しんで入水し さえもんのつばねおうし えんやたかさた た左衛門局や横死をとげた塩谷高貞夫妻のくだりに目を かん 通していると、亡き浜路のことが忍ばれて、巻をとじ思 ためいき わす溜息をついたとき、背後から足音もせす近づくもの 力いる 「どなた ? ・」 「浜路です」 しの 信乃はおどろいて「浜路という名は耳にしていたか 122
第朝第き澣早・ , 豊に o 応仁の昔がたり三歳の息女鷲に捕らるる ところ木工作が信乃に語るには浜路は実 の娘ではなく以前大鷲を射ったとき近くで 泣いていた子を拾い育てたのが浜路だという 泡蕾素四節甲斐国の武田家の家臣 はまじ この家のお嬢さんではないか。こんな夜中に何しに来ら れた ? 」 え」と女は首をふった、「わたしはここの娘ですが、 ちぎ 今夜はここの娘ではございませぬ。あなたと二世の契り をかわした浜路をお忘れになったのですか ? 」 あや 「何といわれる」と信乃はますます屋しんで、「たしかに 、なずけ 古にいたとき、許婚の名も浜路と申したが、その女が なくなってから、はや四年。わけがわからん」 そういう顔を女はじっと見つめて「わたくしは四年前の さもじろ・フ 夏、あの左母二郎に殺されて円塚山の火定の穴に葬むら は↓・じ れた浜路です。骨も砕けて土となりましたが、魂魄は っとあなたにまつわりついていました。ただ魂だけでは どうにもならなかったけれど、この家の娘は名がわたく しと同しだけでなく、顔かたちもわたくしに生き写し。 しさっ力い あなたがわたくしのために生涯妻をめとらぬと誓いたも かたじけ 、った心のありがたさ、忝なさ、、つれしさ。それほどわた くしをお亡 5 れにならないのなら、ここの娘をわたくしと ちぎ 思うて、今ここで夫婦の契りを結び給え」 よふ とかきくどく。が乃がかたくなに「男女が夜更けに二 あや 人だけで話していたら、怪しまれる。早く向うへ行き給 え」といえば、女はよよと泣いて「どうしてそんなにお 嫌いなさる。あなたの身は霊玉に守られていますから、 これ以上おそばに近よれませぬけれど、それにしても帰 は , 、じよ・つ れとはむごいお言葉。あまりとはいえ薄情な」と綿々と 恨みをのべてやめない。 さすがの信乃も心をゆすぶられた折しも、境の襖をば っとひらいて「いたすらものがいたぞよ。みんな起きょ - - ようばうなびき 起きよ」と呼ばわるのは、この家の女房夏引だった。 はまじ 一同がかけつけると、 ) 浜路は、はっと目をさまして、 美しい女があらわれて自分の体にはりついたことまで覚 まど、つしてこんなと えているがそれから後のことは、い ころにいる力とい、つことも、わからぬとい、つ。そこで一一一一口 くさく は↓・じ 乃が亡き浜路のことを話すと、木工作は、しつは娘浜路 ころ こず・え は、自分の子ではなく大鷲を躰殺したとき近くの木末で おおわし まるつか 125
ひきろく ひきろくはまじ 0 自殺を示して暮六浜路を賺す蟇六は信乃 きうろく をうまく遠ざけたので浜路と宮六の縁談を すすめようとしたが浜路は信乃の離縁状が なければルじられないという困った暮六は 切腹するとおどしてやっと浜路を説きふせた ばか はまじ 浜路危難に陥ちる かめざさ わくび 額蔵は、信乃の寝首をかいてくれと亀篠から大塚家伝 きりいちもんじ 来の名刀桐一文字を貸与されて、信乃のお供をして古河 に出かけた かめざさ ひきろく 明方近くまで寝物語にふけっていた蟇六、亀篠は、朝 おそく起きると、「額蔵が仕損じて返り討になっても、 かの一刀は偽物だから、古河のお城で信乃のやっ、縛り 首になろう。よもや生きてもどることはあるまい。やれ やれ安心安心」とひそひそよろこびあっているところへ、 るてごばいじ ひきろく さいそく午 またもや軍木五倍二が縁談の催促に訪れた。蟇六はにこ あいっ にこ顔で迎えて挨拶していうには、 はまじ 「信乃はうまく遠ざけましたぞ。ただ浜路の方が今朝か ら何も咽喉にとおらす、寝込んでおりまして」 じんだい 「風邪でも引いたんじやろう。陣代どののところへまい れば手落ちなく医療看病してくださるはすじゃ。うらな ってみたところ、明日は黄道吉日。よって明日の夜は、 じんだい よめご 陣代どのご自身、婿入りをかねて当家に嫁御を迎えに参 られる手はず。もし明日の夜、故障が起ったなどと申し なこうどうけたーわ せっしゃ たら、貴殿一家のみならす、仲人を承った拙者も腹を切 るよりほかはない。わかっておるじやろうな」 「万事ぬかりなく。浜路を説き伏せてみせまする」 かめざさ と亀篠はその場を立ち、奧の部屋で、ばんやり悲しみに はまじ 沈んでいる浜路のそばによって、 よまじ 「保路、起きておいでか。顔色がよくないが、何でも食 べたいものをいってごらん。いつもたしなまぬお酒もこ 0 にせもの じ おおっか ういうときにはよい薬になるかもしれないねえ。そなた じんめんじゃっ は信乃のことをまだ田 5 っているらしいが、信乃は人面獣 しん かにわがわ 心の大悪党。昨日も神宮川の漁船の上からひそかに大恩 てとびこみ、 ある伯父さまを突き落したうえ、自分も続い 押し沈めよ、つとしたけれど、船頭の助けで、伯父さまは ごぶしでしたよ。それで大塚村にはいたたまれす、古河 に参るといつわって、じつは夜逃げしたのさ。そんな虎 おかみ 狼よりおそろしい男はさつばり田 5 いきっておしまい。そ のかわり、あの畜生より百倍もの色男に嫁入らしてあげ じんだいひがみきゅうろく よう。そのかたとはいっかお宿した陣代簸上宮六どのし ゃ。信乃が夜逃げした以上、ことわり切れす、お父さま えんだん もこの縁談を承諾なさったしの、つ」 よ↓・ド ) 「まあ、田 5 いがけぬお話」と浜路はきっとしていった、 っしょに育ちましたが、 「信乃さまとは十年近くい な悪心のあるかたではございませぬ。もしそういう悪人 としても、わたしたちょ ) ) ( ししなずけ、わたしは信乃の妻 でございます。妻は夫に従うもの。信乃さまのお手ずか おお ら離縁状をいただかぬかぎり、親の仰せでも従うわけに はまいりませぬ」 かめざさ 亀篠が理につまってむにやむにやつぶやいていると、 ひきろく 外で立聞きしていた蟇六がっと入ってきて、 かめ・ささ はまじ 「亀篠、何もいうな。のう浜路、おまえの貞操のかたい のをいまきいて、こんな欲深げに見える縁談を承諾した 親のわしらの方が恥かしい。 しかしわかってくれ、欲か じんだい ら結んだ縁談ではない。陣代どののたってのお望みをこ 、こっ とわったら、一家無事ではすむまいと、粗忽にも婚礼の は↓・じ 品々を受けとってしまったのじゃ。もうよい、浜路の田 5 おおっか
戦四 ! ~ 夜ヤ ありがたたみた 灰となって消えうせた。人々はこれを見て有難涙をとど ねんぶつ めあえす、一せいに念仏の合唱がおこった。が、入相の の音がひびけば、めいめい自分の家路を目ざして四方 はのお に分れ散って、あとにのこるのは穴の中で時々小さな燿 おきび をあげる燠火だけごっこ。 ちょうちん やがて夜中すぎた闇の中を月ではなくて小さな提燈を 脇窓に結わい下げた骼籠につきそう一団が円塚山の麓 は - まじ あ - ばしさ - もじろ - フ に急ぎ足であらわれた。浜路をさらった網乾左母二郎と 雇い籠だった。 駕籠かきたちはこのさびしい場所で駕籠をおろして、 「おい、両刀さした人さらい このきれいな姉ちゃんは ちょっだい ろよ - フ こちとらが頂戴してやるぜ。ついでに腰なる路用の金と さもじろ - フ 着ぐるみ脱いで消えうせろ」と、両方から左母二郎にお さもじろ - フ そいかかる。が左母二郎は名刀村雨を振ってたちまち二 ひきろく 人のごろ・つきを斬り殺した。ところへ、蟇六から出され おって た追手の一人に追いっかれた。今度は苦戦したが、やっ むらさめ と斬り倒した。村雨は血のりを拭わなくても、から噴 きだす水分によってきれいなものだった。左母二郎は今 きりあ の斬合いで負った腕の浅い傷をくくりとめると、まさに 消えようとした坑の火に、残っていた柴を投げ入れれば、 ちドや ッと燃え上り、風のまにまにあちこちの茅萱に飛 び移って、真昼のように明るくなった。 さ - もじろう は↓・ド ) 左母二郎は、駕籠の中から浜路を引き出して、紐を解 かにわがわひきろく 一一一一口乃 き放し、さめざめと泣き沈む娘に、神宮川で蟇六がイ てきし むらさめ を溺死させようとした一件、村雨をすりかえて自分のも むらさめむろまち けんじよう のにしたことを語り、「この村雨を室町将軍に献上すれ ば、立身出世はまちがいない。あんたも信乃のことをあ むらさめふる さもじろう ひも いりあ、
」オ 1 はまじ いぬやまただとも けりゆう 浜路と大山忠与浜路を介抱した肩柳 は腹違いの兄で大山道松忠与だった 父の仇を討っための軍用費を集める火 疋だったという浜路は兄に村雨丸を 信乃に返すようにたのんで死んでいく むらさめまる としまひらっカ いけぶ・え 臣が豊島・平塚の一族もろとも、池袋で戦死されたとき、 ろ・フし」 - フ 、ぬやまさだともにつどうどうさくう・し わが父大山貞与入道道策大人も、一族郎党ことごとく死 出ののお供をり、練の舖も焼討ちされて、生残 るものは一人もいなし : ただおれ一人、戦場を切りぬけ おうぎ て、かねてひそかに習いおばえた火遁の術の奧儀を利用 し、君父の領扇たちを討とうと、火定によ「 て愚民をたぶらかし、軍用金を集めてまいった。だカ 豸・じやすがた っ詐欺的行為は今日をもって打切ろうと、行者姿 そん かとん を元の姿に改めているとき、悪党どもが入乱れて決闘し だした。そして一人の曲者が美女をかどわかしてきて、お てきず のれの色欲に従わないのを怒って、ついに女子に手傷を 負わせた。そのあと、二人の会話を盗みきいたところ、 ひきろく おおっか 浜路というのは今 女子は大塚の村長蟇六の養女という。 むつき の名だろう。おれには腹違いの妹があって、幼名を正月 ったが、妹が二つ、おれが六つのころ、然るべき深 ひきろく としまごおりおおっか いわけがあって、豊島郡大塚の村長蟇六とかいうものに、 くせもの
ひカ : みき 0 うろく きゅうろく 簸上宮六新陣代となった宮六は領内の巡視 ひきろく をすると蟇六の家に泊った宴会の席で一目 はまじ 見た浜路に宮六は惚れ込んでしまった縁談 ぬるてごばいじ のまとめ役をかってでた下役の軍木五倍ニは ひきてもの さっそく引手物を蟇六の家に持ち込んできた げんひんそうず ただ娘御の一曲だけは、妙中の妙。玄賓僧都もこれを聴 だらく いたら、堕落するぞ。ああすげえ音楽しゃ。ああ今の琴 はおもしろかった」 と、だみ声を合せて、唸りだす。 は - まじ 腹立たしく、ごたごたにまぎれて、 浜路は、恥かしく、 さもじろう そっと姿を消してしまった。後は左母二郎が、おべんち やらと軽薄を尽くして座をもたした。 さもじろう ひきろく 左母一一郎は、蟇六の家に出入りして浜路を一目見てか ら思いを焦がし、何かと声をかけても手答えがないので、 ままじ 恋文をつけたが、保路は手にもふれす、叱りつけて、そ さもじろう の後左母二郎がくるたびに、別の室に入って顔を見せな くなっこ。 かめざさ ところが母の亀篠は、左母二郎がなかなかの美男で、 鎌倉に仕えていたころは五百貫の禄をもらっていたの、 ほうば きんじつがしら め、傍輩た 近習頭で殿のお覚えがあまりめでたかったた さもじろ・フ は・まじ ざんげん ちに讒言されてお暇を賜ったが、もともと殿の本意では ないから、近々、召返すという御内意があったなどと自 さ一もじろ - フ 慢するのを半ば真にうけて、信乃を左母二郎に乗りかえ させた方がよいのではないかと、しきりに家に招いた。 かめざさ ひきらく 媚びへつらうことがうまいので、亀篠だけでなく、蟇六 にもこの上なく気に入られていた。 はまじ じんだいひがみきつろく ところで陣代簸上宮六は、浜路を見そめてから、恋の はのお 燿に身を焼かれ、寝ては夢、起きてはうつつ、呆けたよ ぬるてごばいじ うにすごしていた。 下役の軍木五倍二は、 よ - まじ ひきろく 「だいぶいかれましたなあ。お相手は蟇六の娘、沢路と やらでございましよ、つが」 ずばし 「図星じゃ カ相手は一人娘で、きまった婿があると かむすかしそ、つでなあ」 ひきろく 「それは遠慮のしすぎというもの。蟇六は輩下の村長。 、いな亠ー - け 任免はあなたの思うがまま。許婚があろうとも、あなた の話をもってゆけば、たちまち前の話を取消して、こち らのいうがままでさあ。拙者が縁談をまとめて見せまし よ、つ力」 きつろく そこで宮六は大いによろこんで「よろしくたのむぞ」 げなん と、次の日、たくさんの贈りものを七、八人の下男にか ぬるてごばいじ ひきろく つがせ、軍木五倍二をお仲人として、蟇六の屋敷につか わした。 ひきろく かめざさ 蟇六は五倍二の申込みをきくと、亀篠と相談して返事 をした。 は↓ - じ ひがみ 「簸上さまが浜路をめとりたいとの仰せ、親子にとって 身にあまる幸せでございますが、オオ こご一つ面倒なことか いぬづかしの ございまして : : : 妻の甥大塚信乃と申すものを、浜路の 0 ヾ、、 せっしゃ おお まね
を赱 しかし妻や子 いどおりに、おことわり申上げるかよい が殺されるのを見るよりさきにこの皺腹を掻き切る方が なむあみだぶつ よい。南無阿弥陀仏 と唱えもあえす、刀をきらりと抜いて、腹に突き立てよ かめざさ うとする。亀篠が「まあ」と叫んで肘にすがりつけば、 はまじ 浜路もあわてまどって、 「おりはごもっとも。ますこの刃を放したまえ」とい ひきろく うけれど、蟇六は「いや放さぬ。殺せ殺せ」とわめきく よまじ かめざさ るうのを亀篠がやっと抱きすくめて、「沢路や、親を殺 すも、殺さぬもおまえの心一つ。とめるだけが孝行か。ま は - まじ どろっこし、 し」と叱りつけられて、浜路は涙をふり払い かめざさ おお ながら、「仰せに従います」といえば、亀篠は、 「おお、よくわかってくれた。あなたも刃を納めてくだ され」 ひきろく 蟇六は拳をゆるめて「それなら浜路は聞きわけてくれ たんだな。もしうそならわしは今死ぬぞ。後で考えを改 めるなら、とめすに殺してくれ」 と念を押す。 ま・まじ 保路は「仰せのとおりにいたします」と答えて、床に うつ伏してしまった。 あばしさ一もじろ - フ 一方、網乾左母一一郎は、その日、村長の屋敷の方で、 煤掃きのようなにぎやかなひびきをきいて、通りかか た背介にたずねたところ、「今宵婿入りで、大掃除のさ たす いちゅう。お勝手も大混雑、わしも膾の材料に大根を抜 いてきたところでさあ。先生も長年のおっきあい甲斐に、 手助けに来てくだされ」とし う返事。「花婿は信乃さま ではなく、陣代の簸上さまでございます」 すすは せすけ こぶし じ・れだい ひがみ しわばら ひじ ゃいばおさ はない 1 ・ )
さてた田小文吾悌順は、墨田川べりで別れた大坂毛野 みやけじま を探して伊豆の三宅島から堺・奈良まで歩いたあげく、 すもう えちごのくにかりはのこおりおぢや オこのあたりは角力が盛ん 越後国刈羽郡小千谷に入っこ。 だったから、小文吾の逞しい体格を見て惚れこまぬもの いなかすもう はなかったが、中でも田舎角力の大関で宿屋をいとなむ かめいしやじたんた 亀石屋次団太は小文吾と意気投合。この地方の名物であ し」・つ」ゅ・つ る闘牛見物をすすめた。 小文吾も、闘牛見物は生れてはしめてである。亭主次 おぢや 、、くろ - フ 団太の一の子分である磯九郎というものの案内で、小千谷 しなの の町から信濃川を舟で渡り、さらに山をいくつも越えて じゅ・つむら 二十村の闘牛場に着いたときはすでに、見物人でいつば いになっていた。まもなく闘牛が開始されて、幾番かの 」て媼内 勝負が進む。負けて逃げる牛があれば、多数の牛力士が 追っかけて、両方の角をにぎり、牛の前足に自分の足を 一宅内 : 泣いていた子供を拾ってきたのだと打明けた。 むくさく なびきあわゆきなしろう ふぎみつつう 木工作の妻夏引と泡雪奈四郎とは不義密通を重ねてい しのおとしい じゃま たので、邪魔になる浜路を追い出し、信乃を陥れようと さわ しげついん いぬやまどうせつ はかったが、大山道節に救われて、甲斐国石禾の指月院 いぬカわ あまざきてるふみ じゅうしよく にゆくと、この寺の住職は、大法師で、蛋崎照文、大川 要 : っすけ 、大法師の話によると、浜路は二 荘助もこの寺にいオ こくしゆさとみよした・り 歳のとき大鷲にさらわれた安房の国守里見義成の娘浜路 あわのく - てるふみ 姫にちがいなかった。照文が姫を安房国に送ってゆき、 けんし 大士たちは仲間をさがすべくまた新しい旅に立った。 おおわし ちゅだい ちゅだい かさ 126
0 信乃の部屋ですすり泣く浜路信乃が古河 はまじ に出発する前夜浜路は信乃の部屋の前まで 来てすすり泣いた今宵こそ夫婦の交りをね がってきたという信乃は出世の妨げになる と冷たく言うと額蔵が出立を知らせにきた はまじ .2 浜路 ひきろく うえ、蟇六を小わきに抱えこみ、首をあげて見わたした ひき ところ、舟ははるかにおし流されている。仕方なく、蟇 六を右手で抱きかかえながら、左手だけを動かして岸に 泳ぎつい さ・もじろ・フ そのあいだに 左母二郎は、舟の流されてゆくのをさい めくぎ わきざしひきろく わいとして、信乃の脇差と蟇六の脇差の目釘を抜きとっ て、入れかえようと、一つひとっ抜き放ったところ、信 乃の刀の中ごろから、水気がたちまち立ちのばって、夏 あわだ ひざ そてたもと なお寒く、袖も袂も、膝までひんやりとして肌も粟立っ はかり。左母二郎もおどろいて、「これこそ、亡き鎌倉 ひきろく かんれいあしか力もちうじあそん 。蟇六のやっ、 管領足利持氏朝臣の宝刀村雨にちがいない ・目分の牽刀を信乃に与 ) えたといったのはまっかな - 嘘。 乃の親番伊が、春・両達から預か「たもので、 けんじよう おうぎがやっ むらさめまる 。これを旧主扇谷殿へ献上 村雨 , 凡なることまちかいない ささん すれば、帰参をゆるされるだろうし、人に売ったら、千 ちょうだい 金にはなるだろう。こちとらが頂戴しておくべえ」と、 ひきろく さや 自分の刀を蟇六の鞘におさめ、信乃の刀を自分の鞘に、 ひきろく 蟇六の刃を信乃の脇差の鞘におさめたら、うまいぐあい に、どれも同じ長さで、びったりおさまった。ちょうど どたろう そのとき、土太郎がやってきて、舟に飛び乗った。 」 4 み・ - フ てきし ひきろく 信乃は、蟇六と土太郎とが自分を溺死させようとたく らんだ芝居であることは見抜いたけれど、舟の中にいた さもじろうむらさめまる 左母二郎が村雨丸をすりかえようとは思いがけなかった。 舟が岸に着くと、自分の両刀を取って腰にさしただけで、 夜のことだから、刀を抜いても見なかった。 ひきろく が′、 : フ その晩、蟇六は古河までの従者として額蔵をつかわす ことにきめたと、信乃と額蔵をも呼んで、一ばいやった さもじろう し や むらさめ かめざさ のち、二人が引下がると、亀篠に今日の舟の一件をこま ごまと語って、村雨丸のすり換えがうまうまと成功した わきざし ことを祝った。念のために、脇差を抜いてみたところ、 さや すいてき 鞘から畳の上に水滴がしたたったので、「やつばり村雨 だ」と夫婦でよろこびあった。左母二郎が鞘の中に川の 水をそそぎ入れておいたことに気がっかなかった。 カたゆ・、 ふしど 信乃は臥床に入ったものの、来し方行く末を思えば、 なかなか寝つかれぬ。とろとろと伐い眠りに入ったかと おもったとき、ひそかな足音が近づいて、枕もとでとま る。すわ、と刀を引きよせ、はね起きて、「だれだ」と あんどん よまじ いって、行燈の光を向けて、よくよく見れば、沢路が蚊 や 帳のうしろに、声を立てすにすすり泣いている。 「保路、この夜中に何しに来たんだね」 し」カ は - まじ と咎めると、浜路は限めしげに・、涙をぬぐって頭をあげ、 「何しに来たとは、つれなさすぎます。あたしたちは、 一旦親の口から、許された夫婦ではございませんか。ふ つうのときならともかく、今宵限りの別れと、あなたの 方からおっしやってもよいのに、お出かけまでに捨て一言 葉一つかけてくださらぬとは、あんまりではございませ んか」 は - まじ まド と怨みつらみをのべる。浜路は、今夜こそ夫婦の交りを とねがってきたのだ。しかし信乃は、 「そなたの気持はよくわかっている。わたしの胸の中も そなたはよく存じているはす。古河はわすか十六里、三、 四日すればもどれるのだから、それまで待っておくれ」 はまじ 兵路は目をぬぐって、かきくどく、 「そうおっしやるのはうそなのです。一度ここを立ち去 むらさめまる さもド ) ろ・フ すえ むらさめ
、・、メのぢ、 , 4 《ノ のなろ →うの しきい ったら、二度とお帰りになるはすがございません。どう して一しょに駆落ちしようといってくださらないのです か。置き去りにされるよりは一田 5 いに殺してください 「何もかもよくわかっている。お互に、いさえ変わらなけ れば、やがて一しょになるときがくる。親たちが目をさ まさぬうちに自分の床にもどりなさい」 「あなたの室にこんな時刻に入った以上、覚唐をきめて ふたおや います。二親が何といおうとかまいません。ただ、 ょに寝ようと、あなたのご返事を聞かないでは、生きて 閾の外に出ませぬ。殺してください」 信乃はもてあまして、 「さりとは聞きわけがない。生きていればよい時も来よ うというもの。たまたま伯母夫婦の許しをえた出世の門 1 、さまた 出を妨げるなら、もうわが妻ではない、 前世からの敵」 は - まじ とたしなめれば、浜路はよよと泣きくすれて、 「今宵こそまことのめおとにと願っていたのに、それが あなたの出世の妨げというなら仕方ありませぬ。どうか 道中つつがなく、古河で出世遊ばされたら、風の便りに でもしらせてください この世で二度とお目にかかれぬ ような気がしてなりませぬ。しかし二人は夫婦です。お 、い変わりなさらないで」 とかきくどく。一一一一口乃もさすがにしょんばりして、ただ、つ なずくだけだった。 しトぐフじ 折から夜明を告げる鶏の声に、外から障子を軽くたた いて「鶏が鳴いたが、まだお目ざめではございませんか」 は - まレ と額蔵の声がする。瞼を泣き腫らした浜路はあわてて自 分の部屋に泣きにもどっていった。 にわとり