いつかく んぎよ ( カーれさ 0 金玉瓦礫はじめて判然一角は眼病の妙薬 か ( たろう ひなぎ には雛衣の胎内の子が必要だと角太郎に話す 途方にくれる角太郎を前に雛衣は父上のた めにと自分の胸を短刀で突けば血潮ととも に飛びでた霊玉が一角の胸の骨を打砕いた いつかく いのむらかくたろう いれかいげんばち 大飼現八と対峙する大村角太郎一角が倒れ ふなむし ると船虫と牙ニ郎は角太郎に斬りかかってき ー命危く見えた角太郎を救ったのは現八 であった継母と弟の倒されるのを見て驚き 怒った角太郎は前後もなく現八に斬りかかる 一夜の冒険を語り、逸東太の携えてきたマタタビの短刀 いっカ ~ 、 はマタタビ好きの山猫である一角が盗みとったことを指 摘したうえ、一角の亡から預「た古い短刀を角郎に 渡し、「早く止めを刺し給え」とすすめたが、角太郎は 「にしても親の顔をしているものの首を掻き切るわ けにはまいらぬ」と拒んだ。 ふぎみつつう その間に流るる血潮の中で雛衣は、不義密通のための いだったことがはっきりしたこと ではなく、玉のせ あんど に安堵し、また自分の死が夫のためになったことをよろ こびながら、息を引取った。 カじろう げんち そのとき牙一一郎はいきを吹き返して、現に手裏剣を 投げるとともに、よろめきながら刀を振るって襲いかか じんめんじゃっしん カ′、 4 ~ ろ - フ る。角太郎は、中に割って入り、「人面獣心とはきさま がじろ - フ のこと。父の伽の片われ、思い知れ」と牙二郎を切り倒 にせいっカく す。と、死んだと見えた贋一角、地ひびきするほど唸り やまねこ としふ ながら、身をおこせば、年古りた山猫のものすごい面に 変わる。ロは耳まで裂けて、手を鳴らし爪を張って、あ たりをにらみすえる。が角太郎現八はいささかもひ るます、ここかしこに追いつめる。大山猫はたけり狂っ て、窓の格子に爪をかけて逃げ出そうとするところを、 、、ろうちょう 角太郎が丁と腰骨を切りおとす。ごろりところがり倒れ のどもとつば る妖怪の咽喉元を鍔もとおれと刺し貫くと、さすがの怪 カたみ 獣もやっと息が絶えた。そこで角太郎が父の形見の短刀 で止めを刺せば、その傷口から「し ネ」の玉がころりと出 てきた。 しさフき ふなむし この大格闘のすきに正気をとりもどした船虫がそっと げんばち 消え去ったのに気がつく。現八が追いかけようとすると とど いっとうだ ひなぎぬ げんばち カ・、ナ しゆりけん 115
がじろういっとうだならん げ人ばちあかいわ 生じる 0 牙ニ郎逸東太で角太郎を詰現八は赤岩 道場に泊った夜逸東太や牙ニ郎に襲われた が鬼火に案内されて角太郎の家に匿まわれた 牙ニ郎らが角太郎にせまろうとした時一角 ふなむし と船虫が一家和合の祝をしようと入ってきた の ( 0 べ、 雛衣 ひなぎわ しばらくつづいたとき、一角は角太郎、雛衣を見かえって、 ひなぎぬ 「孝行したいと角太郎は申したが、 雛衣はどうしゃ。何 ごとなりと親のいうことにそむきはいたさぬか、それと もそむくかどちらじゃ 雛衣「仰せられるまでもございませぬ。どんなご無理 でも、わらわにできることなら、何なりといたしましょ 、つ。ど、つしてそむくことかありましよ、つや」 そむ いっカ / 、 ふなむし 一角「背かぬといった証人になってくれ、船虫・牙二 郎そこでしや、ものはためし、ほしいものがある。そ なた秘蔵のものしや」 カ′、たろ - フ 角太郎「一度出家しようと考えてから、金銀も宝もも たす、秘蔵のものはございませぬが」 一角「わしのほしいのはそんなものではない。 雛衣の 胎内にはや五か月秘蔵している子を出してもらいたい」 カ・、 4 ~ ろ・フ すると、 角太郎夫婦はあきれて顔を見合わせていた。 一角はきっとなって、 「このわけを説明いたすによってよくきいてくれ。わし は一昨夜、あやまって左の眼をいためたので、医師に診 せたところ、一人の名医が教えてくれたことは、眼の病 みさつやく には妙薬がある。百年間土の中に埋もれていたマタタビ いきぎも しんぞう の粉末と四月以上の胎児の生胆とその母の心臓の血とを とって練り合せて服用すれば、目玉も元通りに全央して 物か見えるようになると。マタタビの方はすでに手に入 れた。昨夜マタタビの粉だけのんでみたら、痛みはたち まち去った。他の二種類をまぜたら、必す眼が見えるよ うになろう。わが子の嫁に死んでくれとは、ひどい話オ カ・ ろう いっカ ~ 、 いっカ′、 ひなぎぬ おお カ・、ナ いっカ第、 カくたろうひなぎれ ひなぎぬ ふなむし 沿虫もそら一眠をぬぐって「どういう因果でこ、ついう 親 子となり嫁となったのか、かわいそうに」 カ′、・つ - フ ふなむし 角太郎が、それを拒むと、一角、船虫、牙二郎三人は 声をそろえて「親不孝もの、さっきの誓いを忘れたのか」 ひなぎね といきり立つ。角太郎が途ガにくれていると、雛衣は「い くしなしのうちの人に任せておいては時間がたつばかり。 がじろ - フ 母上、牙二郎さん、どうかわらわを殺して、父上の薬に 役立ててくだされ」 ふなむし といえば、船虫と牙二郎はそらぞらしく目をぬぐって、 「この孝行な嫁を、かわいそうで、刃にかけられようか。 ど、つしましよ、つ」 びしさっ 一角は微笑して「あつばれ、孝行もの。このマタタビ の短刀で自殺してくれよ。そうすれば嫁殺しといわれす にすむからの、つ」 カくたろう 短刀を受けとった雛衣が、さすがに、角太郎と別れか ねて、涙を流して見つめあっていると、一角が「早く早 カじろう ふなむし く」と促せば、船虫、牙二郎も「早く早く」とせき立て る。雛衣が握りもった刃の切先深く乳の下を突き立てれ ちしお ば、さっとほとばしる血潮とともに一粒の霊玉が、鉄砲 いっカ′、 すわ 玉のような勢いで、正面に坐っている一角の胸の骨をば しんと打礒く。一角はキャッと手足をつっ張って倒れる。 が・しろう ふなむし 「うちの人が殺されたよ」 船虫と牙二郎は驚きながらも、 たろうひなぎぬ あくぎやくふこう 「父上はなくなられたか。悪逆不孝の角太郎、雛衣とし じんめんじっしん めし合わせて、親を害する人面獣心、そこを動くな」と かいけん ふなむし カじろ - フ 刀を振りかざす牙二郎とともに船虫も畿剣を抜いて切り カくたろう かかる。角太郎は、刀の鞘で受け流しながら、「早まり 給うな。われわれ夫婦にどうして親を殺すつもりがあろ いっカ′、 ひなぎね いっカ・、 わ ~ ・つ・フ カじろ・フ ひなぎね ゃいばきっさき いっカ′、 いんが いっカ′、 がじろう 113
-5 みい」 豸イ / を / らパ " を イ石 あらわれ、一同に奧の模様を自慢たらたら、くわしく説 明した。これは十七年昔のことである。 カくたろう いっカ′、 一角にはなくなった妻の子角太郎という子があったが、 こ - フしんや - ま 一角が庚申山から無事帰還してから一年後に、後妻から くたろう いっカ′、 めじろう 牙二郎という子が生まれた。それ以来一角は角太郎を目 おじいぬむら の敵にしていじめはしめた。これを見た母方の伯父大村 氏が、うちは一人娘だから角太郎を養子にもらえないか いねむら と申入れると、一角はよろこんで長男を大村家にくれて ころう ぶんぶりよフどう やった。た郎は、文武両道の達人だった養父の教育に いぬむら よって若くして文武の奧義をきわめた。大村家では角太 むらかくす ころ - フ - まさのり げんぶく 郎が十八歳になったとき、元服させ、大村角太郎礼儀と ひなぎの 名乗らせて、娘雛衣と添わせた。二人は仲むつましく父 母に孝行を尽くしたけれど、養父母とも一、二年のうち に相次いでなくなった。 あかいわいっかく 一方赤岩一角の方は、後妻が頓死して、その後、妾を 抱えたけれど、どれも尻が落ちつかず幾人となく取りか ふなむし えたが、一昨年の秋ごろ、武蔵方面から流れてきた船虫 という妾だけはすいぶん気に入ったのだろう、まもなく あかいわ 本妻に直したほどである。角太郎夫婦がしばしば赤岩家 あんび に親の安否を訪ううちに、大村家に遺産がたくさんある ふなむし という噂を耳にした船虫は、夫にすすめて角太郎夫婦と カじろう 一しょに住むことにした。が一角も牙二郎も角太郎をば みおも ところが雛衣が身重になるや、 かにして相手にしない ふなむし いっカ′、 あや 船虫は義父一角どのと怪しいなどとふれまわったので、 角太郎はやむなく離縁状を渡して、雛衣と別れた。 「おらがこういう事情を知「とるのは」と店の爺さん あかいわ は話を結んだ、 「昔猟師のころ、赤岩どのが一番お得意 ろ・フ いっカ′、 かたき カ′、 4 ろ - フ めかけ っカく おうぎ むさし いぬむら いっカ′、 カくたろう たつじん とんし ひなぎね ひなぎぬ カ . 、ろ - フ めかけ 104
は東太ト げんばち ってくると、現八の寝床へ手をさし入れ、につこりわら って「まだ盈もりが残っています。遠くにはいっていな すみ いはす、植込みの隅にでも隠れていますよ」と呼ばわる。 あ力いわ 「わかりました」と、赤岩門人が走り出せば、庭に張り あさひも 渡した麻紐に足をとられて、ころりところぶところを現 ばち 八があらわれて、細首を打落す。 うてき むすこがじろう しかし贋一角の息子牙二郎を先頭に腕利きの連中に囲 あかいわ まれて危くなった。赤岩家を逃げ出したが、急に明け方 」かたまりおにび の天が曇って、路もわからぬ。と、突然一塊の鬼火が目 げん文ち の前に燃え出て、現を案内した先は、はかならぬ大村 げんばち 角太郎の小屋だった。現八のことを、い配していた角太郎 と雛衣夫婦が墸穴を戸槲に匿したところへ、牙一一郎、逸 東太らの追手がやってきて、家さがしをしようとした。 おって 角太郎が刀にかけてそれを拒めば、追手の一同も刀の柄 に手をかけ、まさに血を見ずにはすまなくなった折しも、 ちょ - つ、一し カド ) ろ・フ いっ来たのか二挺の輿、中から「待て牙二郎、東太、 あかいわ しばらく待て」と呼ばわりながらあらわれたのは、赤岩 ふなむし 一角と船虫。 「今までお互に誤解もあったが、今日こそ親子兄弟夫婦 さかャき 一家和合の時が来た、その祝の盃をしようと思ってのう」 つかく オ、「お輿の と一角は小屋に入るとうれしげに口を切っこ ひなぎぬ 中に酒の用意もしてある。雛衣、もってまいれ」 角太郎はよろこんで「うれしゅうございますなあ。何 よりも兄弟・夫婦打そろって親に孝行いたしとうございま とうだ いっカノ、 さかずき 「そうか、そうか。一献参ろう」と一角が角太郎に盃を 各」カ一もり・ やったのを手はじめに、一家五人の仲むつましげな酒盛が ころう カくたろう にせいっカく 、つこん いっカ′、 っし」・フド一 たろう いぬむら つか 112
ふなむしかんけい いぬかいげんばち 0 船虫奸計大村が閑居を訪ふ大飼現八は度 あかいわいつかく 申山で赤岩一角の亡魂から話を聞くと一角 いれむらかくたろう の子大村角太郎を訪ねた現八が角太郎も大 士の一人だと話していると船虫が離縁され ひなぎぬ た角太郎の嫁雛衣を駕龕に乗せて連れてくる 牙ニ郎 現穴はその明け方、赤岩一角のにに教えられた ぬむらかくナ わずま とおり、山路を辿って、大村角太郎が世を侘び住いの小 屋をおとすれて、大士を探しているときりだすや、 おおいぬ 郎の方も「昨夜一頭の巨大を抱いたら、自分も大になっ た夢を見てびつくり、目をさましました」とふしぎがる。 れました。がこのままでは雛衣も危い。どうか角太郎夫 婦を助けて、伽を討ってくだされ」 「なるほど、そうでしたか」とはうな「た、 「今の お話をうかがっていますと、御子息はふしぎな玉を所持 し、養父大村の姓をついでおられるから、われわれ大士 の一人、異姓の兄弟にちがいありません。あなたに頼ま しかの妖屋を滅ば れなくとも、死力を尽くして助け合 : さず・におきましよ、つや。たご、 見知らぬ他人のそれがし が、唯今のお話をしても、証拠がなくては、笑いものに されるだけでしよ、つ」 「証拠はとってありますわい」と一角はうなすいて、山 のどもと 猫の咽喉元を刺そうとして失敗したばろばろの短刀を取 かくたろう 出し「願わくば、角太郎がこの刀をもって仇の止めを刺 かくたろう してくれるように。とはいうものの角太郎はこの短刀を どくろ おばえておらず、疑うならば、わしの髑髏がここにござ カ′、ナ る。角太郎の血をこれに注いだら凝りかたまって、親子 どくろ たることがはっきり分るでござろう」と、髑髏を渡して、 梢え、っせた ろう 雛衣あわれ いむら ぎぬ ひなぎぬ いっカ第、 カくたろう ぬかわそうすけ いぬやま いづかしの げんよち 現穴は「それがしの義兄弟は大塚信乃、大川荘助、大山 いえしんべえ どうせつ 道節、丱小文吾、大江親兵衛、それがしと共に六名。 げんまち ぬさかけ 他にまだ二人いるはす ( 坂毛野のことを現はまだ知らない ) 。 貴兄はふしぎな玉をお持ちではござらぬか。その玉には、 はっきりと礼の字があらわれているでしようが」と問え ばまたおどろく角太郎 「どうしてそれをご存じか。その玉は、それがしが生ま しらやまごんげん れたころ、母が守り袋に入れておくために白山権現社頭 の小石を北陸へゆく旅商人に頼んだところ、もって来た のが石ではなくてその玉でした。この玉を水にひたして その水を飲めば病気はたちまち央癒したものです。がそ れがし以外の人にはきき目はないようです。それでもこ あかいわ の夏のはしめ、赤岩の屋敷に親兄弟と同居していたとき、 妻の雛衣がはげしい腹痛をおこしたので、あの玉をひた して水を飲ませようとしたところ、雛衣はあやまって水 「つ A 」 9 もに、 例の玉を飲んでしまって、その後玉は出て きません。それどころか、養父の死後三年間は忌中ゆえ、 ふしど ひなぎぬ 夫婦臥床を共にしていないのに、雛衣の腹が大きくなり にんしんちょうこう みつぶ 妊娠の徴候があらわれました。密婦の胤だろうと義母が やかましいので、かわいそうだが一応離縁いたしました。 お恥かしい次第です」 ひざ 二人が膝をましえて文を論し武を講して夢中になって あかいわ げなん わかだんな いる折から「若旦那、赤岩より母上のおいで ! 」と下男 の呼び声が表からひび く。「田 5 いがけぬ母上のおいでと げんばち は。向うでしばらく横になっていて下さい」と士ノし りの間にやって襖をしめ切った。 ふなむし 船虫は輿から出て、小屋の狭い庭に辻駕籠をかきこま ひなぎぬ ぶん ひなぎぬ 108
待「てくれ」ととめてもとまらぬ刀に、角太 郎は右手の肘に一寸ばかりかすり傷をうけて、一命危く しゆりけん かド ) ろ・フ 見えたとたん、戸棚の襖の間から打出す手裏剣に牙二郎 げんはち つらね は乳の下三寸、背中に出るまで貰かれて倒れる。と現八 ふなむし は戸を蹴とばして棚から飛びおりリ 、逃げようとする船虫 ひばち ふなむし をつかんで向うに投げとばせば、船虫は火鉢の角に肱を 打って灰まみれに倒れる。 「いらぬおせつかい致す 角太郎はこれを見て驚き怒り いかいげんよち な、大飼現。弟と継母を害して助かるつもりはない。 かたき 弟と継母の仇、勝負いたせ」と刀をきらりと引抜く。現 よち は角太郎の刃の下をかいくぐりながら、角太郎の右手 どくろ ちしお から流れる血潮に目をとめて、いそいでから髑髏を出 ちしお せば、それに滴る血翻は吸込まれるようにこびりつ げんばち これこそ何よりたしかな親子の証明。現八は田 5 わす声を りあげて、 いっカ / 、 きてん 「旦・まりへロ 糸うな、大村氏。打倒された一角は、貴殿の真 どくろ あかいわいっかくたけとお の父ではないぞ。この髑髏こそ、真の亡父赤岩一角武遠 殿の白骨。今まのあたり骨と血がひとつに凝りかたまっ たのは親子の証拠。ます怒りを刃とともにおさめてよく 聞きたまえ」 ゆたん 角太郎はあきれながらも油断せす、「どうもわからん。 それではあそこに倒れた父上を父上でないといわれるの 力」 れつじよ げんばち 見八は「そのとおり、たぐ ) し稀な孝子烈女も妖屋のた ひなぎぬ さいなん あぎむ めに欺かれて、うちかさなる災難。しかしついに雛衣ど れいぎよく のの自殺により、腹の中からあらわれたかの霊玉に贋一 ・ ) - フしんや↓・ 角が打倒されたのは天の与えた罰」と、庚申山における ろう ) 0 カくたろ・つ ころ・フ ひじ いぬむらうじ まれ ふところ 114
げんばち つ妖怪の眼に矢を射る現八現八は茶店の爺 さんのとめるのも聞かす弓矢を買うと庚申山 に向った岩屋の内で休んでいるとニ人の妖 裼を従えた妖怪が馬に乗って現われた現八 は木に登るや妖怪の眼をねらって矢を放った ーけ あかいわいっかく 赤岩一角 いて、弓を引きかためて、身がまえた。 あや がんくっ そのとき岩窟の中から「わしを屋しみ給うな、今夜思 糸、ったのでう いがけず胎内くぐりのそばでわしの仇を射 れしくてたまらす、すっとお待ち申していましたぞ」と 糸いかすれ声で呼びかける。勇気をふるいおこして入っ げんばち しんざんゅうこく た現八が「こんな深山幽谷にいるとは、何ものか」とな しり問、えば、 ふところ 「そちらへ坐って下され。あんたの懐には霊玉があるゆ え、触わられたくないんしゃ。おもてなしは何もできま よざむ せぬが、夜寒のきつい折から火にあたって下され」 はのお と折りたく柴の燃え上がる燿の光で、相手の男をよく見 れば、年のころは三十あまり、やせさらばえ、土のような 顔色、衣類はばろばろに朽ちて垂れさがっている。その 男はため息つきながら、次のように吾った。 「十七年も昔のことですが静かにきいてくだされ。さき ほどあんたが射落した妖怪は、この山の膃内くぐりのあ たりに椥んでいた山猫の僊ものです。あいつは数百歳の じんつうじざい 年功を経て、大きさは子牛のようで、神通自在、この山 し・んき どれい の山神、土地の神まで奴隷のように使役し、木の精や年 とった獣まで田、つままにこきっかっている。さきほどあ じゅれい じやフしゃ いつの乗った馬は樹齢千年になる老木の精、二人の従者 やまのかみ は山神と土地の神でした。ところでわしは生きた人間で あかいわ はござらぬ。恥かしながら、この山から遠からぬ赤岩村 おうし ごうしあ力いわいっかく・、けとお の郷士赤岩一角武遠と呼ばれた男の横死した恨みの魂が ここに留っていて、仮に姿をあらわしたのです。十七年 前の冬、自分の武芸をたのんで、石橋のところで諫める 門人たちと別れ、この近くの岩角まで来たとき、突風の やまのかみ かたき 音がして、砂ばこりを吹きつけ、思わす弓を投げ捨てて ゆだん がんくっ 顔を伏せ眼をおおった油断をうかがって、この岩窟から やまねこ あお 山猫がおどり出し、わしの後から背中に爪をかけて仰の の に引倒しました。わしは短刀でのしかかった猛獣の咽 かす 喉元を刺そうとしたが、手が狂って前足を掠めただけ、 のど そのひまに山猫めはわしの咽喉にくらいついてわしを殺 し、死骸を岩窟に引入れて、食い飽きるはど食らいおっ 次の日の夕方、あいつがわしの着物や太刀をつけて わしになりすまして出ていったのは、わしの後妻が美人 ばけねこ だったからでした。かわいそ、つに、後妻は化猫を夫と信 カじろ - フ し夜毎夜毎枕の数もかさなって、牙二郎という男の子を 産んだけれど、けだものに精を吸いとられてまもなくな にせいっかく くなりました。その後贋一角は妾を次々と買いかえたが、 どの女も精気を吸いとられて死ぬか、飽きて食い殺され ふなむし るかしたのです。ただ近ごろ入った船虫という女は、も よ・フカ まじわ ぶじそくさい ーけねこ ともと淫婦で、化猫と交っても無事息災、妖屋のお気に カくたろう 召しております。ただわが子の角太郎は幼い時代から親 ーけねこ 孝行で、化猫を親とばかり信して慕っていますのしゃ。 が化猫の方は牙一一郎が生まれてから角太郎を憎み、毎日 いしめ抜いたばかりか、ひそかに殺して肉を食らおうと したけれど、角太郎には身にそなわる霊玉があって、さ すがのあいつもどうすることもできませなんだ。しかし あかいわ この夏角太郎夫婦を赤岩村の自宅に呼びかえしながら、 ひなぎぬ 雛衣に濡れ衣を着せて追出し、ついでに角太郎まで追出 おうりよう してわしの遺産や田畑まで横領しおった。角太郎は世を いぬむら しゆっけ はかなんで出家しようとしたけれど、大村の里人があわ たろう れんで、ささやかな小屋をこしらえて角太郎をいれてく ぎぬ カじろ・フ カくたろう めかけ カくたろう カくたろう 107
をトゞ・ ルヾ・ : 当第 立村レ第導 、当誉を 当・まー せる。郎が「父上御持病の腰痛は出ませぬか」とた ふなむしびしさフ すねると、船虫は微笑して、 「持病は起りませんが、昨夜新入りの弟子たちに弓を教 えていたところ、しろうとの腕が狂って、柱を射た矢が 飛びかえって、お気の毒に、父上は左の眼にひどく傷を 負われましたぞ」 「それはたい、ん。傷のご様は ? 」 あさて 「あまり浅手ではなかったけれど、気の強いかたですか ら、自分の手でその矢を抜き捨て、傷を洗い、薬をつけ て、今朝までわらわにも知らせてくださらなかった。し かし今朝から肘掛けにもたれたまま、顔色もおよろしく ない。すいぶんお苦しいのだろうと、医師を三人呼んで 手当をうけたけれど、一こうききませぬ。苦しいときの 神だのみと、お宮詣りの帰り途、大村川のはとりで、そな なこうどひ↓つろくおじ たたちのお仲人氷六小父に呼びとめられました。何ぞと ひなぎぬ きけば、雛衣が川に・身を投げよ、つとしていたのを抱きと ひなぎぬ たいといって めたそうしゃ。ごゞ オカ雛衣はどうしても死に ひょっろくおじ きかぬゆえ、氷六小父はわらわの宮詣りの帰りを待ちか カくたろう まえて、加勢してくれとのたっての頼み。のう角太郎ど ひなぎ の、ちとの言葉のまちがいから、離縁された雛衣のあわ あし れさ、痛わしさ。よきも悪きも、わらわにめでて、雛衣 を受け納めてはくれまいか。父上の方はきげんのよい折 を見はからって、わびて差上げるゆえ」 うれ つじか 辻駕籠を開ければ、憂いでおとろえ、まぶたを泣き腫 カくたろうひなぎれ ひなぎぬ らした雛衣があらわれる。角太郎、雛衣の二人を並びす わらせて、「ああ、これでよい。めでたい、めでたい。 ふなむし 二人とも仲よくおしや」といって、船虫は引揚げていっ ころう ひじか いぬむら ひなぎぬ 109
こみやまいっとうだよりつら 轅蓮往して短刀をうしなふ籠山逸東太縁連 なかげはる あかいわいつかく みようだい は赤岩一角の道場で名代となり長尾景春に仕 えていた縁連は井戸の中で発見されたマタ タビの短刀の鑑定を一角にたのみにきたが 箱を開けると白い煙が出ただけで中身はない 0 ををて現八よくを。ぐ美飼現八は 武者修業だといって酒宴の最中だった赤岩道 場を訪れた師範代の轅蓮をはじめ五人の弟 子と試合をして現八は皆に勝ったので赤岩 一角は大いにほめ一晩泊まっていけとさそう いかいげんよち 角太郎が隣りで聴いていた大飼現を呼んで、雛衣に 紹介すると、鍬第よ「どうもくさい何かの下心がある あかいわ にちがいない。赤岩へいって、様子をさぐってみましょ う」と、引きとめる角太郎夫婦の手を振りきって、単身、 お・ツさをま当ミ一 3 ~ ひなぎ あかいわ 赤岩村へ赴い あかいわ にせいっカく ぶげいしなん 赤岩の贋一角はすっと武芸指南をしていた。ちょうど その日、身長五尺八、九寸もある堂々たる武士が従者五、 あかいわやしきとず 六人を連れて赤岩屋敷を訪れた。この男こそ、十七、八年 わらおおとたねのり むかし、主の命令といつわって粟飯原首胤度主従を惨殺 おざさおちば のらしやま したものの、名笛嵐山と小篠・落葉の両刀を盗賊に奪いと しんたい いしはま ちくてん こみやまいっとう られたため進退きわまって石浜城から逐電した籠山逸東 あ力いわいっカく だよりつら 太縁連その人であった。かれはってを求めて赤岩一角の みよっだい 道場に入り、腕をあげて一角の名代とてあちこちの稽古 よけん カ - まく・りやまのうも・ ないかんれいながおはんがんかげ に派遣されているうち、鎌倉山内家の内管領長尾判官景 えちご あかいわ 春が越後・上野を征服して独立しようとしたとき、赤岩 っとう 一角を招いたけれど、一角は辞退して自分の代りに遭東 なカおかげはる じようしやっしら 太を推薦したのであった。近ごろ長尾景春は上州白井の またたび さづか ふしん 城を普請して井戸を掘る途中、木天蓼の木柄で鞘も木天 かんてい あかいわ ひとふり 蓼製の一口の短刀を発見した。刀の鑑定で知られた赤岩 むらさめまる いっカ・、 一角のところへ、ひょっとしたら村雨丸ではないか、見 いっとうだよりつらあかいわやしきおとず てもらえとの命令で、逸東太縁連は赤岩屋敷を訪れたの である。 「マタタビの柄との短刀とはめすらし い」と、逸東太 ぐろう 「が愚老が、前から聞き の説明を聴いた一角は答えた、 むらさめまる むらさめまる 伝えた村雨丸とはちがうようしゃ。村雨丸なら、打振る ごとに切先から水気が飛び散るという。あいにく今日は 片眼しか見えないが、日の暮れぬうちに拝見しましよう。 蓋をひらいて見せてくだされ」 ひも いっとうだ 逸東太が二重粨の紐をとくや、中から白い薄煙が立の なび ばって、ちらちらと一角の方へ靡いて消えうせた。が逸 あ・し」カた とうだ 東太は気がっかす、中を見たら、袋だけで短刀は跡形も いっカ′、 だすいせん きっさき おもむ ・ ) - フず、け つか いっカ′、 いっカ′、 い、つカ′、 いっカ′、 いっとうだ 110
ふなむし こみやまいっとうだ つ船虫と酒を飲みかわす籠山逸東太角大郎 の家から逃げた船虫を捕えてきた逸東太は マタタビの短刀を返してもらい船虫を白井城 に連れていくことになったしかし宿で船虫 にまんまとだまされて短刀と金をぬすまれる こみやまいっとうたよりつら ふなむし ころへ、船虫を縛って籠山逸東太縁連があらわれて、今 までの罪を謝し、マタタビの短刀を返してもらいたいと いっとうだ 哀願した。二人は協議のけつか、マタタビ丸を逸東太に ふなむし 返し、船虫を白井城に引立てて向うで処分することを承 刃む あざ 角太郎の牡丹の花の痣は臀にあった。まぎれもなく大 ぬむらだいかくまさのり 士の一員。村大角礼儀と名を改め、家を整理して、大 かいげんばち 飼現八とともに、大士たちを探しに出立した。 ふなむし こみやまいっとうだしら ついでにいえば、籠山逸東太は白井城へ船虫を引いて ゆくことになったが、従者が足りぬので、宿につくごと しんしっ ふなむし やがて信州 に、船虫を自分の室の柱につないでおいた。 おのうえ くっカけ 沓掛の宿に泊った夜、ふけゆく秋の夜のこととて、峯上 のきば に妻恋う鹿の声、軒端をかよう秋風に心さびしく転々と ふなむし 寝返りをうっていると、枕辺につながれている船虫は逸 たろう しゃ ーたん いさらい こみやま 東太を呼びさまして、「もうし寵山さま、あなたとわら わはこの世では仇敵になりましたけれど、夜毎あなたの 寝顔をつくづく眺めるのが唯一つのたのしみ。と申すの おさななじみ は、わらわが武蔵におったとき、幼馴染でむつましかっ た夫にそっくりでございます。見れば見るはどよく似て っし」 - フ」 いらっしやる」といえば、逸東太「この古狐が何をいう ふなむし か」と答える。船虫はさめざめと泣いて「何とつれない おかた。わらわの願はこの旅のあいだ、そっとあなたを 夫と呼ばしていただくことだけでございます。それを許 さび していただけば、よし白井の城で刃の錆になっても恨み はございません。ましてあなたがこの一夜なりとも、ま じようぶつ ことの夫となって慰めて下さったら、殺されても成仏い 、つとうだ たしましよ、つに」とかきくどく。悗一 ~ 果・太 9 っここしば、らく ・フばざくらめしもりじよろ - フ おんなだ は女断ちで枕さびしいところ。この姥桜は飯盛女郎とち がって瘡気はなかろう、旅しゅうもてあそんでやろうと 助平心をおこして、女の縄をといて、くびれたところを ふしど 撫でさすり、その手をとって、臥床の中へ連れこめば、 ふなむし 船虫もにつこりわらってながし目を使、つ。枕元にある弁当 ふざん さけづっ と酒筒をかたみに飲みかっ食ったあげくは巫山の夢。烏 いっとうだ 尢を並べた の声に夢から覚めた逸東太、左右を見たが、本 ふなむし マタタビの短刀も主君よりいたたいた 船虫は見えない これでは白井城に帰ることができ 三十両の旅費もない なドおかげはるどの かんれいおうぎがやっさだまさこう ない。鎌倉の管領扇谷定正公は、わが主長尾景春殿に攻 むさし め落されて、今は武蔵は十子の城にいる。白井城の秘密 さだまさ を売れば、定正公よろこんで採用してくれるだろう。そ おうぎがやっさだ う考えると、向きを変えて五十子の城にいって、扇谷定 まさつか 正に仕えた。 とうだ ~ ) ころ あだかたき ふるぎつね からす 116