この国 - みる会図書館


検索対象: グラフィック版 竹取物語 伊勢物語
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1. グラフィック版 竹取物語 伊勢物語

7 のように黙っているわけにはゆかないと思って、いまう ち明けさせていただきます。わたくしの身は、人間世界 の人ではございません。月の都の人なのです。そうなの ですが、昔の約束 ( 因縁 ) ごとがあるということで、こ の世界にまいっておりました。 いまは、月の都へ帰らなければならない時になりまし たので、この月の十五日に、あのもとの月の国から、迎 えの人びとかまいることでしよ、つ。避けることがてきま せす、なんとしても行かなくてはならないものですから、 あなたさまがたの苦しくもお歎きくださるのが悲しくて、 この春から心を痛めていたのでございます」と言ってひ 翁はおどろいて、「これは、何ということをおっしゃ るのですか。竹の中からお見つけ申したのですが、その 頃はまだ菜の種 ( 芥子つぶ ) はどの大きさでいらっしやっ おきな たのを、この翁と身丈が並びたつはどに大きくなられる まで、お育て申しあげたわが子ではありませんか。何人 にもせよ、お迎えになどくることかできましようか。絶対 に許せませんぞ」と言って、「いっそ自分のはうが死ん しんばう でしまいたい」と、泣きわめいて、たいそう辛抱しがた い様子である。 かぐや姫のいうには、「わたくしには月の都の人であ らちはは る父母がございます。ほんのすこしの間のことといわれ ) ましたが、このように、 て、月の国からやってまいを の国には多くの年を、過してしまいました。あの国の父 母の事も覚えておりません。ここにはこのように長いド 遊ばせていただき、お親しみ申しあげました。もとの国 たね , し みたけ いんねん

2. グラフィック版 竹取物語 伊勢物語

夜も明けぬうちに陸奥の国の女の家を出てい く男京の男に恋いこがれたその女の歌は田 くさい出来はえのものだったしかしあわ れに思った男は共に一夜を過ごす ( 第十四段 ) 体の印象が甚だ無統一のものとなってしまいますが、し かし、もう一度、ゆっくりはしめから、こうした解説を ひ↓つはく 忘れて読み通しますと、そこにひとりの漂泊の貴人の姿 おもかげ が、一種、童話的な面影を持って、ほのばのと浮かび上 がって来ます。 それが、この古典の本当の文学的魅力というものなの です。 むさし むかし、ある男が、武蔵の国までさすらっていった。 そしてその国に住んでいる女に言い寄った。父はほかの 者に嫁がせようといったのを、母の方が男の高い身分を すしよう 気に入ったのだった。女の父は並の素姓の者であったが、 ふじわら 母の方は藤原氏の出だった。それで高貴な人に娘をと思 ったわけだった。さて、この婿に望んだ男に、母が歌を みよしの 詠んでよこした。一家の住んでいる所は k 間郡の三吉野 とっ たのむの雁 むかし、ある男が、陸奥の国まであてもなく行きつい きようおとこ てしまった。その国の女が、京男はめすらしいとでも思 ったのだろう、ひたすら恋 いこがれた。さてその女が詠 んだ歌、 なかなかに恋に死なすは桑子にぞ を なるべかりける玉の緒ばかり しっそあの夫婦 ( なまし恋いこがれて死んでしまうよりは、 ) 仲のよい蚕になったほうがましです。蚕ははんの短い命しか ないけれど : : : 。 ) この男は、よその国に出かけてまでもこうしたことか やまないのだった。 ( 第十段 ) の里であった。 みよし野のたのむの雁もひたぶるに 君か方にぞよると鳴くなる カり・ みよしの ( 三吉野の田の面におりている雁でさえも、ひたすらあなた にしたい寄るという気持で鳴いております。娘も同じ心であ なたを頼りにしておりますのよ。 ) 婿に望まれた男の返歌 わが方によると鳴くなるみよし野の たのむの雁をいっか忘れむ ( 私のはうにしたい寄るという気持で鳴いているという、三 カり・ よしの 吉野の田の面の雁を、決して忘れることはないでしよう : むこ くたかけ カり みち

3. グラフィック版 竹取物語 伊勢物語

0 にわとりをののしる嶷の国の女 ( 第十四段 ) 松 る、たのむという意味と地名とを重ね合わせているわけ みよしの そうわ であり、この挿話を「入間郡三吉野の里」とわざわざ正 確に注記したのは、この歌の上の句と物語とを照応させ るための、第三期に入ってからの合理化かも知れません。 更に章末の「この男は、よその国に出かけてまでも : : 」という注も、女性問題で都を逃げ出したのに、相変 わらずである、と言う、微笑を含んだ、軽い阯の調子 でしよう。それを性関係に対する道徳的非難と解するの は、古代の性意識に対する無理解からくる、近代的解釈 だと思います。 むさし 主人公は、第十四段では更に 第十段で武蔵の国にいた 陸奥の国まで足を伸ばしています。原文では「みちのく に」となっているか、もともとみちとは地方の国とい、つ おうしフ 意味で、いっか特に都にとっての地方中の地方、奥州を おんいん さすようになり、またそのみちもむっと音韻変化したー ーというより、東北地方の人々が、みちと . いう言葉を方 言で、むっと聞えるように発音して、それが定着した、 ということかも知れません。 「なかなかに・ : 」の歌は、文法からしても、歌風から せ しても、明らかに『伊勢物語』編集の時期よりも古いも まんにようしっ のだと言われています。そして現に既に『万葉集』のな かに、ほとんど同一の歌が現れているので、東北地方の 民謡が、ここに採り入れられたとい、つことでしよ、つ。 へいあんちょう 次の「夜も明けば : ・ : 」の歌は、いわゆる平安朝的な 和歌の常識からすると、途方もない乱暴な内容の歌です。 に・こり 「くたかけ」というのは、後には鶏の古語だと言うこと ゅ・フカ になって、優雅なニュアンスを帯びてくるのですが、こ むつ かみ こでは「腐れ鶏め ! 」といった、汚い罵りの言葉なのです みやこびと そして、この田舎の女の猛烈な歌が都人である主人公 に、感覚的なショックを与えているわけで、そこにユ モアがあるわけです。 そこで、都の男と田舎の女との、この感情上のすれ違 ′、りは・ら いは、次の「栗原の : : 」という男の別れの歌の真意ー ( ( , しカか ( し AJ ーこんな田舎の女を、都へ連れ帰るわナこま、、 いう気持を、また田舎の女に誤解させて、女を喜ばすと いう、二重のユーモアにまで、発展して行きます。 近代的なヒューマニズムの立場から、このような田舎 人に対する、都会人の差別的優越感は不愉快だ、という へいあんちょう 感想を持っ読者は、平安朝の貴族文学のなかの「をこ物 かんしよう 語」 ( ューモア・コント ) 鑑賞に対して、少し性急すぎると 一一一一口、つことになりましよ、フ なお、この「栗原の : ・ : ・」の歌も、『古今集』の東歌 の部に、地名だけ入れ変わったものが載っていて、それ 象させます。 が民謡起原のものであると想イ せ さて最後の第十五段ですが、これは『伊勢物語』のテ キストの解釈が、時代によって変わって行った、最も判 しい章といえます。 私の訳ー ま、いわば十一世紀の物語全盛時代頃の読者が 読みと「たであろうような、嬾な雰気を再現した解 釈です。つまり、第二期的な読み方です。 ところが、この物語が最初に採集された頃の、もとの ろばた 民話としては、先の第十四段にも通う、炉辺の笑い話め た要素があって、別の読まれ方をしたと考えられます。 そうした第一期的な読み方で、もう一度、訳し直して 0 ののし 0

4. グラフィック版 竹取物語 伊勢物語

すみだ 0 隅田川を渡る男と友人たち あずま ( だ 伊勢物語図絵東下り図 る。ひろげてごらんになり、たいそうたいそう悲しくお かんげん 思いになって、なにもおあがりにならない 管絃 ( 音楽 ) おんあそ の御遊びなどもなさらないのだった。 おとどかんだちめ 大臣や上達部をお召しになって、「どこにある山が、 てん 天にいちばん近いのか」とおたすねになると、ある人が、 するが 「駿河の国に在るという山が、この都にも近く、また天 にも近うございます」と申しあげる。これをお聞きにな あう なみだ 逢ことも涙にうかぶ我身には なに 死なぬくすりも何にかはせむ ( 姫にあうすべもなく、あふれる涙に浮かんでいるような、 希望のないわたしに、死なぬ薬なんて、何の意味があろう か。 ) つば おんししゃ 姫がさしあげた不死の薬に、壺を添えて、御使者にお らよくし もたせになる。勅使には、つきのいわかさという人をお わがみ するが 召しになって、駿河の国にあるという山の頂上に持って みね ゅノ \ レ小、フに、 ご命令になる。そして山の嶺でなすべき次 第をお教えになる。 つば 御文と、不死の薬の壺をならべて、火をつけて燃やす おもむき おお ようにと仰せになる。その趣をうけたまわった御使いか つわもの 武士 ( 士 ) どもをたくさん ( 富 ) つれて、山へ登ったと ころから、その山を、ふし ( 富士 ) の山と名づけた。 その煙が、い まもなお、天の雲のなかへ、立ちのばり つづけているものと、昔から言い伝えている。 はぎ さやさやとすすき葉が揺れ、萩のまろ葉が黒い影とな あお かん る名月の夜、月を仰いで永遠を想い、 死生を観じ、愛を ー - っ・ぞく きわん しまもこの国に生きている。月 祈念する月見の習俗は、 ) を仰ぐすべての人びとの胸に、幼い頃から親しんだかぐ や姫も生きつづけている。 たーとりものカたり 『竹取物語』のなかで、わたしがもっとも惹かれるのは、 「このかぐや姫、きと影になりぬ」の一節である。さん てんによ ざん男心をなやます悪女のごとき天女、「きと影に」な きれい る、意志表示の綺麗さが、思いの底にしみ通る。 とぎ お・りか・け たけとワものカたり いわば、蒼古のお伽としての面影をもっ『竹取物語』 の原文を、勝手な構成に書きかえることは、独得の匂い を失うようで心重い。幸い字数が許されたので、できる きひん だけ原文に忠実に、原文の気品と香りとを生かすロ語訳 をと、いかけた。 『日本古典文学大系』『日本古典文学全 集』を、参照させていただいた。 不死の国である月は、また、生物不生の天体。かぐや けしん 姫は、さんぜんたる月光の化身であった。 おんふみ てんたい おんつか

5. グラフィック版 竹取物語 伊勢物語

ひ 0 ずみカめぎぬ 0 王けいから送られた火鼠の皮衣を受け取り 帰参したノ」、野のふさもり天竺の聖人が唐に 持って渡ったというその品物には見事な装飾 がほどこされている喜んだ右大臣は宝物に 歌をそえご自身もおめかしをして姫を訪れた てんじく 王 火鼠の皮衣と 阿倍の右大臣 ・さいほ - フ うだいじんあべ 右大臣阿倍のみむらじは、財宝豊かに、家門の栄えて もろこしぶわ いる人でいらっしやる。その年にやってきた唐船の、王 ひねずみかわ けいという人に文を書いて、「火鼠の皮ときき及ぶ物を、 買って届けてはしい」と、お仕えする人の中のしつかり した人を選び、小野のふさもりという人を文につけてさ つか し遣わした。依頼の文を持っていったふさもりは、唐に いる王けいに金を渡す。王けいはその文を開けて読んで、 返事を書く。 ひねャみかわぎぬ 「火鼠の皮衣は、此の国には無い物です。話には聞いて いますが、まだ見たことはありません。この世にある物 でしたら、この国にも持って来るでしようが。たいそう てんじく あきない むつかしい商売ですね。けれども、もし天竺に、たまに ちょっじゃ でも渡来しているなら、長者 ( 財産家 ) あたりをたすね探 つかい してみましようが、無い物でしたら使にそえて金はお返 し申しましよ、つ」とのべた。 きさん もろこし 小野のふさもりが帰参して、都に その唐の船が来た。 のばってくるということを聞いて、速く歩く馬をもって 使者を走らせ、お迎えになった。それでふさもりは馬に つくし 乗って、筑紫からたった七日間で都へ上ってきた。 王けいからの文を見ると、そこに言うのには、 つかわ ひねャみかわぎぬ 「火鼠の皮衣は、ようやく、人をさし遣してお求め申し あげました。今も昔も世の中にこの皮はめったにない品 おう おう ひ わすみ こがね ふみ かわぎぬ ふみ おう 、つ のほ ふみ かもん もろこし おう ーつにん とうとてんじく 物だそうです。昔、貴い天竺の聖人が、この国に持って 渡ってきたという物が、西の山寺にあると聞き知ること ができましたので、役所に頼んで、やっと買いとってお 届けするのです。 つかさ 代金が少ないと国の司 ( 地方官 ) が使いの者に申しまし おう たので、王けいの物を足して買いました。なお金五十両 お届けください。船か帰る時にことつけて送ってくださ もしお金がいただけないのなら、あの衣は返してく たさい」 とあるのをみて、「なにをいわれるのか。もうすこし のお金ではないか。必す送らなくては。嬉しくもよくま もろこしほ - フカ′、 あ送ってきたものだな」と、唐の方角にむかって伏し拝 まれた。 る この皮衣をいれた箱を見ると、さまざまのみごとな瑠 さいしき かわぎぬ 璃をつけ、いろとりどりに彩色してつくってある。皮衣 こんじよう を見ると金青の色。毛の末の方には金色の光がさしてい ほ - フ . っ りつば る。 いかにも宝物らしく、くらべるものもなく立派であ る。火に焼けないとい、つことよりも、ます、くらべよ、つ もなくすばらしい 「なるはど、かぐや姫がお好みになるような品だなあ」 とおっしやって、「ああ、ありかたい」といって箱にお けーっ いれになる。何かの木の枝につけて、ご自身の化粧もた いそうていねいにして、「そのまま泊ることになるだろ よ う」と思って、歌も詠み足して持っておいでになった。 その歌は、 限なきおもひに焼けぬ皮衣 袂かはきてけふこそはきめ かわぎぬ かり たと かわ ~ も - ) んじき

6. グラフィック版 竹取物語 伊勢物語

あさまやま 浅間山の噴煙を見上げる一行 ( 第八段 ) 1 た。それを見てある人が「かきつばたという五文字を各 句の頭に置いて旅の気持を詠んでみたら」といったので、 男は詠んだ。 から衣きつつなれにしつましあれば はるばる来ぬるたびをしぞ思ふ ( 長年馴れ親しんできた妻が都にいるので、はるばるやって 来たこの旅が身にしみて感しられることだ。 ) カれいい それを聞いた一同は、乾飯の上に涙を落とし、そのた カ・れいい めに乾飯はふやけてしまった。 うつ するカ さて、さらに旅をつづけて、駿河の国に着いた。宇津 の山にさしかかると、これから一行が分け入ろうとする 道はたいそう暗くて細い上に、蔦や楓が茂っていかにも これはつらい目にあ、つことだと田 5 っていると、 み市し しゅぎようそう 「こんな道に、どうしてお ひとりの修行僧に出会った。 いでになるのですか」というのを見ると、知り合いの者 であった。そこで、男はこ、つい、つ方のところへ届けてく れといって、都へ手紙を書いて託した。 かえて するが 駿河なる字津の山べのうつつにも 夢にも人にあはぬなりけり する こある宇津の山辺にさしかかったが、山の名 ( 私は今、駿河 : の字津と同じ現実にあなたに逢えないだけでなく、夢のなか それはあなたが想っていてくれ でさえも逢えないでいる いたくもなるのです : : : 。 ) ないからだと疑 富士の山を見ると、五月の末だというのに、雪がたい そう白く降りつもっている。 時知らぬ山は富士の嶺いっとてか 鹿の子まだらに雪のふるらむ ったい今をいっと思 ( 時節を知らない山はこの富士山だ。い まだら って、鹿の背の白い斑点のように雪が降りつもっているのだ フつ、つ、カ・ ひえいざん その山は都にたとえていうと、比叡山を二十ばかり積 み重ねたくらいの高さで、形は塩尻 ( 塩田で砂を固く塚の ように積んだもの ) のよ、つであった。 しもう・さ むさし なお旅をつづけていくと、武蔵の国と下総の国との境 すみだがわ にたいそ、つ大きな河がある。それを隅田川とい、つ。その 河の岸辺に一行が足をとめて、遙かな旅路を思いやると、 なんと限りもなく遠くへ来てしまったものだという気が わたしもり しかし渡守が「早く舟に乗 してきて、嘆きがっきない ってくれ。日も暮れるから」とせきたてるので、乗船し ようとするにつけても、やはり皆はなんともわびしくて、 都に残してきた人がないわけでもないのだから、 うれ 麦をひく。そ、フした ーそうした人のうえを田 5 えば愁いが彳 く . をしあし 折も折、嘴と脚との赤い、鴫の大きさほどの白い鳥が、 水の上に遊びながら魚を食っている。都では見られない うつつ しぎ はる しおじり

7. グラフィック版 竹取物語 伊勢物語

いたつらに身はなしっとも玉の枝を こごこョ市らざらまー ) 手おらてオオしリ ( たとえ自分の身はむなしくなっても、玉の枝を折らすには 帰らなかったことでしよう。 ) この歌をよいとも思わす眺めているところへ、竹取の おきな ちゅっもん 翁がいそぎ寄ってきて、「姫がこの皇子にご注文なさい ました蓬茉の玉の枝をひとつのまちがいもなく持ってお いでになったのです。なにを理由にとやかくと申せまし ようか。旅のお姿のままで、ご殿へもお寄りにならすに つか いらっしやったのです。さあ、この皇子に妻としてお仕 えになってください」と言、つけれども、姫はものも言わ なさけ ほおづえ す、頬杖をついて、たいそう情なさそうに田 5 いに沈んで この皇子は、「いまとなっては何かと一一 = ロうことはないは えんがわ すです」と言いなから、縁則に、はいのはってこられた。 2 ( ・フり 翁はそれも道理と思って、「この国にはみられない玉の 枝です。この度はどうしてお断り申せましようか。くら 蒔絵の袈裟箱に描かれた蓬薹山 まきえ はうらいさん ひし」カら もちの皇子はお人柄もよいお方でいらっしゃいます」な すわ どといって坐っている。かぐや姫が言うのには、「親の 仰せを、どこまでもお断りするのがお気の毒なので、取 だのに意外にも り難いものをと申しましたのに : この玉の枝が持ってこられたことを、いまいましくくち階 ちょうど ねやしんじよ しく思う。翁は、閨 ( 寝所 ) のうちの調度をととのえた りしている。 偽ものがたり おきな 翁が皇子に「どんな所にこの木はあったのでしようか とうと りつば めすらしくも立派な、貴いものでございますね」と申し あげる。皇子は答えてこうおっしやった。 さ、、おとー」し 「一昨昨年 ( 三年前 ) の二月十日ごろに、難波の港から 舟に乗って、海の中に出ました。どこへ行くのか方向も わからなかったのですが、〈姫への恋が叶わないのであれ ば、生きていても仕方がない〉と思いましたので、ただ ゆくえ 行方もわからぬ風に任せて動いていました。命死ぬなら ばともかくも、生きている限りは、このよ、フにして蓬莱 なみ といわれる山に逢うかもしれないと、浪を浦日ぎ漂ってわ が国を離れてゆきました。ある時は浪が荒れて海底にひ きこまれようとし、ある時は風のまにまに見知らぬ国に 吹き寄せられ、鬼のようなものが出てきてこの身を殺そ うとしました。またある時には、どこから来たのやらど ゆくえ こへ行くのやらわからす、海に行方を失いかけました。 ある時は食べるものがなくなって、草の根をたべ、あ しようもなく気味の悪いものがあらわれて、食 る時はい ) いかかろうとしました。ある時には海の貝をとって命を おお ↓・カ

8. グラフィック版 竹取物語 伊勢物語

月の国へ昇っていくかぐや姫子の時をむか おきな えた翁の家のあたりはま昼よりも明るく照り 輝く人々は戦う気持もなくなり雲にのって 降りてきた天人の方を見まもった姫は歎き 悲しむ翁に別れを告げて天の羽衣をまとう おきな 不死の薬と天の羽衣 おきな 竹取の翁が、心とり乱して泣き伏しているそばに寄っ て、かぐや姫は言った。「わたくしも、心にもなくこの ようにまいろうとしているのでございます。せめて空に 昇るところを、お見送りくださいませ」と言うけれども、 「どうしてこんなに悲しいのに、お見送りすることがで きましよう。わたしをどのようにせよとお思いになって、 捨てて昇っておしまいになるのですか。お行きになるの ならともにお連れになってください」と強く泣き伏すの で、姫の、いも、つらく乱れた。 ふみ 「それでは文を書き置いてまいりましよう。わたくしを ときおり 恋しく思ってくださる時折に、とりだしてごらんくださ いませ」といって、泣きながら書く。 のば あま はごろも 「この国に産まれた身であれば、おふたかたをこんなに おなげかせしないでもいい時まで、おそばにいられるの ですが、それができないでこうしてお別れいたしますこ かえすがえすも本意ないことと思います。脱いで しよう かたみ おきます衣裳を、わたくしの形見としてごらんください お月さまのあがった夜には、わたくしの居ります月の方 を、この世から心をこめて見あげてくださいませ。おふ なさけ たかたをお見捨て申しあげる情なさに、飛んでいく空か ら落ちるような気がいたします」 と書き置く。 あま てんにん 天人の中のひとりに持たせてある箱があった。天の羽 ごろもおさ 衣が納められている。また、ある箱には、不死の薬がは いっている。 つば てんにん ひとりの天人が言うのには、「壺にはいっているお薬 くすり

9. グラフィック版 竹取物語 伊勢物語

病床で歌を詠む男今にも死んで しまいそうに思えたので男は辞 世の歌をのこした ( 第百ニ十五段 ) ています。 そしてそれは第二期以後に発達した業平像とはひどく 食いちがっています。が、後の加筆者たちは、その矛盾 業平らしい人物が、歌を詠まない を修正する代わりに、 とか色好みでない という途方もない形容をつけられて ・フ , て いることを、むしろ滑稽な嘘と感して面白がるよ、つにな って一打ったのでしよ、つ。 なりひら なりひら むかし、ある男が、なんというわけもなく陸奧の国ま でさまよって行った。都に残した恋人のもとに言ってや ったことには、 なみま 浪間より見ゆる小島の浜びさし 久しくなりぬ君にあひ見て ( 浪間から見える小島の浜の家々のひさし、そういえばま むかし、陸奧の国で、男と女が一緒に住んでいた。男 は都へ帰りたいと言う。女 はたいそ、つ悲しく田 5 いせめ みやこしま て餞別だけでもしようといって、「おきのゐて都島」と いう所で、男に酒を飲ませてこう詠んだ。 おきのゐて身を焼くよりも悲しきは 都島べの別れなりけり おき ( 炭火の赤くおこった熾がついて、からだを焼くよりもさ みやこしま らに悲しいのは、この都島のほとりでの別れであります。 ) ( 第百十五段 ) 第一期には形容どおりだった人物が、第二期以後にな ろよフカい ると、聿獪なポーカー フェイスだと受け取られるよう らん・ーく に変わって行き、それが爛熟期の文明社会の感覚には、 丁度ふさわしいと感じられたわけです。 せんべっ 都島 浜びさし みやこしま みやこしま みち 138

10. グラフィック版 竹取物語 伊勢物語

0 狩の使として伊勢の国へやってきた男斎 宮はたいそう親切にこの男の世話をする男 は野を狩り歩いていても斎宮のことを思っ て心がうわの空になるのだった ( 第六十九段 ) みそぎ O 神宮に入る人々の禊の場所である半川 をル第 君やこし我や行きけむ思はえす 夢かうつつか寝てかさめてか ( 昨夜は、あなたの方からおいでになったのか、私の方か こよっ医」 りいたしません。一体あれは ら行ったのか、一向 : 夢だったのでしようか、実際にあったことなのでしようか のことでしようか、覚めていた時のことでしょ 寝ていた間 男はひどく泣いて詠んだ。 かきくらすらのやみにまどひにき 夢うつつとは今宵さだめよ ( 私も昨夜は夢中でしたので、心の闇に迷ってしまって、 よ、。あれは夢であったのか、実際にあった よく覚えていオし ことであるかは、今夜もう一度逢った上で決めよう。 ) 男はそう詠んでやって、狩に出かけた。野を狩り歩い ていても心はうわの空で、せめて今夜は人を寝しすまら こくしゆさ せて早く女に逢おうと思っている。ところが国守で斎宮 りよう 寮の長官を兼ねている人が、狩の使いが来ていると聞い しようえん て、徹夜の招宴を催すことになった。男は一向に逢うこ おわり ともできないままで、しかも夜が明ければ尾張の国へ出 立する予定になっていたから、ひそかに血の涙を流して 」俊かト 6 、つや / 、明」ト 6 、つと 悲しんだが、ついに逢えない する頃に、女のほうから出す別れの杯の裏に、歌を書い てさし出した。手にとってみると、 かち人の渡れど濡れぬえにしあれば ( 徒歩の人が渡っても衣の濡れない江のように、まことに 浅いえんでしたから。 ) と書いてあって下の句はない。男はその杯の裏に、松 さかずき 119