7 のように黙っているわけにはゆかないと思って、いまう ち明けさせていただきます。わたくしの身は、人間世界 の人ではございません。月の都の人なのです。そうなの ですが、昔の約束 ( 因縁 ) ごとがあるということで、こ の世界にまいっておりました。 いまは、月の都へ帰らなければならない時になりまし たので、この月の十五日に、あのもとの月の国から、迎 えの人びとかまいることでしよ、つ。避けることがてきま せす、なんとしても行かなくてはならないものですから、 あなたさまがたの苦しくもお歎きくださるのが悲しくて、 この春から心を痛めていたのでございます」と言ってひ 翁はおどろいて、「これは、何ということをおっしゃ るのですか。竹の中からお見つけ申したのですが、その 頃はまだ菜の種 ( 芥子つぶ ) はどの大きさでいらっしやっ おきな たのを、この翁と身丈が並びたつはどに大きくなられる まで、お育て申しあげたわが子ではありませんか。何人 にもせよ、お迎えになどくることかできましようか。絶対 に許せませんぞ」と言って、「いっそ自分のはうが死ん しんばう でしまいたい」と、泣きわめいて、たいそう辛抱しがた い様子である。 かぐや姫のいうには、「わたくしには月の都の人であ らちはは る父母がございます。ほんのすこしの間のことといわれ ) ましたが、このように、 て、月の国からやってまいを の国には多くの年を、過してしまいました。あの国の父 母の事も覚えておりません。ここにはこのように長いド 遊ばせていただき、お親しみ申しあげました。もとの国 たね , し みたけ いんねん
月の国へ昇っていくかぐや姫子の時をむか おきな えた翁の家のあたりはま昼よりも明るく照り 輝く人々は戦う気持もなくなり雲にのって 降りてきた天人の方を見まもった姫は歎き 悲しむ翁に別れを告げて天の羽衣をまとう おきな 不死の薬と天の羽衣 おきな 竹取の翁が、心とり乱して泣き伏しているそばに寄っ て、かぐや姫は言った。「わたくしも、心にもなくこの ようにまいろうとしているのでございます。せめて空に 昇るところを、お見送りくださいませ」と言うけれども、 「どうしてこんなに悲しいのに、お見送りすることがで きましよう。わたしをどのようにせよとお思いになって、 捨てて昇っておしまいになるのですか。お行きになるの ならともにお連れになってください」と強く泣き伏すの で、姫の、いも、つらく乱れた。 ふみ 「それでは文を書き置いてまいりましよう。わたくしを ときおり 恋しく思ってくださる時折に、とりだしてごらんくださ いませ」といって、泣きながら書く。 のば あま はごろも 「この国に産まれた身であれば、おふたかたをこんなに おなげかせしないでもいい時まで、おそばにいられるの ですが、それができないでこうしてお別れいたしますこ かえすがえすも本意ないことと思います。脱いで しよう かたみ おきます衣裳を、わたくしの形見としてごらんください お月さまのあがった夜には、わたくしの居ります月の方 を、この世から心をこめて見あげてくださいませ。おふ なさけ たかたをお見捨て申しあげる情なさに、飛んでいく空か ら落ちるような気がいたします」 と書き置く。 あま てんにん 天人の中のひとりに持たせてある箱があった。天の羽 ごろもおさ 衣が納められている。また、ある箱には、不死の薬がは いっている。 つば てんにん ひとりの天人が言うのには、「壺にはいっているお薬 くすり
すみだ 0 隅田川を渡る男と友人たち あずま ( だ 伊勢物語図絵東下り図 る。ひろげてごらんになり、たいそうたいそう悲しくお かんげん 思いになって、なにもおあがりにならない 管絃 ( 音楽 ) おんあそ の御遊びなどもなさらないのだった。 おとどかんだちめ 大臣や上達部をお召しになって、「どこにある山が、 てん 天にいちばん近いのか」とおたすねになると、ある人が、 するが 「駿河の国に在るという山が、この都にも近く、また天 にも近うございます」と申しあげる。これをお聞きにな あう なみだ 逢ことも涙にうかぶ我身には なに 死なぬくすりも何にかはせむ ( 姫にあうすべもなく、あふれる涙に浮かんでいるような、 希望のないわたしに、死なぬ薬なんて、何の意味があろう か。 ) つば おんししゃ 姫がさしあげた不死の薬に、壺を添えて、御使者にお らよくし もたせになる。勅使には、つきのいわかさという人をお わがみ するが 召しになって、駿河の国にあるという山の頂上に持って みね ゅノ \ レ小、フに、 ご命令になる。そして山の嶺でなすべき次 第をお教えになる。 つば 御文と、不死の薬の壺をならべて、火をつけて燃やす おもむき おお ようにと仰せになる。その趣をうけたまわった御使いか つわもの 武士 ( 士 ) どもをたくさん ( 富 ) つれて、山へ登ったと ころから、その山を、ふし ( 富士 ) の山と名づけた。 その煙が、い まもなお、天の雲のなかへ、立ちのばり つづけているものと、昔から言い伝えている。 はぎ さやさやとすすき葉が揺れ、萩のまろ葉が黒い影とな あお かん る名月の夜、月を仰いで永遠を想い、 死生を観じ、愛を ー - っ・ぞく きわん しまもこの国に生きている。月 祈念する月見の習俗は、 ) を仰ぐすべての人びとの胸に、幼い頃から親しんだかぐ や姫も生きつづけている。 たーとりものカたり 『竹取物語』のなかで、わたしがもっとも惹かれるのは、 「このかぐや姫、きと影になりぬ」の一節である。さん てんによ ざん男心をなやます悪女のごとき天女、「きと影に」な きれい る、意志表示の綺麗さが、思いの底にしみ通る。 とぎ お・りか・け たけとワものカたり いわば、蒼古のお伽としての面影をもっ『竹取物語』 の原文を、勝手な構成に書きかえることは、独得の匂い を失うようで心重い。幸い字数が許されたので、できる きひん だけ原文に忠実に、原文の気品と香りとを生かすロ語訳 をと、いかけた。 『日本古典文学大系』『日本古典文学全 集』を、参照させていただいた。 不死の国である月は、また、生物不生の天体。かぐや けしん 姫は、さんぜんたる月光の化身であった。 おんふみ てんたい おんつか
兵士 みかど やくしょ その十五日の夜。御門は、殳所殳所にご命令になって、 ちよくし しようしようたかの ろくえふ 勅使には少将高野のおおくにという人を定め、六衛府 つかさ さゆうこのえふ さゆうえもんふ さゆうひょうえふ ( 左右近衛府・左右衛門府・左右兵衛府 ) の司 ( 役人 ) あわせ つか せて二千人の人数を、竹取の家に遣わされる。 竹取の家にまいった人びとは、築地塀の上に千人と、 はいち 建物の上に千人を配置。竹取の家の人びともたいそう多 くいるのに合わせて、みつしりとすき間もない状態で守 ゃうち ゆみや おも らせる。家の内を守る人びとも、弓矢を身につけて、母 や 屋の内には、女どもを番につかせて守らせている。 つな ぬりごめ 嫗は、壁を塗りこんだ塗籠の中で、かぐや姫を抱きし おきな ぬりごめ めている。翁はその塗籠の戸をかたくしめて、その戸口 おきな すわ に坐っている。翁は、「このようにきびしく守る所なの だ。天の人にだって負けるものか」と言う。また建物の 上にいる人びとに言うのには、「はんのすこしのもので ころ も、なにかが空を飛んだなら、すぐに射殺してください」 守る人びとが一言うのには、「これほど厳重に守ってい る所ですから、針ひとつはどのものでも飛んだなら、す ころ く射殺して、外に棄てようと思っております」と言う。 おきな 翁はこれを聞いて頼もしがっている。 「たとえ、何重に これを聞いたかぐや姫が言った。 したく もわたくしをとじこめて、守り戦う支度をしていても、 あの月の国の人とはとうてい戦うことはできません。弓 じよう このように錠をおろして 矢で射ることはできますまい ましたら、み としこめてあっても、月の国の人がまいり や かぐや姫昇天 げんじゅう なんじゅう ゆみ 0 んな自然に開いてしまいましよう。戦い合おうとしても、 月の国の人が来ましたら、そんな、たけだけしい気持に なる人も、まさか、ございますまい」 おきな 翁が言うには、「お迎えに来る人をば、長い爪でもっ て、その眼の玉をつかみつぶしてやりたい。その髪をつ しり かまえて、空からかなぐり落してやりたい。その尻をむ きだして、たくさんの役人たちに見せて、恥をかかせて たい」と腹を立てている。 こわだか かぐや姫は、「まあそんなに声高にはおっしゃいます な。建物の上にいる人びとに聞かれては、たいそうみつ ともないことです。これまでのお情けをわきまえもせす ここから去ってしま、つ事が、くやしゅ、つございます。 えん 長いご縁ではないということで、まもなく出てゆかねば ならないものと思うのか、悲しゅうございます。親達の お世話をちっともさせていただきませんで、帰りゆく道 も安らかではあり得ないでしよ、つ。それでこのところ端 ぢか 近に出ていて、せめて今年中はお暇をくださいと月に申 したのですか、い っこ、つ許されなかったので、このよ、つ ひたん に悲嘆にくれているのでございます。おふたかたのお心 を、乱れさせるだけ乱れさせて去ってゆくことか、悲し く耐えがたく思われます。 じゅうにん あの月の住人は、たいそう清らかで、老いゆかないの ものおも です。物思いする事もございません。そういう所へまい ろうとしているわけですけれども、うれしい事もござい おとろ ません。年をとって衰えてゆかれるおふたかたのありさ まを見てお世話申しあげられないので、いよいよおふた かたが恋しゅう思われまして」と言う。 いとま お
君をあはれと思ひいでける ( 今はこれまでとせつばつまって、世界を異にする月の国の あま はごろも 天の羽衣を着ようとするただいまこそ、あなたさまをおなっ かしく思いだしております。 ) とうのちゅうじよう つば と書き、壺の薬を添えて、頭中将を招きよせて、御門 らゆうじよう にさしあげるよ、つ、とりはからわれる。中将には、 てんにん や姫からいったん天人が受けとって、天人から伝えた。 しなじな ちゅうじよう 中将が、おことづけの品々を受けとったので、天人が、 おきな あま はごろも 天の羽衣をさっと姫にお着せすると、あんなに翁をいと おしく、 いしらしく思っておられた姫の思いも、すっか っさい り消え失せてしまった。この羽衣を着た人は、い の心配ごとがなくなるので、あの飛ぶ車に乗って、百人 てんにん はどの天人をひきつれて、月の国に昇っていった。 一者じの山」 おきな かぐや姫が天に昇っていったあと、翁や嫗が、血の涙 を流してとり舌し悲しむけれど、も、つど、つしよ、つもない しようてん あの、昇天のまぎわに書き置かれた姫のお文を、まわり の者が読み聞かせたけれど、「何のために命が惜しいの 壺 なん たれ 、、士は何」」 か。誰のために命が惜しいのか。姫がいなしし も要らない」と言って薬も飲ます、そのまま起きあがり もしないで、病み臥してしまった。 とうのらゆうじよう 頭中将は、竹取の家にさしむけられた人々をひきつれ きさん てんにん て帰参し、御門に、 かぐや姫を、天人と戦ってこの世に そう とどめることができなかったいきさつを、こまごまと奏 上する。 つば ~ ~ 、が可 不死の薬のはいった壺に、姫のお文を添えてさしあげ る駿 じよう みかど はごろも ふみ てんにん まね こと おうな ふみ てんにん みかど
じんとう みかど 御門から遣わされた人々の陣頭に立って屋敷 を守る翁月からの使者をむかえ打つ兵の数 はおよそニ千人弓矢を構えて配置についた ぬりごめ おうな かたくしめられた塗籠の中では嫗が姫を抱 きしめていた宵はだんだん通りすぎていく お ! な に帰るからといって、うれしい気持もいたしません。た だ悲しいばかりでございます。けれども、、いならすも月 の都に、まいろ、つとしております」と一一一一口って、もろとも にはなはだしく泣く めしつか きひん 召使いの人びとも、何年も姫に親しみ、気品高く、しか も愛らしい心ばえなどを見習っていたから、お別れしな ければならないことを思、つと、恋しくなるにちかいない ゆみす 思いに耐えかねて、湯水ものどに通らす、みんな同し気 持で歎き合うのだった。 御門の使者 このことをおききになった御門は、竹取の家に使者を おさな おんつか おたてになった。御使いにおあいした竹取の翁は、際限 おきなひげ もなく泣くばかり。この事をいたみ悲しんで、翁の鬚は おきな 白くなり、腰はまがり 目も赤くただれている。翁は、 今年は五十 ( 七十か ) ばかりになったのだけれども、姫と しゅんじ 別れなければならないと思う苦痛のために、瞬時に老い こんでしまったように見える。 おきな みかど おんつか , イしか、御門のお言葉として、翁に言うには、「こ いそ、つ心を苦しめ悩んでいるときくのは、まことのこと おきな か」と仰せになる。竹取の翁は、泣く泣く申しあげた。 「この十五日のその日に、月の都から、かぐや姫を迎えに まいるそうです。もったいなくも、ようこそおたすねく つか ださいました。この十五日には数ある人をお遣わしいた だいて、月の都の人がまいりましたら、捕えさせたく存 じます」と申しあげる。 おきな 御使いは、内裏に帰参して、翁のありさまをお話し申 おきな ′」んじよう みかど しあげ、翁が言上した事なども申しあげる。御門はおき きになって、こ、つおっしやっこ。 「たった一目ごらんに みかど おもかげ なった御門のお心にさえ、お忘れになれない姫の面影な のに、明け暮れ見なれたかぐや姫を、月の国にやってし おきな まっては、翁はどのよ、つにつらく思、つであろ、つか」 みかど おんつか みかど ひとめ ししゃ
あぶみ ゞ、 " 卩こ ) る・女のもと むかし、武蔵の国へ来ていた男力者 ( し に、「申し上げるのも恥すかしいし、そうかといって申 し上げないのも心苦しいのだが」 ( 自分に新しい女のできた うわ ことをはのめかしているのである ) と書いて、その手紙の上 書に署名の代わりに「むさしあぶみ」 ( 武蔵国産出の馬の ) と圭日いてよこしたまま、消自 5 を絶ってしまった。そこで、 都から・女が、 鎹さすがにかけて頼むには とはぬもつらしとふも、つるさし あら ( もはや諦めてはいますものの、やはりあなたを頼りにして います私にとっては、安否を問うてくださらないのもつらい ことですが、そうかといって問うてくださるのも、あなたの そちらでの浮気が気にかかって、いとわしい気がいたしま といって来た。それを見て、男は堪えがたい心地がし た。男の返歌 とへばいふとはねば恨む武蔵鐙 かかるをりにや人は死ぬらむ 亡るなよほどは雲ゐになりぬとも 空ゆく月のめぐり逢ふまで ( 忘れないでほしい、お互いに遠くへだたってしまっても、 空をゆく月が再び同しところにめぐってくるように、私たち も再びめぐりあうまでは・ 武蔵銓 むさし 一卩むさしあぶみ むさしあぶみ ( 第十一段 ) ( 安否を問えば煩らわしいというし、問わなければ恨むとい う。これではどうしてよいかわからない、こうした場合に男 は悩み死ぬのだろうよ。 ) ( 第十三段 ) 0 業平らしい人物の、関東や東北での、相変わらすの 色好みの行状を記した章のあいだに、に 者の方へ時どき思 いが戻って行くのを述べた章がはさまっています。 第十一段は、実は「忘るなよ : ・ : 」の歌が、『違集』 まなのただもと 島橋直幹の作として載っているので、『伊勢物語』が最 初に編まれた第一期の頃には、この章は未だ出来上がっ ていなかった、と推定されています。 なりひらあャまく 直幹の歌が、いかにも業平の東下りの物語に適わしい ので、後にここに追加された、と言、つわけでしよ、つ。そ うして、このような幾つかの章の追加によって、『伊勢 物語』は時とともに膨れて行ったわけです。 第十三段で、男が都の女に出す手紙に「むさしあぶみ」 と署名をしたと一一一一口、つのは、発信地が武蔵であり、またあ ぶみは馬の背から両腹へかけて、騎乗者の足を支えるも のですから、自分が今、都の女とこちらの女との両方に ひゅ ふた股をかけている、と言う状態の比喩としたわけです。 それにしても「かかるをりにや人は死ぬらむ」は、随 き、・つはく 分、脅迫めいた大げさな冗談で、ちょっと都の女の気を 引き直してやろうという、恋の駆け引きの専門家らしい 表現です。つまり冗談によって、女のすねている気持を、 大きく包んでしま い、相手に「相変わらすの、仕方のな : 」と苦笑させながら、許す気持を起こさせてし まおうと言う、大した策戦なのでしよう。 なりひら わず カ・れしし - フ し」 - フは′、 ふさ
女が詠んだ歌の乱暴な調子にあ きれはて都へ帰る男 ( 第十四段 ) みますと、 第十五段、別訳 むかし、ある男が、陸奥の国で、別にとりえもない人 なっとく 妻のもとへ通っていたが、その女は奇屋にも、納得の行 かないところのある様子があったので、 しのぶ山しのびて通ふ道もがな 人の心の奧も見るべく 本性を見きわめるために : と詠んでやった。女はこの上もなく嬉しい気がしたが、 やばん 男の方としては女のそのようなけしめのない野蕃な心を 見抜いていたのだから、もうこの関係はどうしようもな カオ・ こ従うと、まれびととして訪れた田 この民話風の別訳 ( , 舎の家で、その家のあるしが妻を供応にさしだしたこと になります そうしてそのような男女関係においては、一時的にそ ていけっ れが続いている間は、そのまれびとに対して貞潔を守る べきであるのに、 この都から遠い田舎の「えびす」の地 はうしよう の女は、そのようなけじめがなく、放縦な性生活をして やばん いるのを男が見て、野蕃人は仕方ないものだと、飛気が さした、と言うわけです。 、エくにん これは第一期的解釈と第二期的解釈とが、極端にかけ 離れた章の実例と言えましよう。 もちろん 勿論、そのどちらが間違いと言うのでなく、時代によ って同じ原文から、読者が異なる意味を引きだすように なって行ったのです。それがこうした、伝承的要素の濃 い古い文学の運命であるわけです。 むかし、ある男が、東国へ旅をしたが、友人たちに途 中から次のようにいってよこした。 ( こっそりあなたの心の奥に忍びこんでみたいものだ。その 空ゆく月
0 月を見て泣くかぐや姫春のはじめから思 い悩む様子であった姫は八月十五日にほど 近い月の夜たいそう激しくお泣きになる月 の者へ帰らなければならないというその理由 を聞いて翁は身をちぎられる思いがする 御門の使者 なぐさ このようにして、お互いにお心を慰め合っていらっし さいげつ やるうちに、三年ほども歳月がたった。 その年の春のはしめから、かぐや姫は、月が趣深く空 ものおも い ~ と一、ら にかかっているのを見ると、いつもよりは物田 5 、 われる様子である。 居合わせた人が、「お月さまの顔を直接見るのは、良 くないことだと由・します・よ」ととめるけれども、と 9 もす・ ると人のいない間にも月を見ては、はげしくお泣きにな はし・ちか っている。七月十五日の月夜には、端近に出ておられて、 ひどく田 5 い悩む様子である。 おきな 姫の身近に使われている人びとが、竹取の翁に告げて 一一一口、つのには、「かぐや姫は、いつもお月さまをなっかし そうに見ておいでになりますか、この頃のご様子は、た だごとではないように田 5 われます。たいそう深く思い歎 かれることかあるようです。よくよくみてさしあげてく おきな ださいませ」と言うのを聞いて、翁がかぐや姫に言うの には、「いったいどのようなご気分がするので、このよ 、つこ・勿田 5 し ) に悩むふ、つに、月をごらんになるのてすか こころよ 央くもたのしいこの世ですのに」と言う。 こころばそ かぐや姫は、「世の中のありさまを見ますと、、い細く、 カん力い 感既深、つございます。ど、つして悲しい物田 5 いをすること おきな かごさいましよ、つか」と一一一〕、つ。けれども公羽かかぐや姫の ゅうしゅう いる所までたちいたって見てみると、やはり憂愁にとざ おきな , ま、「 . 仏さ亠まのレつに された気配である。これをみた翁 ( 悲しみの月夜 おもむきふか 大切なかぐや姫よ。何事を思っていらっしやるのですか そんなに思いつめておられるのは、 ったい何事なので す・か」と一一 = ロ、つ。 かぐや姫が、 「とくべっ思、つことはございません。な ににつけても、なんだか心細く感しるのでごさいます」 おきな と一言、つと、翁は、「月をごらんになさいますな。月をご けしき らんになると、物田 5 いに沈む気色がみえますから」と言 う。「それでもどうしてお月さまを見ないでいられまし はし・ちか よ、つか」と、姫は、やはり、月かあかると、 1 粫近にお出 になっては、悲しげに考えこんでいる。 ゅうやみ ものおも 月の出のおそい日のタ闇には、あまり物田 5 いをしない ・時々は悲し 様子である。月の出る頃になると、やはり、 めしつか んでいる。このことを、召使いの者どもは、「やはりお 苦しみになっている事がおありのようですね」と、ささ やくけれども、親をはじめとして誰もか、どういうわけ なのか、ほんとうの意味を知らない 月の都の人 すわ 八月十五日にはど近い頃の月の夜、縁に出て坐って おられたかぐや姫が、たいそう激しくお泣きになる。人 の目もも、つおかまいにならず・に、泣いていらっしやる。 これを見た親たちはおどろいて、「どうしたのですか」 とたすねさわぐ。 「以前からも、申 かぐや姫は、泣く泣く語りだした。 しあげよ、つと思っておりましたけれども、きっと、いをか き乱しておしまいになるでしよ、つと思いまして、いまま ) ました。けれど、もうそ でよう申しあげすに過してまいー
0 持参した鉢を翁に手わたす石つくりの皇子 てんじく 天竺へ行っても得られないと判断した皇子は やまとのくに 大和国の山寺からこの鉢をもってきたのだっ た姫はすすけた鉢に歌をそえて皇子に返す にせもの つ偽物と見破られて門の外に鉢を捨てる皇子 お、な 仏の御石の鉢と 石つくりの皇子 それでもやはり、この姫を得ないでは、生きていられ てんじく ない気持がするので、遠い天竺の物だといっても、もっ てこられぬことはあるまいとはかりごとをめぐらした石 てんじく つくりの皇子は、心の用意のある人で、「天竺に二つと ひやくせんばんり りト・てい ない鉢だもの、百千万里もの旅程を行ったとしても、ど 、つしてとることができよ、つか」と田 5 った。かぐや姫のも てんじく とには、「今日、天竺へ石の鉢をとりにまいります」と げて、三年ばかりた 0 てから、大和風十市の郡にある あんち びんずる 山寺に安置されている賓頭盧の前にあった、まっ黒にす すけたをと「てきて、のに入れ、造花の枝につけ じさん て、かぐや姫の家に持参した。 ふしん かぐや姫が不審に思って見ると、鉢の中に文がはいっ はち ふみ まこる ている。ひろげてみると、 海山の道に心をつくし果て ないしのはちの涙ながれき ( この鉢を得るためにから天竺まで、海山の道に苦 を味わい、心をつくしはたして、血の涙が流れましたよ。 ) か \ や姫は、光があるかしらと、よく見るけれども、 螢ほどの光さえない おくの光をだにぞやどさまし をぐら山にて何求めけん ( 〈涙の〉露ほどの光さえないとはまあ、月倉〈暗〉山で何 をお求めになったのですか。 ) と鉢をだして返した。 「はちを捨つ」 皇子は鉢を門に捨てて、この歌の返しをした。 白山にあへば光のうするかと はちを捨ててもたのまるるかな ( 白山のように美しく輝くかぐや姫の前にでたので、あった はすの鉢の光が薄れたのではないでしようか。鉢〈恥〉を ててもなお、よいお返事が期待されることです。 ) へんか と詠んで姫のもとにさし入れた。かぐや姫は返歌もし なかった。耳に聞こうともしなかったので、皇子はいろ いろ言いなやみなから、帰っていった。 いり あの鉢が、偽であることを見あらわされて、返された のに、鉢を捨ててから、まだ姫の愛を期待するなどと言 い失可ったことがもととなって、厚かましいことを一はじ を捨つ」と一一一一口うのである。 うみやま しらや - ま はくさん はち