すすき どまんじゅう をつくり、どうも土饅頭であるらしく、その土葬の上に は雨露を防ぐための気も配ってある。 みやぎ 「宮木の霊は、昨夜、ここから出てきたのじゃ : 彼は息を呑んで、床の下を眺めた。おそろしさ半分、 なっかしさ半分の微妙な心の揺ぎであった。その片隅に、 手向の器がある。亡き妻が夫に霊前の水を求めているよ うつわ うに思える。その器の中を覗くと、木の端を削った面に 古い和紙が貼りつけたものが入っている。 「はイに : : : 」 からすやま ぎんみ 手ざわりの吟味で、その紙が鳥山あたり ( 和県 ) でつくられるなすの和紙だとわかった。文字が見える。 ところどころは消えかかり、十分には読めないものの、 みやぎ ひっせき その筆蹟からみて、それは、宮木のものである。戒名が 書いてあるのだろうか。あるいは死んだ年月日が記され ているのだろうかと勝四郎は考えてみた。 「そんな : 己の愚かさを彼はあらためて知ったのだ。 どうして、妻が自分の死んだ年や月日を書くだろうか。 かいみよう ましてや、自分の戒名を書くだろうか。 和歌がひとっ書かれていた。あの世に旅発っ直前に、 彼女は最後の夫を恋うるうたをしたためたのだ。 さりと 9 っと田 5 ふ、いにはかられて 世にもけふまでいける命か 夫は「火に〕ってくる」といったまま、秋になって 9 も 帰ってはこなかった。でも、あたしは、あの人が、きっ と帰ってくると思いつめてきた。あたし自身があたしを だましつづけてきたようだ。それで今日の日まであたし うつわ かっしろう のぞ かいみよう 「ああー かっしろう みやぎ 勝四郎は、この宮木の書いた和歌を読んで、彼女の死 あふ が現実であったのを知ったのだった。悲しみが一度に溢 れてきた。 「おお ! 」 ごうきゅう と、号泣し、その場にくずれた。 「お前の死んだ日を知らないおれは、なんという馬鹿者 と、つー ) レ、つもかよい か情ない。。 この世に、女房の日 を知らない亭主があるしやろうか : 彼は、夜明けの家の外へとよろめき出たのだった。 「詳しいことを知っておる者が、このあたりにいるかも しれぬ : : : 」 あお 溢れる涙を拭って、夜明けの空を仰ぐと、陽は山の端 に顔をみせ、すっかり朝の気配であった。 は生きながらえてきた。ああ、そんなあたしは、自分の 身かいとおしくてならない と、彼女は古い和歌に自分の思いを託しているのだっ 白い細い骨 近くに見慮えのある家があった。 「あの家とは、付合いもあったことじゃし : : : 」 かっしろう と訪ねてみたのだが、出て来た主人は、勝四郎の知っ ている男ではなかった。 「あなたは、一体どこの国から旅してこられた人しゃな」 けげん と、相手は屋訝な表情でいうのだ。
のをど、つしよ、つもなかった。 「なんとなさけないことを申されることでしよ、つか。院 うわさ けんさっ 様はもとから御賢察のある方との噂がありましたものを。 帝王道の道理はもう十分にお知りになっておられますの に、なんとい、つことをおいいになるのですか。では、こ ころみにお伺い致します。一体、院様が皇位継承をめぐ ごしらかわ って異母弟でいらっしやる後白河天皇とお争いになり、 あまてらすおおみかみ ほうげんらん 4 ・者 兵を挙げられ、お敗れになった保元の乱は、天照皇大神 しんちよく の御神勅にのっとって思い立たれたのでございましよう しりしよく か。それとも御自分の私利私慾からの計画でございまし 鯊ん院 よ、つかさ、→叶 1 ) ノ、し ) ってもらいたいものです」 といえば、さっとお顔の色が変られて、 「よく聞けよ。帝位というものは人間世界においては最 高の位なるぞ。それがもし、上に立っ天子から人道外れ こた の乱を起す時あれば、天の命しるに従い、民の望みに応 てんし たお せいけん てんし えて、天子であるといえども、この天子を仆すのが聖賢 、火 の道というもの。そもそも永治元年 ( 一一四一年 ) の昔、なん の罪もないのに、父の七十四代鳥羽天皇の命令によって、 自分は帝位を三歳の体仁に譲って退位した。これをみて も自分が慾深ではないとわかるであろう。その体仁が若 し・けなレー - 死してしまい。わが子の重仁 ( 崇徳上皇の第一皇子 ) こそ当然 のことに天下統治するものと自分も世間も思っていたに んル ふじわらのながざね このえ かかわらす、鳥羽法皇の記、近衛天皇の生母、藤原長実 しっと びふくもんいん の女の得子である美福門院の嫉妬に邪魔されて、第四皇 まさひと の子の雅仁に帝位を奪われたのだ。これは深く恨むぞ。重 まさひと 仁には国を治める才能がある。雅仁にはどれだけの才量 を・ノ第〉一 - 可 があるというのか。人の徳がどれだけあるかも見きわめ ハ 7 ひと てんし としひと
、、そら はうとう いざわ っ と ゆうかく 0 遊廓井沢家に嫁いだ磯良は夫にも真心を 尽して接したが生来の放蕩息子である正太 郎は鞆の津の袖という遊女と親しくなった その後袖を身請けした正太郎は近くの里に 人の居を構え家にも帰らないようになった と 遊女 ざわ 香央の娘の良は、弗沢家に嫁いでからというもの、 朝は早く起き出し、夜はおそくまで働き就寝の時間も遅 ーうとーうとめ く、常に、舅、姑のそばを離れす甲斐甲斐しく仕え、夫 の の性質も十分に呑み込んで、なんとか夫に気にいられる ざわ ようにと仕えたので、井沢の両親は、 「なんと孝行者しや」 「これはど出来た嫁はない」 と喜んだものだ。 また夫である正太郎も、筬良の尽してくれることにい としさを増し、夫婦仲、その営みもこまやかにやさしく なかむつ してやり、二人は仲睦ましく暮したのだった。 袖という遊女あり だが、根っからの放蕩な生質はどうにもならない ゅ・フカ′、 いつの頃からか、家から西南六十キロほどにある遊廓、 ゅうじよ し」ーも 鞆の津 ( 広島県福山市の海岸べり ) の袖という遊女と深い関 おちい ついには、その遊女を身請けして、近くの里 しトフた、 に妾宅を構えて住わせ、そこに寝泊りする日が重なり 家には帰らないようになってしまった。 磯良としては悲しい。限みたい、い情だ。 いっか、義父母が怒っているのに乗して夫に意見もし もんもん - フわごころ てみたし、ある時は、夫の浮気心を嘆いて一人悶々とし たが、夫の正太郎は妻のいうことなど聞き流してしまい 怒った後は一か月以上も帰って来ないようになった。 しさフだゅう 義父の庄太夫は、筬良の真情がいしらしく哀れで、つ かんきん いに見るにたえられすに、正太郎を責めて、一室に監禁 力さナ とっ そて 力、カ、 つか そて してしまったのだった。 磯良はまた、このことを悲しく田 5 って、朝にタに、身 かく′」 しさフたく を粉にする覚悟で夫に仕えるとともに、一方では妾宅の ないしょ 、真心を出来る 袖にも、夫や義父母に内緒で物をおく だけ示そうとした。 ある日、正太郎は父の不在にかこつけて妻の磯良を呼 び、甘い声で、 「お前の真心にわしはうたれた。今では自分が悪かった と反省している。だから、あの女と手を切り、あの女を 故郷に帰そう。そうすれば父上の怒りもやわらぐことと いんなみの かこがわあ はり - まな、つご 思う。あの袖という女は播磨 ( 兵庫県 ) の印南野 ( 加古川と明 石町の間の美町 ) の出身なんだが、親もいない不幸な女、 、ユう′、・フ それに不幸な境遇なので、つい同情して思いをかけてし まったのだ。もし、今、わしに捨てられたなら、きっと ゅうじよ : そこで、 また港町の遊女に身を堕してしまうと思う。・ 同しようなことをして生きていくとしても、都なら人の 情も厚いというから、あの女を都に連れて行って、しつ かりとした身分ある方の邸にでも仕えさせたいと思うの ためいき といって、溜息をつくのだった。 「自分がこういうふうに監禁されているので訪ねてやる ことも出来ない さぞかし、なにかにつけて、不自由な ことだろうなあ。都へ出るというたとて、旅の路金もな ければ着物も都合っかんことだろう。どうか、お前のカ であの女になんとか都合をつけてやってくれんか」 と、熱心に頼み込むので、筬良としても自分になにも か 9 も打ちめけ、頼りきる夫に嬉〕しく田い こ そて おと やしき
琵琶湖周辺の様子近江名所風俗図屏風筆者不詳 りよら・し そして、網をひいたり、 釣をしたりする漁夫に若十の 金をくれてやり、獲った魚を買いもとめて、 に放って せっしよう やる。僧だから、きつく殺生か禁しられているというこ ともあるが、彼の場合は、それを画のモチーフにするの ぎよせ、 あ、」ら である一日一、とらわれ、人生ならぬ魚生を諦めた魚た ちか、思いかけなくまたもとの水に戻されて、喜々とし て泳ぎまわる。彼は、その姿を素早くスケッチするのだ その姿の躍動をつ、ぶさに描いていくのである。それを繰 返している裡に、絵の技は上達した。細かな鰓の動き、 こくめし 尾の動き、鱗の一枚一枚を克明に描いこ。紐緻の極を自 分のものにした ある日 その細かな小魚の部分部分に目を凝らしている裡に、 わむけ あくび ふなべワ 疲れてしまったのだ。思わす睡気の欠伸か出る舟舷で、 一一、要ゞ蟻鷙 うろこ 死への旅だち 夢の世界に遊んでいた 水の中だ。自分か湖の中に入ってしまっている。大き な魚、 小さな雑魚が、自分のまわりを泳ぎまわっている そして、自分もまた、冰いでいるのだ。 小と、目醒めた 「夢であったか : かじようひろ 彼は呟くと、すぐさま画を展げて、たった今、自分 の夢の世界に登場した魚たちを描くことにした。夢をた どる絵を描くのは、はしめてである。さらさらといつも より早く描くことか出来た。出来た絵を壁に貼りつけた。 うとうとと仮睡んだのだ。 つぶや めざ まどろ
すとく 高屋神社崇徳上皇の遺体を白峯に運ぶ途 ひつぎ 中この地に棺をおいたという棺の中から 血が流れ出したので「血の宮」とも呼ばれる けむり 0 煙の宮神社遺体を白峯山頂で荼毘に付し たとき煙が都の方へ向かって落ちたという 死界の虚無 ためいき 「ふーむ」院様は溜息を吐かれて、 よしあし 「その方は、事の善悪、いずれが正しいかと論理つくし て、わが罪を問うたが、 それもまた一理ある。しかし、 この気持は、どうしようもなく乱れておるのだ。この島 たかとおまつやま に流されて、高遠 ( 松山の名家 ) の家に捕われ同然に苦しい 暮しを強いられ、一日三度の食事をもってくる者の他は、 かり 誰一人仕える者もなかったのだ。ただ、夜の天を渡る雁 まくらべ の声が寝られない枕辺に聞えてくると、ああ、あの雁 は都へと飛んで行くのかとなっかしくなり、夜明けにリ つか の中洲で啼く千鳥の声を聞くと、心が抉られてしまうの からす だ。中国の故事によれば、烏の頭が白くなることがあっ ても、自分は都へ帰る時はない : : この海辺で生命を終 えてしまうであろう。ただ、ひたすらに後の世のために だいじようきようけごんだいじゅだいほんはんにやほけねはん と思って、五部の大乗経 ( 華厳、大集、大品般若、法華、涅槃 ) を写してみたが、寺らしいこれといった寺もないこの海 むな 辺に残していくのも虚しいかぎりだった。せめて、今書 き写しているこの筆の跡なりと都の中に残しておきたい じようしゅ にんな かくしようほうしん きようと と思って仁和寺 ( 京都市右京区御室 ) の上首である覚性法親 王 ( 鳥天皇の第五皇子 ) の許へ経に添えて次のような歌を 送ったものだ。 あと 浜千鳥跡はみやこにかよへども 身は松山に音をのみぞ鳴く はまちどり な、わかってくれようか。浜千鳥と自分の筆蹟だけは 懐しいあの都へと通っていくけれども、自分は松 ( 待っ ) いちず 山で、ただ一途に都に帰る日を待ちつづけて、狂ったよ うに声をあげて泣くのだ、と書き送ったのだ。ところが ほうげんらん けんせい しようなごんしんぜい 保元の乱以降権勢ほしいままにする少納言信西なる藤原 みちのり じやすい じゅそふみ 通憲の奴が邪推して『もしかするとこれは呪咀の文やも わかりませんぞ。天下を呪う心で書き送られたものであ そうじよう りましようぞ』と奏上したために、そっくりそのまま送 り返されてきたのだ。い や、もう、限めしいことだ。昔 から、日本でも中国でも、国位を争う兄弟が敵となった 例はいくらもあるが、この自分は、自分の罪深いのを知 って、その悪心をあらためたいがばかりに、罪ほろばし の気持で経を写して送ったというのに、ただ一人の邪推 を種に送り返してくるとはどういうことか。天皇家には なっか のう なかす ちゅう′」く きよう ちどり のろ えぐ ふじわらの
1 「丿 ) イ 界に来てみても、自分の内にはなおも怒り、憎しみ、呪 限みの火はしきりに燃えあがり、一向に消える様子 はないのだ。そのうち、自分は大魔王となって、魔界の しゆりよう 部下を三百人あまり引率する首領となっていたのだ。自 分の部下のすることといえば、幸福に暮している人を見 れば、これをたちまちにして不幸のどん底にたたき込み、 1 応てら人堯ス いんそっ 古田 世が平和に治まったのを見れば、たちまち乱を起してし たいらのきよもり まうのだ。 ・ただ、平清盛だけは現世の運が強い男、 かほうもの 果報者なので、その一門、その一族がすべて高位高官に 列することになったのだ。自由自在に国の政治をやって きよもり しげもり いるというものの、清盛の長男の重盛が忠義をもって助 ばうぎやく けているから、まだ少し暴虐を尽させて、その機が至れ きよもり
はうげん すとく つ崇徳上皇像菊池容斎筆保元の乱に敗れ だ、、じようきよう さぬき て讃岐に流された上皇は五部の大乗経を写 しんせい 経するが都に届かす信西のために送り返さ れた上皇はこの恨みを晴らすため自分の がんもん 血で願文を書き魔道に生きようとされた 崇徳上皇所用の鍔 ぎしんほう 議親法という法令があって、天皇の五等親、太皇太后・ 皇太后の四等親、皇后の三等親までの親族が減刑される という特別の処置があるというのに、その法令をも無視 して、兄の筆蹟すら都の中に入れないというのだ。この 限みは死んだ後もまだ解けていないのだ : すとくいん 崇徳院様の目に恨みがこめられたのだった。 まどう しやきよう 「よし、それならば、これを魔道への写経としてやろう さまた しようば、つ てんぐ と思ったのだ。正法の妨げをする邪道、天狗道の方に、 しゆとく くどくそそ この写経をもって得た己の修得の功徳を注ぎ込んでやろ うと思ったのだ」 一途にそう思いつめた院様は指を切ってその血で願文 きよう を書きつらね、経と一緒に志戸の海 ( 坂出市の北の海にある 大椎、 小椎島間の椎途の海 ) に投げ込み、沈めてしまった後 は誰にも会わす、ただひたすら魔王にならんものと大願 がんじようじゅ をつづけた結果、果して、その願が成就して平治の乱が しんぜい ふじわらののぶより このえだいしよう 起り、藤原信頼が近衛大将の地位を望んで信西と争い 殺されるということになったというのだった。 ) 」うまん のぶよりやっ 「あの信頼の奴ばらが高位高官を望みおる傲慢な心を利 みなもとのよしとも 用して、源義朝と手を握らせたのだ。あの義朝こそ、憎 ためよし ほうげんらんじようこう みてもあまりある奴。父の為義は保元の乱で上皇方につ いて敗れて首を斬られおったのをはしめとして、兄弟の はうげ - ん らん 武士たちもいすれも保元の乱で生命を捨てて自分のため に働いてくれたというのに、あの義朝だけが敵にまわり ためよし らんぜいはらろうためとも おったんだからなあ。鎮西八郎為朝の勇猛さと、為義、 ただまさ 忠正の軍略に勝利の色濃く見えていたのに、不意に吹き しらかわでんきよっと 荒れた西南の風に本陣としていた白河殿 ( 京都市中京区丸 、つ あ 太町、元・白河法皇の御所 ) が焼き討ちの悲運に遭い、敗退 て さかいで らん やかた を余儀なくされ、自分は白河殿の館をのがれ出てからは、 みねきようとひがしやま 如意が嶽 ( 京都東山の一番高い峰 ) まで逃げのび、あの嶮し ふとん きこり い山で足を痛め、あるいは椎夫、漁師の椎柴を蒲団がわ りにして雨露をしのいだりして、苦労に苦労を重ねて、 ついには囚われの身となって、この島に流されたのだ。 しわざ おらい ああいう羽目に陥ったというのも、すべては義朝の仕業 う・ なのだ。あいつが焼き討ちをかけなければ、あの苦しみ おらい こュよ々旧、ら 。あの時の仕返しをするため なかったのに : ばうぎやくざんにん には、自分の気持、心、魂をも暴虐残忍な鬼と変えて、 いんばう のぶより 信頼の陰謀に加勢させたのだ。その結果、義朝の奴は、 てんし 天子に弓ひく国賊となり、武略なんぞはからっきし出来 たいらのきよもり ぬ平清盛に追いつめられてしまったのだ。その上、父の ばうさっ 為義を殺したがあらわれて、家来に謀殺されてしま しようなごんしんぜい 、天罰を己の死で知ったのだ。そしてまた少納言信西 の奴は、いつも己は学者なりと博学ぶっての他人の気持 を汲むことをしないねしれ心の持ち主だから、この男を のぶより じやどう 邪道の願かけで誘い出し、信頼・義朝連合軍の敵にまわ してやったところ、こやつも追いつめられて家を出て逃 うち げ隠れしている裡に、宇治山 ( 宇治市田原 ) のかくれ穴に入 ろくじよう っていたところを、ついに見付けられて、六条河原で首 しやきよう をさらされたのだ。これは、自分が京に送った写経を送 おもねり り返した罰を下してやったのだ。諛言の罪とでもいうも おうはう のだ。この勢いはますます力を得て、応保 ( 一一六一年から いのち びふくもんいん 六二年 ) の夏には、あの恨み重なる美福門院の生命をちぢ よう・りつ ごしわかわ らようかん め、長寛二年 ( 一一六四年 ) の春には、後白河天皇を擁立して ふじわらのただみちのろ ほうげんらん 保元の乱には天皇方についた藤原忠通を呪い殺し、自分 も同じ年の秋には世を去った。しかしながら、死後の世 ためよし とら
ウ . へ かっしろう , 刀しし 勝四郎は長旅の疲れもあって、いっしかぐっす ふち りと深い眠りの淵におちた。 消えた宮木 夜明け頃、彼は、ばんやりとまだ夢見、い地だっこが、 肌寒さを覚えて、夜具をかけようとした。まだ白々あけ てさぐ の手前、手探りで夜具の場所を探った。 手に奇妙な感触がある。 さらさらと乾いた音がする。 ふち 眠りの淵から、次第にはっきりした意識になった。 顔につめたいものが、滴のようなものがふりかかって くる 3 ノ とぎばう 墓と白骨勝四郎は妻の霊魂と一夜を共にした伽婢子挿絵 「雨でも天井から漏っているのか : あお 天井を仰ぐと、そこに夜明けの淡い月の光が差し、屋 根は風のために荒されているのが見える。 「不思議じゃ : みまわ おどろいて半身を起して、見周したのだった。 想像していた家と様子がまるでちがうのだ。叩いた筈、 声をかけた筈の戸もないようだ。荒れはてている。 「そんな馬鹿な : 板敷の床のくずれているあたりからは、荻やすすきが 生え出ているではないか、葉先や穂先から朝露がこばれ そて かっしろう 落ち、勝四郎の袖はぐっしよりと濡れているのだ。 えん 壁には蔦や葛が生え茂っている。庭の方はと縁のあた りを見ると、雑草がびっしりと生えていて、まだ秋には 遠いというのに、その草の深さは秋の野原のように埋め つくされているのだった。 みやぎ 「宮木 : : : 」 みやぎ 妻の姿は、どこにもない。本 尢を並べて寝た宮木はどこ へ行ってしまったのか、姿、匂いさえもない。 きつわ 「狐か狸におれは化かされたのか : 荒れはててはいるが、自分の家に間違いない 、よん、・ら 「あの稲倉は、間違いないのしゃ・ ぞ - フさく 広く奧をとった造作にしても、端の方につくった稲倉 にしても、自分の思いどおりに設計したものであり、見 慮えがある。間違いない かっしろう ばうんじしつ 勝四郎は茫然自失で、ふらふらと立ち上り、この現在 の自分の立場を理解しようとっとめた。 みやぎ 「宮木は死んでいたのしゃ : あれは、狐か狸、この たねき きつねたねき おぎ はず
ようえん 真女児は妖艶な媚をみせ美しい声で夫婦の 契りを結んでほしいと盃を出した豊雄は本 心は飛びたたんばかりにうれしかったが自 由のきかないわが身を嘆いたしかし結局は 真女児との結婚の約束をさせられてしまった さか「き 舞えない身なのだと自省が湧いて、やはり、こういう場 しト - うた ~ 、 合は、親や世話になっている兄の承諾を得なければなら ないと考え、返事を出ししぶっていると、真女児は、返 事なしを悪い予感でとらえて、 「ほんとに、あさはかなことを申しました。馬鹿なこと を口にしてしまいました。口にして、ムマさら引っこみが つかないあたしは恥しいかぎりです。身寄り一人ない身 になって、その上、他人様からうとまれる、われながら いやな女になりながら、ひと思いに海に身を投じて死ぬ ことも出来すに、あなた様の気持をわすらわそうとして いるあたしは、なんと罪深い女なのでしよう。いま、あ たしが申しあげた言葉には、嘘は一切ございません。 じようだん : が、この際は、酒に酔って、つい口にした冗談と聞き 流して下さい。海へ流し去って下さいませ」 というのだった。 1 とよお 豊雄は、自分の方が迫められているようで、迷いの心 を贈い、いと田 5 ったのだった。 いや、はしめから、私はあなたが都の人だと思ってい くじら すいさっ たわけで、この推察は見事に当っていたわけです。鯨の りようし 群がくるようなこんな漁師町に育った私は、あなたのよ うな都生れの方から、こんな打ち明け話を聞くとは想像 もしていなかったのです。すぐに答えなかったのは、ま だ、私が自立していないで、親がかりで、兄に面倒をみ てもらっているからで、そう、自分のものといえば、こ の爪に髪、それにこの体以外にはなにひとっとしてない ゆいのう のです。結婚するからには、一体なにを結納にしてあな たをお迎えすればいいのかと考えあぐんでいたわけで、 財産のないというのが、こんなに淋しいものとは田 5 って : それでも、もし、あなたが貧し もいませんでした。 さを苦にせす、生活に耐えて下さるというなら、どんな ことをしても、私はあなたを妻としたいのです」 とよお 豊雄は一気に胸にあるものすべてを吐き出したのだっ ひれき た。ここでやはり、学あるところも披しなくては都の こレざ 人に笑われると思い 「諺に申します。孔子のような聖 めくら しいます。恋のために親 人も恋には迷い、盲目になると、 ひりき への孝行も忘れ、自分の非力も忘れて、私はあなたを妻 にしたいのです」 すると、凝っと視線を注いでいた真女児も、 ーあわ 「あなた様の決心を聞いて、あたしは倖せでございます。 あたしたちの暮しは貧しゅうはございますが、どうかあ なた様は、あたしの夫となって時々ここへお通い下さい といい、金銀で美しく飾りあげた見事な太刀一振をみ 111
ば、これまたたちまちに地獄に陥らせてやろうと思って いるのだ。お前も、よく見ているかよい。そのうちに、 まさひと 平家は滅亡してしまうのだ。雅仁が自分につらく当った ふくしゅう 分だけ、自分は復讐してやろうぞ」 と′イ " け おらい へ、一け だいおんじよう 院様の声は、さらに大音声となり、恐しさをましてく るのだった。 そこで、私はいったのだ。 「さようですか。院様はこれほどまでに魔界の悪業と深 いつながりをもっておられるのでしたか。おそらく、仏 ′」くらくじようど 様のお住みになる極楽浄土へはとてもしゃありませんが じようど お行きにはなれないでしよう。もう浄土とは何億万里の ゆえ 遠い隔りをおもちになっていられるのですから。・ : ・ : 故 に、も、フ、なに、もいい士 6 十 , まし むか 私は、ただ黙って対い合うかたちをとっていた。 みね 突然、峯や谷が激しく揺れ動き、風が林を吹き倒さん ばかりに吹きつのり、砂を巻いて天にのばった。 怨霊の怒り ひざ 見る間に、ひとかたまりの鬼火が、院様の膝の下から めらめらと燃えあがり、山も谷も真っ昼間の明るさとな その光の中、凝っと観察すれば、院様の御様子は、怒 ぎようそう しんく しゅそそ りのせいか真紅の朱を注いだ形相、乱れに乱れた髪が膝 あたりまでかかり、かっと一点を睨み据えた白眼は釣り あがり、熱い息を苦しそうに吐きつづけておられる。 すす 着ていらっしやるものはといえば、煤けた柿色の衣、 手足の爪は獣のように長く曲って伸び、さながら魔王の 姿そのもの。あさましく恐しいかぎりであった。 やがて、空に向い さがみ 「相模 ! 相模ー」 あっ おにび かき