米山 - みる会図書館


検索対象: メッタ斬りの歌
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1. メッタ斬りの歌

そんなある日のことだ。光代さんがタ飯の買物から帰ってくると、家の前に島頼子さん が立って、人待ち顔にこちらを見ていた。 「あ、お帰りなさい。今、お客さんが来て : : : 」 「お客さま ? うちへ ? どなたかしら」 「橋爪って人でした。チャイムがジャンジャン鳴って、米山さん、米山さんって声がする ので窓から覗いたら、米山さんの奥さんはお留守ですか、っていうもので」 「あらまあ、橋爪さんが : : : 一人で ? 」 「ええ、それで降りていったら、その間にカオルさんが来ていて話しながら暫く待ってた ようだけど、そのうち二人でどっかへ行きました : : : 」 小鼻がヒクヒク動いて、頼子さんは急に不快そうな顔になった。 「どこへ行ったのかしら : : : 」 「さあ ? とにかくカオルさんは手が早いから」 頼子さんはそういうと、さっと背を向けて足音も荒く階段を上って行った。 光代さんがタ飯の支度をはじめた頃、カオルさんが台所に顔を出した。 「あのう、さっき、お留守中に橋爪さんて人が来て、少し待ってたみたいですけど、その のぞ

2. メッタ斬りの歌

バタリアンの旗色 「ああ、もう、メッタ斬りに、斬って斬って斬りまくりたいわねえ」 というのが、この頃の米山光代さんの口癖である。 「 " みな殺しの歌〃っていう映画があったけど、わたしは " メッタ斬りの歌〃っていう歌 を作りたいわー そこでこの小説の題名を「メッタ斬りの歌」とした。 主人公は米山光代ーー彼女である。当年とって六十一歳、夫も子も孫もある中流主婦の 旗彼女が、なぜメッタ斬りの歌を歌いたくなったか、それを彼女に代って、これから筆者が ン書くのである。 「斬って斬って斬りまくれ あいつもこいつも斬りまくれ」 これが彼女が作った「メッタ斬りの歌」の冒頭である。全部はまだ出来ていない。光代

3. メッタ斬りの歌

「そんなこと、わたし知らないわ」 「二十万円よ、二十万」 「はあそうですか」 「そうですか、ってあなた、しかもよ、二、三日で返すっていったのが、もう一二か月以上 になるのに返ってこないんですよっ・ 「へーえ : : : 」 そういうとカオルさんはクスクス笑い出した。 「何がおかしいの、カオルさん ! 」 「だって : : : だって米山さんが簡単にそんなお金を貸すなんて : : : 米山さんともあろう人 : というキモチ」 ス 「わたしはね、昔この部屋にいた人、勝子さんというんだけど、その人をとても信用して ガ ンたのよ」 「ああ、あの勝子さん : : : もしかしたらあの人ね。質素で礼儀正しくて、茶の間に人る時、 ふすま に坐って懊を開けたっていう人でしよ」 「そうですよ。女子学生の鑑ともいうべき人だと思っていましたからね。だから、その勝 子さんに頼まれたものだから : : : 」 かがみ

4. メッタ斬りの歌

今、光代さんは間借人から「うるばあ」と呼ばれている。「うるばあ」は「うるさいば ばあ」の略称である。 二十年前頃までは、光代さんは間借人から「奥さん」と呼ばれていた。松江から来てい た女子大生の宮本勝子という素封家の娘は、「奥さま」と呼んでくれた。光代さんはそん じよそこいらの「下宿のおばさん」ではなく、若者たちの「保護者」という意識を高く掲 げていたから、若者たちも自然、敬意を払う気持になったのであろう。 だがそのうち、「奥さま」が「おばさん」になった。いくら「保護者」の意識を高く掲 げても、それに感応する若者はいなくなったのだ。光代さんはそれに気がついてショック を受けた。しかしまだ「おばさん」という呼び方には親しみがあった。屈辱を覚えながら も、まだ親身な「おばさん」として若者の世話をやいたり、お説教をすることが出来たの である。 色 旗「しようがないわね : : : 」 ア といって、金を貸してやったこともある。 ところが最近になって、「おばさん」はいっか消え、「米山さん」になった。 「米山さん ! 」 ではまるで、銀行か病院へでも行ったようではないかー

5. メッタ斬りの歌

笑い声におびえるオジ、オ・ハ予備軍にとって、『メッタ斬りの歌』のヒロイン、米山光代 さんは心強い存在である。彼女の「ポンポン時計や手風琴など、昔のものはステキだと言 って大事にするくせに、じいさんばあさんは大事にしない」という怒りには、思わず拍手 をして、同感 ! と叫びたくなるにちがいない。 ハタリアンであ さて、米山光代さんは六十一歳、立派なオ・ハタリアンーーというより・ハ る。 夫の孝造さんは、週に三日だけ顔を出せばよい閑職に身をおいていて、長男の一郎さん は大手スー。ハーマーケット第三支店の店長、長女の葉子さんも洋菓子店に嫁いでいる。 その上、光代さんは四十代の時に、間貸しを目的とした二階一一間、階下一一間の建増しを した。生活に不安はない。 その光代さんが、 「ああ、もう、メッタ斬りに、斬って斬って斬りまくりたいわねえ」 と、口癖のように言う。 原因は、若い間借人の言動であった。 たとえば、腰まである長い髪に黒い瞳、花びらのような唇をもったチャーミングな女子

6. メッタ斬りの歌

に出してあるのを見つけて小言をいったりし てカオルさんや頼子さんを悩ませるだろう。 「どうしてこう、この頃の若いタレントは同 じようなキイキイ声を出して、同じような顔 をしてるんだろう。これはきっと整形のため にちがいないわ。整形で同じような顔になっ て口先ばっかり個性だ、主体性だなんていっ たって : : : 」 といったとき、電話が鳴った。 「もしもし、米山さんでいらっしゃいます か ? 」 と品のいい静かなアルトがいった。 「わたくし、野々宮勝子と申しますけど、あ のう、憶えていらっしゃいましようか、二十 年ほど前、お宅さまでお世話になりました ・ : その頃は宮本と申しておりましたが :

7. メッタ斬りの歌

「そうですよウ、そいで・ハッチシ、聞いちゃいました : 。ハニエルですよウ : : : 」 「ワハ 間崎氏は豪傑笑いを吹き上げる。 「笑ってごま化そうたってダメですウ」 みずみず カオルさんの声は瑞々しく甘ったるい。 「君、どこの大学 ? 」 「 0 女子大です」 「米山さんの二階を借りてるの ? 」 「ハイ。立花カオルといいます」 「そう、カオルさん。名前のように芳香を放ってる娘さんだね。そのうち遊びにいらっし ゃい」 「いいでしようか ? わたし、ジャアナリスト志望なんです」 「いいですよ。夜ならたいていいます」 「じゃそのうち、とっちめてあげに行きます : : : 」 、怖いなア」 : どうせ、わたしたちはコッカス

8. メッタ斬りの歌

の区分からはじめる。午前中は上天気のポカボカ日和だったのが、昼過ぎから少しずつ曇 ってきて、次第に冷え込んできた。それでも光代さんは坐り込んだまま、これも使える、 こっちも : : とやっている。 ほんとにもう、こんなふうで、この先日本はどうなっていくんだろう。光代さんはいっ つぶや ものように呟く。 「ああもう、メッタ斬りに斬って斬って斬りまくりたいわねえ : : : 」 「斬って斬って斬りまくれ あいつもこいつも斬りまくれ」 そういう出だしの米山光代作「メッタ斬りの歌」を光代さんは思う。 ハンザイ・ハンザイ ああ、胸がスッとした」 というのが最後の歌詞になる筈だった。 な しかし光代さんの胸はおそらくは永久にスッとすることはないのである。 は 本 はず びより

9. メッタ斬りの歌

遠慮もなくいうと、 「え ? ええ : : : フフ。お早いんですねえ、米山さん」 こともなげにいって郵便受けを覗いた。手に牛乳の。ハックと。ハンの袋を持っている。 「どこで泊ってきたの ? 」 といってから、気がついた。今、まさに向いの間崎さんの低い門扉を大またぎに跨ごう としているのは間崎鉄平氏である。 「あらツ、まあ ! 」 光代さんの声は聞えた筈だが、間崎さんはふり返りもせず、門を跨ぎ終えるとそのまま 大急ぎで植込みの向うに姿を消してしまった。 「間崎さんのご主人と ? : : : 」 光代さんはカオルさんを見た。 利「一緒だったの ? 」 るカオルさんはニコリと笑っただけである。 「一緒だったのね ? 」 幸 光代さんは念を押さずにはいられない。 「どこへ行ってらしたの ? 」 のぞ また

10. メッタ斬りの歌

178 「そんなことわたしにいわれても : : : 」 カオルさんは困り果てたようにいった。 「そのこと、わたしにじゃなくて橋爪さんにいえばいいんじゃないですかア ? 」 「勿論そうします。けれどあなたにも一言いっておきたいんですよ。愛してもいないのに フィーリングとかが合ったというだけで、泥棒猫みたいに横から出てきて、しかも、わた しとあの人との関係を知りながら、チョッカイを出すなんて、それが大学までいってる人 のすることかしら」 勝子さんは涙声になっている。 「大学を過大評価してる : : : 」 カオルさんはおかしそうにクスッと笑い、 「米山さんがよくいってるわ。この頃の女子大生は昔の中卒よりも劣るって。でもアタマ からそういわれても困ってしまうのネ、劣るかもしれないけど、わたしたちはわたしたち なんだから : : : こうなんだから : : : しようがないでしよう ? 」 勝子さんとカオルさんとの戦いは、どうやらカオルさんの判定勝というあんばいで終っ