セレネース - みる会図書館


検索対象: ルポ老人病棟
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1. ルポ老人病棟

8 処方は、判で押したようにセレネース〇・七五ミリグラム十プロメタジン二〇ミリグラム を朝昼タ三回、それに就寝前にセレネース〇・二五ミリグラム + プロメタジン一〇ミリグラ ム。例外もあるが、この処方が圧倒的に多い。そこで私もこれと同じ処方に従って、一日分 を試してみたのだった。 日本医薬情報センター編の「医療薬日本医薬品集第川版』によれば、セレネースとは商品 名で、正式にはハロ。ヘリドールと呼ばれる。大変にポビュラーな抗精神病薬で、二十数社か ら発売されている。対象となる病気は、精神分裂病と躁病。老人痴呆とは書いてない。 りこの薬で「痴呆を治す」のは全く期待できない セレネースには、手が震えたり、食べ物が飲み込めなかったり、眼球が動かなくなったり する副作用が出ることがある。プロメタジンはその副作用を軽減する。セレネースは眠気の ない抗精神病薬として知られるが、プロメタジンには強い眠気がっきまとうという。 マリファナや睡眠薬で遊ぶ人がよく「ハイな気分」という表現を使って粋がるが、私の飲 んだ薬は、どう思い返しても高揚した気分なんていうしろものではなかった。半寝たきり状 態になって、「人生灰色」の心境であった。 それも身長一七四・五センチ、体重六九キロ、人並み以上に頑健な体の私でさえこのくら 、効いた。体重が私よりはるかに軽くて、生命力も残り少ない高齢者に処方されるとなれば、 もっと強烈な心身機能のレベルダウンが起きるはすだ。しかし医師たちは、その点をあまり

2. ルポ老人病棟

セレネースは「寝たきりをつくる薬」なんて、どんな本を開いても書いてない。高齢者の 幻覚妄想、夜間の急性錯乱 ( 専門的に クスリにうるさい精神科医三人にたすねてみると せんもう は「譫妄」という ) のときのみ、それを鎮めるために使う。副作用がこわいので、少量から 重に増やし、患者の観察は怠ってはならない。それでも寝たきりに追い込んでしまう恐れ があるので、使うにはかなりの勇気と決断がいる。ーーという答えであった。 そして、「薬で寝たきりをつくるのは医師の敗北」という点でも意見は一致していた。 もしかして、真愛病院もそんな見識でセレネースを使っているのか。当方の調べでは、二 階百四十四人の入院者のうち四十人はどに処方されている。この老人病院にはこんなに幻覚 妄想・譫妄患者がひしめいているのか。 病院職員の皆さんは、手元のカルテを開いてみればいし 。どれを見ても入院当日の医師の 所見欄には幻覚妄想とか譫妄といった表現はない。にもかかわらす、指示欄には例の処方が 書かれている。 たとえば、明治三十六年生まれの女性が八六年の夏に入院した。それまで入院していた病 院の医師の紹介状には、「脳動脈硬化性の痴呆で失見当識、記億障害、徘徊、睡眠障害など があったが、現在は落ち着いている」とある。また前病院の看護婦の申し送りに、「便をい : 」ともある。ポケの高齢者に特有の状態はうかがえる。 じったりの不潔行為がたまにあり : しかし、「幻覚妄想」の情報はない これで、入院したその日からなぜセレネースを処方す

3. ルポ老人病棟

異常もポケ。老いにまつわる異常行為、問題行動はすべて「ポケ」でひっくくられる。 残った能力の保存こそ神髄 だが、私たちの生理機能の衰えを示す現象には、現代医学の力が及ばないものもあれば、 なんとかなるものもある。たとえば、記憶障害は治らないが、幻覚妄想は退治する余地があ る。そこにこそセレネースの正しい出番もある。 退治できるものは退冶し、残った心身の能力 ( たとえば、歩いてトイレに行けることな ど ) は貴重だから、できる限り大事に保存し、支えてさしあげる、これこそが老人医療の神 髄である、と私は良心的な専門医から聞かされてきた。 老化の進んだお年寄りが汚れたオムツをはすそうとするとき、その気持ち悪さをおもんば かって頻繁に交換してあげようとはせす、抗精神病薬を使って行為を鎮圧する。これは医の 道に反しないか こういうと、反論が聞こえてくる。「とはいっても、ポケ老人の傍迷惑な行動はほうって はおけない。お前ならどうするのか」と。 オしだが、そ 私も、薬で高齢者の行動力をダウンさせる方法を全く否定するつもりはしよ、 れは刀折れ矢尽きた後にとる手段であって、その前に試みるべきことがある。ますは看護や 介護の良質な職員を常識的な数以上に確保すること。

4. ルポ老人病棟

、い配してくださらない 事実、次のような例は枚挙にいとまがない いまは重症部屋に入っている明治三十二年生まれの女性。一九八五 ( 昭和六十 ) 年春に入 院した直後から、例の薬が処方された。入院前、不眠や徘徊などいわゆるポケの高齢者特有 の状態はみられた。しかし、人に危害を加えるような事態などなかった。処方は延々と続い こ。本ま弱っていった。 「寝たきり」は病院側の敗北 八六年十一月のある日、人手を借りてべッドの端に座って朝食を食べている最中、前にの しょっと , つだ一い み めって床頭台に顔をぶつけ、目の上を切った。普通なら薬で体の動きが鈍っていることを て 試疑うべきケースだと思われるが、処方は変わらなかった。 を 薬 八七年にはいると、完全な寝たきりになった。しかし、まだ処方に変更はなかった。そし る : 号丿、六月十九日に重症部屋へ移された。いま八十八歳のこの婦人は、二年一 せてき、らに体力日当ー カ月目にして、やっとセレネースから解放された。 を この例からもわかるように、真愛病院のドクターは、薬による、い身機能の低下には、ほと 人 老 んど関心を示さないようである。院内に寝たきりの人々が増えるのを全く気にしていないよ うである。まるで寝たきりをわざわざっくりたがっているかのようである。

5. ルポ老人病棟

るのか 結払硎を急ご , つ。 この病院は、「幻覚妄想」「譫妄」に専門的に対処するつもりは初めからない。常勤の精神 科医はこの病院にはいな、 トの精神科医が何週間かに一度思い出したように現れるこ 、。「六、つすがあ」 とはあるが、入院者の症状を全く把握していない。把握するつもりもなし と当方をうならせるような専門家の見識は、カルテには全く見当たらない 当病院の関心事といえば、入院者がオムツをはずしてシーツや寝間着を汚さないか、夜間 : とどのつまり、病院職員の負担になるような 眠らないで夜勤者を悩ませることはないか : し行動をとる恐れはないか、という点に尽きるようである。 み もし、世話のやけそうな人が入院してくれば、精神科医ではない非専門医師が例のワンパ て 試ターン処方「セレネース + プロメタジン」を出す。ポケの強い人をさらにポケさせ、体の動 薬きの鈍い人をさらに鈍らせる。その結果、夜勤の職員はやすらかに仮眠ができる。なんとま せあ、職員思いのドクターたちであろうか 話は少々わき道にそれるが、私がこれまで安易に使ってきた「ポケ」という一一一一口葉はかなり 人無責任な表現であることをお断りしておきたい。「ポケ」の定義は実に曖昧だ。今朝ご飯を 老 食べたことも忘れるような重い記憶障害もポケなら、皆さんのちょっとした度忘れもポケ。 老人の抑鬱も、幻覚妄想も、急性の錯乱もやはりポケ。オシッコをもらすのもポケ。睡眠の

6. ルポ老人病棟

ると、職員は一日二十四時間で十回もトイレに誘導していた。 この現実を目の前にした看護婦さんは、「真愛病院だったら入院したその日に閉鎖病棟に 入れられ、セレネース ( 精神病院でよく使われる抗精神病薬の一つ。正式名ハロ。ヘリドー ル ) を飲まされ、夜はべッドに縛りつけられ、オムツをさせられてしまうケースだわ」とい ポケの強いお年寄りとこちらの視線が合う。私がニコッと笑えばあちらもニコツ。こちら が仏頂面をしてると、あちらはちょっとうろたえて視線をそらす。どんなにポケが強くても、 護 介 こちらの態度には的確に反応してくれる。ここでは、ポケの人々の行動はすべて受け入れて の 宀元 再対処するのを原則としている。これを「受容」という。寮母はニコツを忘れない 、専 たとえば元校長先生は、すぐ一人で外へ出ていこうとする。すかさす寮母は「先生、お茶 人 老 かはいりましたよ」といって、お茶を準備した部屋へ手を引いていく。それでも出ていくと る わきは仕方ない。付きまとう印象を与えすに、十メートルほど離れて後を追う。道に迷って疲 れたころあいを見計らって、偶然出会ったような顔で挨拶を交わし、またホームへご案内申 一し上げる。 ートの女性を二人雇った。 人そんなポケのお年寄りへの目配り専門役として、この春からパ それでも行方不明になることはある。職員が必死に捜してもだめなときは町の有線放送が威 力を発揮する。町の人々も心得たもので、すぐ捜索に協力してくれる。