シンべ工先生は、あけすけに答えたもんだ。 「ばくはお父さんがないことになっとる。なっとるだけで、ほんと、つはいる。このあいだそ の人が死んだ。その人のおくさんにばくのお母さんがたのみにいった。ばくがその人の子ど もやということを、認めてくれって。向こうの人はダメだと一言う。認めたらざいさんがヘる からな。よくの深い人ならだれでも、そう言うやろ。そんなとこへもう行くなと、ばくが言 う。お母さんは、認めるまで行くと一言う。それでけんかをしとるんや」 どこかで車が急カープをきる音がした。 す 「ふたりともこれからまっすぐ家へ帰るんやで。いっしょについていってやりたいが、それ あはせん。手紙を書いてやりたいが、手紙も書かん。おとなでも子どもでも、苦労から遷げだ 一すやつにろくなやつはおらん。ふたりともええか」 プ ふたりはこっくり、つなずいた。 丿ー・アントワネット」 カドチンは、天をあおいでじゅもんをとなえた。 ・アントワネットって 「なんや。マリ シンべ工先生はキョトンとしている。カドチンはケケケ : : : と笑った。 「さいなら」 「さいなら」 235
プウ等あげます 193 「さて、次はナゾときや。耳の穴をほじくってよう聞いとけよ 子どもたちがおとなしくなってしまったので、シンべ工先生は、つれしくてたまらない。 「男の子や女の子のことを人まえで好きだと言うのは、恥ずかしいという気持ちがあるな。 反対に嫌いだというのは、言いやすい。みんなのつづり方からもそのことがよくわかる。好 きな人のまえに行くとドキドキする、ものが言えない、自分でどうしていいかわからない、 そんな心はたいせつや。ゆらゆらしたまぶしいような気持ちをなくしてしまった人間は、プ タのよ、つにみにくくなる。そんなことを言、つとプタにわるいかナ」 「ま、それはともかくそこでほくは推理をした。好きという心と好きということを恥ずかし く感じる心は、となり合わせにある。つまりゃな、その二つの心は、同じときに生まれた赤 一ちゃんのようなもんや。大きくなるなら同じように大きくなっていかねばならん。おとなの さんが、人間は顔かたちにとらわれないで美しい心をもとめるべきだと言いながら、人間 はいつの歳になっても顔のええのにひかれるなんてデタラメなことを一言うのは、好きという 、いは残っていても、好きということを恥ずかしく感じる心の方が、すっかりなくなっている からや」 カドチンは、ふ、つと大きな息をした。 「子どものくせにとか、おませはいやですというヒステリーばあさんは : ヒヒヒ : : と、カドチンが笑った。二、三日まえ、ろうかを走っていて、そのヒステリー きら
と、叫んだ。 ふ、っちんがじゅるんとハナをすいあげた。カゼをひいているんだ。この学級の子どもたち は、カゼをひいたくらいで学校を休まない。家より学校のほうがいいから、むりをしてでも 出てくる。 「何コになった ? 」 「二十五コ」 「もういいやろ す デカドチンたちは筆をおいた。 あ センニンのところへ行ってカナヅチとクギとはりがねを借りてきた。コンコンと酒のフタ 等 に穴をあけた。じゅんじゅんにつないでいった。横にもつなぐ。 プ 「できたア ! 」 と、カドチンはうれしそうに叫んだ。それを自分の胸につるした。 「ええやろう」といって、そっくり返った。 「オッホン こわいろ カドチンはジャガイモトッチャンの声色をつかった。 「えー、酒のフタなど集めてなんの役にたちますか。あほうなことです。えー、酒のフタな ど集めてもなんの役にもたちません。あほうのくんしようができるくらいであります。オッ
「お孫さんね。このごろ、おじいさんやおばあさんといっしょに暮らすおうちが少なくなっ たから、おばあさんと赤ちゃんの組み合わせが、ヒーぼうにはめずらしかったのよ。ね、ヒ ーほう」 やさ みゆき先生は優しく言った。 「せつかくだから、新しいお友だちにごあいさつに行きましようか みんなこくこくこくと首をふった。 その子は大きな目をまん丸に開いていた。 赤ちゃんよりうんとうんと顔が大きいのだった。体も赤ちゃんより大きいのだった。 おばあさんはその子をしつかり抱いて、園長先生と話をしていた。 「園長先生。新しいお友だちにごあいさつをしてもいいですか」 「どうぞ、どうぞ 園長先生は、みゆき先生と、みゆき先生にぶらさがっている子どもたちを見てほほえんだ。 「こんにちは。よくいらっしゃいました」
ワルのほけっと 川にくべる大きなかとりせんこうを、じゃんじゃんたいたけどあかん。ほくのかわいがっとっ こわ たひょこを食べてしまいよった。にわとりは恐がって、たまごを産まんようになってしまい よった。 も、つほくは、腹がたってしよ、つ力ない。 この石のたまごをたくさんこしらえて、にわとり 小屋においとくねん。へびはいつべん飲みこんだもんは、ようはき出せんから、これ食べた ら、はらいた起こして、こうさんしよる。もう石のたまご、なんこできたかなあ」 ふたりでなんこもなんこも、石のたまごを作ったんやそうだ。 「これがふたりして作った、石のたまごや」 嫁丸先生はそう言って、それをばくらに見せてくれた。 「ほんものと、あまりかわらへんな」 と、だれかが言った。 先生は黒板に書いてあった「清子はわるい女の子か」という字を、「清子は : 残して、あとは消してしまった。そしてそこに、 : にんげんだ」と書きいれた。 「清子はにんげんだ」 だけを
つまり、子どもというものはそのときにおうじて、りんきおうへんに物ごとを処理するとい う見本を、カドチンはみせただけのことである。 カドチンは便所に行きたくなった。便所は少しはなれたところにあった。カドチンは絵の 上にケシゴムをおいて、あわてて走った。 幸か不幸かそのとき、 ハラバラッとにわか雨がふった。カドチンは大あわてで用をすませ て、飛んで帰ってきた。 「うひやー」 絵はかなりぬれていた。雨つぶのあとまでついている。カドチンはそれを消そうとして、 ひがい 画用紙をゆすった。マントヒヒは絵の具がすっかり乾いていたので、そんなに被害は受けな かった。ほかの部分が問題だった。絵の具が水とまざって流れたんだ。ところがそれがよか っしゅどど、とく った。流れた絵の具はおたがいにいりまじって、筆ではとても描けない、い すわ なこうかが生まれた。うすぐらいオリのなかで目だけ光らせ、つくねんと座っているマント ヒヒ、そんな感じの絵になった。 おどろ シンべ工先生は、その絵を見て驚いた。こりやたいへんな絵だと思った。そのことをカド チンに言うと、カドチンは正直に雨にうたれてそうなったことを話した。 「ケガの功名にしても、なかな力しし糸 、】 ) 会や」 ほめてくれたので、カドチンはうれしかった。だけど、それつきりその絵のことは忘れて かわ
だけと違うで。一一けんも三げんも回っとる。ときどき酒飲んで帰りよるから交通違反もしし るわけや」 くっ 「ゲジゲジの靴の中に、このヘビを入れてこましたろか」 と、ダボはゴム製のヘビを、指の先でぐるぐる回しながら言った。 かばしま 「椛島先生に悪いことをしたんとちゃうか」 と、トメ、コが言い出した。 八人とも椛島学級だったので、セイゾウたちが叱られている間、椛島先生は泣きべそを亠 ついていたというのである。 椛島先生は今年、よその学校からかわってきたばかりのまだ若い女の先生だった。 の セイゾウがちょっと困ったよ、つな顔をした。 ワ 5 ・さひしいまけっと ほけっとの中はスカスカだった。おなかがすいたみたいに、心細かった。 ダボがゴム製のヘビを、どうにかかくし通しただけで、せつかく苦労して手に入れた獲 を、みんな校長先生の机の上においてきた。からつほのほけっとはやけにさびしかった。 いはん
っ 校長室に入ると、とっぜん校長先生は立ちあがった。カドチンは逃げ腰になった。 「やあやあー と、校長先生はやわらかい声をだしたので、かろうじてカドチンは、飛び出さないですん ヾ、」 0 「よくやったぞ角田くん」 かた 校長先生はカドチンの肩をがっしりと押さえた。 「金賞だ。金賞なんだぞ。全国でたったひとりなんだ角田くん、先生はうれしい」 校長先生の声はうわずっているようだ。 カドチンはキョトンとした。 「全国動物画コンクールの特賞だ」 と、校長先生が言ったので、カドチンはやっと思いだした。 もう三か月も前の話だ。全校で動物園へ写生に行ったことがある。カドチンはそのとき、 マントヒヒを描いた。チンパンジーを描くつもりだったが、おそまつに冷やかされてやめた。 おそまつは言った。 「きようだいは、描きやすいやろ」 なるほどそう言われてみると、カドチンの顔は少しサルに似ている。二年生のとき、「そ んごく、つ」とい、つあだながあったくらいだから、おそまつの言うことは、まるつきりまとは
「富雄、あした遊ほうな」 「きっとやで , ほくらはバイバイと、富雄に手を振った。富雄もにこにこ笑って、手を振った。 ばくらのけいかくか、、つまくいく力と、つかわからなし ) 。けれど、ばくらは富雄のために、 それをやることにした。 ふつうの父親さんかん日は、まえもって日が決まっているけれど、ぼくらの考えた父親さ つんかん日は、いつひらくか、向こうまかせだからたいへんだ。 「いま、お酒がきれたようです。少し苦しそうにしていますけれど、顔色もわるくないよう の ですし : ・ ワ 富雄の母さんから先生のところへ、電話がかかってきた。 それつ、とばかり先生は、自転車で飛び出した。飛び出すまえ、先生はみんなに、 「よ、ついしとけよ」 と一一一一口った。 「まかせといて」 と、次郎が大声で言った。 ( 富雄の父さん、来るかな。どうか来てください ) 316 ふ
カドチンには二つ秘密がある。一つはデベソで、もう一つの秘密はだれにも言えない。シ ンべ工先生も知らない。 このごろデベソは少ないそうである。たいていは病院に行って、へそのおを切ってもらう っ ので失敗がないんだそうだ。 ほカドチンは病院に行かないで助産婦さんの手でとりあげてもらった。だから、デベソなん レだと、カドチンは信じている。 「へたくそさんば、やぶさんば。おれのヘソをひっこめろ」 カドチンはあくたいをつくが、助産婦さんはケロッとしている。 「おばちゃんは、きれいに切ってあげたんや。あんたがピーピー泣くからオへソがふくれた んやで」 と一言、つ。ど、つやらそれは、ほんと、つらしい。 お母さんに聞いても、 「あんたは赤ちゃんのとき、よう泣いとったからね」 202 ・アントワネットはデベソ