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検索対象: 人生って何なんだ!
180件見つかりました。

1. 人生って何なんだ!

らん、ええと : : はら、あの : : : 」 「東陽太郎」 と調理場から男の声がいった 「そうそう、東陽太郎とできて、陽太郎が奥さん離婚せんもんで、怒って自殺未遂やって」 「ありや狂言だったんだ」 と調理場から男がいった。 「そう ? 狂言や 0 た ? ふーん、何にせえそんなことして、それから聽舞伎畑の何たらい う若手役者とできて」 「その前に椿野健とのスキャンダルがあっただろう」 そばをすすりながら久美子は聞いている。あの女はなれつばいのが身の伽になった、と男 がいっている。 「幾つになったかいな。司は」 「もう - 四十はとっくに越えてるに」 日「五十を出てるかもしれんよ」 の 「この前、テレビで見た時は三十代にしか見えんかったけどなあ。この前というても、それ 子 美でももう、かれこれ四年になるかしらん」 久美子はそばを半分残してタバコに火をつけた。ゆっくり煙を吐き、こっちを見守ってい ままえ 齠る三人の方を見て微笑んでみせた。 亠の、

2. 人生って何なんだ!

間「けど公平ちゃんは肥えた女のひと、好きやもんねーえ」 公平の手を取ってたるんでタボタボと音のする下腹の広がりを撫でさせるのだった。 ある日、満江は公平の前に銀行の預金通帳を置いていった。 「ねえ公平ちゃん。アパート探して引越しましよ。いつまでもここに厄飛にな 0 てるの心苦 しいわ」 満江は家を出る時、夫の定期預金を解約して、自分名義の預金通帳に作り直してきたので ある。 「いざという時の用意にと思てたんやけど、どうしてもアハ ートで二人で暮したいのん」 茴江はいっこ。 「そうやないとうち : : : 夜のこと、気がねしいしいするのん、辛いわ」 公平は通帳の金額を見たいという欲望と戦いながらいった。 「その金はオレは使えねえ。オレも男だ、親方の金でアパ ート借りるわけにはいかねえよ」 「そんなこというたかて、あんたこの頃、前みたいやないのやもん : : : 。気が散ってるもん 隣りに良作さんらが寝てはるからでしよう : 「前みたい」でなくなったのは、満江がうとましくなったためである。満江の歯ギシリはも のすごい。その上眠りながら突然、笑い出すことがある。寝返りうったついでに放屁をする。 それは満江が勇太郎の妻だった頃はわからなかったことだ。公平は勇太郎がよくいっていた ことを切実に思い出した。 つら ま、つひ

3. 人生って何なんだ!

合っている。確かや、大丈夫、と隆は少し安心する。だが、それではやつばりこの声は狐の 声なのか、と思うと再び背筋が鬼立つのである。 「こら、耳なしー いたら返事せえ」 いってみると待っていたように「何ジャ」と返事が返ってきた。 「お前がほんまに瀬戸物の耳なし狐やったら、オレが壊したからもうおらん筈や」 「アンナモン、タダノイレモンジャ。、、、 シメハアレニ憑イトッタガ、オ前ノ方ガ好キャカラ、 宿替ェシタンヤ」 「、なこイ : といったきり言葉を失った。気力を奮い起していった。 「そしたらオレが死ぬまでオレに憑いとる気か ? 」 「ワシハオ前ガ好キャ。好キャカラズーットイサセテモライマッサ」 、めっさり狐はいっこ。 きと、つし 釜よ迷った。いやしくも極道 病院の精神科へ行くか、それとも祈薦師のところへ行くか、ド ! が病院へ行って狐が憑いたなどというなんて極道の沽券にかかわる、そう考えて祈疇師のと ころへ行った。祈薦師は七十余りの農婦で、医者の治せぬ病気を治すという評判が高い。祈 疇師は隆を後ろに従えて、祭壇の前で経文を唱えていたが、やがてふり向いていった。 「いとるな。コンコンさんや」 「コンコンさん ? お稲荷さんのことですか」

4. 人生って何なんだ!

137 佐久間は気のない返事をし、改札口を先に通ると、 「じゃ」 といって向い側のプラットフォームへ通しる階段を上って行った。通路を渡って階段を降 りると東京行きのプラットフォームである。丁度向い側に電車が入ってきたところで、公平 が乗りこむのが見えた。公平は大男なのでどこにいてもすぐ目につく。 窓越しに佐久間を見 つけて手を上げた。手を上げたまま運ばれて行く公平に軽く手を振ると、佐久間は今きた階 段を登って通路を渡り、ステップを踏むような足どりで階段を降りるとそのまま改札口を通 り過ぎた。 七時十五分を駅の時計は指している。朝から空は晴れ上っている。暑くなりそうだが、駅 前広場を照らす光はまだ濁っていない。そこここシャッターを上げ始めた商店の間、さっき 通った道を、向う正面に見える丘の上の団地に向って、佐久間は歩いて行った。やがてゆる やかな坂道を登る。た膸に団地公園を横切「て、片側に朝陽を受けている四号棟の階段を = 一 階へ上った。公平の部屋の扉は半ば開いていて、洗濯機がる音が聞える。 わき 佐久間はつかっかと入って行って、洗濯機の前に立っていた邦江の脇から両腕をさしこん で軽く抱いた。髪に唇を埋め、前に廻した両手で胸を押えた。 「こら、明けがた、やってたろ」 「だって」

5. 人生って何なんだ!

す毒づいたが、「そのうちおらんようになるやろ」という言葉を思い出して、今日のところ はまだ翼なんのやな、と考え直して般若心経をつづけた。 「ギャティギャテイハラギャテイハラソウギャティポジソワカハンニヤシンギョ 朗らかな狐の声は隆と一緒にいい終ると、 「アー、面白カッタ : ・・ : 」 といってふと静かになった。 それから数日の間、隆はマサオが組事務所へ出かけるのを待って般若心経を唱えた。今日 こそは奴は出てこぬかと期待してはしめるが、はじめは黙っていても頃合を見はからったよ 、つ・に山山てくる。 「おい、耳なしー ホ たまりかねて隆は凄んだ。 馬「お前、い つまでおる気や。ええ加減に出ていかんかい」 のすると上機嫌の高い声が答えた。 ラ「ワシハオ前ガ好キャョッテ、出ティカンワイナ。アノバ チ それからいった。 「ドヤ、オレト仲ョウセンカ。儲ケサセタルデ」 すご ハニ二千円モハロテ、オ前ハアホ

6. 人生って何なんだ!

184 せりふ よう、ごめんなさい、もうしませんから、という台詞を聞くのがもういやになったのか 車内アナウンスが熱海で鵈壑一台連結すると告げている。気がつくとウォークマンをす らせた青年が久美子の方を見ていた。聞きましたか、よかったですね、という暗黙の語りか けがその目に現れて消えた。 熱海に着くと青年は久美子のことなど忘れたように黄色いデイバックを担いで、人の群の 中をどんどん歩いて前の客車に消えた。久美子は思わす急ぎ足になってその後を追い、客車 に入って彼を捜した。青年はすぐ見つかった。四人掛の席に一人でいたので、久美子は真直 にそこへ行っこ。 「ああ、よかったわ : ・・ : 」 いいながら彼の前に腰を下ろした。久美子はいった。 「東京まで立ちづめしゃあどうしようかと思ってたわ」 うなず 青年は頷いた。ウォークマンを膝の上に置いている。それを擱んでいる大きな手の甲にか すり傷があって、薄いカサプタが張っているのが、いかにも若者らしい 「まあ、なんて大きな手をしていらっしやるの」 久美子は狎れ獰れしくいった 「なんかスポーツやっていらっしやる ? 」 「いえ、何も」 「バスケットボールかバレーポールをやってらっしやるかと思ったわ」

7. 人生って何なんだ!

このところ週のうち一一回は賃貸マンション専門の不動産会社から電話がかかってきて、賃 貸マンションの購入を勧められる。マンションの部屋をローンで買って他人に貸せば、納税 額が何十万か何百万かトクになるという話である。 「トクになる」と聞いただけで、藤山女史は猿を見た猫のようになる。カッとして毛が逆立 つのだ。そのため何度同じことを聞いても向うの説明がみ込めない。どういう経緯でトク になるのか、い くらの家賃でなんばトクになるのか、すぐ金額を忘れてしまう。聞く気がな いから忘れるのか、それとも女史のアタマがそういうアタマなのか、多分その両方なのであ ろう。しかし相手は今の世の中にそんなアタマの人がいるとは信じられないから、この「ト クになる」話をじっくり女史のアタマに染み込ませようとして、くり返しくり返し同し説明 に熱を入れる。相手が熱を入れれば入れるほど女史のアタマは相手の言葉を受けつけなくな り、それはも女史が小学生の頃、母親の前に引き据えられ、 功「あんた、なんべん教えたらわかるのん ! たった今、いうたばっかりゃないの ! 」 と算数の宿題を前にキイキイ声でかれたあの頃のことを女史に思い出させるのであ「た。 女史は小説を書いて生計を立てているが、世間では小説を書くような人間はアタマがいい

8. 人生って何なんだ!

174 要介の仕事場へ久美子の方から押しかけたのではない、久美子は思った。要介の方から 「来ないか」と電話をかけてきたのだ。 だから久美子は飛んできた。要介が連載小説の取材で出かけていたメキシコから帰ってき 寺ちこ寺っていた呼び出しだった。なのにゆうべもおと た後、一か月も会っていなかった。彳。彳 ついの夜もその前も前も、要介は徹夜で原稿を書いていた。四晩、久美子はまんしりともせ すにべッドで要介を待っていた。待ちあぐねて寝入ってしまい、ふと目醒めると要介は書斎 こじ すきま の長子で毛布をかぶって寝ていた。カーテンの隙間からばんやり滲んできている暁の光の 中、疲れ果てた青黒い顔は久美子を拒んでいた。 「先生 : : : 要介さん : : : 」 ゆさぶると目も開けすに寝返りをうった。 「へとへとなんだ。かんにんしてくれ」 あなたは何のためにあたしを呼んだの ? 家政婦が必要だったの ? 何度かそういいかけた。だがいいかけて、いえなかった。いおうとすると抑制が働いた とことん押し詰めると、のつびきならぬところへ自分を追いやることになりそうな不安があ メキシコから帰ってから要介は変った。変化したことを隠そうとしていないことが久美子

9. 人生って何なんだ!

マンションのテラスにさし込む日ざしはもう夏が近いことを思わせる。ばんやりと濁った りんかく 空に、輪廓の溶けた雲が流れ、気持のいい風が流れてくる。伸吉は胸の膨満感を抱えてうす ら豆を煮た。みどりが防腐剤の入ってない煮豆が食べたいわね、といったのだ。とろ火で気 長に煮ながら、前の妻がうずら豆を煮るのが得意だったことを思い出していた。あの女の取 柄といえば料理が、フまいことだけだったと思った。あの女と別れたことを後毎しているわけ ではない。だが今があの時よりも幸せかというと、その答はなかなか出てこない。はっきり していることはみどりは前の妻よりも伸吉にとって必要だということである。だから伸吉は みどりのためにうすら豆を煮る。 雨の日、伸吉は隣りの女がべランダで泣いているらしい気配を感じた。・ ヘランダは隣りと 低い柵を中にして共有になっている。隣りではそこに洗濯機を置いている。雨が降っている のに隣りの女は洗濯をしている。泣くために洗濯をしているのかもしれない。隣りの部屋で はドラムの音がしている。ドラムがやんで、穏やかに「おい」と呼ぶ声がした。 「シイコ、なにも泣くことはないしゃないの。大家が何といおうとばくらには居住権がある のよ。なにも悪いことしてるんじゃないのよ。向うのいい分が勝手なのよ。ビクビクするこ 男 のとないさ」 り「そんなこといって、謝るわたしの身にもなってよ」 女の声は涙に潤んでいる。 「だから謝るのがおかしいんだよ。堂々とここにいますっていえばいいのよ」 さく

10. 人生って何なんだ!

隆はどこへ行っても女にもてる。あの娘ら、三人とも兄貴にイカレてもたな、とマサオは あこが 思った。乗せるのん、うまいもんなあ、と思った。マサオは隆を尊敬し、憧れ、慕っている。 隆は気つぶがよく、喧嘩に強く、やや胴が長いが肩がいかって背が高いので白い三ッ揃いが よく似合、フ。 「田上の兄貴のためやったら、いっかてイノチはるで」 そういう気持でいる。マサオが毎朝五時に起きて組事務所を兼ねている山本親分の家へ行 き、便所掃除から廊下のがけ、車洗い、走り使い、客の接待、親分の鴈切り、肩揉みな ど、息つぐ間もなく働くのも、隆から「親分に尽すことはオレに尽してくれることと同しゃ ホで」といわれているからだ。 馬「親分のえらさがわかるような男にならんとあかん」 の と隆はいう。親分は若い時分はカッとなったら何をしているのか自分でもわからなくなっ ラて、夢中で人を殺しては何度も監獄へ行ってきたという人だ。だが五年前に還暦の祝宴を開 ン いた料亭の便所でひっくり返ってからは、人間が変った。 一日中、奧の座敷の大ダルマと紋 チ 入り大提炉の前に布袋の置物みたいに 0 ていて、トラ猫をアグラの股ぐらに入れてふぐり をあたためながら、 隆は上機嫌でいった。