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検索対象: 今どきの娘ども
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1. 今どきの娘ども

「でも先生、口惜しいと思いません ? さんざん好きなことして来たヒロミさんが嘘つい て幸福になって行くなんて。これでは正義はどうなるんですか ! 」 「でも、これでヒロミさんは幸福を取り逃すことになるかもしれないわ。そう思うと後味、 よくないでしょ ? しいえ ! 正義は滅びすですわ。そうなれば私、バンザイといいます」 尚子さんの興奮は止まるところを知らすというあんばいだ。 「困ったよウ。とにかく私は何も知らないってことにするしかないよね」 そういって娘はおべんとさんに会いに出かけて行った。今日はもう、二人は何を食べる か、などと、尚子さんと賭をする気は私にはな、。 しかし尚子さんの興奮はまだつづいて いて、小説の一部を声を上げて暗誦するのである。 「それは果して愛なのであろうか ? 偽りの処女膜で彼を欺そうとするのは、愛すればこ そだというのであろうか ? もはや現代には正義はなくなってしまったのだ。ハルミの汚 ならしい工作を知りながら、誰ひとりとして非難する者がいないということは、道徳の荒 廃でなくて何であろう : そういう尚子さんの平べったい顔に射した赤みは、正義の焔というよりも、嫉みの照り 返しのように私には見える。 「どうでしようか、今の文章・ : ・ : 」

2. 今どきの娘ども

「うーん、どうかといわれてもねえ : : : それより 、ハルミとい , つのはヒロミ六、んのこ 「そうです。おべんとさんが葛城直也、キョ子さんが京子、私は菜穂です」 だとすると、 いくら鈍感なおべんとさんでも、モデルに気がつくではないか。 「こうすることはヒロミさんのためにもなると思うんです。あの人はどんなことでも自分 の思い通りに出来ると思ってるでしよう。けど世の中はそんな甘いもんじゃないってこと、 わからなくちゃいけないわ。ヒロミさんのために、この結婚は破れた方がいいんです。そ うじゃありません ? 」 と尚子さんはいい切った。 おべんとさんと会った娘の報告では、おべんとさんは尚子さんから「二つのリンゴ」と いうその小説を送りつけられ、「佐藤愛子内中野尚子」という名前を見、中身を読んで暫 くの間、わけがわからなかったという。一晩考えた揚句、何だかどこかで聞いたような話 だなあ、と思った。それからハルミというのはヒロミさんではないかと思い、そういえば ル人 葛城直也というのは、自分みたいだなあ、と気がついた。 大 感ということは、つまり、この小説は本当のことを圭曰いているということになるのだろう か、とおべんとさんは考え、更にでは何のために中野尚子という人が、自分のところへこ の作品を送って来たのかと、その理由を考えた。そうして漸く、ヒロミさんが悪い女であ

3. 今どきの娘ども

238 ここまで私を我慢させておいて、今になって娘に冷たくするとは何ごとか , だが、考えてみれば、私はもともと立松さんが気に入らないのであるから、事態がこう なって行くことは、むしろ結構なことだと思うべきなのかもしれない。 このまま二人の愛 が深まって行って、結婚ということにでもなれば、立松さんは私のムコということになる。 そうなれば私の老後はどうなるか。私の我慢はどこまでつづくか。 そういうことを考えると、このあたりで娘の恋は破れた方がよろしいのである。 しかし、そうは思いつつ、一方で「うぬッ ! 生意気な ! 」という憤りを抑えかねるの だ。心は千々に乱れて、私は疲れ果てた。 立松さんが柏崎さんらしい女と、もつれ合いながら深夜の新宿を歩いていたという噂を 聞いたのは、庭の白梅が散り終えて恋猫が鳴きしきり、桜の莟が脹らんで来た頃である。 その噂を私は神田さんから電話で聞いた。 神田さんは社の後輩で、かって立松さんの恋人だったという畑山忍さんから聞いたのだ そうだ。 「いっていいか、悪いか、迷ったんですけどねえ」 と神田さんは電話ロで声をひそめた。 「キョ子さんには聞かせたくないけど、佐藤さんのお耳にだけはやつばり入れておくのが 私の義務だと思って : : : 」 つばみ

4. 今どきの娘ども

ほのお る夫を持てば、浮気くらいで嫉妬の焔を燃やしたりしてはならないとされていたのだ。柏 崎さんのお母さんも、甲斐性あるお父さんに服従していた、という。 それを見て育った柏崎さんは男も女も同じでなくちゃいけない、 と考えるようになった。 女房の方に甲斐性があれば、甲斐性のない夫が堪え忍ぶのは当然である。そして甲斐性の ある女になろう、と発奮したのだ。 オし最終的には妻としての責任をもつのだから、我慢し なにも別れるとい , つわけじゃよ、、 ていればいいのだ。柏崎さんはそう思い決めているが、だからといって、夫の方も同感し ているのかどうかはわからない。わからないが、ともかく現実には柏崎さんは欲清の赴く ままに浮気をし、そうして離婚の気配はない。 そんな柏崎さんが相手であるから、立松さんとの関係も二、三回で終るものとヒロミさ んたちは思っていたという。ところが予想に反して柏崎さんは執拗になってきた。柏崎さ んは何でもいう通りになる立松さんが気に入ってしまったのだ。 いなくなるとスーツと冷め 立松さんはそばで燃えるのがいると一緒に熱くなるけれど、 斐る男だというから、柏崎さんがくつついて燃えつづける限り、立松さんの方から別れると 甲 いうことはないであろう。 女 こうなったが最後、もう遠慮はいらない。私は心ゆくまで立松さんを悪しざまに罵るこ

5. 今どきの娘ども

女性の勝利。バンザイ、勝った、めでたい、めでたい、と諸手をさし上げなければならな いような気がしてくる。 しかし、それはそうとして、いったい私の娘に、男に勝るどれだけの力があるというの だろう。 名実共に力をつけた女が、カワイイ男を夫にするというのならわかる。しかし我が娘の ような無力無才が、カワイイ男と結婚したらどうなるか。カワイイ男に忽れるのならそれ 相応の力をつけてもらいたいものだと親の私は思わずにはいられない。 そんなある日、おべんとさんから二度目の絵ハガキが来た。 「帰る予定が少し延びました。ばくはアメリカの水が合うのか、肉食のせいか、決してノ ンキにしているわけではないのに体重が五キロも増えました。ではまた」 「いっ帰るのか報らせてきてないくせに、「帰る予定が延びました』だなんて。いつだっ てこうなんだから。彼は」 何にかにつけてイチャモンをつけるのが今はもう、娘の楽しみになっているかのようで ある。 すると一週間ほどして、ハワイの消印の絵ハガキが娘に来た 「ハアイ、キョ子。 ウィアーカムトウハ ハツ。ヒイ・

6. 今どきの娘ども

「いや詩人かどうか知らないけど、そのコドクという字のコがね、キツネになってるのよ 私は意気込んでいったのに、柏崎さんは軽くそう答えただけである。仕方なく私は念を 入れた。 「コドクのコって、コ偏でしよ。それがケモノ偏になってるのよウ、柏崎さん : : : 」 「はア、そうなんですか : どうも頼りない。目を明けて顔を見たいが、顔の上をまだ刷毛が行ったり来たりしてい る。私はもう一押しした。 「私、何だか興醒めしてねえ。娘は気がついてないと思うんだけど、大の男が字を間違え てるってのはガッカリさせられるわねえ : : : 」 「そうですか ? 」 柏崎さんの声が頭の上でした。 姥「コドクのコ ? キツネ ? ああ、なるほどね。でも、キツネでもわかるじゃありません 奴か。わけがわからないのは困るけど、わかるんですからいいんじゃありません ? だいた あ い漢字って、数が多すぎると思いません ? コドクのコだって、キツネという字でいいじ ゃないですか。コ偏もケモノ偏も似たようなものですわ。気をつけて見れば、なるほど、

7. 今どきの娘ども

といわれたからといって、歓喜して受け入れてくれたと思うのは早計に過ぎるかもしれ 好きだといわれ、嬉しさのあまり、 「ウッソオ ! 」 という場合もあれば、迷惑な気持を「ウッソオ ! 」という一一一一口葉で表現する人もいるだろ う。その判断がむすかしい 「キスしたいよう」 「エ工 ッ ? ウッソオ ! 」 ではどうしたらいいか困るではないか しかしそう思うのは私のような大正生れであって、青年たちは一向に困らないらしい 何しろフィーリングで何でも片づいてしまう世代であるから、「ウッソオ ! 」の解釈もフ ィーリングでバッチリ、間違いなく受け止めるのだという。 た「キスしたいよう」 誘「ウッソオ ! 」 といいながら、熱いキスを交しているという、我々世代から見ると、わけがわからんこ イ とがスムーズに行われているのである。 娘「あなた、、、 とうもデキちゃったらしいのよ。赤チャンが」 「ウソだろオ」

8. 今どきの娘ども

ッタ」としたら、その時は結婚ということを考えての上のことで、一時の遊び心からでは ないだろう。 「そうすると : 尚子さんは呟いて暫く沈黙した後、つけ加えた。 「二人は結婚することになりますのね ? 」 「多分、そうなると思うわ。おべんとさんの場合はね」 尚子さんは黙ってしまった。何を考えているのか、機械的に肩を揉みつづける。その手 の力がだんだん抜けて行く。暫くしてほーっと吐息を洩らしたと思うと、急に力いつばい 叩きはじめ、そしていった。 「シャクですねえ : : : ああ口惜しい ! 」 娘が帰って来たのは、再び沈黙に閉じ籠った尚子さんが、渾身のカで私の肩を叩いてい るときである。 「ただいまア」 という声に時計を見ると、もう十一時に近い 「お帰りなさい どうでした ? 楽しかったですか ? 」 尚子さんは肩叩きをやめて、入って来た娘をしげしげと眺めた。何か異変はなかったか、 調、ヘるよ , つに。

9. 今どきの娘ども

「あらッ : : : そういうことなんですかア」 さすがにわかりが早い 「そ , つい , っことなのよ」 と私は苦笑した。 「ホンキなんですかア : 「どうもそうらしいの。ジーンズやめてスカート穿いてるわ」 「アーラ、ラ、ラ、一フ : ヒロミさんの小さな花びらのような唇の間で、小さな舌先がヒラヒラする。こういうと ころが若い男を惹きつけるテクニックなのだな、と思って、私は眺めた。うちの娘ならこ んな時、どうするか。 ジーンズやめてスカート穿いてるわ : ふーン、スカートって ? なんで工、 : いからア ? と鈍感きわまりないだろう。打てば響くヒロミさんは、すぐこういっこ。 「じゃ、また、連れて来ましようか、カレ」 「そうねえ : : : 来る気あるのかしら、立松さん」 「あるでしよ。どうせヒマなんですよ。誘えば来ます。親もと離れた独身のオトコなんて、 家庭料理に飢えてるし時間もてあましてるんですから」

10. 今どきの娘ども

「しかし、強盗が入るってことには現実性があるけれど、『ポルターガイスト』には現実 性がないからねエ・ 「現実性があるとかないとかの問題じゃないでしよ。男としての気構えの問題でしよ」 「うん、まあ、そういえばそうだけど」 とタジタジする。 「それでね、彼、こういったのよ。ま、映画見て、そうカッカすることもないんじゃない スか、だって : : : べつにカッカしてるわけじゃないけど、彼が何の話題も出さない人だか ら出したんじゃないか」 「話題出さないの ? 」 「まるきり出さないってことはないけど : : : あのトリのモモ肉にウジが湧いてみるみる盛 り上がって行く場面、スゴかったスね、とか、あの子供部屋のクロンポ人形、キモチ悪か ったスね、とか : : : そうですね、っていってしまえば終ってしまうようなことばっかり ナ ヒ「素朴なのね」 気「素朴を通り過ぎてるわよ ! 」 無 娘は三枚目の瓦煎餅を噛み破ったのであった。 しかし私は思う。おべんとさんはおべんとさんで娘に失望したにちがいない、 と。