晴美 - みる会図書館


検索対象: 凍河
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1. 凍河

Ⅱ「いや、ゴールドスターの古いやっ」 「好きだな。やつばり単コロが面白いかし」 「うん。ドッドッドッって持っていく感じがね」 「ゴールドスターは三四つてのがいいんだそ」 なんとなく、かみあっちまった。本当は今夜は話がかみあわないままに別れてしまいたか ったのだが、この手の話になると仕方がない。 兄貴とはばくが小学生のころから、しよっちゅうモーターサイクルの話をしたものだった。 ばくらが住んでいた千歳空港の近くの町には、本当の好きものは何人もいなかったので、や しこっ はり兄貴と話をするのが最高だったのだ。千歳から支笏湖への林の中の直線コースを、兄貴 の腰にしがみついて飛ばしていると、いつもうっとりして、なぜだかかならずエレクトした。 とまこまい 支笏湖から苫小牧へぬける道も悪くはなかったが、 ばくはアップ・ダウンの多い千歳から のコースが好きだった。朝、登校前に、残雪ののこった林の中を走りながら、ばくは将来き すご っと凄いレーサーになるそと心に誓ったものである。 ばくらの家の商売は、自転車屋に毛がはえた位の、町のモーター屋だった。ばくが中学に はいるころから、少しすっ景気がよくなり、バイクや軽四輪のほかに、農業用のコンバイン や石油なども扱うようになってきたのだ。 親父の心づもりでは、秀才の兄貴は医者になり、丈夫なだけがとりえのばくが家の商売を つぐ、とい , っことになっていたらしい 。ところが親父が脳卒中でたおれてから十年、いまで は兄貴が有限会社タッノ・モータースの社長で、ばくが医者になってしまっている。

2. 凍河

「一人前じゃない」 「一人前じゃない ? ほう。しかし、お前、聞くところによると、結婚したがってるそうじ ゃなしか。一人前じゃない人間が、どうして結婚なんてことを考える ? 」 たば 兄貴はすばりと話の核心にふみ込んできた。ばくはちょっと体勢をたてなおすために、煙 ジン・リッキーのうんと弱いやつを、と注文した。チャン 草をとりだし、バ ドラーの小説にでてくる主人公とは逆に、ちょっぴりジンの匂いだけを残したライムジュー スみたいなやつをだ。 「その先で検問やってるんでね」 ばくは言いわけがましくバーテンダーに兇明して、煙草に火をつけた。 ばくが煙草を一本すい終るあいだに、兄貴は、また、水割りを一杯おかわりした。こっち が彼の質問に、あいまいな返事しかしなかったからだ。 兄貴はそんなばくの気配を察して、戦術をきりかえてきた。そこら辺が兄貴の目先のきく ところだろう。突っこむのもはやいが、かわり身のはやさも、おどろくべきものがある。だ ばくから見ると、そこが彼の唯一無二の弱点のような気がしないでもない。 だが、ともかく兄貴は、ばくの余り喋りたくない問題から一時はなれて、別な話をしかけ てきた。それもごく、さりげなく、だ の「いま、なにに乗ってる ? 」 兄 「 22 T) <t 」 「へ , ん。ビクターか」 しゃべ

3. 凍河

そう言われればそうだ。この兄貴とはくらべものにならない平凡な知能指数しかもちあわ せていないばくが、一年浪人しただけで市立医大に受かったというのもそうだし、去年の 国家試験のときも、奇妙に幸運がついてまわった。ここにくる途中だって、東京タワーの下 で、なんとなくスピードを落したら、すぐ先で一斉取締りをやっていたのだ。 今夜、麻布の友達のアパートに出かけるとき、べつにその必要はないのだが、院長の奥さ んに行先の電話番号だけ教えておいたのもそうだ。たぶん兄貴は奥さんに電話をして、ばく の居どころを知ったのだろう。 「なにを飲む ? 」 兄貴がきいた。 「コーヒーあるかな」 「このバ には、あいにく置いてございません」 ーテンダーが言った。兄貴がけげんそうにばくを見て、 「ど , っしたんだ。まき、か 「、つん」 ばくは仕方なしにうなずいた。 「お前、まだオートバイにのってるのか」 兄貴はうんざりした顔つきで、扇子をパチンと鳴らした。 「うちの若い連中でさえも言ってるんだそ、成人式すぎて二輪に熱をあげてるなんて馬鹿だ って。お前さん、一体いくつだ ? 二十六か。しかもれつきとした一人前の医者のくせに」

4. 凍河

ばくが去年から今年の春にかけて、北欧精神医療施設の研究と、名目だけはまったく大げ さだが、実際には単なるオートバイ旅行としかいえない放浪をやらかしたその動機も、じっ まね はこの兄貴の猿真似にすぎない。そもそも、オートバイの面白さを教えてくれたのも、彼な のだ。 、ま出つばった下腹にワニ皮のベルトをしめて、 そのかってのばくの輝けるヒーローは、し カウンターに肘をつき、扇子片手に水割りウイスキーをちびちびなめている。それは、滑稽 で、しかもどこかにある悲痛さを感じさせる光景でもあった。 「おそいそ」 兄貴はばくを見ると、舌打ちして言った。 「お前の悪いくせだ。待ってる間におれが高い水割りを何杯飲まなきゃならなかったか、わ 、かつつ、か」 ばくは兄貴のとなりの椅子に尻をのせながら、あてすつばうに答えた。 「四杯だろ」 兄貴の前でグラスをふいていたバーテンダーが、白い、きれいに揃った歯を見せて笑った。 とうせ義歯にちがいない。最近は見た目だけのために、本物 気持が悪いほど白い歯だった。。 告 の歯をけずってしまう連中がすくなくないのだ。 貴「いやなやつだ」 兄 と、兄貴はからになったグラスを手の中で回しながら言った。 「役に立たんことに関しては、こいつ、妙に勘のいいところがありやがる」 ひじ

5. 凍河

その回を終ると、負けが予想外にこんでいることがわかった。足りないぶんを借りにして、 その部屋を出た。 よノ・はア。ハ 1 ー , 「 の外においてある単車を、しばらく押して坂の下までいった。静かな住宅 街には、この歴史的中古オートバイの爆音はふさわしくないと思ったのだ。なにしろ車齢十 数年になんなんとする老兵だから、キック一発でかかることもあれば、えらく機嫌の悪いと きもある。 ホテルに着いたときには、約束の時間を三十分ほど過ぎていた。 バーは意外にすいていた。 はいって左手の、カウンターの端に兄貴がいた。彼はグレイのメッシュの上衣の下に、黄 色いポロシャツを着て、ワニ皮のベルトをしめている。髪は七三に分け、冷房のきいたホテ ルだというのに、扇子を左手に持った格好は、まったくさまになっていた。いかにも地方か ら上京した中小企業の経営者という感じだ。 もっとも、これが兄貴の意識的な演出だということぐらいは、ばくもとっくに気づいてい る。演出というより、むしろ、ある断念のすがたというか、一種の居なおった形にちがいな ぎゅうじ ばくと五歳ちがいのこの兄貴は、実際には、高校時代に、すでに大学のセクトを牛耳るほ どの政治的早熟さをしめしたし、大学を途中でとびだすと、アメリカにわたって、ジャッ ク・ケルアックや、無名時代のアンディ・ウォーホルなんかとっきあったというくらいの才 人だったのだ。

6. 凍河

「東京へ出てきたのかい ? 」 説教がはじまる ~ 目し リこ、ばくのほうからきき返した。うん、と、兄貝は一一 = ロった。 「ちょっと話があるんだ。明日は早い飛行機で帰るから、急だが、いまからでも会えんか」 どうやら例の件にちがいなかった。ばくは覚をきめた。 兄貴は、すぐ近くのホテルに泊まっているらしかった。ばくは十一時半に、そこのバーで 会う約束をして電話を切った。 「すまん。待たせた」 ばくは皆に謝って、目の前の牌をおこした。ばくの希望は、ますます現実のものとなりそ うだった。あと一回、幸運な引きに恵まれれば魯迅先生もびつくりするような芸術的な手の おぜん立てがととのうことになる。ばくは右手でこめかみをおさえた。内心の興奮のために、 そこの血脈がふくらんで青筋立ってやしないかと、気になったからだ。その瞬間、 「では、軽い手で逃げておくか」 対面の敵が、ハタバタと手牌を前に倒してにくにくしく笑った。 「竜野先生には悪いが」 「べつに」 告 ばくは絶望と怒りで死にそうになった。でも、それをさとられまいと、素早く牌をかきま わして口笛を吹いた。唇が乾ききっていたので、妙な音がした。 兄「悪いけど、この回で抜けさせてもらう」 ばくが一一一一口うと、みんなが笑った。こういうのが一番腹が立っところだ。

7. 凍河

8 じ 竜受お 。なおは一敵妙 小 つおやな ち い目リ さ生く野 い時 言舌し、 ん前な ん ん も ょ に っ 。イ木 さ素 は努器 だ 、んカ 竜戦る直わは モわく をこ と まし ツ ト野を だ 、れんと ねあま く 兄 も る ア ム ヒだな のな か つに 日 貝 のか人言 つがす た し、 つ ノレ と対 : 野 、お たのてら に し 尸 よで や . 面 : て 疑し つ何 な オよ じ ト か 、ツ 、申 ム わ いとを や の ト り受り 商攵ム や 感 きあなひ な し、 。ね い訳ん ま がく ま 言舌 深 よ ロ し器 。り調 、ん つな っ て し か で おでと皮と ・怪し、カ にな わ る た た モご応す肉カ が手上 そ か ん し し 、言丁 を じる だ そ れ 目 っ たし、 る づそ 正のたた と の つ つ 。す道物 ばか 。小ぶ し の案生り聞 ど いな し る 0 よ て ま しこ き も のか つ つ だい ばな ま じ も や か ど ち ら で で そ ら し 、し のん か っ つ 顔名 ち 舌 ん し のし、 や相 顔手 を目リ な の て カ手 見の 色カ て男 モは は が つ 対を か込 っし、 海 がん たる る しふ 道 ね はる と か め じ か やし、 な円 - つ た ばい のあ る ん かげ はか 上ヒ ねて つ 一三ロ

8. 凍河

兄貴の忠告 兄貴から電話があったのは、日曜の夜だった。たぶん、十時半かそこらだったろう。 ばくはそのとき、じつは、某国大使館と目と鼻のさきの、麻布にある友人の部屋にいた 某国大使館のそばにいたといっても、べつにばくらのやっていたことが、国際間の緊張に関 係があるというわけでは、ぜんぜん、ない。 医大のころの仲間がめすらしく集まり、彼ら地方出身の医師の卵たちが気のきいたつもり で〈プロック建築〉などと称している、例の中国のゲームにたすさわっていたわけだ。 = = ロう までもなく麻雀、あの忍耐と不毛のギャンプルである。 正直なところ、ばくはカモだった。いや、カモ以下の存在という意味で、ロの悪い仲間の ばくはこのゲームに参加するたびにいつも、 あいだでは、アヒルなどと呼ばれているらしい 以前なにかで読んだあの魯迅の言葉、〈絶望の虚妄なること、希望に相同じい〉をかならす 告思い出すのである。 のその晩、電話が鳴ったのもまた、そんないつわりの希望がばくの胸を高鳴らせつつあると 兄きだった。なんとばくの目の前にならんだ十三個のプロックは、幸運にめぐまれれば緑一色 の驚異的なあがりすら可能であることを暗示していたのだ。 あぎぶ

9. 凍河

0 五木寛之 I S B N 4 ー 0 8 ー 7 4 9 5 0 5 ー 1 C 0 1 9 5 P 4 0 0 E 古いオートバイを乗り回す、 新任の医師・竜野努は不思議 な魅力をもっ入院患者・阿里 1 91 01 9 5 0 0 4 0 0 8 葉子に心をひかれていった・・ 献身的な医療に身を投しる高 定価 400 円 見沢院長、奇妙な高校生のナ ( 本体 3 円 ) ッキらの個性的な集団ともい うべき精神科・和親会病院の 中で、医師と患者の愛は、様 様な波紋を描きながらはぐく まれてゆく。凍った河の下に も豊かな水が流れている。長 編恋愛小説。 ⅡⅢⅢⅧⅡ II 9 7 8 4 0 8 7 4 9 5 0 5 8 集英社文庫 五木寛之作品 風に吹かれて ゴキプリの歌 野火子 地図のない旅 四季・奈津子出 (T) 紅茶に一滴のジンを 男が女をみつめる時 ポケットのなかの記憶 異国の街角で 歌いながら夜を往け 音楽小説名作選 四季・波留子出下 忘れえぬ女性たち 僕のみつけたもの 哀愁のノヾ丿レティータ 燃える秋 鳥の歌山下 凍河出下 奇妙な味の物語 第■ 5 凍河 五木寛之 一九三二年九月三〇日福岡県生。放 亠送作家や作詞家など多くの職業を遍 一「歴。六六年「さらばモスクワ愚連隊」 で小説現代新人賞、六七年「蒼ざめ た馬を見よ」で第五六回直木賞を受 賞。「青春の門」「四季・奈津子」他 第集央社庫 五木寛之 集英社文庫☆ カバー・川村みづえ 朝日新聞社「風」より A D ・三村淳 \ 400

10. 凍河

集英社文庫 凍河 CE) 円 89 年田月 22 日 第一刷 集 菜 木 き 定価はカバーに表 示してあります。 著者 発行者 発行所 印刷 五 若 株式 会社 ひろ 寛 英 ゆき 之 正 社 東京都を代田区ーツ橋 2 ー 5 ー 10 〒 10 ト 50 ( 230 ) 6100 ( 編集 ) 電話東京 ( 230 ) 6393 ( 販売 ) ( 230 ) 6080 ( 製作 ) 凸版印刷株式会社 本書の一部あるいは全部を無断で複写複製することは、法律で認められた 場合を除き、著作権の侵害となります。 落丁・乱丁の本が万一ございましたら、小社製作課宛にお送リください。 送料小社負担でお取リ替えいたします。 ◎ H. ltsuki 1989 ISBN4-08-749505-1 C0193 Printed in Japan