144 と、ばくは一一 = ロった。 オい。たとえ、はた目にはそう見えたとし 「でも、ばくは、この病院に遊びにきたわけじゃよ ても、本人は大真面目なんです。ばくは有能な医師とは言えないけど、有害な医者でもあり ません。見てごらんなさい ばくらの知ってる限りでも、どれくらい駄目な連中がいるか、 唐木さんでもご存知でしよう。こないだ高橋さんから聞きましたけど、金もうけしか考えて ない病院が、まだまだあちこちにあるんですよ。ばくは正義派を気どる気はありません。で も、いつも来る製薬会社のプロバー氏の話を聞いてると、絶望的になることがあります。 まだに治療としてでなく、処罰のためにをつかったり、患者さんに作業を強制したり、 薬づけを指示したり、いろんなところがあるじゃないですか。それと、患者さんと結婚する ことと、同じことみたいに一一一一口わないでください」 ばくは演説は好きじゃない。 昔から喋ることは得意でもなかったし、また、人の長広舌を聞くのも、あまり歓迎するほ うではなかった。 そんなばくが、唐木女史を前に思いがけないスピーチをやらかしてしまったのだ。 そのことが、 ばくにはとてもてれくさかったのだ。この〈てれくさい〉という奴は、自分 でそれを一言うと、たちまちおかしなことになってしまう感覚だ。ほんとうにてれくさければ、 ししいだが、それを口に出してしまわすにはいられない気持も、また、 それを言わなけれ、 自分の中にある。 ばくは、けっして、自分のことを正義派とは思っていなかった。そしてヒューマニズムを
は、人間が人間と闘って生きてゆくという大原則によって成り立っているものなんですね。 憎悪はもちろん、愛という心の動きさえも、ある意味では一つの闘いなのです。つまり、緊 張を失ったら、そこには人間のつながりというものは存在しません。自己本位の愛も、自己 犠牲の愛も、いずれにしても強い人間的な心の闘いと、緊張の関係ではないでしようか。友 情や、奉仕もひとつの闘いです。生きるということのすべてが、そんなふうな条件を背おっ ているんです。しかし、もし、そういった闘って生きることや、緊張した人間関係が苦手な 少数の人々がいたとしたら、その人はどうなります ? 」 兄貴は、阿里葉子の顔をじっとみつめた。 「そんな、いの弱い、 しや、優しい人間は、。 とうすればいいんですか」 と、兄貴はくり返した。阿里葉子は、目を伏せて、しばらく何も答えなかった。それから、 白い指先で、自分の膝頭をくり返し押すようなしぐさをした。 「努さんのお兄さんはどういうタイプでいらしたんですの ? 」 と、阿里葉子が目をあげて言った。兄貴は一瞬、虚をつかれたように目を丸くし、やがて 苦笑しながら喋りだした。 「わたしは闘うほうの人間でした。それも大変に能力のあるね。と一一 = ロうことは、、 しつも闘え ば勝っ側に回ってしまう人間だということですが」 「それが と、阿里葉子は小さくうなずいて、後の言葉をのみこんだ。兄貴はうなずいた。ばくも兄 貴の言わんとするところは、わかったような気がした。
( 下 ) I S B N 4 ー 0 8 ー 7 4 9 5 0 6 ー X C 0 1 9 5 P 4 0 0 E 理想主義的医療を続ける院長 ・高見沢には第二次大戦中の 暗い過去があった。父の重い 1 91 01 9 5 0 0 4 0 0 8 十字架の身代りを決意する娘 ナッキ。思いもかけぬ告白か 定価 400 円 ら、葉子の深い心のキズを知 ( 本体 8 円 ) り苦悶する竜野努。荒んだ現 解説・山川腱一 代をいかに生きるか、精神病 院を舞台に、さまざまな人た ちの愛と葛藤を描く。恋愛大 長編。 膩Ⅱ旧ⅡⅧ II Ⅱ馴 9 7 8 4 0 8 7 4 9 5 0 6 5 集英社文庫 五木寛之作品 風に吹かれて ゴキプリの歌 野火子 地図のない旅 四季・奈津子出下 紅茶に一滴のジンを 男が女をみつめる時 ポケットのなかの記憶 異国の街角で 歌いながら夜を往け 音楽小説名作選 四季・波留子出 (T) 忘れえぬ女性たち 僕のみつけたもの 哀愁のノヾ丿レティータ 燃える秋 鳥の歌山下 凍河出 (T) 奇妙な味の物語 し凍河 2 五木寛之 一九三二年九月三〇日福岡県生。放 一送作家や作詞家など多くの職業を遍 一「歴。六六年「さらばモスクワ愚連隊」 で小説現代新人賞、六七年「蒼ざめ た馬を見よ」で第五六回直木賞を受 賞。「青春の門」「四季・奈津子」他 五木寛之 集英社文庫☆ ・川村みづえ \ 400