ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ五木寛之の文庫ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ 異 ケ 国 ツ ト の の オよ 力、 の 角 言己 で 男が女をみつめる時 歌いながら夜を往け 日常、そして過去 : : : 、著者の原体験を素材にユーモアと ペーソスを織りまぜ綴る女性論、青春論を通して、女性の 生き方や生活や文化を見つめる。単行本未収録作品も含め たエッセイの異色アンソロジー。対談解説・山本容朗 〃ばくは引き揚げのことや何かを全部ひっくるめて、全部 えたいの知れない、黒い重いものとして一生背負っておき たいと思う。み故郷、父母のことなど、挫折と放浪の青春な ど原体験を材にした異色作。対談解説・山本容朗 奇妙な不気味さを秘めた美しい街オスロ、コマーシャリズ ムが氾濫するリオのカーニバル、渡米を夢見るプラハの青 年。激しく揺れ動く世界の街角からのメッセージ十編。 五木文学の思想にも触れたエッセイ集。解説・今村忠純 ドラッグ論、サプカルチャー論から、生命の尊厳論まで、 拡がりを見せるテーマの数々。大勢の若者の熱い視線の中 で、 0 ・・ニコル、東陽一、鈴木清順、半村良氏らとの 深夜にまで及んだ論楽会。解説・黒田泰吉
のほうへ歩いていった。 「竜野さんはいまの話をおききになっていたでしよう」 と、石金さんが言った。 「ええ、何となくきいていました」 「では、竜野さん自身の医師としての立場から、意見を言っていただけませんか。あなたも この病院の従業員の一人だし、発一言する権利はあると思いますよ」 「ノ、キま、べ と、ばくはロ。こもった。 「態度をはっきりしろ ! 」 と一一一一口う声がどこからか飛んだ。ばくはあがってしまって、何を喋っていいのか、判らなく よっこ。 「つまり、皆さんはもっとべッド数を増やせ、薬をたくさんつかえと、そう要求しているん ですか」 「そんなこと言ってるんじゃない」 発 出 と、また誰かが言った。石金さんはその声のほうを手で制して、 「わたしたちが言ってるのは、そういうことじゃないんです。要するに、わたしたちも働く て者の一人として、生活をまもる権利がある、ということを言っているだけなのです。患者さ んに患者さんの人格をまもる権利があるように、わたしたちもまたわたしたちの生活をまも る権利を持っています。その二つをどんなふうに折りあっていくかを、今ここで院長さんと
ⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢ日ⅢⅢⅢ五木寛之の文庫ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ 四 、季 子 上 四季・ 〃人間の生活〃そして〃わたしの生活〃って一体なんなの だろう ? 勇躍、上京したものの都会の砂漠にはオアシス はなかった。 映画出演の幸運な話も断り、自称マネージャー格となっ 六丁聿子 ( 下 ) た 7 に連れられ、 ( を求めいにかを探し」今、。サ ンゼルスに飛びたとうとしていた : 自立を希求しつづける若い男女たちの、さまざまな心の 解説中沢けい 遍歴を描く大長編ロマン。 九州、飯塚のボタ山でのカメラマン中垣昇、新幹線内で の詩人・金子貞生、そして東京で自由奔放に生き抜くケ イ、それらの出会いは、優柔不断だった奈津子の性格を 徐々にかえていった : 将来を約束された北九州の安住の地を棄て、最愛の恋人 までも捨て、なぜ東京へ旅立つのか ? 個性豊かに生きる青春群像を生き生きと描く、第四楽章 からなる組曲大長編バロック・ロマンの序奏。
はいっかは彼と、二人きりで話し合わなければ、と思っていたが、ついにしいままにその機 会を逸していた。 ある土曜日の夕方、ばくが集会室にはいってゆくと、院長がひとり正面の椅子に坐ってい た。その前に十五、六人の男や女が向きあってかたまっている。皆、鉢巻きをし、赤い腕章 をまいていた。 「要するにですね」 と、看護婦の西田とく子がはっきりした声で言った。 「この病院が良心的な経営と治療に努力しているということと、わたしたちが一個の労働者 であるということは、また問題が別なんです」 「 1 しかし と、院長は弱々しく呟いたが、そのまま黙り込んでしまった。 「わたしたちは院長の人柄も、医師としての良心も評価していますよ。それは本当よ。でも、 そのことで、わたしたちが自分の生活をいとなむ労働者であるという現実とをすりかえては 困るんです」 出「異議なし」 と、声がとんだ。西田とく子は続けた。 の て「今年のポーナスも、よそは二カ月以上出てるのよ。うちは〇・五カ月。それも二度に分け てです。わたしがもし、うんとお金持ちの娘かなんかだったら、そんなもの返上するかもし れません。そして院長の態度に共鳴して、一生ここで無給で奉仕の生活を送ったと思うわ。
97 兄貴への手紙Ⅱ いうことがわかるんだ。そのときはもう、蟻地獄に落ち込んだみたいになって、そっから脱 け出せないでいる。ずるずるとそんな生活を何十年もつづけているうちに、それに耐えてき たことが、素晴らしく美しいことのように思えてくる。そして、銀婚式だの金婚式だの、つ てのをやる。そんなものさ」 「ばくはそうは思わないな。兄貴の考えはひねくれてるよ」 と、ばくは一一 = ロった。 「ひねくれてるんじゃない。おれは事実を言ってるだけだ」 「でも、結婚て、ちがう人間同士が一緒に暮らすことだろう ? そして、一緒に何かをやっ ていく ってことは、聿晴らしいことじゃよ、 と、ばノ、は←仇生我しこ。 「まあ、おまえにもいまにわかるさ」 と、兄貴は言った。なんだか、 ばくを凄く子供扱いした言い方だったので、ばくはむっと 「じゃあ、兄貴は結婚はしないのかい」 「するさ。結婚てものが愚劣なものとわかっててやるんだ。そのほうがまだましだろう。結 婚にむなしい夢を描いて、結婚して幻滅するより、最初つからそういうものだと、たかをく くって結婚して、それでちゃんと結婚生活をやっていく人間のほうが、どれだけましかしれ ないだろう」 「ばくはいやだな、そんなのは」
11 ナッキの手紙Ⅱ あたらしい生活。アタラシイセイカツ。あ、た、ら、し、 あら、ごめんなさい ついフロイト的な間違いをおかしてしまいました。 そうです。 ットムくんと、阿里さんは、駆け落ちすべきです。そして結婚するのです。高村光太郎を 。こらんなさい あたし、貯金が少しあります。フラワー ショップの売上げをときどきごまかして、貯め たんです。そろそろ八千円になります。それをカンパしましよう。でも、新生活をはじめる には、ちょっと足りないかナ。 でも、大丈夫。もう二カ月ちょっとすれば、夏休みですから、その間にバカバカお金を貯 めるんです。それをみんな、あなたがたふたりのためにカンパしましよう。 あたしは夏休みに、進学のための特別指導をうけると称して、アルバイトをする予定なの。 そうすれば一晩に十万円以上かせげるかもしれません。あたしはバ ージンですから体を売る には不適当なので、ソープランド娘になるつもりでいます。びつくりしないでください れは冗談ではありません。 あたしは、父にかわって罰を受けることにきめたのです。〉 ナッキの手紙は、まだ続いていた。ばくは少々うんざりしていた。それでもねむくなるま で努力して読みつづけることにした。 〈ーーーなんのことか、ツトムくんには、わからないだろうと思います。 ですけど、話せばきっと理解してもらえるにちがいありません。しかし、あたしは理解し い、か、つ
たるい感傷だなんて、思わないでください〉 なぜか手紙を読むのをやめようと思ったが、 ばくはそのまま読みつづけた。 〈あたしが、なぜ、そんなふうに自分の生活を叩きつぶしてしまおうと思っているかは、竜 野さんだけはわかっていてくれてるはずです。 父にも、母にも、そのことは言いません。そして一生、あたしは誰にもそのことを言わな いでしよう。だけど、たった一人だけでも、あたしがなぜそんなふうに、突然家出をして、 不思議な生き方を選んだか、を知っていてほしいと思うのです。 あたしは、これから、不幸への旅に出かけます。不幸への長い旅・ーーそう書いただけでも、 何かほっと心が安らぐ感じがあるのです。 あたしは父の幸せな生活を乱したくありません。父には死ぬまで幸福でいてほしいと思い ます。だけど、それが、許されるということ、あるいはあたしがそれを認めるということは、 また別の問題です。 わたしがいなくなったら、父や母は、さぞ、びつくりすることでしよう。だけど、わたし の父は、また、リ 男の考えを持つかもしれません。それは、わたしが家を出ていったからには、 何かそれなりの理由があったのだ、と思うかもしれないのです。父はわたしのことを信頼し ています。それはわたしにもわかります。だからこそ、父はいたすらにあわてふためいたり、 悲しんだりはしないのではないでしようか あの子はあの子の信ずる道を歩いてゆくに違いない、そして、その道が誤りだと気づいた ならば、いつでも私の許に帰ってくるだろう、そんなふうに父は言うんじゃないでしようか
でも、わたしたちも生活があるんです。アパートの家主は子供のある世帯は出ていってくれ と言うし、国もとの母にも仕送りしてるの。主人の会社は争議中で組合員全員が行商して闘 しんでしよう。金もうけの 争資金あつめやってるのよ。こんな状態でどう暮らしていけばい、 ここへ移ってきたんだけど、今度は自分たちの生活をどうし 為の病院で働くのがいやさに、 ていいか、もうぎりぎりの所まで来てしまったんだわ」 「申し訳ありません。すべて私の責任です」 と、院長は頭を下さげた。ばくはドアの所に立って、黙って耳を傾けた。 。しいかをおたずねしてるのよ」 「院長を責めてるんじゃないの。わたしたち、どうすれ、 「私にもわからないのです」 「院長は医師であると同時に、経営者でもあるのよ。そんな無責任な答ってないわ」 「じゃあ、どうすればいいのでしようか」 「組合としては、経営の合理化を提案します」 と、若い青年が言った。 「べッド数をもっと増やし、薬もどんどん使って、収入を確保するのです」 若い青年の一一 = ロ葉に、院長はびつくりしたように目をまるくした。 「べッド数を増やすと言っても、今はうちの病院もいつばいですよ」 と、院長は一一一一口った。 「法律上ではそうでしよう。しかし、法律は法律だ。日常のこまかなことで、ばくらがいカ に形式的な法律を無視してるかは、院長もご存じでしよう」
むしろ、そういう生き方に対して、どこか嫌悪の気持を持ちながら、しかし、社会生活を続 けてゆく上には、しかたなしにそういう競争に参加しているような感じがしていたのだ。 だからばくが、あの阿里葉子という娘に惹かれた心の奥には、ただ、男が魅力的な女に惹 かれる、というだけのことではない、 もっと不思議な、同類意識があったのではなかろうか 彼女のほうでも無意識のうちにばくのそういうところを感じとっていてくれそうな気がす る。それはばくのひとりよがりだったかもしれない。だが、そうとでも言わなければ、この、 しばらくのあいだのばくの心理状態は説明のしようがなかった。 そして、人間が知りあって、そしてその人間と結婚を考えるまでのプロセスが、あまりに とっぴ も飛躍し、あまりにも突飛で、そして、あまりにも喜劇的であることは、こんなふうにでも 考えなければ、ばく自身、納得のゆかないところなのだ。 ばくと高橋医師はしばらく黙って向きあっていた。 やがて、高橋医師がばつんと言った。 「あの娘はやはり魔女なのかもしれないな 「魔女ですって ? 」 「うん。しかし、それはわれわれに不幸をもたらす存在と言うのではなくって、人間が社会 生活を営んでゆく上で必要悪として背負わなければならない、い ろんなものの翳を人よりく 感つきりとしよい込んでいるという意味で そういう意味での表現です。正直言って、こ れは恥かしいことだがばくは彼女を見るたびに、強く、男としての欲望をそそられます。何 か自分の体の中の狂暴なものが目覚めて、いきなりカずくで彼女を押し倒し、彼女を犯して
た。頭の中に、パジャマの胸元をそっと下から押しあげていた少女つばい乳房のふくらみの イメージが残っていた。 〈ちょっとからかい過ぎたな〉 と、ばくは後悔しながら、彼女の手紙を読みはじめた。 个ーーあたしの予言は、あたりました。父を訪ねてきたツトムくんの顔を見たとき、あたし は、あつ一と思ったの。この男の顔は、恋におちた男の顔だと一瞬感じたからです。ひたむ きで、苛々して、心配そうで、とってもいい顔してたわね。あたしもいっかは、あんなっき つめた表情の青年と恋愛することになるのかしら、と、央になりました。 ットムくんが、阿里葉子さんとたそがれの山下公園のべンチでキスをしてた、というニュ ースは、もう病院中くまなくひろがり渡っています。 なにしろットムくんは、わが和親会病院で唯一の独身医師なんですからね。注目されるの も無理はありません。 でも、かわいそうなのは阿里さんです。あのひと、きっと意地悪な看護婦のさん ( 特に 名を秘す ) にさんざんいびられるにちがいありません。なんたって、あのさんは、ツトム うわさ くんの事を陰ながらしたっているという噂の主なんですから。 でも、そんなこと、どうでもいいんです。問題はふたりの気持次第。病院の中でガタガタ 騒がれたって、それがなんですか。いざとなったら、ふたりで駆け落ちして新しい生活をは じめたらいいのです。 どこか山深い無医村へでもいって、ふたりで誰にも口をはさませない生活をはじめれば。