静子 - みる会図書館


検索対象: 汝! 怒りもて報いよ
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1. 汝! 怒りもて報いよ

そういいながら、静子は腕をのばしてスタンドを消に朽ち果てたことは、火の出るような屈辱であった。 した。自分で細紐を取った気配がした。 周章狼狽、坂田はあまりのおのれの不甲斐なさに身の その忘我に入りかける杉野静子のうわごとに、坂田置きどころがなかった。 はうなった。 杉野静子は、ものをいわなかった。そっと、自身の 白い下半身に浴衣をかぶせた。 「静子さまツ、静子さまツ」 坂田はふるえる声でそう、 しいながら、暗い中で杉野 そのときだった。坂田は何かの物音をきいた。ドア 静子に這い上がり、馬乗りに跨がった。すぐに天国がの閉まるかすかな音だったと思った。それにつづいて、 やってきた。ものの一分ともたなかった。絶品だと坂隣室で足音がした。 坂田は突っ立った。 田は思った。どこもここもが密着して、隙間がなかっ 杉野静子もあわててべッドを出た。 た。しめりを帯びた肉に包まれただけで、果てるかと 「だ、だれかが 思われた。 杉野静子は坂田に抱きついた。 坂田はあわててお金の計算をはじめた。本店から命 坂田の足がふるえた。 じられている預金獲得の割当額を思った。が、間に合 足音はべッドルームの前で停まった。 わなかった。 坂田はものがいえなかった。 あえない討ち死にであった。 ドアが開いた。男が入ってきた。背の高い男だった。 「もう、なのー 不満そうな杉野静子のものいいだった 三十前後か。スタンドの仄青い照明の中に、男は突っ 「す、すみません , 立った。右手にドスが握られていた。 坂田は電灯をつけた。べッドを這い下りて、絨毯に 男の顔は引きつれていた。醜いほどゆがんでいる。陀 曼 土下座した。かって坂田が見たこともない美しい肢体「やはり、てめえ」 ・と高貴な貌を持ったこの人妻に、なんの快感も与えず男は、地獄からきこえてくるような低い声をだした。 また

2. 汝! 怒りもて報いよ

十時を過ぎていた。歌舞伎町の繁華街を肩を並べた・ろうと、坂田は思った。その憂いに沈む、美しい人妻 通りがかりの男が杉野静子をねばい目でみる。坂田はをこれから抱くことができる。なんというのか、人妻 それが得意でならなかった。一人で歩いている男がバ のそのためらいのようなものが、坂田の脳の一部を痺 力にみえた。 れさせてしまっていた。 しかし、すぐにその昻揚感は不安に変わった。坂田 坂田はシャワーを浴びた。 は杉野静子より背が低い。歩いているうちに、杉野静交替して、杉野静子が入った。 子が他の若くて恰好のよい男に目移りするのではある 浴室から出た杉野静子は、浴衣に着替えていた。胸 まいか。どうせ寝るのなら、ハンサムボーイがよいこ と尻の隆起がくつきり浴衣の上からみえた。白い貌が とはきまりきっている。 上気してかすかに赧らんでいた。恥ずかしそうに上体 を伏せてべッドルームに入ってきた。 坂田はタクシーを停めた。 ホテルは新宿駅の西口にあるのだが、杉野静子を人坂田は逆上した。 杉野静子はべッドに横たわった。坂田は無言で杉野 目に晒すのは嫌だった。 静子の足を掻き抱いた。すらりと伸びた、しみ一つな ホテルに入った。 い白い足だった。坂田は夢中で唇を這わした。爪先か 高層ビルにあるホテルだった。窓から新宿の夜景が らはじめて、しだいに太股に移っていた。杉野静子は 一望にみえた。遠くは目白から池袋方面までみえる。 くら 「お、お湯に : じっとしていた。太股の白さが坂田の目を眩ませた。 舐めると、冷たい陶磁器の感触がした。坂田はびった 坂田の声はふるえていた。 り閉じた太股の間に顔を突っ込んで窒息しそうになり 「坂田さんから、どうそ」 杉野静子は夜景を見下ろしていた。その横顔が憂いながら無我夢中で突き進んだ。 繁みに達したとき、杉野静子がかすかな声をたてた。 に沈んでみえる。一夜の浮気への期待と、夫を裏切る 「ああーー。わたし、犯される、のだわ」 悔恨めいたものが憂いのりを浮かべさせているのだ 0

3. 汝! 怒りもて報いよ

「ご迷惑では、ないでしようか」 「と、れ、ました」 杉野静子はすこし考えた。翳りが出ていた。それを貧血はまだつづいていた。 ふっと捨てたのがみえた。 「お世話になります」 「絶対に、そ、そんなことはありませんー あらたまった口調で杉野静子はいった。そして、坂 田の目を、じっとみつめた。しばらくは、無言だった。 「坂田さんさえよろしければ、お供します。わたし、 斬り結ぶような真剣さがこもっていた。坂田は寒気を どうしても、今夜は家に帰りたくはないんです」 「そ、それなら、わ、わたしが、ホテルをリザー・フしお・ほえた。その場に土下座をしたいような思いに衝き てあげますよ」 動かされた。杉野静子ほど高貴な女にこれまで遇った 坂田ははっきり、手応えを感じた。糸の先に大魚が記憶がなかった。 「わたしなんかで、よろしいのでしようか : : : 」 かかったときのぶるんとくるあの手応えに似ていた。 そういって、杉野静子は、ふっと視線をそらせた。 「でも、そんなお金が : : : 」 「と、と、と、と、と」 ご心配なく とんでもないといおうとしたのだが、あまりに思い 坂田は青ざめた。おそろしいような気がした。九十 ども 九。ハーセント、もうまちがいなかった。杉野静子を裸がけないことばに、吃りがとまらなかった。何かが坂 にするときの昻ぶりが、いまから坂田に貧血をもたら田の心の中で燃えたぎっていた。杉野静子は坂田と寝 していた。 てくれることを前提にしている。美しい女からこれほ 杉野静子は淋しそうな笑顔をみせて、うなずいた。 どの貴重なことばをいただいたことに、坂田は動転し 夫を裏切る決心がそうさせたのであろう。しかし、すてしまった。 ぐにその白い貌が恥じらいに染まった。 奇妙な老人の予言などは、まったく思い出さなかっ陀 曼 坂田は立った。たよりない足つきで電話に近づき、 喜 どうにかホテルをリザープした。 坂田と杉野静子は中華料理店を出た。 7

4. 汝! 怒りもて報いよ

ぶつ殺してやる ! 」 「野郎ツ」 男は立った。立って、目の前に坐っている静子を右男が、わめいた。 足で蹴倒した。 坂田は髪を握って引き倒された。倒れたところを、 「します、しますから、たすけてー 男に蹴られた。胸を蹴られ、腹を蹴られ、最後に股間 静子は這い起きた。男の狂暴な性格を知っているのを蹴られて、悶絶した。意識を失いながら、殺される だろう、あわてて、その場に俯せになった。四つん這のだと思った。 いになって、浴衣を腰まで上げた。 気づいたときには、情勢が変わっていた。静子が素 「早くしてツ。このひと、殺すったら、殺すのよ」 裸で這っていた。その尻を男が抱えている。男は何か 「し、し、し、し、し」 憤怒のことばを吐き散らしながら、責めたてていた。 しかしといおうとしたが、ことばにならない。坂田 静子のかき口説くことばがきこえる。あツ、あツ、 いしゆく は畏縮しきっていた。できるどころの騒ぎではない。 と荒い息を吐きながら、男に許しを乞うていた。許さ 「野郎ツ」 ねえと、男はいった。てめえらを、どんなことが、あ 男がわめいて、坂田は顎を蹴とばされた。ぶざまに っても、つがわせて、その後で、ぶち殺して、くれる、 引っくり返った。 と、そう、短く区切りながら、わめいていた。 「早く、しろってんだ ! 」 坂田は這った。物音をたてぬように這って、開け放 ドスが目の前に来た。そのドスが坂田の浴衣を切りしたドアから隣室に出た。男が気づかぬよう、必死に 裂いた。 念じた。静子のうめきが高くなっていた。しきりにう 坂田は悲鳴をあげながら、静子の体に這い寄った。 わごとめいたことばを吐きだしていた。それが幸いし 這い寄って、尻を抱いた。無理に入れようとしたが、 陀 それは絶望であった。あてがうだけで腰を使ったが、 坂田はズボンと靴とシャツを掴んで、素裸で這って嵂 しだいに貧血を起こして、目の前が暗くなっていた。 廊下に出た。出る前に、男が ^ 野郎 > といったのを聴

5. 汝! 怒りもて報いよ

色が白く、目鼻だちに高貴な気配がある。おっとりし 「と、とんでもないです : ・ 坂田は自分でも奇妙に思える声でった。 た相貌だった。その上、シャツの上からみる乳房は、 「でも、わたし : ・ はじけそうに張っていた。ひどく肉感的だった。店内 「さあ、さあ、参りましよう。なんでしたら、ご飯をのどの女よりも美しかった。 「な、なにを、お召し上がりに : 食べたあとで送ってさし上げます」 坂田はあがっていた。あまりあがり過ぎて指先がふ ありがとうございます」 るえていた。 女はうなずいた。 「わたし、杉野静子と申します」 「そんな、他人行儀な」 いってしまってから、ことばをまちがえたのに気づ 女は自己紹介した。もうご馳走になる覚悟を決めた いた。上がってしまっていた。 のか、恥じらいが消えていた。 坂田と女は歌舞伎町の中華料理店に入った。 杉野静子は幾つかの料理を注文した。ひかえ目な注 歩いている間に女が心変わりして逃げるのではある文だった。それが坂田を安心させた。パッと高価なも まかと、坂田は気が気ではなかった。もうそのときのばかりを注文するようでは、恐怖心が湧くのである。 には、これまでの人生で坂田が抱いてきた慎重さは影坂田はもうそれだけで心の底から溺れてしまった。 もなかった。 「あのう、あのう : : : 」 どこかのネジが外れて、坂田は狂ったようになって「なんですの , いた。この女を得られるのなら、人生どうなってもか 上品にナ。フキンを使いながら、杉野静子が訊いた。 まわないという、めちゃくちゃな気がしていた。 「あのう、もし、よろしければ、どこかで、お茶を : 広い店だった。落ちついた雰囲気だ。十組ばかり客 : ・」 が入っていた。明るいところで坂田はすばやく女を観坂田はビールを流し込んだ。飲んでも飲んでも、そ 察していた。出遇いのときの印象はちがってなかった。のことをいおうとすると、喉がかわくのだった。

6. 汝! 怒りもて報いよ

「そうかい」 「このちび野郎が、てめえの、男だったのか . 男はべッドに腰を下ろした。 「ちがうんです。あなた、これには、わけが」 杉野静子はその場に崩れた。 「おい、ちび ! おめえ、電車賃でおれの女房を抱い たわけか。いやに、豪儀じゃねえか , 「いいわけは、きかねえぜ。てめえは、このちび野郎 「そ、そ、そ、そ」 とつるみやがっただろうが」 「ぶつ殺すそ ! てめえ」 男は陰惨な声をだした。 男の表情には、どす黒い殺気がありありとみえる。 「そ、そんなんじゃないんです ! ゅ、ゆるしてくだ 「つるんだのか、つるまねえのか」 さい。どんなお詫びでも : : : 」 「ゆ、ゆるしてー 「や、やりやがったのかー 坂田は這いつくばった。坂田は暴力には縁がなかっ 「しかたが、なかったんです。ゆるして、あなた、もた。ちちみ上がっていた。 、う二度と、ゆるして : ・ : ・」 「許さねえ」 杉野静子の哀願は恐怖で裂けそうだった。 男はかすれた声をだした。 「動くな、ちび ! 」 「てめえ、それほどおれの女房が好きなら、もういち 男はするどい叱咤を放った。 ど、おれの目の前で尻を抱いてみな」 「てめえには興信所員をつけてあったんだ。おめえた「そ、そ、そ、そ」 ちは歌舞伎町で落ち合って、ここへ来た。よくも、て「おい、静ツ、おめえも、このちびと、もっとやりた めえ、おれを裏切って、こんなちびの、下駄みてえな かったんだろ。かまわねえ、ここで尻からやってもら 面の男と、やりやがったな」 いな ! 」 「この人に罪はないんです。わたし、電車賃がなかっ 激情で男の声がわなないていた。 たもんですから、この人に 「さっさと、やらねえか ! さもないと、てめえら、 2

7. 汝! 怒りもて報いよ

老人の話以上に奇妙な話だからだ。坂田の憔悴ふりと、「一度だけ、会いました、 「どこで ? 」 狐につままれたような顔をみても、ウソでないことは 「中野区にあるマンションです。あまりあざやかに予 わかる。 言が的ったものですから、手土産を持ってお礼に行っ 老人がくさい。 たんです。その翌晩でした」 片倉はそう思った。 坂田は、警察には、老人のことも杉野夫婦のことも「そのときに、何か話しましたか。たとえば職業を名 黙っていた。老人に遇ったのは八月二十九日の夜のこ乗るとか」 とで、賊の入ったのは九月二日だ。関係があるなどと「それが、あとで考えてみると一時間ほどいたことに は思えなかった。無関係のことを述べて、坂田はつねなるのですが、よくお・ほえていないんです。何を話し たのか・ : ・ : 」 の品行を疑われることをおそれた。杉野静子に坂田は 名刺を渡してある。杉野に呼び出され、殺すと脅され「お・ほえていない ? 」 る。あげくが、杉野を自分の支店に押し人らせること「ええ、あのかたの家を出るとき、至福感というので すか、ちょうど凍えきっていた体がお湯で温まったよ になったのだろうと、警察はとる。 事実はそうではなかった。いまだに杉野からは電話うな : : : 」 一本、脅迫状一通、こない。坂田は、静子がとっさに 片倉は黙って坂田をみつめた。 名刺を処分してくれたのだと解釈していた。ぶきみな 後味は残ってはいるが、その件は九分どおり済んだも「ああ、そういえばーー」 のと思っていた。片倉弁護士に話したのは、最近に何坂田は何を思い出したのか、空間の一点に視線をと めた。 か身辺に変化はなかったかと訊かれたからであった。 喋りたくはなかったが、逮捕が目前に迫っていた。弁「あの日、つまり賊に入られた日の夕刻ですが、帰宅 中に、どこかであの老人の目を : : : 」 護士には隠す必要がなかった。 あた

8. 汝! 怒りもて報いよ

「ところで、その杉野静子という女ですが、何か特徴 「老人の目をみたのですかー は ? 」 「ええ、いま、ふっとそんな気が : : : 」 「特徴ですか : : : 」 坂田は呆けたような視線を戻した。 ほくろ 「たとえば鼻に黒子があるとかの」 「どこで、ですー 「それが、どうもはっきりしないんです。はたしてみ「ええ」 坂田は困ったような顔をした。 たのか、どうかも。ただ、奇妙なことに、老人の二つ 「足のおや指のつけ根になら、ありましたけど」 の目玉がどこかの空間に浮いていたような気が、ふつ 坂田は顔を赧らめた。 : AJ 「あしの 「坂田さん」 片倉は、つづくことばを、呑んだ。 「なんですかー 「あなた、その中野のマンションを、知っています調査員の山沢と片倉、坂田の三人は、車で中野に向 かった。運転は片倉がした。 ね」 車中で片倉は事件を山沢に説明した。 「ええ、たぶん : : : 」 片倉のあらたまった声に、坂田はおびえたように答山沢はきき終わっても、自分からは意見を述べなか った。寡黙な男だった。 えた。 奇妙な老人の住んでいたマンションは弥生町にあっ 片倉は電話を把った。興信所の山沢を呼び出して、 協力を依頼した。 た。旧神田上水の近くだった。タクシーで訪ねた坂田 とうにかお・ほえていた。 「これから、そのマンションに行って老人に会ってみが、迷いながらだが、・ ましよう。たぶん、いないとは思いますがね」 予想したとおり、老人は住んでなかった。 容易ならぬ事件に坂田は捲き込まれていた。片倉の 片倉は管理会社に訊いてみた。その部屋は八月のは 想像が的を射ていれば、何かおそるべき背景がある。 じめに ^ 木戸博行 > なる若者と賃貸契約を結んでいた。

9. 汝! 怒りもて報いよ

指先に入れ墨の蛇は生き返っているのがわかる。ふつ あがくようにして開けているのだが、ともすれば くらとなだらかな力しフを描く腹に、蛇は蠢きはじめ、閉じる。何か強力なもので臉を引き合わされていた。 うろこ その冷たい鱗をたててゆっくり這いはじめていた。そ抗し切れなくなって、京子は臉を閉じた。閉じる前 の向かう先は京子にはわかっていた。蛇はいま叢を分の空間に、ちらと司祭の顔が映ったように思った。司 けていた。スル、スル、スルと這い進む気配を感覚が祭は頭巾を取っていた。痩せ気味だが筋骨は逞しい裸 するどくとらえていた。司祭の指だとは思えなかった。体をみた。絹の布を透してみるようにその像は不鮮明 生き返った蛇がそこをめざしている。 であった。ゆらゆら揺れて、消えた。 京子の下半身を蛇が巻いていた。巨大な蛇だった。 京子は、はっきり声をだした。閉じた瞼の奥で、蛇 蛇は締めつけていた。腰が砕けるかと思われる力だっ と化した司祭がそのおそろしい鎌首を京子の陰部にゆた。その蛇が京子の脳裡でまた司祭に戻っていた。司 つくりのめり込ませている。 祭は京子の両足を掴んで俯せにした。京子はなすがま 「目を開けて、わたしの目を見よ」 まに、尻をかかげた。もうそれだけで絶頂感が腰部を どこか、遠いところで司祭の声がしたと思った。 とらえていた。至福感だったかもしれない。昨夜の記 京子は瞳を開けた。司祭の顔がすぐ近くにあった。憶が再現されていた。 凹み気味の双眸がじっと京子をみつめていた。灰色が 京子はするどい声をたてた。司祭のそれが侵入して かった冷たい双眸だった。冷気が漂い出ているような いた。身動きもならない。鷲の爪のような頑丈な司祭 気がする。みつめているうちに司祭の顔が消えた。 の手が京子の尻をガッキと擱んでいた。京子のその部 替わって、蛇の顔があらわれた。鱗に覆われたぶき分は、司祭のものを呑み込んでふくれ上がっていた。 みな扁平な顔がある。一対の目が光っていた。その光司祭の単調な腰の動きがはじまっていた。 る双眸が京子をまじろぎもせずにみつめている。 京子は叢に消えかけている蛇を思った。蛇のぶきみ 京子の全身は痺れていた。痺れは目にもあった。重な頭部はいま京子の体内にあった。その姿が京子には うごめ 6

10. 汝! 怒りもて報いよ

京子は、立って玄関に出た。足がふらついていた。 悪魔の棲み家を出て追ってくることはあり得ない。 鍵をかけて戻った。 かりに司祭の手先がやってくればどうなるのか ? 「どうぞ、司祭さまー そのときは、京子は、わけなく撃退できると思ってい 応接間に司祭を案内した。 た。警察に突きだすといえば、ちちみ上がるのだ。 じゅうたん 司祭はソフアに掛け、京子はその足元の絨絨にひざ 入れ墨をいかにするかだけが問題で、司祭のことは、 まずいた。抵抗しようという気力がなくなっていた。 京子は考えなかった。 司祭を裏切ることに決めたときに、京子はさまざま その司祭が、自分でやってきた。 なことを考えた。司祭は自分のたぐい稀な性交技術の 司祭だとわかって、京子は、淡雪が陽に溶けるよう 呪縛で京子の裏切りを抑えたと信じている。もちろんに抵抗心を失った。警察に突き出すという威嚇も忘れ ていた。 蛇の入れ墨もある。だが、その過信は滑稽であった。 鳥籠から小鳥を放したようなものだと思った。 司祭の目をみたのがいけなかったのだと、意識のど 裏切ればどうなるのか ? そのことを京子は必死に こかで、京子は思っていた。天色にみえる深い瞳孔に よ、どうにもなるまいということだ 考えた。得た結論。 、よ崔眠術か。目に魅人ら は魔力が潜んでいた。あるし冫イ けだる った。司祭および天地教に魔力があるのは、あの山中れてしまった京子は、たあいなく腰のあたりに懈怠い の廃村においてだけだ。悪魔が陽光をおそれるように、 ような陶酔感をお・ほえた。それは意志の放棄を意味し 魔の性を持っ司祭一味も、 いったんおのが棲み家の廃ていた。早くも、司祭の悪魔的な性交が、京子をとり 村を出れば、ただの人間であった。 こにしてしまっていた。 自分を連れ戻しに出てくるわけはない 京子はそ「そなたは、わたしを裏切る気でいたようだな」 う思った。美津子を火炙りにしているのだ。いやあの 司祭はにぶい双眸で京子をみつめた。 、え、司祭さま , 様子では美津子以外にも邪淫教の犠牲になった女は何「いし 人もいるにちがいない。京子が裏切ったとわかっても、京子ははげしくかぶりを振った。 0