向う - みる会図書館


検索対象: 注文の多い料理店
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1. 注文の多い料理店

「承知しました。お礼なんかいりませんよ。」 え、お礼はどうかとってください。わたしのじんかくにかかわりますから。そしてこ れからは、葉書にかねた一郎どのと書いて、こちらを裁判所としますが、ようございます 一郎が「ええ、かまいません。」と申しますと、やまねこはまだなにか言いたそうに、し ばらくひげをひねって、眼をばちばちさせていましたが、とうとう決、いしたらしく言い出し とました。 みようにち ぐ「それから、はがきの文句ですが、これからは、用事これありに付き、明日出頭すべしと書 にいてどうでしよう。」 店 一郎はわらって言いました。 理 料 「さあ、なんだか変ですね。そいつだけはやめた方がいいでしよう。」 の山猫は、ど、つも言いようかますかった、いかにも残念だとい、つふうに、しばらくひげをひ 注ねったまま、下を向いていましたが、やっとあきらめて言いました。 「それでは、文句はいままでのとおりにしましよう。そこで今日のお礼ですが、あなたは黄 しよう しおざけ ん 金のどんぐり一升と、塩鮭のあたまと、どっちをおすきですか。」 「黄金のどんぐりがすきです。」 山猫は、鮭の頭でなくて、まあよかったというように、ロ早に馬車別当に云いました。 一升にたりなかったら、めつきのどんぐりもまぜてこい 「どんぐりを一升早くもってこい しやけ

2. 注文の多い料理店

足 ひるすぎになって谷川の音もだいぶかわりました。何だかあたたかくそしてどこかおだや 素 のかに聞えるのでした。 お父さんは小屋の入口で馬を引いて炭をおろしに来た人と話していました。すいぶん永い 、カ こと話していました。それからその人は炭俵を馬につけはじめました。二人は入口に出て見 ひ ました。 馬はもりもりかいばをたべてそのたてがみは茶色でばさばさしその眼は大きくて眼の中に はさまざまのおかしな器械が見えて大へんに気の毒に思われました。 お父さんが二人に言いました。 ならはな ( 八七 ) ( 八六 ) 「そいであうなだ、この人さ随いで家さ戻れ。この人あ楢鼻まで行がはんて。今度の土曜日 もカ に行かはんてない」 に天気あ好がったら又おれあ迎い あしたは月曜日ですから二人とも学校へ出るために家へ帰らなければならないのでした。 167 楢夫もようやく泣きじゃくるだけになりました。けむりの中で泣いて眼をこすったもんで たぬき すから眼のまわりが黒くなってちょっと小さな狸のように見えました。 お父さんはなんだか少し泣くように笑って ( 八五 ) 「さあもう一がえり面洗ないやない。」と云いながら立ちあかりました。 ひと

3. 注文の多い料理店

注文の多い料理店 8 つまりシグナルがさかったというだけのことです。一晩に十四回もあることなのです。 ところがそのつぎが大へんです。 さっきから線路の左がわで、ぐわあん、ぐわあんとうなっていたでんしんばしらの列が大 む ( 五 0 ) かざ 威張りで一べんに北のほうへ歩きだしました。みんな六つの瀬戸もののエボレットを飾り、 やり とたん かたあし てつべんにはりがねの槍をつけた亜鉛のしやつほをかぶって、片脚でひょいひょいやって行 くのです。そしていかにも恭一をばかにしたように、じろじろ横めでみて通りすぎます。 むかし うなりもだんだん高くなって、いまはいかにも昔ふうの立派な軍歌に変ってしまいました。 「ドッテテドッテテ、ドッテテド、 でんしんばしらのぐんたいは はやさせかいにたぐいなし ドッテテドッテテ、ドッテテド でんしんばしらのぐんたいは きりっせかいにならびなし。」 一本のでんしんばしらが、ことに肩をそびやかして、まるでうで木もがりがり鳴るくらい にして通りました。 みると向うの方を、六本うで木の二十二の瀬戸もののエボレットをつけたでんしんばしら の列か、やはりいっしょに軍歌をうたって進んで行きます。 「ドッテテドッテテ、ドッテテド ( 五一 ) おお

4. 注文の多い料理店

「私たちはどこへ行くんですか。どうしてこんなつらい目にあうんですか。」楢夫はとなり の子にたすねました。 「あたしは知らない。痛い。痛いなあ。おっかさん。」その子はぐらぐら頭をふって泣き出 しました。 「何を云ってるんだ。みんなきさまたちの出かしたこった。どこへ行くあてもあるもんか。」 、つしろで鬼が咆えて乂鞭をならしました。 あら 野はらの草はだんだん荒くだんだん鋭くなりました。前の方の子供らは何べんも倒れては 理又力なく起きあがり足もからだも傷つき、叫び声や鞭の音はもうそれだけでも倒れそうだっ 料 たのです。 多 楢夫かいきなり思い出したように一郎にすがりついて泣きました。 の 文「歩け。」鬼が叫びました。鞭が楢夫を抱いた一郎の腕をうちました。一郎の腕はしびれて わからなくなってただびくびくうごきました。楢夫がまだすがりついていたので鬼が乂鞭を あげました。 「楢夫は許して下さい、楢夫は許して下さい。」一郎は泣いて叫びました。 「歩け。」鞭が又鳴りましたので一郎は両腕であらん限り楢夫をかばいました。かばいなが ら一郎はどこからか ( 九こ 「によらいじゅりようぽん第十六。」というような語がかすかな風のように乂匂のように一 郎に感じました。すると何だかまわりがほっと楽になったように田 5 って

5. 注文の多い料理店

しばらく黒い海面と 向うに浮ぶ腐った馬鈴薯のような雲を 、 : 又ホケットから めてしたか、 煙草を出して火をつけた。 それからくるっと振り向いて 陸の方をじっと見定めて 急いでそっちへ歩いて行った。 野そこには低い崖かあり なみ 士崖の脚には多分は濤で 学 大削られたらしい小さな洞があったのだ。 大学士はにこにこして はいのう 中へはいって背嚢をとる。 それからまっくらなとこで もしやもしやビスケットを喰べた。 すうっと向うで一列濤が鳴るばかり。 よいよ宿がきまって腹もできると野宿もそんなに悪くない。さあ、も 「ははあ、どうだ、い 、つ一服やって寝よう。あしたはきっとうまく行く。その夢を今夜見るのも悪くない。」 275 大学士の吸う巻煙草が

6. 注文の多い料理店

ひかりの素足 四、光のすあし その人の足は白く光って見えました。実にはやく実にまっすぐにこっちへ歩いて来るので した。まっ白な足さきが二度ばかり光りもうその人は一郎の近くへ来ていました。 一郎はまぶしいような気がして顔をあげられませんでした。その人ははだしでした。まる で貝殻のように白くひかる大きなすあしでした。くびすのところの肉はかがやいて地面まで 垂れていました。大きなまっ白なすあしだったのです。けれどもその柔らかなすあしは鋭い し瑪瑙のかけらをふみ燃えあがる赤い火をふんで少しも傷つかす又灼けませんでした。地 面の棘さえ又折れませんでした。 「こわいことはないぞ。」微かに微かにわらいながらその人はみんなに云いました。その大 ひとみ きな瞳は青い蓮のはなびらのようにりんとみんなを見ました。みんなはどう云うわけともな 「によらいじゅりようばん。」と繰り返してつぶやいてみました。すると前の方を行く鬼が 立ちどまって不思議そうに一郎をふりかえって見ました。列もとまりました。どう云うわけ か鞭の音も叫び声もやみました。しいんとなってしまったのです。気がついて見るとそのう めのう すくらい赤い瑪瑙の野原のはずれがばうっと黄金いろになってその中を立派な大きな人がま っすぐにこっちへ歩いて来るのでした。どう云うわけかみんなはほっとしたように田 5 ったの

7. 注文の多い料理店

おきなぐさ 217 又向うの、黒いひのきの森の中のあき地に山男が居ます。山男はお日さまに向いて倒れた くろすきん 木に腰掛けて何か鳥を引き裂いて喰べようとしているらしいのですがなぜあの黝んだ黄金の 眼玉を地面にじっと向けているのでしよう。鳥を喰べることさえ忘れたようです。 あれは空地のかれ草の中に一本のうずのしゅげが花をつけ風にかすかにゆれているのを見 ているからです。 私は去年の丁度今ごろの風のすきとおったある日のひるまを思い出します。 それは小岩井農場の南、あのゆるやかな七つ森のいちばん西のはすれの西がわでした。か れ草の中に二本のうずのしゅげがもうその黒いやわらかな花をつけていました。 まばゆい白い雲が小さな小さなきれになって砕けてみだれて空をいつばい東の方へどんど んどんどん飛びました。 お日さまは何べんも雲にかくされて銀の鏡のように白く光ったり又かがやいて大きな宝石 あお ふち のように蒼ぞらの淵にかかったりしました。 山脈の雪はまっ白に燃え、眼の前の野原は黄いろや茶の縞になってあちこち掘り起された とひ 畑は鳶いろの四角なきれをあてたように見えたりしました。 ゅめ おきなぐさはその変幻の光の奇術の中で夢よりもしずかに話しました。 「ねえ、雲が又お日さんにかかるよ。そら向うの畑がもう陰になった。」 まっ 「走って来る、早いねえ、もうから松も暗くなった。もう越えた。」 「来た、来た。おおくらい。急にあたりが青くしんとなった。」 また

8. 注文の多い料理店

一向泣ぐごとあないじゃい。泣ぐな泣ぐな。」 「泣ぐな。」一郎も横からのぞき込んでなぐさめました。 「もっと云ったか。」楢夫はまるで眼をこすってまっかにして云いました。 「何て云った。」 「それがらお母さん、おりやのごと湯さ入れで洗うて云ったか。 「ああはは、そいづあ嘘ぞ。楢夫などあいつつも一人して湯さ入るもな。風の又三郎などあ 偽こぎさ。泣ぐな、泣ぐな。」 理お父さんは何だか顔色を青くしてそれに無理に笑っているようでした。一郎もなぜか胸が 料 つまって笑えませんでした。楢夫はまだ泣きやみませんでした。 多 「さあお飯食べし泣ぐな。」 の 文楢夫は眼をこすりながら変に赤く小さくなった眼で一郎を見ながら又言いました。 「それがらみんなしておりやのごと送って行ぐて云ったか。」 「みんなして汝のごと送てぐど。そいづあなあ、うな立派になってどごさが行ぐ時あみんな ごとばがりだ。泣ぐな。な、泣ぐな。春になったら盛岡 して送ってぐづごとさ。みんないい つれ 祭見さ連でぐはんて泣ぐな。な。」 一郎はまっ青になってだまって日光に照らされたたき火を見ていましたが、この時やっと 云いました。 しつつも何だりかだりって人だますじゃい。」 「なあに風の又三郎など、布つかなぐない。、 166

9. 注文の多い料理店

一郎はまるでその赤い眼に吸い込まれるような気がしてよろよろ二三歩そっちへ行きまし たがやっとふみとまってしつかり楢夫を抱きました。その恐ろしいものは頬をびくびく動か し歯をむき出して咆えるように叫んで一郎の方に登って来ました。そしていっか一郎と楢夫 とはつかまれて列の中に入っていたのです。ことに一郎のかなしかったことはどうしたのか 楢夫が歩けるようになってはだしでその痛い地面をふんで一郎の前をよろよろ歩いているこ いっしょ とでした。一郎はみんなと一緒に追われてあるきながら何べんも楢夫の名を低く呼びました。 けれども楢夫はもう一郎のことなどは忘れたようでした。ただたびたびおびえるようにうし 理ろに手をあげながら足の痛さによろめきながら一生けん命歩いているのでした。一郎はこの 蝌寺はじめて自分たちを追っているものは鬼というものなこと、又楢夫などに何の悪いことが 多 あってこんなつらい目にあ、つのかということを考えました。そのとき楢夫がとうと、つ一つの の 文赤い稜のある石につまずいて倒れました。鬼のむちがその小さなからだを切るように落ちま した。一郎はぐるぐるしながらその鬼の手にすがりました。 「私を代りに打って下さい。楢夫はなんにも悪いことかないのです。」 鬼はぎよっとしたように一郎を見てそれからロがしばらくびくびくしていましたが大きな 声で斯う云いました。その歯がギラギラ光ったのです。 「罪はこんどばかりではないそ。歩け。」 一郎はせなかかシインとしてまわりかくるくる青く見えました。それからからだ中からっ あせわ めたい汗が湧きました。 182 ならお

10. 注文の多い料理店

「おい君、行こう。林へ行こう。おれは柏の木大王のお客さまになって来ているんだ。おも しろいものを見せてやるぞ。」 画かきはにわかにまじめになって、赤だの白だのぐちゃぐちゃっいた汚ない絵の具箱をか ついで、さっさと林の中にはいりました。そこで清作も、鍬をもたないで手がひまなので、 ぶらぶら振ってついて行きました。 あさぎ ( 四五 ) 夜 林のなかは浅黄いろで、肉桂のようなにおいかいつばいでした。ところが入口から三本目 かたあし しの若い柏の木は、ちょうど片脚をあげておどりのまねをはじめるところでしたが二人の来た ひざ のを見てまるでびつくりして、それからひどくはずかしがって、あげた片脚の膝を、間がわ わ し るそうにべろべろ嘗めながら、横目でじっと二人の通りすぎるのをみていました。殊に青作 、カ 割か通り過ぎるときは、ちょっとあざ笑いました。清作はどうも仕方ないというような気がし 料てだまって画かきについて行きました。 多 ところがどうも、どの木も画かきには機嫌のいい顔をしますが、清作にはいやな顔を見せ の 文るのでした。 いきなり自分の脚をつ 一本のごっごっした柏の木が、清作の通るとき、うすくらがりに、 き出して、つまずかせようとしましたが清作は、 「よっとしよ。」と云いながらそれをはね越えました。 一 , か去」は、 「どうかしたかい。」といってちょっとふり向きましたが、またすぐ向うを向いてどんどん