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検索対象: 現代世界ノンフィクション全集14
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1. 現代世界ノンフィクション全集14

は、いささかも揺らぐことはなかった。それは彼女を彼女はひっそりと引きこもって暮らしてはいたが、 して、彼女自身の人生のいくたの盛衰を安全に乗りこ世間と没交渉だったわけではない。まだときおり患者幻 えさせてきたし、今後も彼女を安全に運んでゆくであをみたり、手紙を書いたりしていたし、見も知らぬ人 ろう。それは彼女の確信するところであった。「わた から手紙をもらうこともあった。彼女の著書を読んだ しを受け取るために差し出された腕があるだろう」と、人たちが彼女に助言を求めてくるのである。とくに、 数多い病気のうちいま彼女を悩ませている病気にかか若いころギロートに寄せた愛のエロイーズアベラー ったとき、死を口にしながら、彼女は言っている。 ル的ェビソードを描いた初期の小説『ル 1 ト』は、若 彼女は糖尿病と乳ガノこ、 、冫カかり、一方の胸を切除し い女性のあいだに熱烈な読者をえていた。彼女たちは なければならなかった。いい よよ手術する必要がある自分たちにとってルーの本がどれほど多くの意味をも と診断されると、いちばんの親友たちにさえ行く場所っているか、ヒロインの感情をいかによく理解できる を告げずに、彼女は静かに家を出た。何があったのか かを、あるいは手紙で、あるいは口頭で彼女に伝える を話したのは退院してからのことである。彼女は他人のであった。なかには面会を求めてくる者もあった。 に憐れみの気持をもたれるのが嫌だった。彼女のここ彼女はかならずしも個人的な面談冫ー こよ応しなかったが、 ろが活動をつづけているかぎり、肉体の自然の衰弱に手紙の差出人を動かしているのがくだらぬ好奇心では 驚く必要はなかった。失った胸を補うために絹のドレ なく真の人間的要請であると感しれば、よろこんで応 スの下に詰物をして、彼女は謎めいた笑いをうかべなじた。 = レン・デル。フとの交友もそのようにして始ま がら、年老いた友人に言った , ーー「 = ーチ = は結局正ったのであり、ほかにもそういう人はいた。 しかったわ。わたしもいよいよ悪い胸を持っことにな さる有名なゲッチンゲン大学教授の若い令嬢は、家 ったのですもの」 庭の者たちがルーを「ハインベルクの魔女」と呼んで ウィッチ

2. 現代世界ノンフィクション全集14

かにもうそんな努力はすまいという協定を自分自身とに従え、断固たる言葉で数百万の人々に幸福の門を開 結びましたが、今度キットリッジ教授の下でシェイクき、別の数百万の人々にその門を閉じたか、いかに異 % スビアを学ぶようになってから破ってしまいました。 なった国々が芸術と知識の開拓者となり、きたるべき シェイクスビアにも世間にも、私の理解していないこ時代のよりカ強い成長のために地を耕したか、いかに とがたくさんあるのを知っています。そしてヴェール 文明が、頽廃した時代のいわば犠牲に供せられ、また が一つまた一つとだんだん取り除かれ、新らしい思想不死鳥のように、より高貴な北国の子孫の間で再び立 と美の領域が現われるのを見るのが嬉しいのです。 ち上がったか、そしていかに自由と寛容と教育によっ 詩の次には歴史が好きです。手にし得る限りの歴史て、偉人賢者が全世界の救済のための道を開いたか、 の本は、無味乾燥な事実と、もっとつまらぬ年号の表というようなことを皆学んだのでした。 から、グリーンの公平で絵を見るような「英国国民大学の授業で、フランスとドイツの文学にはある程 史」に至るまで、フリーマンの「ヨーロッパ史」から度親しむようになりました。ドイツ人は人生において エマトンの「中世」に至るまで、全部読みました。私も文学においても美よりも力を、慣習よりも真実を重 に本当に歴史の価値を感じさせてくれた本はスイントんじます。彼らのすることには何でも、烈しい、槌で ンの「万国史」で、それは十三歳の誕生日にもらった打つような活力があります。言葉を語るのは人に感動 を与えるためではなく、心の中に燃えている思想のは ものでした。もうあの本は役に立たないと思われてい るようですが、私はまだ宝物の一つのようにして持つけ口を見つけなければ、心が破裂してしまうからなの ています。その本から、人類がいかに土地から土地へです。 と広がってゆき大きな都会を立てたか、いかに少数の それにドイツ文学には、私の好きな美しい慎みもあ 偉大な支配者、この世の巨人が、あらゆるものを足許 りますが、ドイツ文学の主たる誉れとなっているのは、

3. 現代世界ノンフィクション全集14

ルーがかなり健康を害していて、徹底的な休養と安静 思想の結晶を変質させることはなかった」 ( 刀オン・ を必要としていることを知らされていた。彼女自身が ンバジーンの反逆者』緒言 ) ルーは、この端倪すべからざる女性に逢えるまで待病弱な体質で、これまで一再ならず同しような危機を ちきれなかった。そしてマルヴィーダの回想録を、深脱してきた経験から、マルヴィーダは事情をよくのみ こんでいた。彼女は深い同情を寄せ、ルーが楽しく、 い感動をお・ほえながら読んだ。ここに、わたしとよく 似た素姓と教育をもった女性がいる。この人も、自分快く口ーマに滞在できるよう、できるだけの努力を惜 の理想に従って独自の生活を生きぬくために、敢然としまなかった。そして、ルーを知れば知るほど、二人 して全世界に挑戦してきたのだ。マルヴィーダ女史もの関心と理想があまりにもよく似ていることに ノカマルヴィ 1 ダの著書を読んたときのよ わたしのように家族や階級の偏見と闘わざるを得なかちょうどレし、 マルヴィーダの驚きは増すばかりであった。 ったし、わたしと同じく教会と袂別している。この人うに が激しい恋の歓びと哀しみを経験したことまでわたし「わたしが若い娘さんにこれほどの温かい情愛をおぼ と同じた : えたのは、もういつのことだったでしようか。あなた に初めてお逢いしたときには、まるで若いころのわた ローマに到着するとルーは、さっそくボルヴェリエ よみがえ ラ通りに向かい、そこで最大級の歓迎を受けた。マルしが甦ったのではないかとこの目を疑いました」マル エーリッヒ・ポーダッ ヴィーダは、まるで実の娘のように彼女を迎え入れてヴィーダはルーにこう書いている。 ( 、 『フリードリッヒ・ ニ 1 チ工とルー・サロ くれた。二人は胸襟を開いて語らい、波瀾に富んだ過 メーーーその出会い』 そのうちに、マルヴィーダは思い違いをしていたこ 去をもつ小柄な老婦人と、人生のーー・・あるいは死のー ー入口に立っている若い娘とは、お互いの境遇を理解とがわかってきた。彼女はーー最初はルーもそうだっ しあったのである。マルヴィ 1 ダは、キンケルから、 たがーーー二人の個性と、人生における目標、目的との 0

4. 現代世界ノンフィクション全集14

創造的緊張を解放する手段ではあるまい。もしルーが ドは確かにニーチェ自身のものであったが、にもかか わらす、かれがそうした感情のヒマラヤ的高みにまでよろこんでニーチェの妻となり使徒となっていたら、 駆られたのはルーを通してであったという事実が、彼どんな結果になっていただろうか、と誰しも想像して みたくなる。彼女の拒絶が『ツアラトウストラ』を解 女を崇拝の対象にさせているのである」 最後に、ニーチェ自身、一八八四年の母への手紙に放した、あるいは解放をうながした。彼女が承諾して おいて、ル いたら、ニーチェがどんなたぐいの書物を ( もし書い ーへの恩義を認めている。「あの娘に対し たとして ) 書いていたか、われわれは知らない。しか てあなたにどんな言い分があろうともーー・きっと妹と し、ルーが承知していたら、ニ 1 チェの人生は根本的 ぼくがいまたか は別の言い分がおありでしようが しオしカれは孤独で ってあれほど才能に恵まれた思慮深いひとに出会ったに変わっていただろうことは疑、よ、。、 ことがないのは、依然として事実です。レーとはもちはなく伴侶をもち、意気銷沈するかわりに意気揚々と ろん、彼女とも意見の一致をみたことはありませんが、していたことであろう。そんな気分から『ツアラトウ それでも。ほくたちは、半時間もいっしょに過ごしたあストラ』が誕生しえただろうか ? ニーチェ自身、およそ哲学体系は哲学者個人の生活 とでは、お互いに大いに得るところがあったので、二 涯 人とも幸福でした。ここ一年間に・ほくの最大の著作をを反映すると主張していた。故に、かれの生活が変化 生 していたら、かれの哲学も変わっていたであろう。ニ 完成することができたのも偶然ではありません」 ーチェ哲学の運命的な帰結、とくに、ドイツ思想に隠 『ツアラトウストラ』第一部を書くことによって、ニ サーチェは、一八八二年の一年間かれの内部において徐然たる勢力を得てやがてファシズムの聖典ともなった 一徐に高まり、ル 1 との出会いによってクライマックス「超人の理想」をかれが妓吹したことを考えるとき、 に達した緊張から解放された。しかし書くことたけが一八八二年におけるニーチェの人生行路が二十一歳の

5. 現代世界ノンフィクション全集14

れが周囲の木となんら変わらないことをかれにわからにせよ、彼女はそれをやりとける決意であった。彼女 せようとしたが駄目たった。リルケはその木のそばをがリルケにどれほどこだわっていたにせよ、故国に対 通リ抜けることができず、ふたりは踵をかえしてもとする彼女の愛は、いまや否定しえないほど強烈になっ きた道を引き返すしかなかった。こういう出来事はルていた。二十年にわたって国外で暮らしてきた彼女は、 ーを驚かした。リルケは、溺れた者が藁をつかむようホームシックのうずきを感じていた。 ベルリン出発は、もともと四月の予定たったのがた にして彼女にしがみついていたが、彼女は、たとえど れほどかれを愛していようとも、かれの面倒をみるたびたび延期され、五月七日になってようやくふたりは めに自分の生活を棄てるつもりはなかった。自立をと出発した。前回と同じように、ふたりはワルシャワ経 りもどそうとする彼女の願望は、リルケがますます彼由で旅行し、五月九日、モスクワに到着した。今回は ここに三週間滞在したが、友人宅や教会や美術館を訪 女に依存するようになるにつれて大きくなり、ついに 彼女は、この情事を終わらせることが必要であるとのれたり、音楽会や劇場に出かけたり、数多い公園を散 結論に達した。一月末日の日記に、冷静な、きつばり歩したりの忙しい三週間であった。ふたりはまたして した口調で彼女は書きとめている、「ライナーは去らもこの古都、「クレムリン宮の神聖な壮麗さでそれ自 身を取り囲んでいる、たしかにひとつの大きな村」の 生ねばなりません」。 愛彼女はそのことをかれにすぐには言わなかった。と魅力に呪縛されてしまった。リルケは一年前のあの復 いうのは、突然の別れ話でかれがどうなるか心配だっ活祭の夜の精神をふたたび捉えようと努力し、一方ル ーは純然たる帰省の歓びを味わっていた。ここ、マ サたのと、彼女自身まだそうするだけの用意がなかった マトウシュカは母の意、もしくは年輩の トウシュカ・モスクワ 一からである。彼女は、ロシア旅行中にもっと穏やかな 婦人・妻・修道尼に対する呼びかけに使確 、 0 、 0 解決策が見つかることを期待していたらし ししすれ どにも 0 ける。例、 , ト。イカ・ヴ , しガ・・ ) の聖なる丘や教会 きびす わら

6. 現代世界ノンフィクション全集14

おけるプーシキンの位置にある程度の理解をえた。彼 ルストイとが昻奮してかわすロシア語の会話にはつい てゆけなかったが、この老大家をまちかに見る機会を女は、。フーシキンの詩が、詩人の死後一時的に退潮し こうかっ えたわけである。リルケは伯爵の顔に、農民の狡猾さたのち、いまや広く称賛を博していること、詩人はシ ンポリスト運動の先覚のひとりと考えられていること、 と都会人的上品さが混じっているのにびつくりした。 かれはあまりに畏敬の念をお・ほえておどおどし、訪問かれの詩「予言者」はドストエフスキーに愛唱された が終わったときにはほっとした。辞去する前に、かれことなどを、リルケに教えた。しかし、。フーシキンを 読むのは、なにも教育あるロシア人ばかりではなかっ はトルストイにまだ出版したばかりの『二つのプラ 1 こ。リルケを感動させたのは、無学な農民たちが。フ 1 ク物語』を献呈した。伯爵はそれを、いくぶんうわのナ シキンの詩を暗誦していることだった。それはかれに、 空であろうが、やさしく受け取り、じき忘れてしまっ 詩を民衆のものにしようとする自分自身の試みを思い モスクワから三人は聖ペテル・フルグに旅をつづけ、出させた。かれの試みは失敗していた。なぜなら、西 そこでルーはリルケを家族の者や友人たちに紹介した。欧の詩人たちは民衆と手を切ってしまったから。しか 彼女の故郷の町は、近づいた。フーシキン生誕百年祭のし、民衆が神によりいっそう近いロシアでは、民衆は リルケはこの経験を決して忘れること 祝典準備のま「さいちゅうであり、この輝かしい行事詩人にも近い。 と は、ロシア人が母国の詩人たちに対していだいているができなかった。なぜなら、ミス・バトラーの言うよ メ 敬愛を、リルケの心に深く印象づけた。それは真に国うに、「盲人や子供たちがうたうロシアの歌は、亡霊 ーサ家的な行事であった。あらゆる階層のひとびとが、自のようにかれのまわりをさ迷い、かれの頬、かれの髪 一分たちの民族の偉大な代弁者のひとりに敬意を表してに触れたからーーその本質的な兄弟愛と親近性と隣人 2 、た。リルケは、ル 1 の助けをかりて、ロシア文学にのよしみが、かれの生涯の偉大な経験のひとっとなっ こ 0

7. 現代世界ノンフィクション全集14

のアルバムを作成している。わたしの分隊の子どもた なかったからだ。わたしとレーナの性格はまるでそっ 仕事があって目がまわるほど忙しくて、あくせちは、ほかにもいろいろと作っている。 ( 註 1 ) く飛びまわってさえいれば、二人はたのしく、幸福で最高会議選挙の宣伝活動の仕事で、わたしたちの学 いられゑところが仕事もなく、平穏無事な毎日がっ校は作家同盟の指導下にはいることになった。作家の ビシネフスキーが学校に来て報告演説をした。きのう らくと、たちまち二人ともふさぎの虫にとりつかれ、 班別の編成があり、校長が自身で班長を任命した。 おたがい同士で喧嘩をはじめる。 コムソモル員は、ノーナまで含めて全員班長になっ この十日間、わたしは毎日のように、受持ちのビオ たのに、わたしたけがシチェ化ハコフの班の一般班員 ネール分隊に顔を出している。最高会議選挙の資金カ ンパをしなければならないからだ。休みあけに、はじということになった。コムソモル員のわたしがどうし めて五年級のクラスに行ったとき、わたしの分隊の子て班長にならないのか、意外に思った人が多かったら どもたちが妙にまとまりがなくて、放課後の活動をししい。わたしは口惜しかったが、この前のコムソモル の会議のとき校長をこきおろしたことを根にもってい たがらないのに気づいた。原囚をきわめようといろい ろ努力した末、やっと聞きだせた。アントーノフと・フるのだな、と感づいた。むろん、わたしはどこへも不 テンコがクラス全体の気風を乱しているのだ。二人は平をこ・ほしに行ったりしなかったが、レーナが憤慨し ・壁新聞に。 ( チンコで穴をあけたりしていた。わたしはて校長のところへ出かけて行き、コムソモル員でもな い自分が班長にされて、コステリナさんのような積極 第四班を集め、活動を再開するように説得することが とねじ できた。事態は好転し、子どもたちは投票所の模型を的なコムソモル員が一般班員という法はない、 こんだ。どんな話があったのか知らないが、レーナが 、壁新聞を出すことを決めた。第三班はもう国境 警備所のすばらしい模型を仕上げ、いまフルシチョフ話してくれたところだと、これはわたしにたいする不 320

8. 現代世界ノンフィクション全集14

プラオ ケイプ・プレトン島 ) に面した野なか 0 た高名な人々とお話する機会がたくさんありま 雄大な「黄金の腕」海岸 ( に 原で、博士の実験のお話を聞いたり、将来の飛行船をした。その中の多くの方々とは、わたくしの良いお友 決定する法則を見つけようと凧を飛ばされるのを助け達のローレンス . ( ットン氏 ( 筆、批評家、米英の文壇に知 たりして面白い時を過ごしたこともあります。ベル博た少年」は自伝的な作品い ) のお宅で初めて会いました。 ( 士は科学の多方面の分野に堪能で、取扱われるすべてットン夭妻を美しい住居にお訪ねし、書斎を見、夫妻 の事柄を、非常に深遠な理論でさえも、面白くする術のために立派な友人たちが書き遺した美しい気持ちゃ を心得ておられました。誰にでも、もし暇さえあれば気の利いた思いっきなどを読ませていただくのは、大 自分も発明家になれるかも知れない、 という気持ちを変な光栄でした。 ( ットン氏は誰からでも最も良い考 起こさせるのです。博士にはまたユーモアのある、詩えと最も暖かい気持ちを引き出す力があるというのは 的な面があります。博士の主たる情熱は幼い子供への本当です。氏を理解するには「私の知っていた少年」 愛情で、腕に小さなつんぼの子供を抱く時ほど幸福にを読む必要はありません。この少年のような方は私の 思われることはありません。聾者のためになさった博 知っているうちで一番心の広く優しい性質の方で、ど 士のお仕事はいつまでも生き、将来の子供たちに恵みんな天気のときにも頼りになるお友達であり、人間た を与え続けるでしよう。そして私たちが博士を愛するけでなく大の生活にも愛の足跡を辿る人です。 のは博士ご自身が成し遂げられたことのためばかりで ハットン夫人は信頼の出来る本当のお友達でした。 ゅなく、博士が他の人たちから引出してあげられたこと私が一番美しいと思っていること、一番大事だと思っ ののためでもあるのです。 ていることについて、夫人にお礼を言わなければなり へ ーヨークで過ごした二年間に、それまで何度もません。夫人は大学に学んでいる私を、何度も何度も 3 名前は聞いていましたが、お会いするとは思ってもい助けて下さいました。勉強が特別むずかしく思われ落

9. 現代世界ノンフィクション全集14

ことは、大いにありうることである。それはともかく、 彼女がフリーダに口頭でしかいえなかったことは、 ゼメクよレ 。ノーがかれを必要としたとき彼女のそばにきレーの死が事故死ではなく、彼女を忘れられずに自殺 て、彼女はかれといっしょに楽しい幾月かを過ごした。したのではないかという疑惑であることは確かなとこ 司、ルーを失った悲しみに耐 さて彼女がベルリンの夫のもとへ帰ってくると、パウろである。かれは十四年ド ふほう ル・レーの訃報がもたらされた。彼女は、忽然、自分えてきたが、もはやこれ以上それに耐えられなかった がかれの人生にどれほど運命的な役割を演じたかを理のだ。かれの死はルーを深い悔恨の念でみたし、彼女 解した。彼女はフリーダ・フォン・ビューローに、レは、かれを棄てた理由を、むなしく自分のこころに訊 1 の死はこの晩秋の最大の事件であったと打ち明けるねるばかりであった。自分を愛した男を破減に追いや るとは、なんたる呪いであろうか ? 彼女は悲しみの 「わたしは何週間もそれから立ちなおることができまあまり病の床に倒れてしまった。心臓病をわすらうよ せんでした。それには口頭でしか申しあげられない、 うになったからであるが、これは、気を失うと鼓動が ある怖ろしい理由があるのです。たぶんご存じでしょ ほとんど止まってしまう、奇病だった。このため、ル フアキール うが、あの人が投身したセレリーナ ( 上エンガディー ーはインドの行者のように自分の心臓をとめる力をも ン ) は、わたしたちがよくいっしょに夏を過ごしたと っているという噂がたった。無論それは単なる噂にす ころですし、あの人は夏冬もそこで長年ひとりきりぎないが、彼女の病気は、彼女の人生の最大の闘いに 暮らしていたのです。古い手紙を読みかえしているう肉体という現実を与えたのである。それは衝動的な感 ちに、いろいろのことがはっきりしてまいりました。情と命令的な意志との闘いであったが、彼女はついに 過去全体が亡霊のように現在の姿をとってあらわれてそれを解決することができなかった。 きたのです」 肉体的にも精神的にもうちひしがれて、彼女はふた

10. 現代世界ノンフィクション全集14

風のかゆやシチューを作るのを見守っているか、ある ル 1 もまたそういう気持になっていたに違いない。 いはふたりで森を散歩し、おとなしい鹿とたわむれたそして彼女はそのことを恐れていた。それは彼女の、 り、手を取りあって、西の地平線に沈んでゆく冬の淡そうでなくても混みいった生活をさらに複雑にしてし い落日を黙って見つめていたりするのであった。ふたまうだろう。しかし、彼女は自分の行為の結果を深く りは自然が大好きで、ことにル 1 はいつもすがすがし考えこむのは苦手だった。リルケの愛は充足感を与え てくれゑいまはそれだけで充分だ。もし結果が生じ い平和な気持になって家路についた。 リルケにとって、これは創造の歓びにみちた時期でたら、それをどう処分するかは心得ている。 あった。かれは生まれてはしめて自分の感情よりも大ルーとリルケはときおり劇場やコンサートに出かけ きななにかを経験した。ルーの存在はかれにある充足て市内で一タを過ごすことがあり、そのあと彼女はか 感、いままで知らなかったような現実感を与えた。彼れを文学仲間に紹介してやった。そんなとき、リルケ 女の胸のなかにいると、かれの不安は消え、かれは自はユーモラスな話題でみんなを笑わせることが上手な、 信を取りもどし幸福になる。彼女はかれの恋人であり、 いきいきした話し手になることがあった。しかし他方 恋人以上のもの、生命そのものーー現在と未来であつでは黙りこくって引っこんでいるときもあった。こう た。いっか彼女はかれの子供の母となるであろう して沈んでいるときなど、ルーはかれといっしょにい てもなにか気まずく、どうしていいかわからなかった。 彼女は医者に相談してみようと思い、友人のゼメクに ぼくたちに可愛い美しい子供が生まれたら リルケの症状を話したが、しかしさしあたってはかれ ・ほくはどの男の子にも冠をかぶせてやろう に仕事をさせるのが最上策だと判断した。かれは素質 どの女の子にも花環をあげよう。 をししが訓練が足りない。たとえ詩人でも、たまに訪 ノ 52