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検索対象: 現代世界ノンフィクション全集14
259件見つかりました。

1. 現代世界ノンフィクション全集14

オーフェルべック夫妻は、手がつけられないといっ訴も、彼女が蒙った社会からの追放も、レーとの親 た面持ちで、憤慨して見守っていた。夫妻ともルーに交を彼女に断念させることはできなかった。彼女は、 ーザベ人のつくった規則に縛られず、自分自身の見識に従っ 好感をもったことはなかったが、それでもエリ トの憎しみの戦闘は許しがたいと感じていた。彼女はて自分の生活を生きる決心をしていた。しよせん自分 自分の復讐のために兄の心の平和を破壊し、かれの名の生活だ。他のことは重要ではない。できるだけ自分 声をはなはだしく傷つけた。しかし夫妻は、うつかり自身となり、自分本来の法則とリズムに従って成長す 口を出せば恨まれるたけなことを知っていた。もうすること、それが自分の至上の務めであると彼女は信し こし穏健に、と忠告してはねつけられていたからであていた。それが彼女の行動を決定したものであり、彼 る。エリ サへト・ニーチェは絶減戦の矛先をおさめ女の固定観念となった自山ということを説明している。 ようとしなかった。たとえ兄の一命を危険にさらしてつまり、自分自身になるためにはまず自山でなければ ならない。それがルーにとって自由の意味するもので も、ルーを罰しなければならない。 丿ーザあった。 しかし、いったん砂塵が鎮まってみると、エ 1 自我実現ーー「それは、わたしたちの人生のもっと ベトは喜びのたねを何ひとつ見出すことができなかっ た。軍配はルーにあがっている。周囲で荒れ狂う嵐のも偉大な時期において、わたしたちのエゴが " わたし 中央に平然と立ちつつ、若いロシア娘は自分の自由をは欲する。と言うときではなく " わたしはここに在る、 と言うとき、わたした めがけて打ちおろされる拳をすべて受け流していたの他にどうすることもできない″ であった。彼女は聖ペテルプルグに逃け帰りはしなかちの内部に実現されるものです」 ( 『神をめぐる闘い』 ) ルーが自分の本性の法則に従うと言ったからとて、 った。彼女は因襲にとらわれない生き方を断念しはし , 刀亠にエ ーザベトの威しも、家族のしつこい哀どんな男のあとでも追うことになるわけではない。 オストラシズム 112

2. 現代世界ノンフィクション全集14

彼女は若く、自由であった。実家から毎月送られてく る小切手は彼女の経済的独立を保証した。彼女には忠 実な友人兼保護者がついているし、彼女は自分の探求 十レー「兄さん」 心に豊かな滋養を与えてくれる都会に住んでいる。万 事が彼女の計画どおりに運んた。人生はすばらしい。 一八八三年、ニ 1 チェがイタリアで独り悲嘆に暮れ彼女はそれを充分に生きるつもりであった。 レーは親切で思いやりのある友であったが、自分を ているあいだ、ルーとレーはベルリンで同棲していた。 ほんの数カ月前にあれほど快活に話しあっていた「聖過小評価するのが大きな欠点であった。そのためかれ 三位一体」は、ちょっと風変わりな二人組になってい は他人の真意、ことにかれに対する真意に疑念をさし た。というのは、二人で一つ部屋を共有し、非常に親はさむところがあった。かれは無償の行為を信ぜず、 しく交わっていたにもかかわらす、かれらは恋人同士自己懐疑と根深い劣等感にさいなまれていた。かれの ではなかった。意志のカで、ルーは「兄さん」の熱烈熱愛するルーが、生涯の伴侶としてかれを選んたこと な思いを制御していたのである。かれがこういう強いは、かれにとってどうにも腑に落ちないことだった。 られた独身に悩んでいることも、彼女自身の信望がこそれに値するようなことをした覚えもなかったから、 うした奇妙な生活の申し合わせによって救いがたく失レ ノ 1 がかれを必要としたのはなにか底意があったから 墜したことも、彼女を困らせはしなかった。二人は以ではないかと ( 事実そうだったが ) 疑っていた。 後の生涯を兄と妹のようにいっしょに暮らす約東であ かれの疑念をしずめるために、ルーはかれに純粋な った。そして五年間それがつづいた。この五年間はル好意をよせているという保証を絶えす与えていなけれ 1 の生涯におけるもっとも幸福な時期に数えられる。 ばならなかった。そのために彼女は能うかぎりの努力 ・フラザ 2 ノ 4

3. 現代世界ノンフィクション全集14

きた。みなで話したが、このごろいつもそうなように、てきはしない。人生は、たたかって勝ちとるものなの 彼ひとりがしゃべって、わたしはだまりこくっていた。 だ。ニーナさんにはまた、 どうしたわけか、なにか忘我のような状態にとらわれ「あなたはグリーシャに恋してるのよ」 て口がきけなくなり、全身が硬直するような感しなのともいわれた。 だ。グリーシャが帰ったあと、わたしはニーナさんと わたしはニーナさんと、二時間あまりも街を歩きま 二人だけで話した。 わった。すばらしいニーナさん、二人で話したあと、 ニ 1 ナさんは、自分の身の上や、勉強のことや、おわたしは、肩から大きな重荷をおろしたように感じて 母さんのことなど、いろいろと話してくれた。なんて すばらしい人だろう。ニーナさんは、わたしの理想の 女性になろうとしている。わたしのことも率直にいっ てくれた。わたしには、ひとったいへんに悪い点があ る。それは、他人の気持ちを考えず、ほかの人の個人 一九三九年三月四日 的な才能や性格の相違をみとめないで、だれでも自分日記をつけなくなってから、ずいぶん時が流れた。 の思うとおりの型にはめこんでしまおうとする点だ。 この三か月のあいだに、わたしはなんとけがらわしい わたしは父のことや、一身上のことに関係した疑惑体験をかさねたことだろう。あまりにけがらわしく、 記や悩みごとも、すっかりニーナさんに打ち明けた。人ペンをもつ手も重い の生を気まぐれな運命のままにまかせるなんて、おろか いまは、なにごとにも精を出してやっている。勉強、 ナ 一しいことだ、人生は自分自身できずきあげていくもの読書、スケート : 。できるだけひまな時間をつくら 3 だといわれた。天を仰いで待っていても、なにも落ちないようにしている : みにくい体験

4. 現代世界ノンフィクション全集14

三月ニ日 書物は、わたしがまだ、実をいって、科学と芸術の 巨大な、すばらしい殿堂のほんの戸口に立っているの でしかないことを、なぜかとりわけ鋭く思い知らして 六月ニ十日 ( 註 1 ) くれる。一歩の前進は多くのものを与えてはくれるが、書きたいという欲求に、わたしは長いことさからっ それと同時に、気の遠くなりそうな新しい地平線をわてきた。自身の行動に立ちいった評価を下すことを恐 たしの前に開いてもくれる : 。けれどわたしは絶望れたのか、それとも、自身の考えのあいまいさをふつ しない。わたしは自分の一歩一歩を、ひたすら自身を切ることを望まなかったのか。要するに、それは、わ 満足させるために進めているのだから。もし詩も、音 たしが読書に惹かれたのとおなじ気持ちであったらし 楽も、書物もなかったら、わたしは寂しさのあまり死 。もっとも、本を読みたい気持ちはあっても、いざ んでしまうか、酔っぱらいになるかだろう。でなけれ読みはじめると、わたしはその行間に自分自身を、ど 、趣味もなにもない点取り虫の大学生に : んなに興味深い本よりもわたしの心を強くとらえては おれの住まいは極東の果てよ 海がま近いオホーック 食うにや困らず嘆きもなくて お国のために町づくり : 歌の作者は不明、もちろん、囚人だけれど。 註 1 ニ 1 ナの読書欲は非常に旺盛で、しかも多岐にわた っていた。この時期までに彼女が読んだ作家として、ゲー。 テ、ルナチャルスキー、・フローク、ゴーリキー、アナトー ル・フランス、フォイヒト・ハンガー、レールモントフ、メ リメ、コナン・ドイル、。フーシキン、ミハイロフ、シチェ マヤコフ ドリン、ハイネ、エセーニン、ロングフェロー スキー、ツワイク、ビノグラドフ、ロマン・ロラン、ハイ ンリヒ・マン、トルストイ、サッカレーなどがあけられる。 戦争ーーー人生の転機

5. 現代世界ノンフィクション全集14

せるようなものではない。 やこしくしてしまったのは、わたしなのだ。それに、 その後、・ほくの愛はしだいに内面にかくれ、潜在的いまになっても、わたしはまた自分自身をはっきりと な形をとるようになった。 つかめないでいる : そうなったとき、・ほくは第一に、クラスの女の子た ああ、このグルジア人たち ! わたしたちの車室に ちと話をするようになった。すばらしい女の子が大勢あちこちから集まってきて、ビールを飲み歌をうたう。 いた。なかでも、とくに好意をもったのはネルリとワわたしはもうなれなれしくニーノチカと呼ばれ、どこ 1 リヤ。みなで映画に行ったとき、・ほくは偶然をよそへ、なんの用で行くのかとみなから質問攻め。おまけ に、身上調査書でしかお目にかかったことのないよう おって、ネルリのとなりに坐ったりした。大学ではこ な質問まで受けた。あんたの出身民族は ? たしかに、 の女の子たちとおなじグループになるように工作した。 つまり・ほくの貞節はあとかたもなくなってしまったわわたしの顔つきはそんな疑念をもたせるらしい けだ。 十ニ月五日 しかし、悲しいことに、これはただの熱中さえもた やっとここ二、三日、勉強をひと休みして、自分の らさなかった。・ほくの地平線にきみが現われるや否や、 すべては消えてしまう。ぼくはきみを愛しているのだ考えや気持ちを、整理するゆとりができた。 いま、部屋は静まりかえっている。 ハクーから帰ったわたしは、勉強の希望を失って、 記時計の振り子がちくたく鳴って、まるでこう言って就職のことを真剣に考えはじめていた。けれどわたし のいるようだ。いままでどおり、いままでどおり、と : は、ママの側から強硬な反対にあった。 、ナ 「あんたは勉強する権利があるのよ、勉強しなくちや 3 悪いのはわたしだ。わたしたちの関係をこんなにやいけないのよ。きっと勉強できるようにしてみせる

6. 現代世界ノンフィクション全集14

いわゆる解釈や解説をほどこす必要もないといえる。この文章の意味・意 この記録は、まったく透明であり、 義はあまりにも明らかである。あるいは、ここは「神ーがまだ死んでいない世界であるといえよう。われわれは これを読むとき、たとえ彼女自身が表白するようにキリスト教的な神の存在を実感し認知することができぬとし ても、なおーー・はじめにも私はいったがーーー何らかの「神性」のごときものを世界の奥に感ずる心地を禁し得な いうならば、ここは神のある世界である。 いであろう。 自分の心お・ほえ、というほどの意味で私はここに三つのことを書きとどめておくことにしよう。それはこの女 性の達成の記録から感じられた三つの「教訓」といっていいかもしれない。その一つは、これもすでに触れたこ とであるが、彼女のまわりの人々の協力ということであり、これがなくては、このような「奇蹟的」とよく人々 力いうようなことは成しとげられなかったにちがいない。あまりにも明白なことであるが、それは、人間の世界 で人間が何ごとかを成そうとするに当っての絶対の要件というべきである。これは、終戦直後彼女が日本へきた とき某講堂で彼女を見たときいらい何となく私の心をはなれないことである。ここに出てくるアン・サリヴァン のような人のことはいうまでもない。その他数かぎりないといっていいほどの人々が、彼女をこのような彼女と したのであるーーもちろん、その時代のアメリカは今日のそれとはやや異なった社会だったとしても、やはり弱 マニズムに根ざ 性肉強食の企業競争の世界であり、また人種的差別という悪をもったそれであった。そこにヒュー るすうるわしい相互扶助があったといっても、それは同じ人種同士、あるいは同じ階級同士のあいだのことであっ らたとしなければなるまい。ただ、そのことは頭に充分に入れたうえでなお、一人の人間はまわりのものの助けな ずくしては真に生き得ないという教訓をここに見る。 み とれほどの協力が周囲から与えら そのことは、もちろんへレン・ケラー自身の価値を低くするものではない。。 3

7. 現代世界ノンフィクション全集14

非難するのをものともせず、レ ノーが『ルート』の著者なければ、ルソー流に自分のもっとも内奥の秘密を好 であることを知って密かに彼女を訪問していた。そし奇の目にさらしたいと思ったからでもなく、たた単に、 てどんな質問にも、どんなに機徴にふれた質問にも答「ここにわれあり、他になすすべを知らず。神よわれ えてくれるルーの淡泊さにこころを打たれた。 を助け給え」というルター的精神の一現象として自分 こうした薄明の時間のなかで人生の意味を考えてい の生涯を提示したかったにすぎない。 ると、ルーのこころには感謝の気持がこみあげてきた。 これが『生涯の回顧』であり、彼女が書いた最後の いまや彼女は、ロシアにおける少女時代からハインべ 書物であった。それは自叙伝であり、彼女の人生の回 ルクに隠遁するまで一貫して追求してきた、一見でた顧であり、あるいは彼女自身の言うように「ある回想 らめで矛盾だらけの行路の根底に、ひとつの壮大な図の平面図」であった。この奇妙な書物は、きわめて錆 式が横たわっていることを理解した。そして、ゲーテ雑したスタイル、彼女の思想を開示するのではなく隠 の『ファウスト』に出てくる望楼守リュンケウスのよ蔽するようなスタイルで書かれてあるために、決して うに、彼女はあらゆるものに「終わりなき美ーを見た。読みやすいものではない。それにもかかわらずそれは 大量生産されるどんぐりの背くらべの世界において、魅力的な書物であって、時間的な展開の順序を追わな い点では、たいていの回顧録とまったく異なったもの 生彼女は自己の独自性を保持することに成功した。良く 愛も悪しくも彼女は社会的・倫理的均一化の暴力には屈である。時間などお門違い、とルーは言いたげに見え る。彼女がやっているのは、神の経験とか、愛の経験 メしなかった。彼女は自分自身に誠実だったのである。 サこの事実は公然と告白するに値する重要性をもっと彼とか、ロシアの経験、フロイトの経験といったかずか 一女は考えた。それは彼女が、自分の生涯を模範的なもずの基本的な経験を提示することである。車輪の輻の の、他人が典型として追求すべきものと考えたのでもように、これらの経験はすべて中心の轂、ルーの人生 こしき

8. 現代世界ノンフィクション全集14

い。論文がシ、トラス・フルク大学哲学科から最終的にきを過ごしているのを目にしていた。かれらの知るよ つきかえされると、かれは大学教師になる希望をあきしもなかったが、レーは、生涯いっしょに暮らすと誓 らめて、医学を勉強する決意をした。といっても、そっておきながらかれを棄てて去った「妹」の喪失を悲 れで生計をたてようというのではない。かれは経済的しんでいたのである。かれは彼女がなぜ去ったのか理 に独立していたから、そうする必要はなかった。かれ解できなかったし、また彼女を許すこともできなかっ は、医者にもかかれない貧しい見捨てられた者たちのた。そして、ルーもまた自分自身を許しがたく感して ために奉仕したかったのである。この理想のために、 かれはひたむきな無私無欲をもって余生を捧げたが、 二人の関係は、おそらくメランで、言い換えると二 このことはかれの哲学の信条といちじるしい対照を示人の著書がたどった不平等の運命の結果として、事実 している。哲学者としてのかれは無私の行為などない 上終わったといっていいだろう。大学人としての経歴 という意見であった。「人はすべて平等である、すなに対するレーの希望が破れ、そのかわりに医学を修め わち利己的で、嫉妬ぶかく、ひとりよがりな点で平等ようと決意したことは、二人の日常生活のある種のく いちがいを表面化した。二人はこれ以上同じア。ハート である」。しかし、医師としてのかれの無私の献身ぶ りは貧者のあいだで伝説的になった。患者の目から見に同棲することは実際的でないことに気づいた。レー れば、自己の進路をまげてかれらを救おうとするこのは自分の勉強に集中しなければならず、哲学論をたた かわせている時間もなかったし、そんな気も起こらな メもの静かな、気取りのない人は、みずからも癒しがた サ い心の悲しみに苦しんでいるようではあったが、聖者かった。他方ルーは、その著書が好評を博した結果、 ほうふつ 一の姿を彷彿させるものであった。患者たちは、かれが かってないほど引っぱり凧になっていた。いまや若くみ いつも独りで、人との交わりを避け、孤独な散歩にとして成功した作家という栄光に包まれていたのである。

9. 現代世界ノンフィクション全集14

て見るので当惑させられるような目とは違います。そ いて結婚したいと思っている女性にニーチェが。フロポ 6 の目は、むしろあの人自身の宝、奥義に通じていない ーズし、その仲立ち役を頼まれるとは。そんな滑稽な、 6 ものの目には決して触れることのない沈黙の秘密を守そんなばかな ! 滑稽と言えば、いつもは自分が言い る番人の目に似ていました。その不完全な視力は、変出す冗談が、こんどはかれに向けられたわけである。 転する外界の印象をではなく、あの人の内部に生起す ル 1 がニーチェの。フロポーズをどう考えたかを想像 るものだけを映し出すことによって、あの人の表情にするのも、これまた容易である。彼女はレーが危険の 一種独得の魔力を与えていました」 ( 『作品にあらわれない人であることを母にやっと納得させたばかりであ たニーチェ』 ) った。もし母がニーチェのことを聞いたら一体どうい ルーは魅力と反撥を同時に感した。ニーチェの態度うことになるたろう ? おそらく母は、娘を奪おうと う陰謀が行なわれていると考えるに違いな、。 にはなにかわざとらしさ、偽りの哀れつぼさがあって、い それが嫌だった。当然、ル ] は警戒したが、それは賢チェのこじつけにはルーも笑い出した。あの人は面相 明なことだった。数日後レーから聞いた話では、ニー だけで結婚したいというわけか。なんとお上品な、な チェはかれ ( レー ) に、自分にかわって彼女に。フロポんと・フルジョア的な ! 彼女はニーチェが自山な精神 ーズしてくれるよう頼んだというのである。ニーチェ の持ち主たることを自慢にしているのは前から知って の論法によると、ル 1 をかれらといっしょに残しても いた。それにしては、こんな求婚の仕方には、全然、 よいというフォン・サロメ夫人の許しを得るもっとも自由なところがない。それはあまりにも人間くさいよ 確実な方法は、彼女と結婚することだという。そんな うに思われる。彼女は自分の考えを面と向かってニー 提案にレ 1 がどんな反応を示したかは想像に難くない。 チェに言ってやりたい衝動に駆られた。 しかしレーは用心を勧めた。なにもニーチェを怒ら なんと奇妙な立場になったのだろう、かれ自身愛して

10. 現代世界ノンフィクション全集14

っこ 0 レ ノーが引きさがれば、だれか別のひと、だれか ことをかれに語るのであった。彼女はよくかれに。フレ ぶどう 別の人間の錨を見つけなければならない。さもないと、ゼントをしたーーあるときは一房の葡萄を、あるとき まるで空つぼの井戸に跳び込むように、自分自身のな は自分の彫刻の写真を。かれはクララの贈物や手紙を かに跳び込む危険があった。かれは以前にましてヴォ充分に感謝して受け取っていたが、それ以上深入りす ル。フスヴェーデの友人たちと文通をかさね、かれらにることはしなかった。そればかりか、かれは自分の仕 本を送ったり、ぜひ訪ねてきてくれるよう哀願した。事があまり忙しいので、返事を出さないでも失望しな 一月、かれはパウラ・べッカーに書いている。「どう いように、とまで彼女にことわっている。それが、ま か親愛なる友よ、この次の日曜をもう一度わたくしの ったく突然、二月の半ばに、かれは彼女への愛を宣一一一一口 ためにあけておいてください。ほんとうにたくさんのし、結婚を申し込んだのである。この不意の決定はリ 日曜日を。そうしていただけますか ? 」それは、。、 ルケの友人たちをとまどわせ、かっ驚かせた。しかし ラとオットー・ モーダーゾーンとの結婚が近づいてい それはほんとうにそれほど驚くことだろうか ? それ たからできなかった。そこでリルケは彼女の友人のク は、ルーに拒絶されたことに対する、人間的な、あま ララ・ヴェストホフに向きを変えた。 りにも人間的な反動ではなかったか ? かれはクララとよ、。、 を / ウラとほど親しくしてはいな リルケの計画を知ったときはルーもびつくりし、少 かった。あるときなど、かれとしては珍しく、クララしばかり腹を立てさえした。彼女の気持は、息子が結 に詩を所望されて断わったことさえあった。しかしク婚するのを快からす思う母親のようであった。他方、 ララは、彼女にとってたいへん重要な意味をもっ友情彼女はいまこそ決定的な瞬間であることを自覚してい けつべっ をおしすすめるために、異常な情熱を燃やしていた。 た。それは長いあいだ熟考してきた最後の訣別の機会 彼女はしばしばリルケに手紙を書いて、自分の仕事のを彼女に与えてくれたのだ。「最後のお願い」と頭書