はない。しかし、それにもかかわらず、著者たちはまるで小説を書くようにしてノンフィクションを書き、読者 たちはまるで小説を読むようにしてノンフィクションを読むという基本的な事情に、注目を怠りたくないのであ る。 / ンフィクションは現代の形式である。この新しい形式の発生は、現代小説の変貌と密接な関係がある。おそ らく、現代小説がジョイスやプルーストの後に、深淵へと降りて行ったあとで、読書人は遠い昔の小説の喜びを たたえた、気楽な読物を求めて、ノンフィクションを読むのであろう。つまり、午後にはべケットやナポコフの 本のページを繰り、そして夜ふけには、寝酒を味わいながら、ギャヴィン・ライアルのス。 ( イ小説やフレデリッ ク・・フラウンのを読むと同じ調子で ( あるいはその代りに ) ムアヘッドの『青ナイル』やアダムソンのエル ザものを楽しむ , ーー・それが現代の普通の読書人の典型的なあり方なのだろう。とすれば、ノンフィクションがフ イクションの富によって豊かになっているのは、むしろ当然すぎることなのである。それはジャズが、バッ らストラヴィンスキーにいたる音楽の富を貪婪に吸収しているという事情と酷似しているだろう。 み し 楽 の たとえばこの巻に収められている、ポール・・フリックヒルの『大脱走』は、文字どおり手に汗にぎるような好 ン 読物であるが、この第二次大戦中のドイツ軍捕虜収容所からのイギリス兵の脱走記を読んで、そこに冒険小説的 シ ク な興趣を見出ださない人はおそらくいないだろう。『大脱走』には、第二次大戦の記録という性格はもちろんあ ・ 5 ンるが、しかしぼくたちは何も現代史の研究者という資格でこれを読みはしない。。 トイツ軍の残酷さを含めて、 3 4 ィッ的なものはなかなかよく描き出されているし、型としてのイギリス人やアメリカ人のとらえ方も見事なもの
り口を開くことになるのだ。鉄条網の向う側には外套統制係はトボルスキーがドイツ兵に扮することを前 8 を着た歩哨が二人巡回している姿がうかび上る。一人もって知らせるのを忘れてしまっていたのだ。トミ田 ・ゲスト手製のドイツ軍服は、まことに見事な出来 は監視小屋と衛兵小屋との間をゆっくりと往復し、も う一人は監視小屋を起点に反対方向の西側鉄条網までばえで、かぎ十字章、鷲印、徽章の類にも手落ち一つ の区域を巡回している。監視小屋の上で探照燈を操作ない。正式軍装と比べようといくら日の光に当てて眼 している兵士よりも、この二人の方がもっと警戒を要をこらしてみても、色のエ合が灰色の本物よりも心も ち青味がかっているかといった程度の違いしか見つけ する。 八時十五分前、トレンスは最悪の瞬間を迎えた。百られないのだ。 四棟のドアが開くと、ドイツ軍服に身をかためた伍長恐縮したトボルスキーは平あやまりに謝った。ほっ が姿を現わし、軍靴を重々しくきしらせながらこちらとしたとたんにトレンスはロもぎけないほど全身のカ が抜けて、このドイツ兵に割り当てられた部屋を弱々 に向って大またに歩み寄ってきたのだ。 廊下には平服を着た脱走者が三人いたが、泡をくっしく指さした。トボルスキーがその部屋のドアを開け て手近の部屋に走りこんだ。一瞬凍りついたように身て踏みこんでいったとき、なかにいた人々は腰を抜か をかたくしたトレンスは、それでも気をとり直すと彼さんばかりに仰天した。トボルスキーと同行するのは に近寄った。どんなことをしてでも、彼を押しとどめ、ウイングズ・ディで、彼は海軍の飛行服を仕立て直し 気をそらし、この小屋から外へ連れ出す算段をしなけたダ・フルの背広とグレイのズボン、布製帽子を着用し ればならぬ。万事休すーー彼の体は震え、吐き気さえていた。二人はシテティーンに向い、そこからスエ 感じられた。そして次の瞬間、彼はそのドイツ兵が実ーデン船にもぐりこむ計画を立てていた。 マ 1 シャル、ンヨニ 二十三号室ではロジャ 1 、 はポーランド人トボルスキ 1 だと知ったのだ。
畑や道路の警戒に当った。遙か遠くのシュテティーン、 2 ダンツィッヒのような海港では、ドイツ海軍がゲシュれ 十四ヒトラーとゲシュタポ タポおよび警察と協力してスウェーデンへの密航を企 てる脱走者に備えていた。チェコ、スイス、デンマー ク、およびフランスとの国境では国境警備隊が眼を光 その日の午前六時を少し廻ったころ、・フレスラウのらせていた。サガン周辺百五十キロの一帯は、必死に 高等参事官マックス・ヴィ 1 レンは、サガンからの電なって捜索を続けるドイツ人で、文字通り充満してい 話で眠りを破られた。彼はこの地区の司法警察長官で グロースファーンドウンク ある。脱走の規模を知るやいなや、彼は大捜索を結局この捜索活動は、戦時下のドイツにおいてその 発令した。これは領土全域にわたる大追跡で、ドイツ時までに行なわれた最大規模のものになった。その日 における至上命令なのである。 の朝、ヴィーレンは司法警部ア。フサロン博士に特命を この = = ースは電波にのって全国に流され数千人の与え、この脱走の情況を十分に調査し、報告書を提出 ズィッヘルハイツポリ 軍隊が捜索に出動した。ゲシ、タポおよび保安警するよう命じた。 察は全列車を臨検して身分証明書の照合を行ない、路 上の車輛を捜査し、街々を隈なく巡察し、ホテルをは 脱走が発覚してから二十六時間たった日曜日の朝、 じめ一般家屋および農場に手入れを行なった。警報は ベルヒテスガーデンでこの件についてのゲシュタボの 全ナチス親衛隊および空軍にも伝えられた。サガン周第一報を受けとったヒトラーは、最近ますます激しさ ラントヴァハトホ 辺数キロの地域からは、予備役および国防隊 ( 国防市を加えている発作的な憤激を爆発させた。このとき・ヘ 民軍の一種 ) に属する老人や少年たちが捜索に参加し、ルヒテスガーデンに滞在していたのは、ヒムラー、ゲ こ 0
大脱走 糧について強制徴集を実施してきた。それを材料に百えた。 二十二棟の一室では数人の料理番が一種のキャンディ 「万一逮捕された場合、苛酷な処遇を受ける者もいる ー状のファッジをこね上けていた。この脱走用濃縮食ことだろう」と彼は言った。「諸君がジェネヴァ協定 糧の調合はディヴィッド・ラボックが行ない、材料は によって保護されている以上、ドイツ人といえども極 砂糖、ココア、コンデンスド・ミルク、乾しぶどう、端な報復措置に訴えることはないだろう。しかし如何 からす麦、ぶどう糖、マーガリン、チョコレート、 そなる形にもせよ挑発行為は避けてもらいたい。」 れに粉にしたビスケットである。以上の材料をにかわ ロジャ 1 は選にもれたわれわれのうちの二、三人に 状に練り上げ、調理室に運びこむ。そこに控えたヘリ 話しかけてきた。 ックがそれを焼き上げるとケ 1 キが、というよりは煉「しばらくしたら、そう、うけあってもいいが、君た 瓦状のものが出来る。これを平たいココアの空き鑵にちにも楽しい見世物をお目にかけられると思う」と彼 つめこむと出来上りである。ラボックの計算では四オは言った。「奴らの鼻っ先で集団脱走が行なわれたと ヌ・ル・デリュジュ ンス鑵一個に含まれるカロリ 1 で一人前の男が二日は知ったら、まさにわれらが後には洪水来らば来れの大 もっ筈であった。問題はどうやってそれを呑みこむか騒ぎになるだろうからね。」 であった。なにしろひどくねばついて素直に喉を通過 ドイツの現況についての講義やら芝居の練習やらの してくれないのである。汽車旅行者は一人あたり四個、間をぬって、ロジャーは脱走の当夜監視に気づかれず に総勢二百二十名を百四棟に連れこな計画案を練って 徒歩脱走者は六個まで携帯を許された。 いた。しかもこの小屋の定員の二倍半にあたるこれだ マッシ 1 は脱走予定者たちに最後の訓告を与え、一 般ドイツ人の連合軍、とりわけて連合国空軍に対するけの人間は、ドイツ兵が鍵をかけて廻る間身をひそめた 敵意は日に日に激しさを加えつつあるという情報を伝ていなければならないのだ。百四棟の住人で脱走組に アプレ
大脱走 は完璧で発見されるおそれはない。 こんどのこともやれているよう命じたが、かの陽気でおめでたい将軍は ってのけるだけの価値はある。このままうまくごまか太っ腹のところを見せた。 し通せれば、非常に役に立っことは確かなんだから。」 ハ、かまわん」と彼は言った。「ドイツ製自動 いつものようにロジャーは最終的には自分の主張を車の素晴らしいところを彼らにも見せてやり給え。わ 通した。結果的にはそれが一番よかったのだ。間抜けしの運転手が監視しておるから心配はない。」こう言 な作業員たちは自分たちのへまを正直に報告して大目い捨てて威風堂々視察にとりかかった。フォン・リン 玉をくらうのは真っ平だとほっかむりをきめこんでしダイナーは浮かぬ顔でその後を追った。 まったのだ。彼らは結局このとき報告しなかったこと 後事を託された運転手にしても捕虜の扱いに詳しい を骨身にしみて後悔することになるのだが、それは後わけではなかった。最善は尽した、しかし右のドアか の話である。 ら一人っまみ出すと左のドアから半ダースもの捕虜が その週にドイツ軍のある将軍が収容所視察にやって押しこんでくるし、道具箱は覗きこまれるわ、車の下 きた。でつぶり肥ったこの将軍は腰まわりがはち切れに這いこなやつがいるわで、収拾がっかなくなってき そうな派手な乗馬ズボンをはき、外套のえりの折りか た。ドイツ語の達者な者が車についての質問を浴びせ えしはしみ一つない白さである。彼はフォン・リンダかけ始めた。すると周りを囲んだ連中が、罪のない顔 イナ 1 をしたがえ、磨きあげたメルセデスの大型車でに徴笑を浮かべて聞き入りながら、彼をもみくちゃに 乗り込んできた。百人にものぼるむさくるしい捕虜たし始めた。 ちは車の周りに群がって、別世界からやってきたこの しばらくして相変らずお世辞を言いながら彼らがそ しろものに大口あけて見とれていた。フォン・リンダの場を離れたとき、将軍の手袋、懐中電燈、地図入れ、 イナ 1 は何をしでかすか分らない捕虜たちに車から離道具箱の中の手ごろな器具類、物人れの中のドイツ陸 5 3
ろだった。幸運にも、貨物は、連隊の責任者が引きとてくれたものと私は思う。なぜなら、その午後と夜は る前日に到着したので、私はたっぷり一日、自由に行彼にとって、最後の午後であり、夜であったからだ。 翌朝早く、誰かがホテルの私の部屋のドアを叩いた。 動することができた。 大柄で美しく、イガ栗頭の一人のドイツ人が、輸送ラモスだった。彼は私が貨物を引きうける計画を建て、 一生一代の大芝居に成功しようとする矢先に現われた。 の指揮をとっていた。私は、小型トラックが、囲いこ 「ドイツ人はどこへ行った」 まれているドックを測量している彼をしばらく見つめ と彼は親しそうに言った。 た。そして近づいて言った。 「俺はあちこち探したが、君と一緒に昨夜ビールを飲 「この小型トラックを、向うの岸壁に移してくれ。」 私は彼の返事を聞けば、先方の手の内が分るだろう、んでいた、ということだった。」 ホセ・アンヘル・ラモスと私は、お互いに一種の尊 と思ったのだ。 「ああ。お前はラモスだね」 敬を抱き合っていた。私たちが会ったのは、これがは じめてではなかった。以前に十四時間もぶつつづけに とクルーカットは答えた。 クレレン ( ハイチのウイスキー ) を飲みながら、お互 「お前はどこにかくれていたんだ。」 いに河岸を変えるよう説得し合いながら、失敗に終っ ( ラモスは、彼と落合うことになっていた連隊要員だ たことがあった。 った。 ) ガラガラ蛇のように危険で、厄介なホセ・アンヘル 「おくれてきたんだ。どこか、そこいらで一杯ビール とまたもや面つき合せたのだ。何とかうまく、こいっ を引っかけて、作戦をねろう。」 クルーカットはビールが好きだった。その日の午後をまく必要がある。 「ホセ・アンヘル君。一体何のことだ。どのドイツ人 と夜に、一緒に飲んだビールを、彼がたつぶり味わっ クルーカット ~ 30
大脱走 かりで何も出てこないことがしばしばであった。なにし、パジャマのひもを芯に使い、空きかんを材料に油 しろドイツ側が与える配給食糧では、われわれの胃袋脂ランプをこしらえ上げるというわけである。古スト 1 ヴの金物からはトンネル用のシャベルが出来上るし、 には大したものもたまっていなかったからである。 1 ・ト一フ こわれた食卓ナイフにやすりをかければたがねに変る。 きびきびした小柄なローデシア人、ジョニ ヴィスの前職は鉱山技師で、金鉱の落盤事故で地下千 ( やすりはパックリ 1 がドイツ兵を抱き込んで手に入 れた。 ) 二百メ 1 トルに三日間も閉じ込められた経験がある。 トンネルの長さが伸びるにつれて空気の汚れもひど そのとき以来ひどい閉所恐怖症にかかっているのに拘 くなり、これ以上の作業は無理になった。パックリー らず、彼は率先して地下にもぐり込み、叫び出さんば かりの恐怖を抑えて二時間の作業に耐え、這い出しては仲間の一人から古いアコーディオンを徴発して、少 くるなりへどを吐くのだ。土は崩れ易く、落盤の絶えしでも空気を送り込もうとした。それからマ 1 シャル 間はなかった。先頭の掘り手が土に埋まると、その背とトラヴィスはリ = ックサックでお粗末ながらポン。フ 後に控えている二番手が足をつかんで引きずり出す。らしいものをこしらえ上げた。ヴァルヴには古靴の皮 を使う。これで僅かながらも空気が送り込まれ、作業 まさに陰惨な光景であった。 の続行が可能になった。 バックリ 1 はトラヴィスが手先き仕事にかけては、 床下に撒き散らされた土はやがて目に立つほどに厚 一寸した天才だということに気づいた。空きかんでパ ン焼き器をつくったり、木片と糸くずからひげそり・フくな「てきたので、彼らは隣接する小屋に短いトンネ ルを通し、その床下に土を捨てることにした。 ラシをこしらえたりは朝飯前のことである。彼はトラ おとりのトンネルがドイツ兵に発見された。われわ ヴィスをトンネル班から引き抜いて、脱出用具を専門 に作らせることにした。マーガリンを加工して燃料とれは息をのんだ。が、ドイツ兵はそこに隠した揚けぶ 29 ノ
大脱走 の屋根の低い寒々とした掘立小屋がたっている。有刺 こうして彼らは次から次へとトンネルを発見していっ こ 0 鉄線のすぐ外側に約百メートル毎に配置された監視所 は高さ四・五メートルの櫓の上に設けられ、サーチラ 一方、イギリス本土から発進する英国空軍の活躍は その激しさを増しつつあった。と同時に撃墜されるもイトと機関銃を構えた監視兵は、収容所内を隈なく見 のの数も増大した。大部分は戦死したが、無事に不時渡されるし、射撃に際して死角は皆無である。 ( 監視 グーン・ックス 着した者も直ちに捕えられ、捕虜の数は増えるばかり所のことをわれわれはトンマ小屋と呼んだ。第三帝国 であった。この事態に対処するため、ドイツはサガン の捕虜たちは誰でもトンマという言葉でドイツ人を指 に新しい収容所を建設した。サガンはオーデル河上流して、うっぷんを晴らしていたのである。 ) シレジアの人口約二万五千の町で、ベルリンと・フレス有刺鉄線の内側約十メートルのところに、警告用の ラウのほぼ中間に位置している。ポーランド国境に近鉄線が高さ約四十五センチの杭の上に張りめぐらされ く、友邦あるいは中立国からは遙かに隔絶していた。 ていた。捕虜がこの鉄線を一歩でも越えれば、指をう ドイツ側はこの収容所をシュタラーク・ルフト・Ⅲとずうずさせている石視兵が直ちに機関銃弾を浴びせか 名づけ、今日でもなおその悪名は消えずにいる。われける仕掛けなのである。 われは、この収容所を冷笑をこめて、ゲーリングの別 捕虜第一団がサガンに到着した夜、ウイングズ・デ 荘と呼んだ。一九四二年春、捕虜二、三百名がバルト イは二人の仲間と一緒に正門突破を企てた。着用して をはじめ幾つかの収容所からこのシュタラーク・ルフ いるのは英国空軍制服をどうやらドイツ空軍制服らし ・Ⅲに追いこまれた。 く仕立て直した代物である。 ( 監視兵は全員、空軍に 所属していた。 ) しかし門衛の目はごまかせなかった。 サガンは予想以上に陰惨な場所であった。高さ二・ 七メートルの二重有刺鉄条網に囲まれた砂地に、六棟かんかんになった収容所長は彼らを独房に入れ、十四
大脱走 はないことは確かだ。われわれは再びこれはこけおどおさめたと言えるのである。 しではないかと考え始めた。 五十人は死んだ。十五人はわれわれの許に戻った。 一「三日後、五十名の所持品のうちいくらかが送り残りの十一人はどうなったのか、とわれわれは不思議 届けられてきた。写真とかそういった類のものである。に思っていた。 その中には鮮血に染まったものもあった。 二週間後、この問題は疑う余地もなく終止符が打た れた。所長は捕虜側代表者ウイルソン ( マッシーは他 の重傷者と共に既に英国に送還されていた ) に、五十 人の骨をおさめた壺が送り届けられた旨を伝えた。火 葬にふせられた理由は問うまでもなかろう。それによ って、死因を語る証拠は後に残らないのである。 この事件にもただ一つ明るい面があった。人のいし 衛兵たちから聞き出した情報をつなぎ合わせて、われ われは次の事実を知ったのだ。すなわち、五百万とい う驚くべき数のドイツ人が、その幾分かの時間を割い て捕虜捜索に参加したこと、さらに何千人ものドイツ 人は数週間にわたってこの捜索にかかりきりになって いたという事実である。われわれの傷手はたしかに大 きかったけれども、この大脱走はある意味では成功を 3 2
れをいったん娯楽読物としての枠のなかに入れてしまえば、それなりに非常に楽しい読物だと考えているのであ 0 る。この『大脱走』などにしても、文字通り息もつがせぬおもしろさで、一種のスポ 1 ッとしての脱走を、ぼく たちは大喜びで見物することになるのだ。事実、このノンフィクションの根柢にあるものは、脱走をスポ 1 ッと してとらえるイギリス人の考え方である。彼らはドイツ兵を一人も殺さずに ( 武器もないわけだが ) 脱走する。 そして、脱走兵を射殺したドイツ軍は、ゲ 1 ムのル 1 ルに違反したフェアでない者として、あれほど激しく非難 されるのである。このとき、イギリス人の側が楯として用いる理論は、ドイツ軍は捕虜に対する待遇についての ジ = ネーヴ協定に違反しているという考え方だが、ここで、一体ジ = ネ 1 ヴ協定には、捕虜の脱走を認めるとい う規則があるのかというようなことを呟いても、何の役にも立たないだろう。捕虜は巧みに脱走を企て、捕虜収 容所はそれを巧みに邪するというのが、もともとこのゲ 1 ムのル ] ルだからである。 そして、第二次大戦の記録というのは、読者の心に多少の抵抗を与えるけれども、ダイヤモンド密輸団の取締 りの話となれば、・ほくたちはもっと気楽に、冒険を楽しむことができる。それは、例のイアン・フレミングの 0 07 ものの場合、二つの世界の対立という背景が大きくそそり立っている本のときには、深刻な政治問題が迫っ てきて、・ほくたちはどうしてもそれが気持にひっかかってしまうけれども、『ダイヤモンドは永遠に』の場合に いたってのんびりと、無責任に、スリルとサス。ヘンスを楽しめるという事情にかなりよく似ているだろ なると、 う。『国際ダイヤモンド密輸団』の作者はもっともらしく、鉄のカ 1 テンの彼方へのダイヤモンドの密輸という 条件を持ち出して、物語の緊張を強めようとしているけれども、ばくには ( こういう事情はたしかにあるにはち がいないが ) これはかえって読者の心にしこりを残すような気がしないでもなかった。 しかし考えてみれば、ノンフィクションという娯楽読物を書くのは、いわば剣の刃わたりのようなむずかしい