たなら、食物がなくなるまえに、わたしたちはたやす く死んでいたであろう。空腹は、ただそれだけでは、 その頃はもはやわたしたちを苦しめなかった。わたし たちに必要だったのは水で、水をしきりに欲しがる気 ・持ちは、寝ても覚めても、わたしたちの時間の一刻一 刻をみたしつづけていた。 四十日目の今日も、ほかのどの日ともほとんど変り がない。わたしたちはあてどもなく漂流し、配給を飲 み食いし、意識を失ったり取りもどしたりし、一日の 終りにはもう少し弱っていた。こうして四十日目も、 三十九日目も、その前の日もそのまた前の日も、同じ だった。じっさい、ほかの連中が死んでからは、毎日 が同じだった。 今日、わたしはほかの連中に会った。彼らが全部生 きていて、わたしたちといっしょにいかだ舟にいる夢 を見たのだ。彼らはあまりにも本物らしく見えたので、 はっと目が覚めたときには、コリンとわたしだけしか いないとはとても信じられなかった。ほかの連中もま だ生きていたらよいのにと思った。もしだれかほかの 漂流第四十日 四月二十七日、火曜日 402
らも、彼らの中の一人が、汽船の煙突の中で怪物のよ ル・セイ号という大きな船たが、も一つはビーユ・ うなアナゴに出会ってからというものは、だれ一人と ド・グラス号という外輪船で、一八八〇年頃ビーユ・ してその近くに近寄ろうとさえしなかったのです」 ド・マルセーユ号のために真二つにされたものだ。 横倒しになった船では、煙突がちょうど恰好な入口 ド・グラス号にはイタリアの移民が乗っていて、儀牲 になっており、そこにはきまって海の怪物が住んでい者は五三人だった。この移民たちは、一七五〇枚の金 て黄金を守っているのだというのは、沈没船のお話で貨といっしょに沈んだのだ。この船の船首は四五メー はっきものである。しかしミシェル・マプロボアンチトルの所に横たわっており、船尾は五四メートルの所 はさすが私たちの仲間であり、これは調べる価値があにあるよ」 りそうだと思ったのである。デューマと私はミシェル ミシェルの宝物の話は、古風な形式のものたった。 の行きつけの酒場にいった。引退した潜水者は、私た彼は正確な遭難者名簿や、明白な金貨目録、船名、沈 ちに会うと大喜びで、私たちの聞き出しかたしだいで没した年、そしてその水深などについて話してくれた。 いくらでも話してくれた。老ミシェルは、私たちに潜もしもこれらの事柄があまりはっきりしていなかった 水というものがいかに名誉ある職業であるかを説いてら、だれもその金貨の歴史物語を信じたり、その宝物 聞かせるのだった。 を引き揚げるための探険に投資したりする者はなかっ 彼はパスチを受け取ると、水のはいったグラスにそただろう。 れを注いだ。そしてその濁った飲物を一息にぐっとの 私たちのこの友人は、もう一枚の皿を積み重ねなが みほしながら「私たちの探している二隻の船は普通のら話を進めた。「俺は、ミシェル・セイ号を引き揚け やっと同じように何も持っちゃいないよ」といった。 ることについて政府の判決を得たのだ。それはこの船 「一つは五〇年前に沈んだ九〇メートルもあるミシェ から二四 0 メートル以内のすべての物に対する権利を 8 9
いですんだ。 「機関士にやってくれ」と彼はいう。「これを食べ 0 りや満足だという顔をしてる」 少年たちはわずかの食物を大そう喜び、骨について ところが、機関士はそれを受けとろうとはしなかっ いるほんの少しの肉もすっかりしゃぶってから、だ、 た。そのときにはとてもひどい状態で、言葉をかけらぶ気分がよくなったといった。わたしはナイフをきれ れても口をきこうとしなかった。足は文字どおり悪く いになめたが、わずかの肉はじつにうまかった。 なって、傷はすでに不気味なほどふくれあがっていた。 べつに考えもせすに、わたしはナイフを洗おうと海 彼は苦痛にじつにりつばに耐えた。快活にではないが、水にひたした。すぐさま、わたしは自分の誤ちをさと 痛みとこの状態でそれはむりだった。だがストイックる。 に耐えた。彼はわたしたちすべての手本であり、わた 魚のはらわたから出た細い血のすじがナイフから流 しは一度ならず、自分の模範として彼を思い、自分自れ出したとたんに、二メートル四十もあるサメがこの 身を救ったのだ。 と 0 とばかり 、、かだ舟の後方に鼻を突きだした。警 その魚をどうしたらいいか、いろいろと利己心を抜察犬のような臭覚を持っているにちがいない。奴は気 きにした議論がかわされ、とうとう、四人のもっともが狂った。完全に、荒れまわるばかりに気が狂い、狂 若い連中にやることに決まった。わたしは自分でそれ暴になったー を切り、切り身をうしろへ隠して、航海士に一度に一 奴は敵意もあらわにわたしたちに迫り、尻尾を力強 つずっ取ってくれと頼んだ。航海士が一切れずっ取るく振ってはいかだ舟をまるまる一尋も横へ押し流した。 と、わたしは受取人の名前を呼び、航海士が若者に自わたしたちはオールをつかみ、舷側に迫る敵を追いは 分の持っている切り身を渡した。そういうふうにして、らう用意をした。奴はふたたび向かってくる。わたし わたしはえこひいきだと疑われたり責められたりしな たちは奴をなぐりつけて追いはらったが、あまりカの
イングランド ) の広大な丘陵、それからヨークに近づく ゴ部の山系 8 わたしの物語もこれでほとんどおわりだと思ったが、 につれてもっとやわらかな農業地帯 いかだ舟でわ そうはならなかった。リ バブールへ帰航中、航海のは たしたちを取りまいていた、邪悪なサメが出没する厚 じめの頃、コリンはさらに二度ばかり発作を起こした。 かましい海とは、まるで雲泥の差ではないかー それでも彼は、発作からすっかり立ち直ったように思車内が騒がしいので、窓の外から注意をそらすと、 われ、 リ。ハプ 1 ルで故郷行きの汽車に乗ったときには、興奮のあまりコリンがもう一度テンカンの発作を起こ 数週間も発作は起こらなかった。 したのを見て、わたしはそっとした。彼の顔は波形の 汽車は、あの戦時中の機関車特有の乱暴にぐいと引しわがより、体じゅうが固くなった。 つばるやり方で走り出し、わたしたちは興奮に負けて車内の人たちはわたしたちの会話に耳を傾けていた にちがいない。彼らはみなきわめてひどく心配してく しまった。混雑した仕切客室にも気を止めず、帰郷の 喜びの中に過去の経験もすっかり忘れて、学期末の一一れ、しきりに手を貸したがった。しかしだれにもどう 人の学生と同じくらい興奮し、無責任になった。あらすることもできなかったが、わたしは可能ならちょっ とした手当をどういうふうにやるか教えこまれていた。 ゆることを、そしてどんなことも気でも狂ったように とうとうよくなっても、コリンは何があったのか少し また無邪気にしゃべり、窓の外をじっとながめ、ラン カシャやヨークシャの田園に見とれていた。まるでそもわかっていないらしく、ひどく頭痛がすることだけ の光景にはぜったいに飽きることがないとでもいうよを訴えた。仕切客室のほかの人たちに警告の視線を投 うに。あの普通の、人ずれした乗客たちは、きっとわげて、わたしは事情を知らせないでおくのがもっとも たしたちの子供っぽい喜びを、どんなにか冷笑したに親切だろうと決めた。 ちがいないー 緑の木々と平坦な野原、。 へナイン連峰 ハルのパラゴン駅に着いたときに、彼の到着を待っ
と申し出た。はじめ、彼は余分の仕事までやらせよう憂欝、不安、苦痛、不快などがみんなから税金を取り とはしなかったが、わたしは何か仕事があったほうが立てているらしく、だれ一人眠れそうになかった。低 じっさいに気分がいいのだと、まったく正直にいった。 い、きりのない、やかましいうめき声と悪態と愚痴が、 この夜も早いうちの当直は、日中の他のどんな時間のアーノルドが夜の祈りをおわったずっとあとまでつづ あいだにもない平和と静けさをもたらしてくれるのだ、 いた。いかだ舟の中にはいろんな動きがある。人目を とわたしは説明する。その点は彼も同意見で、もう少忍ぶようなのもあって、だれかが誘惑に負けて水を盗 し説得をつづけると、当直のない一夜をわたしからもむかもしれなかったから、わたしは予防策として、水 らい受けることを承知した。あか筒の底に体を丸めな槽のまわりに軽いひもを巻き、そのはしを自分の足首 がら、彼は眠るというより死んでしまうように見えた。へしつかりと結びつけた。だれかが水槽をいじれば、 全部で四時間、二人分の当直をひかえて、わたしはひもに振動が伝わり、足首に警報が届くことを当てに 後方にどっかり腰を下ろし、そばにやすを置いた。魚していた。わたしの足首は日焼けして、さわるだけで を刺してやろうという大望をまだいだいていた。暗闇痛んだから、どんなお・ほろげな振動でも皮膚は敏感に は、どちらかといえば、日中よりよいチャンスをあた感じとるという確信があった。 えてくれる。魚はかなりはっきり見えた。熱帯の夜の わたしは、たぶん、必要のない予防策を講じていた ビロ 1 ドのような暗闇がたれこめたあとでも、イルカ、のだ。だれにしろ、みんなの目をさますほどの音を立 青い魚、サメなどは、彼らの動きから起こる燐光の中てずに金属の鋳物のねじを抜くのは、ひどくむずかし で、ちらちらする亡霊のようにはっきりと目もあやに かったと思う。けれども、そのときまでに、小さな心 輪郭をえがいてきわだった。 配事はとんでもなく大きく感じられたし、ご念のいっ 平和な当直をという望みは当てはすれにおわった。 た予防策にしても、少くとも、暗黒の時間じゅうつづ
者はヘルメットの中に閉じ込められながら、たいてい いつも汚い港の中や海峡の中で働いているのであって、 十一出会った怪物 彼のエア・パイ。フの邪魔をしているものが巨大なイカ ましげた なのかそれとも腐った橋桁の円材なのかさえ、きめら れずにいる状態なのである。物事に疑いのあることは、 漁撈は人間の最も古い職業の一つであり、魚に関すそこに解明の余地のあることを意味するわけであり、 る話はたいへん古くから伝説になっている。これにさ迷信の場合も全くそのとおりである。 らに詩人や自然をいつわる者どもが手を加えた結果、 ところが一人の裸の男が海中に現われた。彼はまわ この種の迷信が今日私たちの時代まで存続している。 りの生物と混り合い、よくそれを観察している。また 普通の出版物でさえ海の怪物についての根拠のない話さらに彼は他の遊泳者から見られたり、レンズをとお をいまだに反対することができないのである。 して記録されることもあるだろう。すなわち、彼の出 一世紀前へルメット潜水者が出現したとき、冒険小現は迷信の終りを意味するのである。 説は根本的な劇的要素をかちえた。すなわち、英雄的神話に出てくる深海の悪魔に相当するものは、まず な人間が海底に下りて行き悪魔たちと戦うというので海蛇を除けば、他はサメ、タ「、アナゴ、ウィホ、刺 ある。この潜水者たちの血なまぐさい合戦は岸にいる = イ、イトマキ = イイカ、それにカマスなどである。 界水にぬれない作家によ「て小説化された。ひどい仕事私たちは人間の潜れる深さの範囲よりまだ下にいる大 をしている孤独な潜水者たちはこの種の冒険談につい イカを除けば、上記の全部の魚に出会った。私たちが 黙てべつに反撥もせず黙々と働いているのであるが、そまた謎冫 ・ - こ思っているサメを除けば、私たちが出会った 7 れは決して責めるに及ぶまい。まさに〈ルメット潜水怪物は全然無害の代物のように思った。
しかしわたしたちは間にあううちに見つけられるだろが、暮れてゆく一日のために色もあざやかなきようか うか、それとも、操縦士がとうとう降下してみると、 たびらを織って、目と耳でいつまでも飛行機をさがす 漂流したいかだ舟には二つの死体があったということわたしたちの仕事をやめさせてくれたときには、あり ・、こいとさえ田 5 った。 になりはしないだろうか ? 一時間一時間がわたした ちには重要なことがわかっていたーーーそれにまた、見黙ったまま、わたしたちはほんのちょっぴりの夕方 づけられるためにほんの少しのことをやるにも、わたの水の配給をすすり、二、三滴を口の中でくるくるま したちは無力なこともわかっていた。 わした。そして飲みこむものがすっかりなくなってし 一日はのろのろとすぎていった。わたしたちを生きまうと思われるまで、痛む舌に水をしみこませた。 づづけさせる希望があるだけで、何事もない日だった。 骨を折ることはわたしたちの手にあまった。手にあ 一、二度やすで運だめしをしてみようと思ったが、そまらなかったにしても、わたしたちにやれることはほ れをやってのけられるだけの体力はなく、意志力も悲とんどなかった。つけるべき航海灯もなかったし、夜 しいことに欠けていた。太陽は天頂に達し、それをすのいっそう湿った空気のためにゆるめる揚け綱もなか ぎると、西の水平線のほうへゆっくりと落ちた。 ったし、やるべき当直もなかったし、三十分おきに鳴 舌をふつうの大きさの三倍にも腫れあがらせて、わらすべルもなかった。あるのはただ、求める眠りだけ、 たしたちはいかだ舟に横になり、そわそわしていた。少しでもとりさえすればわたしたちの生命を耐えつづ わたしたちにとって、時間は意味のないものになりつけさせてくれる、祝福された眠りだけだった。 づあった。それはわたしたちを押し流す大西洋のよう この日、わたしは航海日誌に次のように書いた。 な巨大な海で、空虚で変化がなく、望みがなかった。 その日は、わたしたちはほとんど口をきかず、日没午前九時三十分。飛行機 ( ワレラノ頭上 = 飛来セシ 4 ノ 6
をやわらげようと努力したが、むだだった。肉の痛遣産である深いあとを、わたしは数えることができる。 み ! わたしたちの体には肉はあまりに少ししか残っ六十以上の痕跡が体じゅうに散らばっている。まった ていなかったので、ほとんど骨だけで坐ったり寝ころく深い穴で、わたしの体は機関銃にでも射たれたよう んだりしているようだった。この状態では、しわの寄に見える。 その朝、九時半頃、わたしたちは飛行機のエンジン づた敷布でもはげしい痛みをひき起こしたことだろう。 々ットレス代りのごわごわし、ごろごろする救命ジャ の音を聞いた。高くはるか遠くに聞こえた。いくらさ ・ケツがどんな語られざる苦痛をひき起こしたかは、書がしてもそれらしいものは見えなかった。音は次第に きつくせない。右に動けば、骨は骨とわたしたちの下大きくなり、頭上を越えているように思われた。そこ にあるびしょぬれの救命ジャケツのあいだにあるかぼで絶望のあまり、わたしたちは三個の発煙筒の最後の そい肉をつねるありさまだった。一瞬のあいだは心地ものに点火した。しかし磨いた金属の鉢のような空を 良さを見いだすことができたが、次の瞬間にはわたし傷つけるものは、一筋の水蒸気さえなかった。 コリンは絶望したようにわたしをちらりと見た。「こ たちはふたたび休みなく場所を変えていた。 っちが見つけられないとしたら : : : 」彼はつづけてい わたしたちは夜をそのようにすごした。ただうとう とするだけで、向きを変えては体を曲げ、眠りながらうエネルギーも必要もなくなって、その言葉をいわす うめき声をあげ、腕や足や体で破れた傷や海水腫れをじまいにした。それでも、その出来事のためわたした ちはずっと気が軽くなった感じがした。定期的な空路 突っついては互いに苦痛のさけび声を発した。 十 海水腫れは、そのときにはあまりにもひどくなって指定か偵察かでわたしたちの頭上に飛行機が飛んでい 五 流いて、肉の部分で腫れあがっていない個所のほうが少ることが、いまや確かになってきた。遅かれ早かれ、わ ないように思われた。今日でも、あの恐るべき日々のわたしたちは見つけられる。それはかなり確かたった。
って風下へゆっくり漂っていった。わたしたちはくっ救助の望みもまったく消えた。 くっ笑った。乾ききった喉から出せる最大の小声でか太陽はやはりぎらぎら輝やき、いかだ舟はやはり、 っさいした。互いに背中をどしんと打ちあった。そし朝のそよ風が立てる小さな波にあてもなく動揺し、 て「傷のある顔」がその血のように赤い煙を吟味しょ「傷のある顔」はやはり、きっかり四尋あとからがん うと、わきへそれることのない進路か、つ二、 としてくつついてき、海はやはり、つづけて何日もそ ルほどはなれたとき、わたしたちは彼をやじって耳ざうであったように、きらきら光っていた。 わりな音を立てた。いかだ舟にいるわたしたちには、 そうだ。何一つちがっているものはなかった。ただ 煙のおおいは大きなものだった。どんなに高く飛んでちがっているのはわたしたちだけだった。愚かにもく いても、それを見逃す飛行機はないだろう。水平線のつくっと笑ったり気楽に背中をたたくことはなくなっ 彼方からでも見えるといってもいいのろしだ、とわたてしまった。わたしたちのかっさいも、わたしたちの したちは確信した。 望みも消えはてた。 ところがそれを操縦士と搭乗員は見逃してしまった そうだ。海は動きつづけるだろう。「傷のある顔」 のだ。ほとんど自分の目を信ずることができずに、わは泳ぎつづけるだろう 。、かだ舟自体は疑いもなく、 たしたちは、飛行機が次第に小さくなり、ついに目か いく日間もけもののようなサメの先頭に立ちつづける らも耳からも消えていくのをながめていた。 だろう。だがわたしたちは : : : わたしたちはどこにい 日わたしたちは黙って顔を見合わせた。左舷はるかに、ることだろう ? この小さな世界で、あらゆるものか 十 消えかかった発煙筒はわたしたちとの距離を増しながら切りはなされて、そのとき、避けられないと思われ 五 流ら、ゆっくりと流されていき、とうとう二、三度ばちる死神に脅やかされているのが、わたしたちだった。 ばちと煙の輪を描いて消えてしまった。それとともに、 コリンは長さのある綱を拾いあげ、きびしく口をつ ひろ 4 ノ
じめたのです。曳き船はぐずぐずしておれないので、 も発見できなかった。煙草の荷物の帯輪のお化けさえ びきつづきもう一つのケーブルをゆわえつけました。 出てこなかった。 これでやっとラモン号はカバレールの方に曳かれてい しかしそこで、私たちはアジに出会った。これは人 ったのです。 間ぐらいの大きさの遠海魚である。マグロの親類だが 「しかしその夜、村中が眠りからさまされました。あマグロよりほっそりしてもっと優美である。アジはけ のスペイン船が港の中で燃えはじめたのです。全部の っして釣針では釣れないし、また網からも逃げてしま 煙草を燃やして、ラモン・メンブリュー号は沈没してうので、これを見るにはどうしてもある時間海に濳ら しまいました」 ねばならない。 この泳いでいる様はまことに気品の高 いもので、あたかも巨大な銀色をした汽船が王侯のご 私たちは、この町の防波堤から約一「三〇〇メート ルの地点で、ラモン・メンプリュー号を発見した。深とく自由に動いているかの感があった。アジは一列側 いエメラルド色をした不透明な水の中にあった。私た面縦隊をなし、ちょうど太古の商業道路を通って行く ちは五〇〇 0 トンから六〇〇〇トンもある一隻の船をように、何もない平地をよぎり煙草船の近くを通って いった。神経質に急いでいる日があるかと思うと、そ 見出しておどろいた。沈没船について私たちに語った 人々はたいてい大げさにいうのが常で、ことに南フラ の翌日はのんきにはしゃいでいた。彼らの行動は予測 ンスの人々はそうである。しかし私たちに話をしてくしにくいものである。何日もこの群を見ないかと思え ば、またひょっこりちょうど砂漠の隊商のように隊伍 界れた農夫は、ずっと船乗りであったのでほんとうのこ 世 とをいったのである。船は海草の中に倒れていて、船を整えて進んでいるのである。 の 黙尾と前半分がめだって立っていた。船のまわりには砂私たちは、水中眼鏡をのぞくと、ポート・クロスの の中に奇妙な濠ができていた。私たちは船の内部で何所に小さなトロール漁船の沈んでいるのが見えた。こ 5 5