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検索対象: 現代世界ノンフィクション全集20
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1. 現代世界ノンフィクション全集20

そっちか ! おーい、こら。死んでるのか、 ごろごろいう音しか出てこなかった。そのとき、神の それともつんぼなのか ? 」その声はあまり遠くはなか 摂理がわたしにはやれないことをやってくれた。ひと った。しゃべるにつれてその声はいっそう近くなって口空気を肺へ吸いこんだとき、波がわたしの顔にぶつ くる、とわたしは思った。どなり返そうとっとめたが、 かって、わたしは息が詰まって吐いているのに気がっ およそ自尊心のあるネズミなら恥ずかしくなってしま いた。それだけで十分だった。わたしの立てた音は聞 うような、おかしな小さいキ 1 キーという声しか出な こえた。 っこ 0 、刀ノ 「だれだ ? 何ひとつ見えやしない ! 」 しばらくのあいだ沈黙がつづいたので、わたしは、 わたしはどうにか傷ついていないほうの腕をあげて 声の主はわたしを死んだと思ってあきらめたのかと考水を少しざぶざぶとはねかえすことができた。わたし えはじめた。たぶん、恐ろしいさびしさから生まれたの救助者はきっとすぐ近くにいたにちがいない。彼が 寄妙な執拗さが見知らぬ男を粘りづよくさせたのであわたしにしつかりしろ、いまいくからとどなるのが聞 ろう。 こえたからだった。「しつかりしろ、しつかりしろ、 、。そこにだれかいるのか ? おれの声が聞こしつかりしろ : : : 」その言葉はわたしの頭の中で賛美 えないのか ? 」声はずっと近くなって、ほとんど嘆願歌のようにこだました。わたしは持ちこたえているこ するような調子を帯びていた。「生きているなら、何とができなかった、どうしてもだめだった。どっちに 日とかいえ」 しても、どうだっていいじゃないか ? わたしはもう 十 わたしは自分が持っている力をほんのちょっぴりもおしまいだ。これ以上はもちそうもない。どうしてく 流残さずふるい起こして、ふたたび声を出そうとっとめよくよするのか、なにを気にしているのか ? たが、ロは開いて息を出しても、小さな、しわがれた 二本の手でぎゅっと肩をつかまれるのを感じた。だ 9 8 2

2. 現代世界ノンフィクション全集20

わたしはそれで、彼が正気にもどったことを、前日 8 その夜はわたしにとって悪い夜だった。夜まだ早いの自分の振舞いについてはまったく記憶がないことを、 さとった。彼のそばに坐ると、タ・ハコを吸いたいとい 頃、目を覚ますと航海士が呼んでいるのが聞こえた。 「クック、クック。おまえに話したいことがある、ク う圧倒的な欲望が起こった。 彼はひどく弱っていて、言葉を口にするのさえ骨折 彼はまたわたしにナイフをくれとでもいうのではな っていた。話していくにつれて、声が細くなるので、 いか ? わたしは彼に眠りなさいといった。 彼の言葉を聞くためには、顔のすぐ近くにかがみこま 「クック。ばかなことをいうんじゃない。どうしたんなければならなかった。 「これでもうおしまいじゃないかと思うんだ、クック、 だ ? どうしてそんな調子の声でしゃべるんだ ? 」 それは正気の人の声らしく聞こえた。ほかの眠ってなあ、おい」と彼はささやいた。「いやーー本気でい いる連中のじゃまにならないように最大の注意をはらってるんだ。ここで、わしの体の奥底で、そう感じる いながら、わたしは彼のほうへはい寄った。「で、どんだ。わしはあまり長くはもたないことがわかってい る」 んなことです ? 」 「きみと話がしたいんだよ、クック」 「ばかなことをいってはいけませんよ」 「そうですか。でも、いまは眠ったほうがいいと思い 彼はあきらめをたっぷりこめた身振りで頭を振った。 ませんか ? 話は朝でもできますよ」 「わしはたわごとをいってるんじゃない。自分がどう 「いったいどうしたんだ、おい ? よしてくれよ、ま いう気分かわかっている。きみにはわかるまい。きみ にやってもらいたいことがある。やってくれるか ? 」 るでわしが子供だとでもいうような話し方をするの 「もちろんやりますとも。ナイフをあげること以外は、 こ 0

3. 現代世界ノンフィクション全集20

よく半ばものの宝石を見つけるそうです。連中はいっ わたしたちは礼儀正しくかっさいした。もっとも確 0 かにみんな、わたし同様、こんなちつ。ほけな魚をどう認 てましたが、必すしも持主がサメの餌食になったとは 考えられないってね。サメは明るい物がきらきらするしてこんなに多くの人数で分けるつもりだろうかと怪 のにひかれるのだ、と連中は考えてるんです。たぶんしんではいたのだが。スコウン氏がいつもの良識で助 そうだと思うんです、それでも三メートル六十もあるけ舟を出した。 「ナイフを貸してくれ、チッ。フスーと彼はいった。 やつの腹に入れ歯の上が見つかったときには、人食い ザメをやつつけたそと思ったそうですよ」彼は言葉を「これからこれを三人の負傷者に分ける。めいめい四 切って、いたすらそうにリークのほうを見た。「たぶ分の一、残りの四分の一は捕まえた男のものだ。 んうしろにいるやつの一尾が、あんたの入れ歯を食っ ポットは目を伏せて顏を赤くした。はじめわたしは、 ちまったんじゃないかね、歯ぐきのおっさん ? 」 彼は魚は全部自分一人のものだと主張しようとしてい 「あのうちの一尾が食ったんなら」と「傷のある顔ーるのだと思った。何しろ彼はそれをぎゅっとんだま をはげしくにらみすえながら、歯のない男がいった。 ま首を振ったからだ。 「入れ歯がやつの内臓をかみつぶしてくれるといい 「いや、おれはいらねえよ。おれの分け前は機関士に が」 やってくれ。それだけあれば何とかなりを・つだ」 ちょうどそのとき一尾の飛び魚がいかだ舟に飛びこ航海士は彼に感謝して、提案どおりにした。負傷者 たちに魚をやるのを惜しむものはひとりもいなかった んできた。ほんの一瞬、飛び魚はむなしく帆布幕のう ら側をはたいた。砲手のポットは長い手を伸ばし、そが、先のとがったひれだけしか残らなくなるまで噛み いつをぎゅっと擱むと、喜んて高くかざした。「どんこなすのを見ていると、さすがにわたしたちみんなが ひどく羨ましく感じたことを、わたしはこだわりな なもんだい ? 」

4. 現代世界ノンフィクション全集20

っそう早くおわってしまうだろうよ」 最後まで奮闘して、竸争心を起こさせるほど、勇気の コリンはうなずいたが、体を動かす努力をする力も手本をしめした。わたしは自分たちのきようかたびら 意欲もしぼり出せなかった。わたしは余分の綱のほう になるはずだった綱を、いかだ舟の底の水に落とし、 へ手を伸ばして、それを解きはじめた。絶望にあまり体の緊張をといて、いまではほとんど習慣になってい に深くはまりこんでいたので、もう二、三分もしたらる意識のない状態の中へずるずるとはいっていった。 わたしたちは大洋に身を投けていたかもしれない。 わたしはいまでも、どのくらい無意識のままでいた 「ぼくはほんとうのクリスチャンらしく死んだ、と両かわからないが、とうとう、頭にずきずきひびく、し 親に話してください。あなたたちのうち何人かは救わっつこい、何か悪いことのように思われるぶんぶんと れることになりますよ」 いう音で、われに返った。あまりにも苦しくて目を開 その言葉ははっきり明確に聞こえた。あまりにもはけることもできずに、頭の中に「死の舞踏」を思わせ つきりと聞こえたので、一瞬、しゃべったのはコリン るような考えを走らせたまま、そこに横たわっていた。 だと思った。しかしわたしの仲間は海のほうを見渡し「これだな」とわたしは思った。「海水を飲みすぎたん ていて、ちょうどわたしが彼をながめたとき、もう一 だ。とうとう気が狂ってしまった」わたしは自分が自 度意識を失ったところだった。 分と議論しているのに気づいた。「ばかなことをいう 「あなたたちのうち何人かは救われますよ」わたした な。頭が変になったら、いろんな声が聞こえることは ちのうち何人かだ ! わたしたちは二人しか残ってい 日 わかってるじゃないか。血管が破れたんだ。そうなっ 十 なかったし、ジョンの予言が実現するとしたら、コリ たんだぜ。ふしぎがってもしようがない。けつきよく、 五 流ンとわたしを意味するだけだ。わたしはプリキ罐を海これでもうおわったんだ。いや、目を開けてはいけなの 4 。むりをしたら倒れてしまう。じっと、ただじっと 水にひたして、苦労して頭に水をかけた。あの若者は

5. 現代世界ノンフィクション全集20

せさらばえていた。ジョンの顔はわたしに何かを、た 0 れかを思い起こさせたが、それが何であるのか、わか らなかった。中途半端な面影がわたしをあざけってい るように思えた。ときどき、それがわたしには耐えら れなくなり、顔をそらさなければならなくなるのたっ た。昨日、もう一尾のサメがじっさいにいかだ舟に乗 やはり雨は降らない。まもなく雨が来るか船に拾い り上けて、わたしたちを食おうとした。わたしたちは あげられないかぎり、仲間の何人かは、そう長く生きあまりにも弱っていたので、奴をたたき落とすことさ のびられないのではないかと心配になる。いまはもう、えできなかった。幸いにも、奴はわたしたちをずたす わたしたちはひどく弱りはて、スコウン氏と二等機関たに引きさくまえに、その遊びにあきてしまった。今 士は、ほとんど四六時ちゅう昏睡状態にあった。数人日は、鯨と巨大な海亀との二つを見た。鯨は非常に近 の者、ポット、キング、リ 1 クなどは、大っぴらに海 くにきたので、そのにおいが嗅げるほどだった。いや、 水をすすっていた。ポットの場合は、生きていく意欲そんなふうにわたしたちには思えた。こんなに大量の をすっかり失くしてしまったように思えた。キングは肉と血を見、そのにおいを嗅ぐのは、わたしたちには もはや、全然正気とは思えなかった。 ほとんど耐えられる限度以上のことであった。あれを わたし自身も、もう以前ほどきびしくはなかった。食ったらどのくらい生きのびられるだろうか、そうわ ここ二日間に、一度ならず、わたしは哀れなチビのたしは思った。 ジョン・アーノルドを見つめている自分に気づいた。 彼の顔はひどくやせていた。わたしたちの顔はみなや 漂流第十ニ日 三月三十日、火曜日

6. 現代世界ノンフィクション全集20

可哀そうにファウラー少年も、その朝は重態だった。声はわたしたちの神経をいら立たせたので、とうとう 前檣に背をもたせかけて坐ったまま、朝食の配給が出わたしたちは、彼の死は本人にとってもわたしたちに ても何も食べることができなかったが、水はありがた とっても同じくらい慈悲ぶかい救いとなるだろう、と がって受けとった。 考えはじめていた。 午前中ずっと、彼はそういう恰好で坐っていて、身わたしたちの神経も希望も耐えられる極限に達して 動きもしなければ文句一ついわなかった。話しかけらしナ 、こ。何から何までぼんやりとしてどうしようもない れると大儀そうに答え、それもあまりひくい声なので、ように思われた。頑張ってみたところで何になるだろ ささやかれた言葉はかろうじて聞きとれるほどだった。 南大西洋の水を何リットルも飲んで、その結果 もう痛みはなくなったーー・・・疲れているだけだーーとて発狂して楽になったほうがいいのではなかろうか ? も疲れている、と彼はいった。「眠らせてくれ」と彼わたしはそういう考えを自分の心の中からうばい去 は懇願した。「ちょっと眠らせてくれ。みんながそんって、。フラテンが正午の水を配給するのを手伝った。 れんびん なに叫びつづけさえしないでくれたらなあ」 機関士を見たとき、自己憐憫の考えがいくぶんこわ ところが数人の男は、いまや彼らがあのように向これた。そのときにはもう、彼の足はお話にならぬ状態 う見ずに飲んでいた海水によって起こったのではない にあった。傷ついた肉は腐りかけていて、皮膚と死ん せんもう にしても、それによって増大したことは確かな譫妄状だ肉の塊りは全部が全部、秋の木の葉のように落ちか 日態に苦しんでいた。一晩じゅう飲んでいた若者が、こけていた。臭気はひどい吐き気をもよおさせた。この 哀れな男の苦しみもきっとそれに比例していたにちが 五の点ではやはり、極悪犯人だった。飲めば飲むほど、 しュ / し 流ますます飲みたくなるらしかった。このときにはもう、 彼は完全に発狂していた。そして彼の叫び声と金切り たいてい、彼は自分が母国に帰っているものと思い、 5

7. 現代世界ノンフィクション全集20

死体が舟の外へ投げ捨てられてからは、だれもあえ かさの男たちに声をかけ、簡単に二つ身振りをして命 令を下した。彼らはわたしと同じくらいにおどろいたてうしろを見ようとするものはなかった。 喉が渇いて腹もへってはいたが、夕食はわたしたち が、抗議はしなかった。 航海士の死体は軽くてやせ衰えていたが、その骨折を息苦しくさせるように思われた。うすれゆく光りの りはわたしたちの体力にこの上もなくこたえた。持ち中で、わたしたちは背を弓なりにして坐り、こそこそ あがらないので、帆布幕の一部をはずし、死体をころと視線を投げては、もしだれかが死ぬとしたら、今度 がして舟べりにのせ、チビのジョンが神に二言三言っはだれの番だろうと考えていた。わたしはポケットか ぶやいているあいだ、釣り合いをとってそこへのせたらボタンを出して悔いながらそれをながめ、あの男を 救うためこ、、 冫しや、彼の運命をもう少し楽にさせてや ままにした。 るために、何かあれ以上のことをしてやれなかったも 「 : : : その死体を深海に投げたまえり」 のかと思った。そうしていると、航海士の声がはっき 見習いが祈りおわると、ほかの連中は手をはなした りこういっているのが聞こえたように思った。 が、わたしは茫然自失したままだったので、手を放す 「きみが生きるために、彼らは死んだんだよ」 のを忘れていた。腐った布地が裂ける音がし、気づい てみると、手に残った金めつきのボタンをじっと見つ その言葉は、くり返されるのが苦痛になるまで、わ めていた。わたしはそれをそっとポケットの中へ入れたしの頭の中をぐるぐる回転した。それを閉めだそう た。もしも生きて帰ることができたら、あの指輪を返とっとめ、ボタンから目をはなしてむりに海をながめ すときに、このボタンも奥さんに渡してやろう 生た。砲手のひとりが舟べり越しに小使をしており、長 きられなかったとしたら、まあ、そのときのことはわさ四十センチ足らずの小さなサメが、放尿によって起 たしにはわからない。 きた気泡のほうへ泳いでいくのが見えた。サメはあと

8. 現代世界ノンフィクション全集20

た。針は三時四十分を指していた。突然、ひとつの考だいたい、船はジグザグに進んだが、たっぷり約十ノ 0 ットは出して進行していたろう。われわれはこの前知 えが浮かんだ。コリンも手首に腕時計をはめているこ った位置からほ・ほ百五十キロのところにいる、とわた とにわたしは気づいた。まったく何気なく、わたしは 彼に時間をたずねた。するとわたしと同じようにま 0 しは判断する。それはちょうどこのあたりだ」彼は鉛 筆で x をもうひとっ書いた。わたしたちには、それは たく自動的に、彼はちらりと腕時計を見た。 はじめにつけられた x からごくわずかの距離のように 「止まってるよ、もちろん。おれはばかじゃないんだ 思われた。 ろうな ? 」とくすくす笑いながら彼はいった。 しかし、航海士はわたしが何をもくろんでいるか知「そうすると、アセンション島が最寄りの陸地点にな るが、そこへはうまくいき着けないだろう。かなりり っていた。「何時で止まってる ? 」 つばな龍骨のある帆走ョットが手中にあったにしても、 わたしたちは時計を見くらべ、コリンの時計がわた しのよりもちょうど三十秒前に止まっていることを知多少の付属品がいるだろうし、その場合でも、そこへ った。二人とも時計が信頼できる代物であることはわ上陸するとなると、どうしても補助エンジンが必要に かっていた。コリンはわたしよりも一足先に海へ跳びなる。これはひとつの点にすぎないが、終着駅へ着く こんだのだ。それでわかったのだが、両方の時計が水には力が必要だ。実のところ、われわれには六分儀も クロノメ 1 タもないありさまだ。いや、われわれの最 に漬かるとすぐに止まったことは、かなり確実になっ 上の賭けは、アフリカ海岸を見つける望みにかけるこ てきた。 とだろう。潮流でそこへ押し流されるかもしれないし、 「そのとおりだ」そういったのは一等航海士だった。 「それがこれからの手がかりになる。そこで、船が沈大きすぎて見のがす心配がないという利点もある」 「。 ( ーナムプコはどうです ? 」とコリンがたずねた。 むまえに約十時間は進んだということになる。その間

9. 現代世界ノンフィクション全集20

しまさらきみたちにいうまでも 前檣に注意を向けた。このほうは短かく、がんじようそれが重要なことは、、 で、安定もよかった。その根もとに、防水帆布のガスなかろう。ウィークスを連れていけ。三人いれば互い ケットにきちんとしまってある、赤い三角の帆を発見に交替できるし、あの農夫はきみをまっすぐ進ませて した。無断で揚げたくなかったので、先を一本の揚げくれるだろう。何か質問は ? 」 綱に結びつけるだけで満足し、そのままにしておいた。 「どうしてわたしらを拾い上げるんです ? 」 残りの付属品調べはたやすかった。役に立ちそうな帆「それは造作ないだろう。こっちはきみたちの軽いや 布のシートが二枚。帆布幕の上部を結びつける穴がっ つみたいに早く押し流されはしない。オールを使って いている。結びつけるとそれはひくい水夫用便所とな いかだ舟を進ませるようにする。われわれはまた、き る。それに余分の綱と綱通し針が一、二本ーーわたしみたちのほうへかじを取るため、できるだけのことを はほかには何も覚えていない。ただ水や食糧がはいつやる。やる元気があるかね ? 」 ていればいいと思ったブリキ罐が二つ三つあるだけだ わたしたち三人は、疑わしげに顔を見合わせた。ほ っこ 0 かの連中から別かれてしまう危険をおかすことが気に いかだ舟はいたんでいないし、きちんとしていてす入った者は一人もなかったし、わたし個人としては、 ばらしいと報告すると、わたしたちはすぐさま、もうすでにたっぷりすぎるくらい、ポート漕ぎはやった感 一つのいかだ舟に乗ってほかの連中と部署を交換しろじだった。とはいえ、一方では、余分な食物があれば、 日といわれた。司厨長が風下のやや左舷寄りにもう一隻それが生死の別かれ目になるかもしれない。 十 のいかだ舟を見つけたのだ。一等航海士がいった。 五 ウィークスは、たくましくて人に好かれるやつで、 流「あのいかだ舟までいけると思うか ? だれも乗ってひじように陽気な性質と悪ふざけが好きだ 0 たが、ロ はいないと思うが、食糧がいくらかあるかもしれん。 をこすっていった。「あのいかだ舟には人が乗ってな

10. 現代世界ノンフィクション全集20

らはもうそれ以上何もわからなかった。 か」 0 意識をとりもどしたときには、太陽は真昼をすぎて 「ばかをいうな」とわたしは絶望的にささやく。「あ 、こ。しばらくのあいだは、自分がどこにいるのかも のサメは知ってる。おまえがさらにもう二十四時間は わからなかった。それから何かコリンの態度がおかし もたないことを、やつは知ってる」 いので、わたしは意識が完全にはっきりしてきた。彼 「たわけたことだ」とわたしの頭の残りの半分がいう。 はばかげたほど大きな身振りで水平線のほうを指さし 「おまえが今日救助されようとしてることを、きっと 奴は知ってる。これがおまえを食う最後のチャンスだていた。一瞬、わたしは、彼の唇の音のない動きを不 ということを、奴は知ってる。それが奴の知ってるこ思議に思いながら、愚かにも彼を見つめていた。きっ とさ。そのことを考えてみろ。奴は前にはおまえを攻と耳が聞こえなくなったにちがいない、と一瞬わたし は思った。彼は早ロでしゃべっていたからだ。そこで 撃したことがなかったじゃないか ? どうしてだ ? 彼のロの開きの大きさから判断して、きっとどなって おまえが拾いあげられようとしてるからさ、な」 いるにちがいないと想像した。 「拾いあげられる ? 拾いあけられる ? おまえはぜ とうとう気が狂ったのかと心配し、そう思いこみな ったいに拾いあげられやしないさ ! おまえの骨なら りつばに拾いあげられがら、わたしは四つん這いになって彼のところへいっ 拾いあげられるかもしれない。 るさ、何のためか : : : 何のためか、おまえを追ってきた。やはり彼のロは動いているので、絶望のあまり彼 の顔から十センチほどしか離れていないところへ耳を たあのサメの奴にだ」 わたしの頭は胸に落ちた。その瞬間、とがった骨だもっていった。やはり何も聞こえなかった。がっかり らけのあごが、同じくらい肉のないあばら骨に食いこしてわたしは考えた。「そうか、サメのいうとおりだ ったんだ。おまえはもうおしまいだ。おまえは耳がだ むために、ほとんど耐えがたい苦痛を意識し、それか