フィデル 「そんな気がしたが、何しろ君は死んだと報道されて いるんだから : : : 」 は伏さなか 「少し先走りしすぎたな」 った。しか 力しサリアのとフィデルは皮肉をこめて言った。そして、つけ加え こ 0 フ気持はよく 「あなたが僕を殺したら、出世は確実だ。大尉になれ えわかった。 そして感動るよ。」 「君 ! 」 」訊した。彼は アサリアに近とサリアが言った。 ャづいて小声「僕はそんな人間じゃない。」 「だが : : : 」 、 " でで言った。 ( こ本「僕は、まとフィデルが引きとった。 ををーー 0 一ーーー。い′ ( ~ ー市さしく、あ「僕を殺さなかったら、あなたが殺されるだろう」 「殺すなら、殺すがいい。」 なたが考えている男です。」 サリアは例の荘重な、威厳のある態度で、大きい人 「誰ですか」 差し指を天に向けて、言った。 とサリアが言った。 「決定するのは、個人の倫理だ。」 「誰かあなたは御存知です。」 サリアはフィデルを見つめた。そして今度は彼の方さっきの射撃音は、フィデルと別れたアルメイダら が感動した。 五名が、兵隊たちに発見されて射撃された音であった。 2Z4
射の終るのを待って脱兎のように飛びだし、一とびに レ口が近づいて、止血のため腿のまわりにハンケチを 壁をとびこえた。向う側にうまく飛びおりた。片膝をしばりつけてくれた。 地につき、息をはずませながら、彼は数秒間そのまま「しつかり、しばってくれ。まだ戦い続けられるよう の姿勢でいた。そして、煉瓦の向う側に、狂ったよう に弾丸が落ちるのを平静な気持で聞いた。手と肩とに と、べニテスは持ち前の強い声で言った。グエレロは、 負傷しながら、どうして二メートルの壁をとびこえる負傷しながら、 いっさい弱気を見せない彼を見て感動 ことができたか、後になって、どんなに考えても、よした。べ = テスは毅然として、小塀の陰から射撃を続 くわからなかった。 けた。その彼の傷口をグエレロは、しつかりとハンカ 「運動」の会計係であるオスカル・アルカルデは、一 チでおさえていた。べニテスは、少しも苦しい顔をし 台の車のうしろに、できるだけ身をかくしていた。 なかった。彼の表情は、戦闘の最中に、このように釘 ところが、ふと振り返って見ると一人の中尉が、数名づけにされていることへの怒りと不満だけを示してい の兵隊をしたがえ、武器を手にして彼の方に進んでく るのが見えた。彼はすぐ引き金を引いた。中尉は彼の グエレロは小塀のうしろに位置を占め、射撃を開始 撃方に問いただすような顔を向け、手で驚いたようなした。射撃は猛烈をきわめ、大気は鋭い硝煙に満ちた。 カ ジェスチュアをすると、地上に転がった。そのジェスグエレロは、十五メートルの距離に、一人の兵隊が身 チュアと、その顔はアルカルデの脳裏に強く焼きっ いをかがめて、こちらに前進するのを、はっきりと見た。 の 手にスプリングフィールドを持っていた。しかしズボ ス一弾はレイナルド・ べニテスの脚を貫通した。彼はン下とシャッしか着ていなかった。グエレロは慎重に 転倒した。ヌ h パ パスの農民であるロランド・グエ狙いを定めて引き金を引いた。男は前のめりに倒れた。 こ 0 こ 0
真実のみが伝える迫力と感動 植民地からの独立をめざす民衆の戦いは野火 . のように広がる。苦悩と悲惨 , 同時に勇気と 栄光に輝く人間像は深い感動と興奮を誘う。 * 一万人余の兵営。カストロの率いる百五十 名の襲撃が革命の火ぶたを切った〔本邦初訳〕 * ナイルに吹きあれるオリエントの嵐。国王 を追放し , スェズ運河国有を宣言する革命劇。 * 非暴力積極行動で植民地反対にたちあがる 民衆。「アフリカの世紀」の新興ガ、一ナ独立史。 カストロのモンカダ襲撃 ~ わ工カ カゞジス 祖プト エジプト革叩 . へプノアメシャン 国トロ へ革の わが祖国への自伝 の・命モ 自プン 伝イカ 解説・堀田善衛 ; 襲 第 10 回配本定価 650 円 筑摩書房 工ンクレマ 次 主月 現代世界ノンフィクション全集書 ( 分類 ) 0320 ( 製品 ) 23023 ( 出版社 ) 4604 現代世界ノンみクション全集
カストロのモンカダ襲撃 エジプト革命 プノアメシャン わが祖国への自伝 工ンクノレマ メ / レ′レ 監修 井上靖 今西錦司 桑原武夫 中野好夫 吉川幸次郎 現代世界ノンフィクション全集 23 筑摩書房
題 解 費した。集まってくる資料は不完全で、断片的で、時によっ ては矛盾していた。それらを照合した結果は、混乱だけが残 った。事件後、十年にして早くも事件に関する多くの「神 話」が横行していたからである。メルルは翌六三年、ふたた びキュー / 冫 くこ渡った。そして事実と「神話」のくいちがいを たしかめるために、三カ月かかってモンカダの生き残り六十 カストロのモンカダ襲撃 一名全部にインタビューした。指揮官にも兵士にも同じ時間 四時間ない五時間ーー・をかけて会った。フィデル・カ 『カストロのモンカダ襲撃』 ( 原題『モンカダーーフィデル・ ストロとも、二だけで、二回会っている。 カストロの最初の戦闘』 ) "Moncada; Premier Combat de これらのインタビューを整理した作者は、前に集めた資料 FideI Castro", 1965 の作者ロべール・メルル Robert Mer- によるよりも、はるかに完全で首尾一貫した物語りを構成で le ( 一九〇八ーー ) は、処女作「ズイドコートの週末」で一 きる確信をもって、本書を書き上げた。このゴンクール賞作 九四九年度ゴンクール賞を受けたフランスの作家である。 ( この小説は映画化され、「ダンケルク」という題名で日本で家の対象への異常な打ち込みぶりは、強い感動を誘う。読者 は、本書がキュしハ革命史に関する古典としての地位を早く も上映された。 ) うべな メルルが、はじめてキュー・ハを訪問したのは、一九六二年も確立したゆえんを肯うに違いない。 なお、彼の著書としては、小説『死はわが職業』 ( 角川文庫 ) であった。「この島で過した最初の日から、私はこの英雄的 な国民を愛した」と、彼は書いている。「私はキュしハ革命『島』、伝記『オルシニ公爵夫人ビットリア』、『アーメッド・ べンペラ』などがある。 の歴史ーー・というより、その発生を綴ろうと決意した。私は この試みをわずか一日にーー・すなわち、革命の第一日、フィ デル・カストロとその同志たちによるモンカダ兵営襲撃の 本書に訳出した部分は全十一章のうち、第三章の一部と、 日、一九五三年七月二六日に限った。」 第四、五、六、七、八章の全部である。最後の章は、第九、 さっそく、資料の収集がはじまったが、そのために一年を十、十一章を、訳者が要約したもの。訳出にあたっては、在 解題
だんの兵隊のス。フリングフィールドを拾いあげ、射撃が頭を寄せていた、ちょうどその場所に大穴が開いて を続けました。」 いた。要するに、敵は彼の「首根ッコを引き抜き」そ こなったのである。 フィデルも、機関銃手に向って、休みなく射撃を加 えた。そうしながら彼は、どうすれば情勢を立て直せ 三月十日の C ハチスタの ) 兵営奪取の翌日「陸軍」 るか、大いに苦慮した。彼は例の大きい肩をゆすぶつ に散々荒された印刷屋のホセ・ポンセ工は、気がつい た。しかし駄目だ。ほどこす手はなかった。イニシアて見ると、敵の機関銃砲火の真中にいた。彼は大いに チイプは人の手に渡った。彼はもはや現状を立て直し驚いて、地に伏せた。一弾が手の甲をかすり、肩のく 得る命令の一言も下すことができなかった。戦闘は、 ・ほみを打った。シャツがじゅくじゅくと濡れ、背中に 一連のばらばらの小行動に分割された。そうなれば、 へばりつくのを感じた。しかし、ショックに目まいを 各戦闘の各個人の運命だけが問題である。彼自身は、感じただけで、少しも苦痛は感じなかった。彼の手は、 もはや、惰性的に、自分の怒りを爆発させるためにだ次第にふくれはじめた。やがて、血にまじった、骨の け戦っていた。 断片がいやでも目に入ってきた。ホセ・ポンセ工のう アルテミサの青年で「首根ッコを引き抜かれ」ようしろには、高さ二メートルの壁があって、機関銃が発 とは夢想だにしていなかったセべリノ・ロセルも、一射されるたびに、セメントや、煉瓦の断片がバラスラ と落ちてきた。機関銃は今度は、路上を掃射した。お 台の車のうしろに身をかくして忙しく射撃を続けてい た。そのとき激しく後ろから引っぱられて、膝をつい 陰で負傷した彼はいっさいの退却の道を絶たれた。彼 た。その前にロベルト・ガランは、一人の兵隊が、そは斉射と、それに続く、休止のリズムに耳を傾けた。 の彼を高窓から狙っているのを見つけていた。ロセルそれが規則的であることに彼は気づいた。そして休止 が身を起したとき、車の車体の、つい一秒前に、自分は何秒間であるかを測った。それから体をちちめ、斉 Z38
Robert Merle MONCADA Premier Combat de Fidel castro ( 26 j uil 1et1953 ) arranged through Le Bureau Japanese translat ion rights ◎ Robert Laffont, 1965 des CopyrightsFrangais ・ 中扉カット 陸軍のパトロールに連行されるモンカダ襲撃隊員
ダ カ ン モ の ス ミレトは最初、家のうしろの家屋に付属した小さな洗 なー」に弾丸をこ めているの濯場に陣どった。そこには大きい流しと蛇口が一つあ り、蛇ロのうしろには顔の高さに達する壁があり、そ を一人の隊 のうしろに、わずか十メートル余をへだてて、「兵営」 員が見た。 そのときのの窓を見ることができた。家そのものは閉されており、 ヒルドの態窓もしまっていた。ペドロ・ミレトはその中にはいろ 度が彼の心うとせず、中からも誰も出てくる気配はなかった。し 〉 ) を打った。 たがって、その日、その家に人が住んでいたか、いな レ彼の態度は、 かったか、彼には今もってわからない。 まるで食堂 二階の端から端に走っていゑハルコンの手摺のうし に腰をおろろにうずくまっている一人の兵隊に彼は照準を定めて 、して、コー いた。この兵隊の射撃は非常に正確で、ペドロがちょ ヒーを飲んっとでも体を見せると、小塀の稜 ( かど ) に弾丸を打 でいる時とち込んだ。 〕第おなじよう ペドロ ・ミレトから数メートル離れたところでフィ デル・ラ・フラド 1 ルが射撃をしていた。カ 1 ニ・ハルか に平静で、 無心だったら帰ってきた一人の兵士が彼に近づいて「何が起った のか ? 」「どうすればいいのか」と訊ねたとき、彼は ペドロ・答えた。
カストロのモンカダ襲撃 サンチャゴのペレス・セランテス大司教が「待 0 んで、その承諾をとりつける一方、翌二十九日の晩に た」をかけたのは、まさにこの時であ 0 た。彼は、わは、この取りきめを新聞、ラジオ等で公表していた。 こよって、政府に「投 フィデルは、大司教の仲介冫 ずか十分前にソテロ農場に到着していたのである。 と政府側から宣伝されるのを避けたかっ これより先、七月二十八日、大司教はモンカダ司令降」した た。自分が間もなく処刑されるのは確実だった。しか 官チャビアノと会って、サンチャゴ市の指導階級がこ し将来のために、「運動」の権威は守り抜きたかった。 ぞって、「陸軍」のモンカダ襲撃者虐殺に抗議してい フィデルはあくまでサリア中尉の捕虜として行動し ることを告げ、投降者の処刑をとりやめるよう申し込 た。彼は帰りのトラックの中では運転手とサリアの間 ( まいヾ に坐った。坐らせたのはサリアだった。フィデルの逃 亡を防ぐという意味でなく、その身の安全を身をもっ て守りたかったのである。彼には、フィデル死亡の 司 ス ニュースを流す「陸軍」の底意が、是が非でも彼を ン「消す」ことにあることが痛いほどわかっていた。し セ たがって、途中でチャウモント少佐が四〇名の兵隊を ス 引きつれて、フィデルを受けとりに来たときも、「こ レ ペ れは、私の捕虜です」と頑張って、絶対に、渡さなか っこ 0 市警本部で、サリアがその捕虜を当局に引き渡した とき、はじめて会ったのはチャビアノ大佐だった。
ロべール・メルル真木嘉徳訳 カストロのモンカダ襲撃 一フィデル・カストロ 三七月二十四日と二十五日 四二十五日の夜から二十六日にかけて 五一九五三年七月二十六日 六弾圧 七革命の第二段階 目次 1 三ロ 20 / 跖 8 114 76 48 22 7 5