サムチョソ - みる会図書館


検索対象: 現代世界ノンフィクション全集9
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1. 現代世界ノンフィクション全集9

きっと待ちくたびれて、沼地の中の自分の家に帰ってケットから取り出してサムチョソに与え、投薬の方法 しまったに違いない。私は渡し守の土人の案内で、サを説明した。 ( この子は、薬のおかげで、まもなくす田 ムチョソの家に行ってみることにした。彼の小屋は、 つかり回復したということを、後になって私は聞くこ そこから河に沿って数時間歩いた所にあった。小屋のとができた ) 私の治療がすむと、サムチョソはすぐに、 そばの沼で、彼は多勢の女や子供たちに取り巻かれな小屋のすみから、一本のつえと、小さな荷物の包みを がら、かごで魚をとっていた。私を見ると彼はすぐ水持ち出してきた。そして女たちに向い、手みじかにふ の中から出てきて、あいさつをしたが、二週間も待た たこと、みこと話した。彼女たちは黙ってきいていた されたことについては、何も言わなかった。彼は私に、 が、何ひとっ質問もしなかった。 一つだけお願いがある、それをかなえてくださるなら、 その夜、何週間ぶりかで、われわれはカラ ( リ砂漠 すぐにでもお供しましよう、と言った。私は彼の小屋の深い砂地の上に寝た。沼地の笛のような物音はもは の中へ案内された。日の当る葦のマットの上に、すつやなく、聞えるものはチドリと、フクロウと、ジャッ かりやつれ切った小さな男の子が、全身をブル。フル震カルと、 ( イ = ナの声のみとなった。そして夜明け方 わせながら、寝ていた。 には、おごそかなライオンの遠吠えが向うの丘にこだ 「ご主人、この子を直してやってください、お願いでましていた。 す」とサムチョソが言った。この子供の病気が何なの 翌朝は雲ひとつない快晴だった。一行は九人で、そ か、私には見当がっかなか 0 た。私は彼の熱 0 ぽい胸の内訳は、白人五名 ( 私、べン、・ ( イヤン、チャール にしばらく耳を押しつけてみた。サムチョソと、その ズ、ダンカン ) 、黒人四名 ( ジェレミア、ジョン、チェ 家族たちは、私をとり囲み、目を輝かして私のするこ リオット、サムチョソ ) である。われわれは三台のト とを見守っている。私はオーレオマイシンの包みをポ ラックに分乗して出発した。先頭車にはべンとジョン

2. 現代世界ノンフィクション全集9

とジェレミアが、二番車にはバイヤンとチェリオット た茂みのそまこ 。冫いた。どこかこの辺りの土人たちが、 が乗った。チャ 1 ルズの運転する最後の車には、私と、雨期にそなえて平原を焼きはらったのであろう。ジョ ダンカンと、サムチョソが乗り、ダンカンの撮影に便ンとジェレミアはトラックのそばで大きなイボイノシ 利なように、ゆっくりと進んだ。遠くのシュロの林のシの腹をナイフで裂いて中からはらわたを出している 中にたむろしているシマウマの群を撮影するため、わところだった。バイヤンが、チェリオットの肩にカモ れわれのトラックはストツ。フした。そのとたん、四囲シカを一頭かつがせ、向うの林から姿を現わした。こ の静寂を破って、二発の銃声が鳴りひびいた。私は心の有様を見たサムチョソは、何とも言えない表情をし 臓が凍りついたかと思った。反射的に、私はサムチョていた。私はたまらない気持ちだった。 ソの顔を見た。彼の顔は無表情だったが、しかし、今「すまなかった。どうか許してくれ。」私はすぐに言 の銃声を耳にして、心中激しく動揺していることは疑った。 いない。しまった ! 私は約東を破ってしまったのだ。 「おれがわるかったのだ。この連中に罪はない。おれ 沼地での失敗やスポードのこと、続いて起ったいろい は話すのを忘れていた。あまり忙しかったので、お前 ろなゴタゴタの心配にとり紛れて、私はサムチョソととの約東を、すっかり忘れてしまったのだ。」 の約東ーー「すべり山」へ行く途中、生き物を殺して彼は顔色をやわらげ、わかりました、と答えた。し はならないという , ーー・を、他の仲間たちに話すことを、かしその傷つけられた声の調子からみれば、まだ心か 央すっかり忘れていたのだ。落ち着け、と、私は自分にら許してくれたとは思えなかった。私はおそまきなが 言いきかせ、その場では何も言わなかった。そして、 ら皆を集めて、サムチョソとの約東を伝え、それでせ ラ数キロ先に停車している先行のトラックに追いっこうめてもの慰めにするよりほかはなかった。 と、チャールズをせきたてた。彼らの車は、焼けこげ行く手の草原はずっと焼きはらわれていたので、茂 3

3. 現代世界ノンフィクション全集9

ラハリの青い空の光を受けて、この会よ、 糸冫いかに色も「水がなくなったので、山のふもとに別のキャン。フを 作ったのではないかな ? 」私はこう言ってみた。 あざやかに美しく照り輝いたことであったろう ? 「いや、ちがいます、ご主人。」サムチョソは断言し われわれは割れ目の岩壁に沿って二キロほど進んだ : 、絵画から受けた印象があまりにも強烈だったので、た。「水ならあそこの岩の中に湧き出ています。この 山の中でいつも湧いている水といったら、あれしかあ 私は自分がブッシュマンを探していることを忘れてい りません。」 た。その時、サムチョソの叫び声が耳に入った。彼は 私から少し離れた前方に立っていたが、私が近づくと、 水と聞いて、われわれはすぐサムチョソの後に続い 黙って足もとを指さしてみせた。そこにはまさしく、 た。細長い岩の割れ目に、水がたまっていて、その上 にハチがまっ黒にたかっている。この先にもう一つの 新しい焚火のあとがあった。まわりには、草やアカシ ヤの枝が積み上げてあり、砂の上にクルミのからや、泉があり、それこそ「永遠の泉」だ、というサムチョ 瓜の皮や、ウサギの毛皮、ヤマアラシの針、カメの甲ソの言葉に従って、われわれは更に上を目指した。急 羅、カモシカのひづめなどが散乱している。長いキリ にそこから一つの道が前方に開けた。天然の踏み石が ンのすねの骨も何本か転がっていた。キリンの骨の中つづいていて、どの石も光ってすべすべしている。何 界にたまる髄液は、ブッシュマンの大好物なのだ。そこ世紀もの間、人がこの道を往来した結果、自然に磨減 たにはまた、ダチョウの卵のからで作ったブッシュマンしたものらしい。一歩その道に足を踏み入れると同時 独特の飾り玉や、動物の筋を張 0 て作 0 た四弦琴の残に、私はそれが当り前の通路ではないことに気がつい の 片なども落ちていた。 た。このけわしい坂道の両側の岩壁は、すべて装飾さ 「行ってしまった。」サムチョソは言った。「一週間前れているのだ ! 右手の岩面には、サイの顔が描かれ % カ にここを去りました。来年の冬まで帰ってきません。」ている。左手を見ると、甲羅から首をのばしたカメが、 こう

4. 現代世界ノンフィクション全集9

年とったサムチョソの、しわだらけの肩に手を置い丘にお連れしましよう。私自身も、もう一度行かなく てはならないと思っていたところでした。」 て、私はたずねた。 「この沼地での仕事がすっかり終ったら、私をその丘「約束しよう。」私は誠意をこめてそう言った。 へ連れて行ってくれないかね ? 」 他の者たちはさっきから話をやめていた。サムチョ サムチョソの物語は、深く私の心をとらえた。帰る ソは長い間私の顔を見つめていたが、やがておもむろ道みち、私は早くこのニュースを皆に伝えてやりたい に口を切った。 と、心も弾む思いだった。しかし、キャン。フの上のタ 「よろしい、お連れしましよう。ただ、条件が二つあ空に、二羽の代りにいつのまにか三羽にふえている ( る。いっしょに行く人々の間に、けんかやもめごとがゲタカの影を見た時、なぜかまた私の心は沈んでしま あってはならない。今のあなたのお仲間中には、どう った。私はせつかくのニュースを話す気力がなくなっ も気まずいいざこざがあるようだ。出かける前に、まてしまった。キャン。フに入ってみると、べンの容態は ずそれを解決しなさい。さもないと、わざわいが起り いっそう悪化しており、チャールズも相変らず苦痛を ます。これが一つ。もう一つは、丘へ着くまでの間、 訴えていた。一日中毛布にくるまって、汗びっしより 途中で絶対に動物を殺してはいけない。霊たちのお許になって寝ていたスポードだけは、起きて動き廻って しが出るまでは、たとえ食べるためにでも、決して殺 いたが、私にあいさつひとっするでもなく、依然むつ してはなりません。何ものも、血に汚れた手と、憎しつりと押し黙っている。土人たちはたき火のまわりで みにみちた心を抱いて、丘へ近づいてはならない、そカモシカの焼肉をむさぼり食っていたが、何か新しい れが霊たちの定めたもうた掟なのです。もしこの二つ不満のたねを見つけ出したとみえて、おだやかでない を約東してくださるなら、ご主人、私はあなたをその表情をしている。きいてみると、誰か次のようなデマ

5. 現代世界ノンフィクション全集9

見た。彼だけは、われわれに敬意を表するために布切の目が絶えす私の顔に釘付けになっているのに、私は れを体にまとっていたが、ポロ布にもかかわらず、そ気づいていた。カルーソーとの交渉が一段落すると、 の風条たるやなかなかりつばなものだった。頭には、 その土人は突然立ち上って、私のそばへやってきた。 ) 時代のカーキ色の軍「お願いがあるのですが」と、彼はロを切った。「あ ポーア戦争舜ハは英とト なたといっしょに行きたいのです。仲間に入れていた 帽をかぶっており、そのてつべんにはじゅず玉の飾り がついている。、ランチが岸へ着くと、彼はその帽子をだけませんか ? 」 とり、灰色の髪を風にさらした。その男・・・・ーーもちろん彼は自分のことを、「サムチョソ」と名のった。「サ カルーソー長だ と私とは、やがて談判を開始しムチョソ」というのは、「収穫後、一人だけあとに残 た。カルーソーは手ごわい取引相手だった。非常な雄されたもの」という意味だ。どういう風の吹きまわし 弁家で、しかもねばりづよく、何とかして少しでも高だったか、自分でもわけがわからないのだが、私はサ ムチョソの申し出に対し、即座に同行を許可してしま く賃金をつり上げようと、猛烈にまくし立てるのだ。 った。彼は満足の色を浮べて、私に感謝の意を表した。 しかし、土人相手の交渉については経験を積んでいる ので、こちらも負けてはいなかった。談判は二時間続もう一つだけ、することが残っていた。私はカルー 界 いたが、やっとわれわれは合意に達することができた。 ソーに向い、河ブッシュマンを探しているのだと説明 世 丸木舟十一一一艘、漕ぎ手は二十八名、明朝出発すること、し、またその発見の可能性について質問した。カルー ソ 1 はその時は地面に腰をおろしていた。そして、私 失で話はついた。談判の間中、やせた、細長い禁欲的な の 顔をした一人の土人が、自分だけ他の連中からポツン は今でも覚えているのだが、彼は私の質問を受けると、 ラと離れたところに坐って、われわれの話を聞いていた。土を一かたまり、大きな手にすくいとり、それをこなれ 3 灰白色の頭髪をして、一言も口をきかないのだが、そごなにくずしはじめた。それから、彼は茫然とはるか

6. 現代世界ノンフィクション全集9

こういうお告げです。」 のであった。彼らは何に向って救いを求めたらいいの われわれは黙々としてキャンプへ帰った。この朝は、か ? 古き神々への信仰を失ってしまったのでは、彼 どういうわけか、ハチの来攻もなかった。トラック隊らの人生はもはや無にひとしいではないか ? われわ は出発し、やがて山々は視界の外に消えて行った。われはモーンへ向けて出発したのだが、その途中何百キ れわれはサムチョソを彼の小屋まで送りとどけた。別 ロもの間、サムチョソの叫びは私の耳から消えなかっ れる時、彼の顔を見るのが、私にはつらかった。今度た。モーンへ着いたのは日曜日の午後で、町には白い の旅行の経験は、私にとっては生涯の一ェビソードに太陽が輝いていた。到着するとすぐ、私はチャールズ すぎない。しかしサムチョソにとっては、とうてい堪を使いに出して、領事に連絡させ、かっ郵便局へ行っ えがたいほどの精神的打撃だったに相違ない。彼はって、われわれ宛ての局置きの手紙を持って来させた。 帰ってきた時のチャールズの暗い表情から、私は彼が きない悲しみの色を顔にたたえて、こう言った 「ご主人、山の精霊たちの力も、昔のようではなくな何か悪い知らせを受けとったものと直感した。彼の母 りました。十年前だったら、霊たちはとっくにあなた親からの至急便で、彼の父が数日前に亡くなったから、 方を殺していたことでしように ! 」 至急帰ってくるように、というのだった。彼の報告を その言葉は、彼の魂の奥底からほとばしり出た叫び受けながら、私はサムチョソの予言ーー・もう一つの不 であった。そこには、白人たちの、聖なるアフリカを幸ーーのことを思い出していた。チャールズの背後か ばうとく 冒漬した何百年の蛮行に対する、黒人民族の無限の恨ら、サムチョソの声がきこえてくるような気がしてい みがこめられていた。サムチョソの古い神々は、白人 の侵略の前に、今や、、、しようとしつつあるのだ。しか もサムチョソたちは、それを救い出すすべを知らない こ 0 402

7. 現代世界ノンフィクション全集9

発準備の命令を下した。われわれ探険隊の状況は、あて、霊の怒りをなだめる手段はないものか ? それは、 らゆる点から見て、絶望的であった。もう時間はほと探険の成否よりも、もっと大事なことのように、その んどなくなりかけている。肝腎の映画の撮影も、まだ時の私には思われた。突然、私にはひとつの考えがう 中途までしか進んでいない。スポードの脱退で、手痛かんだ。私は急いでサムチョソを呼びに行った。 い打撃を受けたが、あの時はべンとパイヤンとの不屈「どうだろう、サムチョソ」と私は言った。「神霊の の協力のお蔭で、私も気力を取り直したのだった。しお許しを乞うために、私が手紙を書くことにしたら ? かし、今度はどうなるのだろう ? またも出直すことそれをびんに入れて、カモシカの絵の岩の下にうずめ ができるだろうか ? またも私は何千キロの砂漠を踏ておくのだ。神霊はきっと読んでくださるだろう。ど 破して、町へ戻り、カメラの修繕に奔走しなくてはな う思う、お前は ? 」 らよ、。 こんな特殊なカメラの部品が、はたして見つ サムチョソは長く考えてはいなかった。彼は目を輝 かるだろうか ? たとえ首尾よく見つかったとしても、 かせて叫んだ。 修繕には何週間もかかるだろう。その間、皆は待って 「ご主人、それはたいへんけっこうな思いっきで いてくれるだろうか ? そして、二度の失敗にもめげす ! 」 ず、また私といっしょに出発してくれるだろうか ? 私はすぐに腰をおろして、「手紙」を書き始めた。 夜は明けて、一行は帰途の準備にそれそれ没頭してその文面は、次のとおりだった。 いた。憂欝な時間がすぎて、午後になった。私の心は、 サムチョソの予言に占められていた。私はいろいろと 「木曜日、日没時、キャンプにて。 思い迷って悩んだが、このままにして、「すべり山」 『すべり山』の神霊殿。 を立ち去る決心は、なかなかっかなかった。何とかし

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: 山シ こすと 三脚だ、急いで ! 」 「おい、チェリオット、 「どのくらい古いものなのだ ? 」私はサムチョソにた 彼はカメラを三脚にすえつけ、望遠レンズをとりつ ずねた。 「わかりません、ご主人。」彼は答えた。「ただ、初めけると、カメラを上に向けて撮影を開始した。数秒も てこれを見た時から、このとおりでした。ち 0 とも古たたないうちに、器械は奇妙な雑音を立てたかと思う と、そのままとまってしまった。 くなっていません。」 「おや、どうしたんだろう。」ダンカンはカメラを調 というのか ? 」 「色が少しもはげていない、 べながら、言った。「マガジンがひっかかってる。へ 「少しもはげておりません、ご主人。」 サムチョソは、まだ言葉を続けて何か言おうとしたんだな、新しいのを入れてきたのに。」 サムチョソは、ダンカンのそういう顔を横から眺め、 が、その時、それまで沈黙して絵に見入っていたダン ついで視線を私に向けた。彼の顔には、今朝 ( チの大 カンが、急に叫んだ。 群に襲われた時と同じような、特別の表情が浮んでい た。けれど、彼は何も言わなかった。ダンカンはマガ ジンを入れかえ、撮影を再開した。数秒間動いたかと 思うと、カメラはまたとまった。 「おかしいな、全く ! 」ダンカンは叫んだ。「今日ま でこんなことは一度もなかったのに、つづけて二度も とまるとは ! 」 から 彼はもう一本しか残っていない空のマガジンにフィ田 ルムをつめかえ、みたびカメラのボタンを押した。五、

9. 現代世界ノンフィクション全集9

じっとこちらを見ている。その先には、壮大な群獣のその負傷のせいではなかった。「見ましたか、ご主 壁画がある。この坂道は、何やら聖なる祭壇に通じる人 ? 」彼は悲痛な表情で言い出した。「私は、祈りを 3 始めることさえ許されないのです。」 階段のような、一種ふしぎな雰囲気を発散していた。 壁画はどこまでもつづいている。大自然の寺院の門へ彼は岩の上の、三つの深い穴を指さした。こここそ 向って行くような感じなのだ。私は、手に持った銃や、は、天地創造の日の朝、大神霊が霊水で手を清めたの 肩に下げた写真機、双眼鏡等の殺風景な道具を眺め、 ち、祈りを捧げた場所なのだ。そしてサムチョソ自身、 昔はじめてここを訪れた時、こうして祈りを捧げたの こんななりでこの道を進んでもいいのかしら、と、う しろめたい気持ちがしだした。サムチョソの緊張しきだった。しかしいま、自分が岩に膝をついて祈り始め った顔には、異常な興奮が表われている。彼はためらようとしたとたん、何物かがうしろから激しくグイと わずに進んだ。私はあとに続いた。道の行きどまりに自分の体を引いた。自分はどうしても体を前に倒すこ ・ : 私は何と言って慰めていいのか、 小さな岩棚があり、われわれはそれを乗りこえた。そとができない。・ こは、この丘陵の中央の丘のいただきで、噴火口のよわからなかった。仕方なく、私は「霊水」のそばに行 うな、深いすり鉢状の空地の中だった。大きな岩の割 ってみた。泉の廻りを、青々と茂った草がとり巻いて れ目から、清水がこんこんと湧き出ている。そちらの いる。こんな乾燥した砂漠の中の、しかもこんな高地 ほうへ一、二歩進みかけた時、身も世もあらぬようなで、美しく澄んだ水の湧き出ている有様は、まさしく すすり泣きの声がした。サムチョソが泣いているのだ。 一つの奇蹟であった。サムチョソの話のとおり、そば 彼は大きな一枚岩の上に膝をついている。そしてそのには「知恵の樹」が立っていた。枝には、ネーヴル・ 体は、弓なりにうしろへ反り返っている。両膝からはオレンジのような形をした、緑色の実がなっている。 この実は熟すると、ハチミッよりももっと甘いのだ、 血がダラダラ流れている。しかし泣いているのは、

10. 現代世界ノンフィクション全集9

の割れ目の中にはミッパチの大群が住んでいて、そのあるか、見当がついた。そして、なぜ今まで気がっか なかったのだろうと、ふしぎに思った。 池の霊水を飲み、砂漠の花の間を飛び廻っては、霊た 「それでは、お前はーーー」私は言い出した。 ちのためにせっせとミツを集めてくる。この丘の間に、 一年に一度、ブッシュマンたちは、ほんのみじかい期「そうです、ご主人。」彼は私をさえぎって、重々し くうなずきながら、言った。 間ではあるが、集まってくるのだ : 話の内容のみならず、彼の確信をこめた話しぶりに「私は一族の予言者です、そして霊の救済者なので も深く動かされた私は、なぜそれを知っているのだ、 とたずねた。サムチョソは答えた 文明人である読者の方々にとっては、こんな話はす ハカげた迷信ときこえるこ 「私はそこへ行ったことがあるのです、ご主人。今おべて全くありそうもない、 話したことをみんな、私はこの目で見たのです。」 とであろう。けれど、この神秘にみちた大沼沢地の中 「でも、どうやって、またなぜ、そんな所へ行ったのの、静まりかえった島の上で、サムチョソの一一一〔葉を聞 だ ? 」私は追求した。 いていたその時の私には、迷信をあざ笑う気持ちは到 「もうずいぶん昔のことです、ご主人。」彼はその声底起らないのだった。それに、もともと私には、未開 界に、異常な威厳をこめて、言った。 人の迷信に対する、一種の尊敬の念があった。それは 「私は自分の霊が弱くなったことを知りました。霊をもちろん、われわれのいわゆる科学的真理とは縁遠い 失救ってもらうために、私は丘へ行き、今お話したことものかも知れない。しかし、そこには、人間性の本質 の すべてをこの目で見ました。そして私の霊は救われた に根ざした何ものかがある。そして、実在のある一面 ラのです。」 を理解するためには、このような迷信こそ、有力な手 / この時になってやっと私には、サムチョソが何者で段である場合があると考えられる。