海豹 - みる会図書館


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1. 現代世界ノンフィクション全集9

何も言わないで皮を掻き削り出すのだ。 がやっと終ったころ、ツチアークが四つん這いになっ この宿営地では、わたしには運がついていなかった。て入口から入ってきて、縁まで海豹の肉が入っている 海豹がまるでとれなかったのだ。そのため、それから大きな鍋を突きだした。 二日後に、ウタックがもっと北に行って白熊を探そう と言いだしたときには、即座にこの絶好のチャンスに 悽惨な大宴会 とびついた。ッチア 1 クとカコクトはすでに出発して いたので、わたしたちは二人に追いつくことにした。 わたしたちは、、 しつものように茶を飲んでから 出発してから数時間もたったころ、浮氷の彼方に、ふ何時ごろのことかわからないが、いつの間にか眠りこ たつの黒いしみが見えた。わたしたちは犬に鞭をあてんでいたわたしは、 ( ッと目をさました。わたしのそ て、そのふたりに追いついた。ふたりの後について、 ばには、三人のエスキモーがいた。蝋燭のかすかな光 わたしたちはのろのろと進んでいったが、タ闇の迫るに照らされて、三個の無気味な影法師が雪小屋の壁に ころ、これこそ世界の果てと思われるような地点に行ゆらゆらゆらめいている。三人とも同じ恰好でしやが きついた。目の前には、切り立った断崖の彼方に、果んでいる。膝をつき、首を前に突きだして、背中を丸 てしもない氷原がひろがっている。この荒涼とした氷め、手だけをしきりに動かしていて、何かを噛み砕 塊のつらなりは、風のためにマックリントック海峡か く音が聞える。何かを食べているのだ。あの大きな鍋 にたっぷり入っている肉に、我慢ができなくなったの 者ら吹きよせられて、このキング・ウィリアム・ランド 岬の前方に、数マイルにわたってひろがっているのだ。 か。それとも、白熊のことを考えただけで腹がすいて の わたしたちは、そこに宿営することにした。四人できたのか。ともかく、彼らは、悽惨な大宴会を開いて田 極 ひとつの雪小屋をつくって、中に入った。 一日の仕事いるところだった。彼らは途方もなく大きな肉塊に、

2. 現代世界ノンフィクション全集9

その次の日に、わたしたちは、やっと海豹狩りの宿ころは、大昔には海岸だったのが、時とともに隆起し 営地にたどりついた。最初にそれを見つけたのはウタ たのだ。わたしたちはその断崖の周囲をまわってみた。 ック・こっこ 0 もし橇を曳いている犬や、天色一色の中でペンのよう 「雪小屋だー にまっすぐ立っている銛などが目に入らなかったら、 ウタックが腹の底から呻くような声でそう言うと、雪小屋はなかなか見つからなかっただろう。雪小屋は、 実に不思議なことに、これまでの不安は、拭うように ただ雪のうず高い塊のようだし、わたしたちの方にや すっかり消え去ってしまった。はるか彼方に宿営地が ってくる人間も、まるで何かわけのわからない黒い塊 見えると、一行の気分はふたつの段階にわかれる。宿のようにしか見えなかったのだ。 まったく、何という奇妙な姿をしているのだろう ! 営地まで、まだ半時間近くの距離があるときには、人 人はすぐ橇に飛びのるか、目的地を前にして、いい気全身は雪にまみれていて、しかも着ているものは凍り 持ちで低く歌などうたいながら進んでゆく。そして、 ついて裂け、かろうじてその形を見分けることができ いよいよ、目的地まであと五分ということになると、 るほどなのだ。彼らの眉毛には、ツララが白く下り、 いままでののんびりとした気分は消えて、人間や大は、目をほとんどふさいでいる。さらにその髭にも雪がガ はげしい興奮にとりつかれる。大は死にもの狂いで氷ラスのように凍りつき、毛皮の襟に沿って垂れ下がっ 上を駆け、橇は宙を飛ぶように走りに走って、人間とていて、まるでユダヤの予言者のようだ。こういうサ 昔犬が、雪煙を上げて、ひと塊となって、目的地に飛びンタクロースのひとりがこちらに近づいてきたが、と こむのだ。 っぜん、それが誰であるのかわかった。ッチアークな 海豹狩りの宿営地は、海に垂直に切り立っている断のだ。「ボラークパ ークッチソ ? 」 ( お前もやってきた 崖の陰にある。現在、この断岸の頂上になっているとのか ? ) そう言って、彼は顔をしかめてみせた。

3. 現代世界ノンフィクション全集9

とびあがるのだ。 建物をおいて、三つの雪小屋がまわりに建てられた住 キャンプに着き、地面にとびおりると、挨拶である。居さえある。雪小屋は、それそれふたつの家族を収容イ ここで、その小事件というのが起った。アラカヌアクし、ふたつの海豹油のランプを持っている。その直径 はわたしの前に来て、いかにも優雅に手を握った。そをはかってみたら、三メートル半あった。他のところ れから息子の方を向いた。ところが驚いたことに、 ニでは、一室の四分の三を占領してしまうイグレルクが ブタョクは横を向いたまま、景色に夢中になったよう ここでは半分にもならないのだ。ランプというよりも な様子をつくっている。あとでわたしは尋ねてみた。海豹の脂を入れる皿の大きさは、直径が一メートルも 「あの親子は仲違いをしているんですか ? 」 ある。こういう豪勢さは、キング・ウィリアム・ラン 「そんなことはありません。ただ、あまり長く会わなンドには見られない海豹が、ここにはたくさんいると いでいたので、息子は親父の顔をまともには見られな いうのが原因なのだ。 かったのです」というのが答えだった。 ランプのうしろに設けられた雪の台は、どこでも食 料品置場である。海豹や、トナカイや、麝香牛の肉が ごちやごちゃに積まれていて、誰でも雪小屋に入れば、 大きな雪小屋の生活 好みの一片を切取って、気に入らないものは肉の山に キャンプからキャンプに移るたびに、わたしは雪小戻してかまわないのだ。 屋の大きさ、いやむしろ、その壮大さに打たれる。玄雪小屋の構造で最も驚くべきことは、私生活と共同 関には、どれもふたつの小部屋がついている。ひとっ生活の両方ができるようになっている点である。女は、 は牽具や橇の道具を入れるもの、もうひとつは海豹のめいめい自分の生活があり、自分のランプ、自分の毛 肉を貯蔵しておくところだ。なかには、中央に円形の皮を持って、好きなように自分の仕事をしていられる。

4. 現代世界ノンフィクション全集9

には水があり、この方は比較的暖いのだ ) 。しかしア ソリー師は、ここの方が住みいいのだと言って、わた しをこの洞窟におしこんだ。 その内部の様子を委曲をつくして物語り、一センチ の狂いもない絵に描いてみせたところで、とても本当 の状況を伝えることはできないだろう。入口は、小山 の中腹に開いている。身をかがめて中に入ると、廊下 零下五十五度の住居 になっている。右側には、カチカチに凍った海豹が、 人間が、零下五十五度の、海豹のための氷の家に住霧氷に蔽われて、立ったままで並んでいる。左手には 1 んで満足していられるといったら、諸君は信用しない雌犬が一匹、仔大に乳をやっている。ふたつ目のドア を押してふたつ目の廊下に入る。まっくらで、しかも だろう。しかしアンリー師の生活はこの通りなのだ。 しかも「海豹のための氷の家」といったのは比喩では非常に狭いので、身体を横にしないと通れない。おま ない。彼が住んでいるのは、エスキモーが、夏の間、けに天井が低くて、頭をぶつつけると、雪がくびすじ 海豹を貯蔵するために、小山の中腹に掘った穴なのだ。にふりかかってくる。この廊下の終るところが隠者の 土地は地下三十メートルの深さまで凍っているから、洞窟だ。 ラン。フがふたっ燃えている。雪小屋では、周囲の壁 者下から登ってくるはげしい寒気で、地面には手もあて られないくらいだ。 が多少とも白く、また丸くなっているために、ランプ の 北 エスキモーにはとても住めない。雪小屋の方がはるの光はかなり明るい。ところが、ここでは、薄暗い光飾 かに暖い。特に海の上に建てた場合はそうだ ( 氷の下が漂うだけで、部屋の隅はまっくらの闇だ。ランプは 六極北の神父

5. 現代世界ノンフィクション全集9

5 食糧として積んである凍った海豹の山。腹がすいてきたら、ちょっと手 を伸ばしてそれを切り取り、残りは元のところに投げ棄てておけばいい。 6 半分食べかけた魚。魚には非常に大きなものがあって、とくに湖でと れる鱒などは二十五キロくらいに達する。 7 海豹油のランプ。これはなめらかな石でつくられた平らな皿型のもの で、その中央のくぼみにある海豹の脂肪が、徐々に融けるようになって いる。その芯は、夏のツンドラに生える綿の一種でつくられる。 8 ランフ。の上の物干し。ふつうは、雪小屋の壁に棒を二本突きさして作 られる。この物干には、着物や下着や手袋などがいつもいつばい干して ある。皮が濡れると、そのたびにそれを干して、しなやかになるまで掻 12 茶碗ーー - 店で白人から買ったもの。 11 トナカイ皮製の傷んだ靴下。 も役に立つ。 10 夜間、雪小屋の入口をふさぐための雪塊。ーっの雪塊が、ふつう数回 9 いつでも食べられるようになっている肉。 き削らなければならない。 柄だけが骨で、身は店から買った鋼鉄でつくる。 18 ェスヤモーの雪ナイフ。もとは鯨かトナカイの骨でつくった。今では 17 虱とり。柄はトナカイの骨、房は白熊の毛だ。 がある。 16 皮を掻き削る道具の一つ。道具の形は、皮の種類によっていろいろの れば使えない。 勢では肘は動かせず、手首だけしか動かせないから、こういう形でなけ 15 円型の刃のエスキモーの庖丁。寝床の上に坐っているエスキモーの姿 ロは麝香牛の角でできている。 14 石製の女用パイプ。首はなめらかな石でつくられ、管は流れ木、吸い 雪の中や石の上に置いてゆく。 13 旅行用小型海豹油ランプ。もうーっのランプは大きくて重すぎるから、 19 20 21 22 23 24 25 麝香牛の頭蓋骨で作った碗。これで海豹の血を飲む。 保存用の皮。寝床の奥に巻いたり積んだりしてある。 食事用の石の皿。 寝床の上に敷くトナカイの皮、その上で眠る。 母親の頭巾に裸で納っている赤ん坊。 ふつう床上四十センチメートルくらいある寝床の側面。 雪小屋の入口。

6. 現代世界ノンフィクション全集9

下四十五度の寒さがなければ、そして海豹がわたしたれをすっかり平らげてしまいたいという欲望を、おさ ちの生命にかかわる食糧でさえなければ、これはまさえることができないでいる。アルグネルクは、上眼使都 に、腹をかかえて笑うべき光景であったに違いない : いにわたしの様子をうかがいながら、「どうも調子が ・ : やっと最後の大を、足蹴にして部屋の外に追い出しよくない」ことを説明する。今日は休ませてくれ。だ た。海豹は、ひとかけらも残っていない。 が、明日は間違いなく : : : 念のために、と、彼はわた この夜、生れてはしめて、わたしは、トナカイと、 しに眼覚時計を渡して ( この時計は壊れているのだ ) 、 じゃこううし 海豹と、冷凍魚と、麝香牛とを一度にロにした。トナ六時にかけておいてくれと言う。さてうまくいった。 くんせい カイ、特に燻製にしたやつはうまい。魚もわるくない。 わたしが文句を言わない、とみると、家族中が寝袋か もっとも、歯が立たないくらいに凍りきっている。海らはいだしてきて、泰然として大宴会にとりかかるの 豹になると、すこし落ちる。麝香牛ときては、どうぞだ。 御自由に、と申しあげるほかはない。その脂身などは、 寒さがひどいというのを口実にして、アルグネルク まさに蝋燭を噛むようなものだ。 はわたしのプリマスで小屋を暖めてくれと言いだす。 翌朝、わたしたちが眼をさましたとき、部屋は、前もちろん、わたしはことわる。この旅行に用意した石 の晩と同じ乱雑さのままだった。アルグネルクは、暗油は一罐だけだ。そこで、持ってきた海豹の油を使う 闇の中で、息を切らしてランプと格闘している。彼は 小さなランプを取りだして、そのかわりにこれに火を 喉をいためたらしいのだが、そのことをわたしに証明つける。これを見てアルグネルクは、昨夜、部屋の隅 するために、わたしの鼻のさきで無理に唾を吐いてみに投げた。フリマスを拾ってきて、さも軽蔑した様子で、 せる。こんなことはみな、出発をやめさせるための演自分の石油を中に入れ、これを一日中燃しつばなしに 出なのだ。一家は、食糧がたっぷりあるので、まずこしておいた。 あしけ

7. 現代世界ノンフィクション全集9

番ちかくのキャン。フに出発した。 でしよう。その白人に会えば、気おくれがするかもし 橇はイティマンネルクの弟、マニラクを連れて帰っれません。手紙を書いて、わたしを励まして下さい。 てきた。兄は、どこか北部の遠方にいて、氷の張って神父さまに敬意を払いつつ、イティマンネルク。 いない海面で海豹狩りをしているらしい。 ことづて そこで、神父の言伝を持って、マニラクが兄を探し そこで、次のように決った。わたしの出発できる時 にでかける。兄を連れてくるか、さもなければ返事を季になれば、マニラクがわたしを連れに来る。二人で、 もって帰ってくるはずだ。わたしたちは、ただ待ってここと外洋の中間にあるキャン。フまで行く。そこで彼 いるより仕方がない。氷の張らない海は、百キロものの兄に会う。そして、今度は、この二人で、キング・ ウィリアム・ランドにむかって出発する。だから、マ 彼方だ。したがって、返事がくるまでには、二百キロ の橇の旅が、わたしのために行なわれたことになるわニラクは、ただの親切心だけで、わたしのために、全 けだ。 部で三百キロの旅行をしてくれることになる。 寒暖計は、、 一年中で一番寒い季節だ。 しつも零 五日たって、マニラクが戻ってきた。一音節ずつの ニスキモー文字で記されたイティマンネルクの返事を下五十度より下だーー旅行はつらいだろう。ここのエ 持っている。この手紙は、なかなか見事なもので、次スキモーを、わたしは十分に信頼してはいるが、この にこれを掲げておこう。 旅行のことを考えると、いささか戦慄をおぼえる。 神父は、わたしに海豹の歯を贈ってくれた。わたし しろんなこまごました物を残した。 その白人に旅の道連れがないのなら、わたしが参りはそのお返しに、、 北ましよう。その白人によろしく。わたしはこれから、 小麦粉を半袋、蝋燭が五本、ナイフ、皿そしてラム酒 2 旅行用の海豹を捕りに行きます。どうすればよろしい が半瓶 ( これもギブソンがくれたやつだ ) 。しかし、

8. 現代世界ノンフィクション全集9

海岸に積み上げてある残りの石炭には、覆いをかけて おかなければならない。凍ると燃えなくなるし、トン あたり百七十ドルもする土地では、石炭を粗末に扱う ことはできないからだ。次に、氷点下の温度で損われ るようなものは、すべて防寒されなければならない。 電池は、氷点下になると力が半減してしまう。トマト ゆく。氷に襲いかかる波は、その場で息が絶える。波ゃ。ヒックルスなどのビソ詰めは、破裂する恐れがある。 ジャガイモは一挙に凍ると、冬中保存できるが、すこ はむなしく砕け、そのまま凍結してしまうのだ。 しずつ凍ると、腐って駄目になってしまう。 ある朝、海は一面に結氷していて、青黒い水面が、 トソン湾開発会社の出張所の近く 食糧貯蔵所は、ハ・ 沖に一カ所ポッカリとあいているだけになっていた。 その水面に、海豹がヒョッコリ顔を出した。その翌日にあって、そこでエスキモーたちとの取引きが行なわ には、その水面も凍ってしまっていた。いまでは氷のれる。その貯蔵所に、ギ・フソンは冬に売れると思われ さまざまな色合いが、その死闘の跡をとどめているにるさまざまな品物を用意する。彼は女たちを目当てに、 すぎない。幾人かのエスキモーが、踵で氷の具合をたあらかじめキャラコを三メートルずつの長さに切った りしている。ギ・フソンは、冬がやってくる前に商売を しかめながら、そろそろ氷上を進んでゆく姿が見えた。 彼らはそんなふうにして湾をわたり、ついに長い冬のはじめるだろう。なぜなら、店になっている貯蔵所は 。ある日、 やってきたことを確認したのだった。 湿気が多くて、やりきれない場所だから : ・ ・パディ・ギブソンが、店の入口の階 一方ギ・フソンは、冬の準備をととのえるのに忙しい。 そのウィリアム まず第一に、できるだけたくさんの石炭を小屋に運び、段の釘をぬいていた。

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いろな話をしたのだ。ビスケットの包みをあけて、そ ている。彼は着物を着たままで眠る。地の底から湧い の包紙をすてながら、わたしは言う。 てくる寒気のために、こうするより仕様がないのだ。 「エスキモーのところでは、こんな紙きれでも、すぐ ・わたしの眠りをさまさないように、身動きもしないで、 お祈りを唱えていたのだが、さて、ラン。フと塩の罐を拾いあげますよ。」 わきに片づけて、聖壇を整える。ミサがはじまる。わ「ここでも同じですよ。」神父は平気な顔で答える。 たしは寝台の上にひざまずいて、その受け答えをする。彼は身をかがめてこれを拾いあげ、部屋の隅におく。 「ドミヌス : : : 」神父は、大梁の下をくぐるつもりでそれから、この海豹の穴の中で、彼が、わたしの来る 頭を下げ、わたしのそばに立つ。「ウォビスクム」 ことを知らされた一部しじゅうを話してきかせる。こ トクムス。ヒリト そしてわたしは寝台から、「エ れは、エスキモーの心理状態を表わすものとして、絶 トウォ 1 」と答えるのだ。 好の材料だ。 エスキモーの懺悔を聞くときは、わたしの邪魔にな 一人のイヌクが、息をはずませて、彼の穴に入って らないように、廊下で海豹の一匹にもたれてこれを聞きた。立っていることもできないくらいだ。驚くべき つったったままの海豹が、うつろな眼で、その光ニュースなので、自分がそれを伝えることになったの 景を眺めている。零下五十度の、闇に近い暗さの中で、が誇らしくてたまらないのだ。しかし、一言も言わな 二人の男が体と体をふれあいながら、膝まずいて、神 、。急ぐのは無作法だ。それに、すぐに訪問の目的を 著への祈りを捧げるのだ。 きりだすのも無作法だ。男は、着物の雪を払い、神父 一日じゅう、わたしはどうしても体が暖かくならな がいれてやったお茶を飲む。もちろん、神父は何も気 いので、寝袋の中に入って、お茶をのんでいる。こんがっかない。お茶を飲み終ると、男は魚をひと片切り 9 な恰好のままで、わたしは、間近にいる神父と、いろとって、これを食べる。それからタ・ハコをすう。神父

10. 現代世界ノンフィクション全集9

しかしまた、別に場所を変えることなしに、仕をつ トの名に恥じない振舞をしているわけだ。偉大な生活 づけながら、みんなの会話に加わることもできる。あだー これも実際にみる機会を得た人は多くないし、 るいはまた、赤ん坊を背負って、隣の雪小屋に遊びに しまでよ、・ こく少数の場所にしか存在しなくなっては 行くこともできるし、気が向けば、全部が中央の控室 いるが、これこそ真のエスキモーの生活なのだ。かな に集って、井戸端会議を開くこともできるわけだ。 りの繁栄と慰安と豊かさのうちに、人々がよりそって 豊富な海豹のおかげで、ここでは、古代と同じよう暮している社会生活。これにくらべれば、人々が・ほろ に、カと威厳を持った共同生活が展開されている。刀をまとい、石炭袋三つで作ったテントに住んでいるキ こよって民族の意志が 自と家長とがおり、自由な討論冫 ング・ウィリアム・ランドの、いじけた、火の消えた 決定される集会場がある。つまり、ひとつの大きな壁ような、偉大さのない、愚痴つぼい生活は、色あせた 画のようなもので、日々の生活のあらゆる細目が、そ複製にすぎない。彼処では、かっての偉大さは、時た の中の挿話を形成しているわけだ。朝、眼をさますと、まもれるかすかな輝きによって、わずかにそれと察し ランプがつけられる。男たちと犬のために食事が整えられるに過ぎなかった。 られる。海豹狩りへの出発の騒ぎ。家政をしながら女 ここの人々のお客に対する完全無欠な歓待ぶりも、 たちのおしゃべり。夕方になって、大の吠え声ととも驚きの種であった。雪小屋に入るや否や、わたしの服 に男たちが帰ってくる。ロぎたなく罵りながら、海豹も、長靴も、靴下も、奪いとるように脱がせてしまっ 者がしまいこまれる。さて、それからお茶だ。女どもはて、乾かしてくれようとするのだ。これは、その雪小 拠縫物をしたり、お椀にお茶を汲んだり。男たちの方は、屋にとって、ひとつの名誉なのだ。そして、しばらく 北立ったままで、お茶がさめるのを待ち、荒い鼻息をつたっと、すっかり乾き、手入れもされて軟くなった服 9 いて、笑ったりおどけたり、要するに、本当のイヌイや長靴を、愛すべきはじらいを見せながら、小娘が持