けのことは、みんなよくわかりましたよ』と。」 を、この上なくよろこんでいるのです。たとえば、人 「さあ、それからは急ピッチです。」彼はつづける。 をほったらかしたままで、橇を曳いて走ってしまう。 「穴の入口の雪をどけようとするとシャベルがこわれそして、はるか遠くまで行ったところで、馬鹿にした ・てしまう。そこへ物見の男がつぎつぎと知らせてくれような顔でふりかえるのです。その半面、一週間もの るのです。『それ見えました・ : : いま、曲り角です : 間、何も食べないで、不服そうな声も出さないで歩き ・ : もうすぐ着きます。』そしてわたしの方は、あわててつづけることもあります。三日や四日、物を食べない しまって、手袋がみつからないのです。やっと外へ出のは、別に不思議なことではありません。夜になって、 たところへ、『アウドラルマト ! 』 ( きました ) という 橇を止めた時など、たいていはすぐに横になって、食 ・わけです。」 事を待ってなどいないで、眠ってしまうのです。」 わたしは、エスキモー語がよくわからないために、 この言葉の味わいもわからず、これを話す人間もよく ニュアンスに富む言葉 知ることができないのが残念だと神父に話した。 わたしたちは、、 しろんな話をした。とくに多いのは、 「エスキモーの言葉がどんなに凝縮されたものか、お 犬の話だ。神父の持っている橇大は、すばらしい逸物わかりになればすばらしいんですが ! 彼らの文章は、 彼らの容貌と同じくらい、飾りけがありません。エス そろいで、彼の自慢の種だ。 著「大を見ていると、とてもエスキモーを理解する助けキモーの眼がきらりと光ったとします。その眼の光は、 拠になります。同じ欠点と、同じ長所を持っていて、何欲望だとか、嫌悪だとかの感情について、数百言を費 北とまた、わたしたちの国の犬とは違うんでしよう ! すよりも、はるかに多くのことを語っています。そし 1 驚くべき偽善が見られますし、人をベテンにかけるのてエスキモ 1 の言葉というのは、一語一語が、この眼
かを襲ったのだった。夜明け方、私はひげをそり、つ めたい河水で体を洗い、清潔な服に着かえた。そして 急いで食事をすますと、ムエンポへ向って出発した。 四「すべり山」の亡霊たち 鉱山事務所の二人の白人監督は、私が到着した時、 ちょうど飛行場へ出かけようとしているところだった。 偶然にもその朝、進路変更の指示を受けた飛行機が、 労働者達を乗せて運ぶために、ムエンボに臨時着陸す ることになっている、と言うのだ。スポード説得のた めにセポ。ハでぐずぐずしていたら、間に合わないとこ ろだった。二人の白人は、私の苦境をたちどころに理 解してくれた。書類を三通作製して二週間前に提出せ よだの、本国へ送達して上司の決裁を仰ぐ間待ってお れだの、そんなことは何ひとっ言わなかった。年上の ほうが、ただ簡単にこう言っただけだった。「さア行 こう、時間がないぜ。」 ずいぶんぶつきら・ほうだが、しかし役人の言う言葉 で、これほど親切な好意ある言葉は、まだ聞いたこと 380
の光なのです。それは、起ったことと、これから起ろしないために、非常な注意を払っているのです。ひと つのことを断言するたびに、、 しつもそのうしろには、 うとすることを、同時にあらわしています。そして、 この民族の神秘と魅力とを作りあげている、あの表現うまく身を逃れることのできる抜け道をつくっておく しようのない、何ものかに満ちているのです。 のです。たとえば、こんな具合です。 一人のエスキモーが、自分がかけておいた罠の見回 その言葉には、無限のニュアンスがあります。ただ、 それが東洋的なニュアンスであるために、わたしたちりから帰ってきます。雪小屋に何人かお客がいます。 白人には、なかなか感知できません。たとえば、肯定彼は棒をとって着物の雪を払い、それを脱ぎます。み んなが彼のロを開くのを待っているのはわかっていま と否定の間の無限の段階の中に、『ウイ』 ( はい ) と、 ・『ノン』 ( いし 、え ) と『プテートル』 ( たぶん ) とだけす。『あの狐という野郎は、どうしてつかまえればよ いのか、まったく手を焼くね。』みんなはだまってい しか認めないわたしたちの国語というものは、彼らの 彼らのます。『もっとも、俺も、もうそう大きな望みは持たな 言葉にくらべれば何と貧弱なものでしよう ! すいぶん時間が いんだ。年をとってしまったからな。』そして最後に、 微妙なニュアンスに馴れるまでには、・ かかりました。はじめのうちは、『やつはことわったやはり一人言のような調子で『だが今夜は三匹とれ わけじゃないんですよ。たた保留しただけなんです。た。』とつけ足すのです。」 ・それがあなたに理解できなかったんです』とイヌイト わたしは神父のところまで来るのに、大変な苦労を たちに説明されても、何のことだかわかりませんで した。『だましたんじゃありません。うそを言ったんしたことを説明した。彼は驚いた様子だ。 「どうして、そんなに時間がかかったのでしよう。」 じゃないんです。ただ断言しなかっただけなんです』 と言われても同じでした。彼らは、自分の立場を危く「どうしてだかわかりません。早く着くようにと、何
ルの瓶、子供のびつくりするような美しい眼と、娘ら しい態度、そのごっごっした服との奇妙な対照、いら いらしているのがはっきり読みとれるギ・フソンの顔つ き。こうしたすべては、言葉では書き表わせない。閉 ロそのものだ。そして、明日になって、この男が、そ の相手の少年を連れて、海を越えて、極北の広大無辺 の彼方に姿を消し去ったら、わたしは、夢をみていた のだと思いこむことにしよう。 2
辞典というものは、無駄な言葉がごたごたならべてありして、わたしは自分の寝袋にもぐりこみ、結局、何 るばかりで、必要な言葉はいつも見あたりはしないのも食べないで寝てしまった。 だ : : : ウタックに、自分の荷物の中の何が見あたらな 三人用に作られたこの雪小屋の中で、六人がサージ いのかを説明することもできない。ところが、わたしンのようにびったりくつついていて、頭を入口の方に が夢中になっていろいろなものをひっくりかえしてい むけて寝た。エスキモーたちは、トナカイ皮の寝袋に、 るのを見て、ウタックも夢中になっていっしょにひっ裸でもぐりこんだ。わたしは、まるで猛獣の檻に入れ かきまわしはじめた。しかしウタックは、愉快なことられたような気分だったので、着物をぬぐ気にはなれ に、自分でも、何を探すのか全然知らないのだ。あてなかった。 もなく探しているうちに、わたしは気が減入ってきた。 夜中、天井から何かの雫が顔の上にしたたり落ちて いったい何を食べたらいいのだろうか。あの凍った魚きた。身動きもできないほどお互にくつついていたの を食べるのだろうか。エスキモーの歯の間でギシギシで、まともに落ちてくるその雫をよけることもできな きしっている、雪にまみれたあのやりきれないしろも かった。わたしの横には、ウタックの兄の老人が寝て のを、自分のロに入れなければならないのだろうか。 いて、ときどき、尿器代りの空罐をつかい、それをわ エスキモーたちは、わたしの方をちらりと盗み見したしの鼻の下にジャーとあけた。むこう側では、老婆 ている。彼らの腹の中は、わたしにも手にとるように ・、ペッと唾を吐いている。わたしは両側のエスキモ 1 分った。白人はエスキモーたちに何の土産も持ってこ から締めつけられ、気持ちのいい文明生活の思い出に ないばかりか、自分のものさえ持ってきていないの胸を掻きむしられていたが、そのうち、眠りの底に引 だ ! エスキモーたちは何も口に出しはしない。だが、きこまれてしまった。 彼らがわたしを非難していることは明らかだ。うんざ翌朝、目をさましてみると、雪小屋には老婆が一人 162
殺すのだ。オオクトの背中に短刀を突き刺そう。彼は、 工カルックは答えない。だが、こうした考えに、心その時の有様を眼の前にみるような気がする。男の気幻 はしきりに動揺しているのだ。彼は、この女を独占し持ちを察するのが敏感な女の本能で、相手がその気に たい欲望にますます燃えてきた。こうなると、カナイ なったことを見抜くと、カナイオクは、猫のように甘 オクの方でも、もう彼を落ち着かせてはいない。盛んったれていちゃっいた。そしてオオクトが、海豹の油 にけしたてるのだ。もし、エカルックが、あまりうるのランプの炎をのんきにかき立てながら出かけると、 さく言われてカッといら立ってしまい、腹を立てて、彼女はエカルックの耳に、やたらとたくさんの言葉を どなりつけようものなら、彼女は、何日間も口をきかふきこんだのだ。 ないで、またはじめからやりなおすのだ。 工カルックは、橇の方に行き、橇をひき起し、犬を 「あんたはこわいんだろう、もっと強い男だと思ってつなぎながら、彼女の言葉をまた耳にした。オオクト いたのに。しかし、そんな骨無しの男なら、もう何もが姿を消して十分もたたないうちに、彼もまた、湖の 頼みやしない。オオクトだって男だ。亭主の役目は、 方向に斜面を下って行った。 あれだって果たせるんだから、いっしょにいてもまん彼は、これから相手を殺すのだということは知って ざらじゃない。」 いるが、どうやって殺すのかはまだわからない。彼に こんなふうにからかわれては、若い獣のようなエ力は計画を立てる頭はないのだ。ただ、機会が到来した ルックに対しては、針を突き刺したような効果があっ時には、エスキモーの狩人らしく、本能的に、その機 た。今度こそ、機会があり次第、相手をばらしてしま会をつかまえるまでだ。その機会は、今日、くるにち う覚悟を決めたのだ。エスキモーは、けっして、正々がしオし 、よ、。カナイオクの声が耳もとで鳴っている。体 堂々とは殺さない。油断に乗じて、うしろから陰険に内の血は燃え、犬を鞭打つ。大は、相手の意志を読み
「早く止めないと、橇がなくなってしまうそ。橇はも思う。壁は永遠につづいている。息がつまるような気 うこわれてしまっているじゃあないか ! 」 持ちになる。もし「ひらけ胡麻」の呪文を知っていた 実際、わたしのカメラを橇に乗せておくのは危険だら、わたしはどんなにうれしかったことだろう。その ったので、わたしはふたつのカメラを肩に下げていた壁のむこうには、あの「暖かさ」があるのだから。 いくらどなってみても、風にむかって わたしの脳髄は、はしばみの実くらいの大ぎさにか 叫んでいるようなものだった。エスキモーたちは、互じかんでいた。その脳は、執拗に意地悪くたったひと に顔をよせて、何かブップッ言い合ったりしながら、 つの考えしか寄せつけはしなかった。たったひとつの 白熊を探すために、また出発した。そして、この広大言葉が浮かんでくるだけだった。「寒い ! 」同じ寒い な氷原を、へとへとになるまで歩きつづけ、あたりが といっても、他の地方の人々が感じる寒さとはけたが 暗くなるころになって、やっと引き返すことになった。 違っていた。ふるえもしなかった。零下三十度の桶の 暗い氷原をもどってくるのは、まるで悪夢のような中に突っこまれて、わたしは必死になって身をもがき 気持ちだった。寒かった。寒さはあらゆるものに容赦ながら、そこから抜け出そうとしているのだ。わたし なくビシビシ迫ってきて、魂までが凍ったようだった。 は、ときどき、怒りのために身をふるわす。「畜生 ! ゴトゴトと揺れる橇の上に腰をかけていると、恐ろしもう一度火のところまでたどりつけたら、おれは体を い寒さに締めつけられ、やがて幻覚になやまされるよ暖めるんだ、おれは体を暖めてやるんだぞ ! 」怒りに 者 うになり、頭がおかしくなってぎた。目の前に、果て狂って、まるで復讐の誓いをたてるかのように、それ しもない黒い残酷な壁が立ちはだかっている。その壁 だけの言葉をくりかえすのだった。「おれに反対して 北に沿って進みながら、何とかして出口を見つけようとも無駄だそ。誰のいうことも聞きはしないからな。断 思う。「この壁は、寒さの壁なんだな ! 」とわたしは然、おれは体を暖めるんだ。火の中に手や足をつつこ
いという、無意識な心の奥底の気持ちの現われなのか 一片だけのチーズにさえ手をつけようとしないでタフ ・ : しかし、彼が自分の生れの低さを口に な旅行 ( これも極北の通用語のひとつだ ) をしてこらもしれない : きよごう れたとすれば、修道士であるこのわたしは、いナし するとき、そこには、いささかの倨傲もない。彼は、 どうすればよいのでしよう ! 」 ここにあるがままの人間であり、彼のキリスト教が与 わたしは驚いて彼をみつめる。彼の落ちくぼんだ両える簡素な衣服以外には、身を飾るものを持たないの 眼は、不思議な光で輝いている。修道士 ! このたっ たひとつの言葉が、何という距離を、彼とわたしとの この衣服のおかげで、彼の肉は、もはや存在しない 間に、置いてみせたことか ! 自然のカ以外の何物かかのように見える。たとえば、わたしが「暑くないで が、この男に力を与えている。ある意味では、生命なすね」と言うと、彼は機械的に「ええ、暑くないです どというものは、彼のなかからすっかり影をひそめて、ね」と答える。しかし、彼は寒さを感じていない。寒 もっと徴妙な、もっと神秘なひとつの力が、そのかわさとは、彼にとってはただの言葉にすぎない。彼が古 りをつとめているのだ。彼は、二重の面でわたしに優い紙きれで扉の隙間をふさいだり、ランプの芯をかき たてるにしても、それは、ただわたしのためにそうし 越している。その謙虚さと、そしてまた、その僧とし ての神秘主義によって。「わたしは生れからいっても、てくれるのにすぎない。彼は、もはや寒さに対して抵 世の中で最も低い人間なのです」と彼は言った。彼は抗する必要を持たず、この種の闘いは、彼にとっては 者ノルマンディ 1 の百姓なのだ。突然、わたしはあるこ必要がないのだ。彼が生きているのは、もっと別の生 とを思いついた。彼が雪小屋よりも海豹の穴蔵で暮す命であり、彼が闘うのは、もっと別の武器をもってな 方を選んだのは、いわば農夫の伝統の名残り、この極のだ。たしかに、彼の言う方が正しい。彼の生活の乏 北の地においてさえも、自分の住む所を自分で造りたしさに反抗を試み、こんな調子で生きてゆくことはで 」 0
このファレーズ司教は、ベルギー人とフランス人とてくる。 「あんたの肺も凍るじやろう。あんたは、氷の牢獄に アメリカ人の三人の神父に助けられて、石炭袋をつか み、手押車の上によいしよと積み上げた。司教にとっ閉じこめられてしまうのだ : : : 」 あのスリム・パ ーセルの別れの言葉がきこえてくる。 ても、石炭は生命であり、お祈りと同じように大切な 「あばよ、なんだか、もうお前がかわいそうになって ものなのだ。 きたぜ ! 」 それから十六日後の八月二十八日に、「オードリー・ リー・リヴァーにあるハドソン湾開発会わたしは沈んだ気持ちで、事務所にもどってきた。 号」は、ペ きずな とうびよう 社の事務所の前に投錨した。そして、その翌日、この文明世界との最後の絆が、こうしてブツツリと断ち切 られたのだった。 舟はもどっていった。ここ数日の間に、夏は終ってい た。突き刺すような冷い雨が降っていた。舟が結氷期それにしても、このペリーは、まだわたしの最後の に入る ~ 間にコ 1 ーマインにもどるには、一刻の猶予目的地ではなかった。わたしはアンガス・ギャヴィン もなかった。耳を切る風も、海の色も、早い冬の襲来という出張所員といっしょに、一週間その事務所に滞 、、、ほがらかな若 を告げている。わたしたち全員は、船内の箱を大いそ在した。その出張所員は、元気のし ぎで岸に積み重ねた。指は、寒さで麻痺していた。最い男だった。その後、半ば文明化したアングラリーク 後の箱を地上に積み上げると、「オードリー・号」というエスキモーが、わたしをその小帆船に乗せてく 者 は、ただちに汽笛を鳴らして動き出した。わたしは岬れ、キング・ウィリアム・ランドへの最後の四百キロ をつれていってくれた。九月九日の午後五時に、わた 拠まで走っていって、一人で舟を見送った。「オードリ の ・号」は、水平線の彼方にゆっくりと遠ざかってしはついにヨーア・ハ 1 ヴェンの静かな入江にたどり 1 . の , 2 、 0 、 しつかの司教の言葉が、わたしの耳元にきこえ
った。この主張が発端になって議論は本題を離れ、両かナ っこし、顔を向ける者づらなかった。無視していた 家の者たちは一時間半以上にわたってたがいに罵倒し からだとしても、すくなくとも呪っている様子など、 合った。だがそのうち、年寄たちがあくびをして、も彼らには全然なかった。彼は独身者の溜り場となって う疲れたし眠いから明日決着をつけることにしよう、 いる焚火へきて坐った。数分間、会話は彼の存在を全 といい出したのである。 く無視してつづけられた。私は彼の顔がゆがむのを見 それでも、その夜はどの家も寝つけないらしく、い た。しかし彼は自尊心が強過ぎて、自分のほうからは つまでもポソボソ小声で話し合ったり、時には突拍子言葉をかけることができずにいた。その時一人の小さ もない声を張り上げて隣の小屋と下品な冗談のいい合な子供が母親からいいっかったのか、食べものを入れ いをつづけていた。次の朝、セフーの野営地へ行ってたお椀をもってョチョチやってきた。その子はケレモ みると、娘の母親がせっせとマサリトの小屋を建て直ークの手の中にその椀を置くと、彼に向かって恥ずか すのを手伝っていた。兄弟一一人は、別にたいしたことしそうに、 につこり徴笑んだ。 もなかったように坐って話していた。若者たちは、み ケレモークはその後二度と同じ過ちをくり返さなか なケレモークにはこっそり食糧を運んでやっているか った。五年後の今では別の女と結婚して、幸福な二児 ら心配はいらぬ、と私に告げた。彼は近くに隠してあの父親となっている。癩病にもかからなかったし、人 人からもっとも愛され、尊敬される狩人の一人になっ 一るというのである。 グ 三日後、狩猟隊が午後おそくもどってきた時、ケレ 从モ 1 クもその後から、さも狩りに行ってきたような様 いざこざはたいていの場合、事の理非にはあまり関 の子でついてもどってきた。彼は用心深く動静をうかが っていたが、だれ一人として彼に言葉をかける者もな係なく、秩序の回復を主眠として処理される。 こ 0 5 9