声 - みる会図書館


検索対象: 男の学校
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1. 男の学校

見かけると逃げ腰になってしまいました。どうか殴るなり蹴るなり、気のすむようにして下さ といったのである。 そこで祖父は「よし」といって立ち上り、そこに平伏している男を、ひと蹴りし、 「十円 ! 」 と叫び、またひと蹴り、 「二十円 ! 」 ついでもう一度蹴って、 「三十円 ! 」そして、 「よし、これで借金は棒引きにしてやる ! 」 と許したそうだ。 「あんたのおじいさんは実に偉い人だったよ ! 」 東光大僧正の声は感極まったかのように抑揚がついて高くなる。私も、 「はあ」 学 の と応えて深く頷く。 男 こういう話を聞くと私の胸は高鳴り、勇気凜々といった気分が体中に漲る。なぜ人を蹴って、 貸した金を棒引きにした話を聞くと勇気凜々として来るのかといわれると返答に困る。つまり「

2. 男の学校

224 「では、原稿は約束通りいただけますね」 「はあ、それが : : : あのあと、胃ケイレンを起して弱ってるんです。締切りを延ばしていただけ ませんか」 「そうですか、では、来週のハナにいただけますか」 「すみません、そうして下さい」 そういっていると、その「来週のハナ」が来て、 「ごめんなさい、今、右手の指が利かなくなってるんで : : : 」 相手は仮病を使っていると思いはしないかと想像して、つい言葉数が多くなり、一所懸命にし ゃべっているうちに、声は凜々と響きわたり、ますます仮病くさくなるのが情けない。 そんな説明をいちいちしなくても、 「ごめんなさい、書けません」 と一言いえばいいじゃないかという人がいるけれども、そういって許されるのは大作家であっ て、私のような一二文売文の徒にはさようなことが許されるわけがないと思っている。 ある時、東北のある町へ講演に行った。講演を引き受ける時に、例によって病弱であることを しつこく説明してある。講演の後の宴会で芸者の踊りを見せられて、叩きたくもない手を叩いた りしているうちにヘトへトになったこともあれば、色紙を八十枚書かされてダウンしたこともあ

3. 男の学校

150 「えらい ! よくいった ! あなたは出世する ! 」 まわりの人はどっと笑って私をふり返り、娘は恥ずかしがって、もうママとは二度と一緒に野 球を見に行かないといった。 この少年のことも思い出すたびに私の心は明るむ。 数日前、・ハスに乗っていると、中学一年生くらいの少年が三人、私の前の座席に腰をかけて、 声変りの声でガアガアとしきりに埒もないことをいい合っていた。と、・ハスが停って七十歳あま りと見える老婆が下車しようとした。荷物が大きくてよたよたしている。 すると三人のうちの一人の少年が立ち上って、その荷物を持って老婆を助け下ろし、もとの席 に戻っていった。 「オレは一日一善したぞ ! 」 あとの二人はつまらなそうに、 「あんなこと善行のうちに人るかよ」 などといっている。善行少年はムキになって、 「善行じゃないか、どうして善行のうちに人らないんだ」 そこで私はまた出しやばった。 「善行です」

4. 男の学校

「そんなことをこの私に訊くなんて、間違ってますよ」 私はいった。 「不実な男かそうでないかの見分け方が出来るくらいなら、佐藤愛子、今日までの苦労はなかっ たでしよう」 「いや、ですから、そのご経験から得られたものを教えていただければ : : : 」 ご経験もヘッタクレもあるかいな。わたしやそんなこと教えたくない、といいたいのを私は押 え、 「私はそんなに賢くないんですよ。私に出来るのは魚の匂いを嗅いで、腐っているかいないかを 見分けるぐらいのことです」 と答えた。 大衆小説家であった私の父が描く「不実な男」は痩せぎすで色白く、髪をベッタリと分けて金 縁メガネをかけ、なめらかな声でペラ。ヘラと巧みにしゃべる男だった。つまりそれは父の一番嫌 いなタイプの人間であるにすぎない。実際には寡黙で謹厳、色黒くボサポサのフケ頭で不実を働 いた男もいるのである。 不実、裏切者と簡単にいうけれど、彼ははじめから不実な人間として存在しているわけでなく、 「不実な人間ではないのだが、結果的に不実になってしまった」という場合だって少なくない。

5. 男の学校

女の会話 一月二十八日の各新聞は、ロッキード事件初公判で田中元首相が陳述しつつ涙で声を詰まらせ たと報道した。 「かりそめにも元総理大臣が逮捕されるということは、空前絶後の思いです」 「激しく執拗なわたくしに対する非難攻撃は死よりつらい」 「総理大臣の栄誉を汚し、日本国の名誉を失ったことは万死に値する」 そうした言葉の中で、田中は少なくも三度涙声になった、と読売新聞は報じている。 その日たまたま友達を訪れると、二、三人の近所の奥さんたちが集まっていて、丁度「元総理 が泣いた」ということについて話題が沸騰しているところだった。 「男が、ですよ、しかも元総理だった男がよ、人前で涙を見せるなんて、なんてことをしてくれ るのよ」 と憤慨しているのは私と同様大正生れの奥さんで、いやしくも男子たるものは、いかに感情が 激そうとも泣き顔を人に見せぬもの、それゆえ、女より偉いと単純に信じて来た世代である。す

6. 男の学校

「少しはガマンをしていただきたい」 という言葉が飛び交うている。姑軍もいい、嫁軍もいっている。 「私たちの世代はガマンの連続でした」 と発言する姑さんがいて、姑軍は皆、大きく頷く。私も頷く。 やがてゲストの桶谷繁雄先生がいわれた。 「中間役の息子、それがグウタラなんです」 すると忽ち、 「そうです、そうです」 嫁姑両陣営より一斉に賛同の声が高く上り、息子は欠席裁判を受ける。 息子がグウタラに育ったのは母親のせいであるとしたら、ここで「そうです、そうです」と姑 軍が頷くというのも何となく具合の悪い話ではないのか。また、グウタラであるからこそ、あん たみたいなおしゃべり女房に文句もいわないでおとなしくしているんだ、も少しマシな男であっ てみろ、とっくにぶっ飛ばされているぞ、といえないこともない。 学 のま、そんな揚足とりはともかくとして、この白熱戦のさ中にあって、司会の富士真奈美さんが 「あの、それでは、少しアタマを冷やしていただくため、コマーシャルです、エへ工へ・ と笑った、あの困ったような笑いは実によかった。この「エへ工へへ」には富士真奈美さんの

7. 男の学校

どっちが強い ? いつだったか、大分前のことだが、ふとテレビのニュースを見たら、ヤクザ風のおニィさんの 前に一人の堂々たる肥満体の中年夫人が立っていて、マキモノをひろげているところが写ってい た。中年夫人は後ろ姿だから顔は見えないが、白い新しいエプロンにタスキをかけており、そこ には「暴力追放」の文字が読めるのである。 そして彼女の声が朗々と画面から響いて来た。 「 : : : 私ども市民が、心おきなく平和に暮せるよう、なにとぞお願い申し上げます」 察するところ、この女性は暴力追放運動の会長さんなのである。会長さんは朗々と声明文を読 み上げる。それを聞いている組のおニィさんは、身体をハスにしたまま仏頂面。後ろにいるもう 校一人のおニィさんは、憮然とあらぬ方を見てタ。ハコをふかしている。 の腹は立つが、この際、うるさいツ、と殴るわけにも行かず、そうかといって、 男 「ハイハイ、わかりました。平和 ! 結構ですなあ」 とニコニコもしかねているのであろう。

8. 男の学校

% 時に寝、起きたい時に起きられる自由、自分の好きなようにお金を使える自由ってなんてすてき でしよう、という声から始まって、夫がいなければ、「連れて帰って来る不意のお客ーもいない せんさく し、外出してタ方になっても走って帰る必要もないし、それにそうだわ、浮気を穿鑿する必要も なく、ヤキモチの苦しさからも逃れられる。マージャンの負けを取り調べなくてもいいし、どて らの背中を丸めてハナ毛を抜いている姿に文句をいいたいのを、じっと我慢しなくてもすむ・ と話はいやが上にも徴細に渡って、ああ、自活の力さえあったら、なにも男の機嫌をとっていじ ましく暮していなくてもいいのにねえ、とお定まりの詠歎が始まった。 「ほんとに羨ましいわア」 「ほんとねーえ」 「そりゃあ、気らくなことは気らく、自由なことは自由よ」 と思っている。この詠歎の歌は : : : さよう詠歎ではな 私はいらえつ、心の中でチクショウ , い、これは「詠歎の歌」なのである。私はそう思う。いい換えるならば、幸福の歌といってもよ いであろう。この歌が私には面白くない。私には、とても詠歎の歌など歌っている暇はないので。

9. 男の学校

「出よう ! 」 と娘の手を引っぱって混雑の外へ抜け出た。誰も一列に並ばないのなら、私だけでも並ぶぞー とひとりでカんだのである。そしてカんだまま、私はよろけた。一人の若い女性がものすごいカ で、人を押しのけかき分け、前の方へ行くのだ。 「もしもし、あなた、皆、並んでいるんですよッ ! 」 私がいうと、女性は真赤な顔をふり向けて叫んだ。 「だって、五分前なんです」 「みんなそうなんです、みんな」 私は叱咜した。 「あなた一人じゃないんですッ ! 」 いやはや、あっちで怒鳴り、こっちで叱り、声はカレガレ、汗はダクダク。 漸く人口を通り、出発ロビーに人って、あっと驚いた。私の乗るべき飛行機はとっくに出てし 校まっている。 だから、一列に並べといったから、前 の「積残しは絶対にしませんといったではないですかノ 男 これは、図々しい人間が の方にいたのを、わざわざ後ろへ廻ったんです。なのに、何ですか , 人の言葉を信用していると、ロクな 燔トクをして、マジメな者は損をするということですねッ !

10. 男の学校

「よしなさいよ、恥ずかしいじゃないの」 と娘が袖を引く。 「子供が泣いているのがわからないんですかツ。押すのはやめなさいッ りんぜん 凜然と制したつもりだが、何の反応もない。私の方を見る人さえいない。相変らず沈黙のまま、 ジワーツと押して来るのである。 ようや 漸く航空会社の人が出て来て、飛行機は乗客を積み残して出発するようなことは絶対にしない から、安心して、押さないで下さい、といっている。 「皆さん、一列に並んで下さい」 というが、こんなになってしまってから、どうして一列に並べるか。 そこで私はまた怒った。 「並んで下さいじゃなくて、どうすれば一列に並べるかを考えるべきですッ ! 」 しかし私の怒声は空しく消えた。誰ひとり私の言葉に耳を傾ける人はいないのだ。 「うるさいおばはんやなあ」 という表情で、前の青年がふり返っただけである。たださえ大きな私の声が、耳もとで炸裂し たので驚いたのかもしれない。まわりの群集は、凝然と前を向いたまま、相変らず静かに、ジワ ーツと押して来る。私は、